(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月8日07時35分
沖縄県那覇港
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第八大王丸 |
総トン数 |
180トン |
全長 |
33.20メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,206キロワット |
回転数 |
毎分750 |
3 事実の経過
第八大王丸(以下「大王丸」という。)は,昭和62年9月に進水した,専ら沖縄県那覇港において出入港船舶の離着岸支援業務に当たるかたわら,台船などの非自航船舶の曳航業務にも従事する2機2軸の鋼製引船で,主機として,B社が製造した6L25CXE型と称する定格出力1,103キロワットのディーゼル機関を機関室の両舷(以下,右舷側主機を「右舷主機」,左舷側主機を「左舷主機」という。)に装備し,両主機の軸系にガイスリンガー継手,主機減速機及びコルトノズル付き旋回式プロペラ装置をそれぞれ備え,操舵室から主機,同減速機及び同プロペラ装置の遠隔操作ができるようになっていた。
主機減速機は,C社製のCLY101AP型と称する油圧湿式多板型で,入力軸,出力軸,直結作動油ポンプ駆動歯車装置,クラッチピストン,摩擦板及びスチールプレートなどを内蔵していた。
主機減速機の作動油系統は,ケーシング底部にある容量約65リットルの油だめから100メッシュの金網式一次潤滑油こし器を経て直結作動油ポンプにより吸引,加圧された潤滑油が,作動油圧力調整弁で15ないし17キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧され,10ミクロンの二次潤滑油こし器(以下「二次こし器」という。)を経たのち,電磁弁及び直結切換弁を介してクラッチピストンに供給され,摩擦板及びスチールプレートを圧着するほか,クラッチスリップ制御用圧縮空気により制御されるオメガコントロール弁及びオメガ弁を介して同ピストンに供給され,主機回転数を毎分400のままとして,摩擦板及びスチールプレートを滑らせることにより出力軸の回転数を任意に調整することができるようになっていた。また,同系統には,作動油圧力計が機側に設けられていた。
一方,主機減速機の潤滑油系統は,作動油圧力調整弁の逃し口からの潤滑油の一部が,潤滑油圧力調整弁で2ないし4キロに調圧され,潤滑油冷却器及び150メッシュの金網式潤滑油こし器(以下「150メッシュ式こし器」という。)を経て,直結作動油ポンプ駆動歯車装置及び入・出力軸軸受などを潤滑するほか,摩擦板及びスチールプレートを冷却するようになっていた。また,同系統には,潤滑油圧力計が機側に設けられていたほか,同系統の潤滑油圧力が0.5キロに低下すると,潤滑油圧力低下警報装置が作動して機関制御室で警報灯が点灯し,警報ブザーが吹鳴するようになっていた。
A受審人は,昭和62年12月に三級海技士(機関)(機関限定)の免許を取得し,かつお一本釣り漁業に従事する総トン数約500トンの鋼製漁船に一等機関士及び機関長として乗り組んだのち,平成12年3月一等機関士としてD社に入社し,翌13年9月機関長に昇格して大王丸に乗り組み,機関の運転及び保守管理に当たっていたものの,両主機の減速機(以下「両減速機」という。)の潤滑油を長期間取り替えないまま,約半年ごとに両減速機の潤滑油こし器の掃除を行っていた。
ところで,機関メーカーは,主機減速機の開放,点検について,4年ごとに開放し,摩擦板,スチールプレート及び入・出力軸軸受などを点検したうえで,状況に応じてそれらを取り替えるよう機関取扱説明書に記載していたものの,大王丸の両減速機は,長期間,開放,点検が行われていなかった。
A受審人は,両主機を始動する前に主機オイルパン及び主機減速機油だめの各油量を点検してエアランニングを行い,機側で両主機を始動したのち,機関制御室内にある機関監視盤及び警報盤を適宜点検するなどして,出入港船舶の離着岸支援業務などに従事していた。
