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平成17年横審第19号
件名

漁船第二十五春丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年6月8日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(濱本 宏,田邊行夫,小寺俊秋)

理事官
相田尚武,岡田信雄

受審人
A 職名:第二十五春丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(旧就業範囲)

損害
主機シリンダヘッド,ピストン及びシリンダライナ等の損傷

原因
主機の弁すきまの点検不十分,弁腕注油状況の点検不十分

主文

 本件機関損傷は,主機の弁すきまの点検が不十分で,排気弁の弁すきまが増大していたばかりか,弁腕注油状況の点検が不十分で,弁腕駆動装置軸受部の同弁側の潤滑が阻害されたまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月3日18時55分
 千葉県犬吠埼北東方沖合
 (北緯38度37分 東経150度08分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第二十五春丸
総トン数 92トン
全長 35.80メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 882キロワット
回転数 毎分900
(2)設備及び性能等
ア 第二十五春丸
 第二十五春丸(以下「春丸」という。)は,昭和63年4月に進水した,かつお一本釣り漁業に従事する船尾楼付一層甲板型FRP製漁船で,主機が船体中央部甲板下に据付けられ,主機遠隔操縦装置が操舵室に設置されていた。
イ 主機
 主機は,B社が製造した,シリンダ内径220ミリメートル(以下「ミリ」という。)の6DLM-22SL型と呼称するディーゼル機関で,各シリンダには船首側から順番号が付され,架構船尾側上部には過給機が装備されており,燃料最大噴射量制限装置が付加されて,計画出力514キロワット同回転数毎分780で登録されていた。
ウ 主機のシリンダヘッド
 主機のシリンダヘッドは,船首方に排気弁,船尾方に吸気弁がそれぞれ2本ずつ直接組み込まれた4弁式で,すべての弁の弁棒上部に,弁座当たり面の位置を回転移動させるためのバルブローテータが2つ割のコッタで取り付けられており,弁腕駆動装置の各ロッカーアームに弁押えが押さえられて,排気弁または吸気弁が2弁同時に開閉するようになっていた。なお,排気弁は,全長300ミリ,弁棒基準径16ミリ,弁傘外径71ミリの耐熱鋼製(SUH3)きのこ弁で,弁座と弁傘当たり面にステライト盛金が施されていた。
エ 弁腕駆動装置
 弁腕駆動装置は,カム軸の回転に連動して,各1組の排気及び吸気カムが担うプッシュロッドを突き上げての上下動を受けて,両弁それぞれに開閉動作を行わせるもので,同装置軸受部(以下「弁腕軸受部」という。)が,機械構造用炭素鋼(S43C)製の長さ181ミリ外径48ミリの弁腕軸と同軸両端に組み込まれた弁腕ブッシュとで構成され,同軸両端のロッカーアームを支えるようになっていた。なお,同ブッシュは,機械構造用炭素鋼(S10C)製の受金に,鉛青銅(LBC3)製の厚さ0.75ミリの軸受メタルが埋め込まれて厚さ4ミリとされた長さ55ミリ内径48ミリのもので,弁腕軸を含む同駆動装置には内部油路が工作されていて,弁腕軸受部及びロッカーアーム内を潤滑油が流れるようになっていた。
オ 弁押え
 弁押えは,機械構造用炭素鋼(S40C)製で,T字型の軸部と両腕端には内部油路が工作されており,プッシュロッド側の腕端部には弁棒頭部が当たる面にシートが装着された内径17ミリ,深さ5ミリの穴(以下「シート穴」という。)があり,他方の腕端部には呼び径16ミリ長さ27ミリの弁すきま調整ねじが付設され,弁の開閉で同軸部がシリンダヘッドに固定された弁押えガイド内を摺動(しゅうどう)するようになっていた。
カ 弁すきまの調整
 弁すきまの調整は,弁押えが2弁を同時に押さえるように,弁押え側の前示弁すきま調整ねじにより同調させたのち,呼び径16ミリ長さ45ミリのロッカーアーム側の弁すきま調整ねじで,ロッカーアームと弁押えとのすきまを,冷態時に,0.32ミリとするようになっていた。
キ 弁腕注油系統
 弁腕注油系統は,独立した強制循環式で,容量10リットルの同注油タンクの潤滑油が,直結駆動のトロコイド式同注油ポンプにて吸引されて0.6キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)ないし1.2キロに加圧され,金属板積層式のこし器を通り,注油主管から分岐される各シリンダ入口及び各ロッカーアーム先端の2箇所の油量調整ねじにより注油量が調整され,弁腕駆動装置等の内部油路を流れ,弁腕軸受部,弁押えの軸及びガイドの摺動部,バルブローテータ,弁棒と弁ガイドとの摺動部等の潤滑を行ったのち,シリンダヘッド上部及びドレン油管を経て同注油タンクに戻る経路で循環していた。

