(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月12日14時30分
北海道十勝港
(北緯42度18.2分 東経143度20.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三泰洋丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
17.73メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
603キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 主機等
第三泰洋丸(以下「泰洋丸」という。)は,昭和63年4月に進水した,流し網漁,棒受け網漁,刺し網漁等に従事するFRP製漁船で,平成12年4月主機がB社が製造したS6R2F-MTK3型と呼称する連続最大出力603キロワット同回転数毎分1,450(以下,回転数は毎分のものとする。)の過給機付トランクピストン形4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関に換装され,主機前部の動力取出軸から交流発電機及び甲板機械用油圧ポンプを駆動するようになっており,操舵室には主機の遠隔操縦装置が備えられていた。
イ 主機の冷却水系統
冷却器を組み込んだ水面計付冷却水膨張タンクから冷却清水(以下「冷却水」という。)が冷却水ポンプに吸引・加圧され,潤滑油冷却器,入口主管を経て各シリンダのシリンダジャケット,シリンダヘッド,排気集合管を冷却したのち同タンクに戻る密閉式となっており,同タンク出口温度が摂氏70度で,冷却水量が120リットルであった。
ウ 主機の潤滑油系統
オイルパン内の潤滑油が直結ポンプに吸引・加圧され,エレメント式複式こし器,冷却器,入口主管を経て吊りメタル式主軸受,クランクピン軸受及びピストンピン軸受並びにピストン冷却ノズル,過給機軸受等に供給されるようになっており,同管部の同油圧力が約5キログラム毎平方センチメートル,同油量が130リットルであった。
3 事実の経過
泰洋丸は,平成15年6月から7月下旬までさけ・ます流し網漁,8月上旬から11月中旬までさんま棒受け網漁をそれぞれ行い,12月からすけとうだら刺し網漁を開始した。
A受審人は,全速力時の主機回転数を1,450とし,毎年4ないし5月の休漁期に過給機開放整備,燃料噴射弁ノズル,燃料油こし器エレメント及び冷却海水系統の防食亜鉛の取替えなどを行っていたが,主機の換装後ピストン抜き整備は行わないまま,本件まで約8,300時間運転しており,また,年に4回潤滑油及び同油こし器のエレメント取替えを行い,本件前は同15年12月末に行った。
翌16年1月初めから,A受審人は,主機の冷却水が減少するようになったのを認めたが,機関外部には漏洩箇所が認められず,同内部に漏洩しているおそれがあったものの,すけとうだら漁が不良で例年より早く切り上げるので,その後の休漁期に整備すればよいものと思い,整備業者に依頼して漏洩箇所の調査を行うことなく,4番シリンダのシリンダライナ下端のシリンダブロックとの水密かん合部に装着され,経年のため硬化したゴムリング部から冷却水が漏洩していることに気付かなかった。
A受審人は,潤滑油量がほとんど減らない状況になったのを認めたが,主機始動前に同油量に気を付けていれば大丈夫と思い,同油の性状点検を十分に行わなかったので,漏洩した冷却水が潤滑油に混入していることに気付かず,冷却水膨張タンク付キャップから冷却水を補給しながら運転を続けていたところ,同油の劣化が進行した。
泰洋丸は,A受審人ほか6人が乗り組み,操業の目的をもって,同16年2月11日23時ごろ北海道十勝港を発し,同港東南東沖合15海里ばかりの漁場に至って操業を行い,翌12日13時30分操業を切り上げて漁場を発し,主機を回転数1,400の全速力にかけて帰途に就いた。
こうして,泰洋丸は,十勝港内に入って間もなく,南防波堤先端に並航した14時30分十勝港南防波堤灯台から真方位299度110メートルの地点において,潤滑不良により摩耗が進行していた各軸受メタル等が焼損し,入港準備作業に就いていたA受審人が,甲板上の主機クランク室ミスト管から多量の白煙の噴出を認めて機関室に赴こうとしたところ,異音とともに主機が停止した。
当時,天候は晴で風力3の西風が吹いていた。
この結果,主機のシリンダブロック,クランク軸,各シリンダのピストン,シリンダライナ及び連接棒並びに潤滑油ポンプ,過給機等が損傷し,主機の運転が不能となって港内の給油船に曳航され,のちそれらは修理された。
(本件発生に至る事由)
1 4番シリンダのシリンダライナ下端の経年劣化したゴムリング部から冷却水が漏洩したこと
2 A受審人が,休漁期に整備すればよいものと思い,冷却水の漏洩箇所を十分に調査しなかったこと
3 潤滑油が劣化したこと
4 A受審人が,潤滑油量に気を付けていれば大丈夫と思い,同油の性状点検を十分に行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,冷却水が減少するようになった際,整備業者に依頼して漏洩箇所を調査していれば,4番シリンダのシリンダライナ下端のゴムリング部から冷却水が漏洩していることが分かり,冷却水の混入により潤滑油が劣化することがなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,休漁期に整備すればよいものと思い,冷却水の漏洩箇所を十分調査しなかったこと,4番シリンダのシリンダライナ下端の経年劣化したゴムリング部から冷却水が漏洩したこと及び潤滑油が劣化したことは,本件発生の原因となる。
また,潤滑油量がほとんど減らない状況となった際,主機始動前に同油量とともに性状を十分点検していれば,冷却水が混入して同油の劣化が進行していることに気付き,各軸受等の潤滑が阻害されることがなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,潤滑油量に気を付けていれば大丈夫と思い,同油の性状点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の冷却水が減少するようになった際,漏洩箇所の調査が不十分で,4番シリンダの経年劣化したシリンダライナ下端ゴムリング部から冷却水が漏洩したことと,潤滑油の性状点検が不十分で,冷却水の混入により同油が劣化したまま運転が続けられたこととにより,各軸受等の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の冷却水が減少するようになったのを認めた場合,機関外部に漏洩箇所が認められず,同内部に冷却水が漏洩しているおそれがあったから,整備業者に依頼して漏洩箇所の調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁が不良で早く切り上げるので,その後の休漁期に整備すればよいものと思い,漏洩箇所の調査を十分に行わなかった職務上の過失により,4番シリンダの経年劣化したシリンダライナ下端ゴムリング部から冷却水が漏洩していることに気付かず,冷却水の混入により潤滑油が劣化したまま運転を続け,潤滑不良により各軸受等の焼損を招き,シリンダブロック,クランク軸,各シリンダのピストン,シリンダライナ及び連接棒などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して,同人の六級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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