(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年6月9日12時30分
兵庫県諸寄漁港北方沖合
(北緯35度42.4分 東経134度22.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船幸力丸 |
総トン数 |
48トン |
全長 |
28.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
345キロワット |
(2)設備及び性能等
幸力丸は,昭和61年11月に進水し,一本釣り,沖合底引き網漁業に従事する船首魚倉,船尾機関,一層甲板型のFRP製漁船で,船首楼及び船体中央に甲板室を,甲板室甲板船首よりに操舵室をそれぞれ配置し,船首楼甲板両舷先端に1.5メートル(m)離して長さ2.7m幅0.5mの木製凹構造のローラー台の先端に直径30センチメートル(cm)の鋼製アンカーローラーが設置され,その後方約15mの甲板室両舷側壁には,それぞれ電動油圧式の直径40cmの漁労用ウインチドラム(以下「ウインチドラム」という。)及び操作ハンドルが,後部甲板には,両舷に索巻取用リールがそれぞれ設置されていた。
3 事実の経過
幸力丸は,A受審人,B及びC両指定海難関係人ほか4人が乗り組み,海底清掃の目的で,船首0.5m船尾1.0mの喫水をもって,平成15年6月6日08時00分兵庫県諸寄漁港を発し,同漁港から北西方70海里の隠岐諸島周辺海域に至って海底清掃を行い,9日08時00分諸寄漁港北方5海里付近に戻り,再び海底清掃を開始した。
この海底清掃は,山陰沖において漁業水域内に捨てられた網を取り除くため,水産庁の指導で5年ほど前から毎年1回行うもので,幸力丸では,重さ37キログラムのもがりと呼ばれる四爪錨(以下「錨」という。)で,長さ1mの錨かんの先端に取り付けたシャックルに直径27ミリメートルの錨索を結び船尾から600mほど延ばして曳航し,網の回収にあたっていた。
幸力丸における錨の揚収作業は,海底清掃後,曳航していた錨索を船首のアンカーローラーからウインチドラムに導き直してウインチドラムにより巻き揚げるもので,錨を甲板上に揚収する際は,船首楼甲板に錨監視員と錨引き揚げ要員を,ウインチドラムの後方にウインチドラム操作員をそれぞれ配置し,錨がアンカーローラーに達する手前で巻き揚げを停止し,人力により錨を船首楼甲板上へ引き揚げていた。
A受審人は,錨の揚収作業の指揮を執るにあたっては,錨をアンカーローラーの手前で停止しないで巻き揚げると,勢いのついた錨かん部がアンカーローラーで弾みにより跳ね上がるおそれがあり,また,ウインチドラム操作員の位置からは,錨の位置がわからなかったから,錨監視員とウインチドラム操作員の間で,アンカーローラー手前で錨を確実に停止できるよう,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示する必要があった。
9日12時00分A受審人は,諸寄港日和山灯台から332度(真方位,以下同じ。)5.6海里の地点において,海底清掃を終了し,錨索を右舷船首のアンカーローラーを介して右舷側のウインチドラムに導き直し,船首を北東方に向けて機関を中立として漂泊し,錨の揚収作業の準備を整えた。
12時10分A受審人は,錨の揚収作業の指揮を執るにあたり,錨をアンカーローラーまで巻き揚げると,錨かん部が弾みにより跳ね上がるおそれがある状況であったが,甲板員に安全帽を着用するよう指示したものの,いつも同じメンバーでこれまで事故がなかったので改めて指示するまでもないと思い,B,C両指定海難関係人に対し,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示することなく,操舵室で指揮を執り,その後,両指定海難関係人が,互いに錨索の巻き揚げ停止合図の確認をすることなく,錨の揚収作業を開始した。
B指定海難関係人は,船首楼甲板先端で錨の監視にあたり,12時30分少し前錨が海面下に見えたとき,右舷側ウインチドラム後方でウインチドラム操作にあたっていたC指定海難関係人に右手を挙げて合図したので,錨がアンカーローラーに達する前に,同人が自ら判断して錨をアンカーローラー手前で止めるだろうから,更に合図するまでもないと思い,その後,錨の監視を十分に行わず,12時30分わずか前錨がアンカーローラー手前に達したことに気付かず,錨索の巻き揚げ停止合図をしなかった。
一方,C指定海難関係人は,錨索を毎秒50cmの速度で巻き揚げ,12時30分少し前B指定海難関係人の右手の合図を見て,錨が海面付近に近づいたことを知り一旦巻き揚げ速度を落とした後,再び毎秒40cmの速度で巻き揚げを続けたものの,アンカーローラー手前に錨がくれば再度合図があるものと思い,12時30分わずか前錨がアンカーローラー手前に達したことに気付かず,ウインチドラムを停止することなく,巻き揚げを続けた。
こうして,幸力丸は,045度に向首して漂泊し,錨がアンカーローラーの手前で止められないまま錨索を巻き揚げ中,12時30分諸寄港日和山灯台から332度5.6海里の地点において,錨かん部が同ローラー部に達したとき,弾みで錨が跳ね上がり,船首楼甲板で安全帽を着用しないで待機していたD甲板員の前額部に接触した。
当時,天候は晴で風力3の北東風が吹き,波高は0.5mのうねりがあり,視界は良好であった。
その結果,D甲板員が1週間の通院加療を要する前額部割創を負った。
(本件発生に至る事由)
1 錨の揚収作業の指揮を執るにあたり,A受審人が,B,C両指定海難関係人に対し,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示しなかったこと
2 錨の揚収作業を行うにあたり,B,C両指定海難関係人の間で,錨索の巻き揚げ停止合図の確認をしなかったこと