3 事実の経過
 春丸は,主に宮城県気仙沼港を基地として,毎年2月下旬父島周辺の漁場から操業を開始して,徐々に北上しながら,11月上旬三陸沖合の漁場で操業を終了するまで,月間350時間ばかりの運転を繰り返し,また,11月中旬から翌年2月中旬までの休漁期には船体及び機関の整備が行われていた。
 A受審人は,平成15年1月に主機シリンダヘッドの整備を業者に依頼した際,弁腕駆動装置の分解・点検及び弁すきまの調整を,また,同8月には例年どおり主機システム油及び弁腕注油タンクの潤滑油の交換を業者に行わせていた。
 ところで,春丸は,機関取扱説明書に,毎日シリンダヘッドカバーを開放しての弁腕注油状況等の点検,使用200時間以内での同注油タンクの潤滑油の交換及び3箇月ごとの弁すきまの点検等の実施が記載されていたところ,平素,操業の合間などに弁すきまの点検が行われることはなく,同注油状況の点検が2箇月に1回程度実施されるばかりで,弁腕注油タンクの潤滑油は長期間使用され,排気ガスに含まれるカーボン等の燃焼生成物が混入するなどして性状が劣化し,汚損された同油にスラッジ等の異物が発生していたが,これまで同注油配管等は掃除されたことがなく,同潤滑油が交換された後も同異物が除去されないまま,同配管等に滞留するようになっていた。
 ところが,A受審人は,平成15年10月初めにシリンダヘッドカバーを開放しての弁腕注油状況の点検を行った後,圧力計では同注油圧力が維持されていたので十分に注油されているものと思い,同注油状況の点検を十分に行っていなかったことから,同注油タンク潤滑油の性状が劣化して汚損が進んでいた状況下,主機2番シリンダにおいて,同注油系統内に流れ込んだ前示異物が弁腕軸受部の排気弁側への内部油路を詰まらせるなどして潤滑が阻害され,同軸受部が摩耗しはじめていたことに気付かず,また,機関振動を受けるなどして同弁側の弁すきま調整ねじが緩んで,弁すきまが増大していたことに気付かないまま運転を続けていた。
 こうして,春丸は,A受審人ほか14人が乗り組み,操業の目的で,船首3.0メートル船尾3.6メートルの喫水をもって,31日14時10分気仙沼港を発し,三陸沖合に至って漁場移動中,主機2番シリンダにおいて,排気弁の弁すきまが増大したことに,弁腕軸受部の同弁側の摩耗が著しく進行したことで,弁腕軸の軸心の偏移が大きくなり,プッシュロッド側排気弁の弁棒頭部が弁押えのシート穴から抜け外れたために,弁棒を押すべきシート穴側の弁押えの腕がずれて,バルブローテータを押えたことで,コッタが外れ,翌11月3日18時55分北緯38度37分東経150度08分の地点において,支えを失った同排気弁が,燃焼室に抜け落ち,ピストンとシリンダヘッドとに挟撃(きょうげき)され,主機が異音を発した。
 A受審人は,連絡を受けて機関室に急行し,ただちに主機を停止した後,主機2番シリンダにおいて,ロッカーアーム等に異状があり,シリンダヘッドを取り外したところ,同排気弁の弁傘等の破片によりシリンダヘッド触火面,ピストン頂部及びシリンダ内面等に損傷を認め,運転の継続ができなくなった旨を船長に報告し,救助を依頼した。
 当時,天候は晴で風力3の南風が吹き,海上は穏やかであった。
 その結果,春丸は,来援した引船等により気仙沼港に引き付けられた後,業者により主機等が精査された結果,前示損傷のほか弁傘等の破片による過給機の損傷が判明し,各損傷部品が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,弁すきまの点検を十分に行なっていなかったこと
2 主機2番シリンダの排気弁の弁すきまが増大していたこと
3 A受審人が,弁腕注油の配管等の掃除を行ったことがなかったこと
4 A受審人が,弁腕注油状況の点検を十分に行なっていなかったこと
5 弁腕注油タンクの潤滑油の性状が劣化して汚損が進んでいたこと
6 主機2番シリンダの弁腕軸受部の排気弁側の潤滑が阻害されていたこと
7 主機2番シリンダの弁腕軸受部の排気弁側の摩耗が著しく進行していたこと

(原因の考察)

 機関長が,弁すきまの点検及び弁腕注油状況の点検を十分に行っていれば,弁すきまが増大する状況や同注油状況の変化が比較検討でき,異常箇所の早期発見ができたものと考えられることから,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,弁すきまの点検を十分に行わず,主機2番シリンダの排気弁の弁すきまが増大していたこと及び弁腕注油状況の点検を十分に行わないまま,弁腕軸受部の同弁側の潤滑が阻害され,同部の摩耗が著しく進行したことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,弁腕注油配管の掃除を行ったことがなかったこと及び弁腕注油タンクの潤滑油の性状が劣化して汚損が進んでいたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)

 本件機関損傷は,主機の運転保守を行う際,弁すきまの点検が不十分で,排気弁の弁すきまが増大していたばかりか,弁腕注油状況の点検が不十分で,弁腕軸受部の同弁側の潤滑が阻害され,同部の摩耗が著しく進行したまま運転が続けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)

 A受審人は,主機の運転保守を行う場合,弁腕軸受部には強制潤滑がなされていたから,同軸受部の下流側にあたるロッカーアーム先端からの注油量の不足を見落とさないよう,シリンダヘッドカバーを開放しての弁腕注油状況の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,圧力計では同注油圧力が維持されていたので十分注油されているものと思い,同注油状況の点検を十分に行っていなかった職務上の過失により,2番シリンダで,排気弁の弁すきまが増大していたことや弁腕軸受部の同弁側の潤滑が阻害されていることに気付かないまま運転を続け,同軸受部の摩耗が著しく進行して,排気弁が抜け落ち,ピストンとシリンダヘッドとに挟撃される事態を招き,シリンダヘッド,ピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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