A受審人は,同16年6月に両減速機の潤滑油こし器を開放した際,二次こし器及び150メッシュ式こし器に泥状の異物などが付着しているうえ,潤滑油が変色しているのを認めたが,両主機の運転時間が月間約70時間と少なく,5箇月後に定期検査を受検する予定であったので,それまでは大丈夫と思い,速やかに同油を取り替えるなど,両減速機の同油の性状管理を十分に行うことなく運転を続けていたので,150メッシュ式こし器などが同異物などの付着により早期に汚損され,直結作動油ポンプ駆動歯車装置及び入・出力軸軸受などへの同油供給量が減少して潤滑を阻害するようになり,また,出入港船舶の離着岸支援業務に従事する際に摩擦板及びスチールプレートを滑らせて出力軸の回転数を調整する機会が多かったことから,発熱した摩擦板及びスチールプレートの冷却も阻害されるようになった。
そして,A受審人は,機関当直中,両減速機の直結作動油ポンプ駆動歯車装置,入・出力軸軸受及び摩擦板などの潤滑,冷却が阻害され,それらが次第に摩滅して両減速機の潤滑油系統に金属粉が混入し,150メッシュ式こし器が更に汚損されて目詰まり気味となり,機側の潤滑油圧力計の示度が低下する状況となったが,両減速機の潤滑油圧力低下警報装置が作動していないので大丈夫と思い,同圧力計を点検するなどして,両減速機の運転監視を十分に行っていなかった。
こうして,大王丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,沖縄県糸満漁港内にある造船所に回航して定期検査を受検する目的で,船首3.0メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,平成16年11月8日06時30分両主機が機側で始動され,07時30分那覇港軍港岸壁を発し,糸満漁港に向け,両主機をそれぞれ全速力前進にかけて航行を開始したところ,07時35分那覇港導灯(後灯)から真方位304度720メートルの地点において,左舷主機減速機の潤滑油圧力低下警報装置が,続いて右舷主機減速機の同警報装置が作動するとともに,両減速機が異音を発した。
当時,天候は晴で風力2の東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
機関制御室で当直中のA受審人は,両減速機の異常に気付いて機関室後方に急行したところ,両減速機のケーシングが著しく発熱し,潤滑油圧力計の示度が低下しているのを認め,操舵室で操船に当たっていた船長に両減速機の異常発生を報告するとともに,発航した那覇港軍港岸壁に戻るよう要請し,着岸したのち,直ちに両主機を停止して両減速機の150メッシュ式こし器を開放したところ,多量の金属粉などの異物で目詰まりしているのを発見した。
大王丸は,両減速機の潤滑油こし器などの整備を終えて試運転を行ったところ,低回転域では両減速機からの異音の発生が減少していることから両主機を微速力前進にかけて糸満漁港内にある造船所に至り,両減速機を開放して各部を精査した結果,直結作動油ポンプ駆動歯車装置及び入・出力軸軸受などが損傷し,摩擦板及びスチールプレートが焼損していたほか,両減速機の油だめ底部に金属粉及び泥状の異物などが堆積していることなどが判明し,のち損傷部の修理などが行われた。
(原因)
本件機関損傷は,右舷主機減速機及び左舷主機減速機の潤滑油こし器に泥状の異物などが付着しているうえ,同油が変色している状況となった際,両減速機の同油の性状管理が不十分で,同油が取り替えられず,同油の汚損及び劣化が進行したままとなったことと,主機の運転中,両減速機の運転監視が不十分で,同こし器が目詰まりするまま運転が続けられたこととにより,両減速機各部の潤滑及び冷却が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,右舷主機減速機及び左舷主機減速機の潤滑油こし器に泥状の異物などが付着しているうえ,同油が変色しているのを認めた場合,両減速機各部の潤滑及び冷却が阻害されることのないよう,速やかに同油を取り替えるなど,両減速機の同油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,両主機の運転時間が月間約70時間と少なく,5箇月後に定期検査を受検する予定であったので,それまでは大丈夫と思い,両減速機の同油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により,同こし器が目詰まりして両減速機各部の潤滑及び冷却が阻害される事態を招き,両減速機の直結作動油ポンプ駆動歯車装置及び入・出力軸軸受などを損傷させ,摩擦板及びスチールプレートを焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。