3 B指定海難関係人が,錨が海面下に見えたとき,C指定海難関係人に合図したので,更に合図するまでもないと思い,その後,錨の監視を行わず,錨索の巻き揚げ停止合図をしなかったこと
4 C指定海難関係人が,錨がアンカーローラー手前に達したとき,再度合図があると思い,ウインチドラムを停止しなかったこと
5 錨の揚収作業中,船首楼甲板で待機中の甲板員が安全帽を着用しなかったこと
(原因の考察)
本件乗組員負傷は,A受審人が,錨の揚収作業の指揮を執るにあたり,錨監視員とウインチドラム操作員に対して錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示しなかったために,錨監視員とウインチドラム操作員との間で,錨索の巻き揚げ停止合図の確認が不十分のまま,錨がアンカーローラーに達する手前で止められず,錨索が巻き揚げられ,同ローラー部で錨が跳ね上がり,錨を引き上げるために船首楼甲板で待機していた,安全帽を着用しない甲板員の前額部に接触したことによって発生したものである。
A受審人が,錨の揚収作業の指揮を執るにあたり,錨監視員とウインチドラム操作員に対して錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示していれば,錨監視員とウインチドラム操作員との間で停止合図の確認が行われてウインチ停止合図が確実に実施され,錨がアンカーローラーに達する手前で停止でき,アンカーローラーによって錨が跳ね上がることはなかったものと認められる。
また,船首楼甲板で待機中の甲板員が安全帽を着用していれば,錨が前額部に接触することはなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,錨の揚収作業の指揮を執るにあたり,B,C両指定海難関係人に対し,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示しなかったこと,錨の揚収作業を行うにあたり,B,C両指定海難関係人の間で,錨の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行わなかったこと,錨の揚収作業中,船首楼甲板で待機中の甲板員が安全帽を着用していなかったこととは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人が,錨が海面下に見えたとき,C指定海難関係人に合図したので,錨がアンカーローラーに達する前に,同人が自ら判断して錨をアンカーローラー手前で停止するだろうから,更に合図するまでもないと思い,その後,錨の監視を行わず,錨索の巻き揚げ停止合図をしなかったこと,及びC指定海難関係人が,錨がアンカーローラー手前に達したとき,再度合図があると思い,ウインチドラムを停止しなかったことは,B,C両指定海難関係人の間で,錨の揚収作業を行うにあたり,錨の巻き揚げ停止合図の確認を行っていれば,本件発生はなかったと認められることから,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
錨の揚収作業中,波高0.5mの波があったことは,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,兵庫県諸寄漁港北方沖合において,漂泊して錨の揚収作業を行う際,錨索の巻き揚げ停止合図の確認が不十分で,錨がアンカーローラー手前で停止されずに巻き揚げられ,同ローラー部で錨が跳ね上がり,船首楼甲板で待機し,安全帽を着用しない甲板員の前額部に接触したことによって発生したものである。
錨の揚収作業中,錨がアンカーローラー手前で停止されなかったのは,船長が錨の監視員とウインチドラムの操作員に対し,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示しなかったことと,錨の監視員とウインチドラムの操作員が,互いに錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人が,兵庫県諸寄漁港北方沖合において,錨の揚収作業の指揮を執る場合,錨をアンカーローラーの手前で止めずに巻き揚げると,アンカーローラーに達した錨が跳ね上がるおそれがあったから,錨をアンカーローラー手前で停止できるよう,錨の監視員とウインチドラムの操作員に対し,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示すべき注意義務があった。しかるに同人は,いつも同じメンバーでこれまで事故がなかったので改めて指示するまでもないと思い,錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により,錨がアンカーローラー手前で停止されないで,錨索が巻き揚げられたまま,アンカーローラーに達した錨が跳ね上がり,船首楼甲板上で待機していた甲板員に接触させる事態を招き,甲板員の額を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が,錨の揚収作業において船首で錨の監視にあたる際,ウインチドラムの操作員と錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,本件後,笛を使用して合図を行うなど事故再発防止措置を実施している点に徴し,勧告しない。
C指定海難関係人が,錨の揚収作業においてウインチドラムの操作にあたる際,錨の監視員と錨索の巻き揚げ停止合図の確認を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては,本件後,笛を使用して合図を行うなど事故再発防止措置を実施している点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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