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平成17年広審第4号
件名

漁船共幸丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年4月8日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(吉川 進,米原健一,道前洋志)

理事官
平井 透

受審人
A 職名:共幸丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(旧就業範囲)

損害
増速機のクラッチ板が焼損

原因
増速機の開放整備不十分

主文

 本件機関損傷は,主機が駆動する増速機の開放整備が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年5月23日10時00分
 鳥取県北方沖合
 (北緯36度03.9分 東経133度47.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船共幸丸
総トン数 95トン
登録長 29.88メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 669キロワット
回転数 毎分890
(2)設備及び性能等
 共幸丸は,平成9年5月に進水した,沖合底びき網漁業及びいか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で,B港を基地として操業していた。
ア 船体構造と漁ろう設備
 船体は,船首船橋を有する一層甲板型で,船首楼に操舵室を配置し,船首楼下の上甲板に賄室と食堂,その後部に船尾まで続く漁ろう甲板を配置し,上甲板下には船首側から順に燃料タンク,乗組員居室,1ないし3番魚倉,機関室,4番魚倉などが配置されていた。
 漁ろう設備は,船首楼甲板にキャプスタンウィンチ,シーアンカーウィンチが,また,船尾の漁ろう甲板両舷に底びきウィンチ,網捌(さば)きウィンチ,その他の漁ろう作業ウィンチ類が備えられ,いか一本釣り漁の期間中は集魚灯が甲板上に取り付けられていた。
イ 機関室
 機関室は,中央に主機,その両舷に船内電力用の補機が,また,主機の船首側には同機が駆動する増速機がそれぞれ据え付けられ,増速機の両舷に冷凍圧縮機が,補機の後部にポンプ類と配電盤がそれぞれ配置されていた。
ウ 主機と増速機
 主機は,クランク軸の船首尾に出力取出軸を有し,船尾側の減速機を介してプロペラを駆動するほか,船首側の増速機を介して漁ろうに用いる発電機と油圧ポンプを駆動するようになっていた。
 増速機は,C社が製造した,SGC110M-122Aと呼称する,5本の出力軸を有する増速歯車で,入力軸の大歯車が5組の小歯車を常時回転させ,各小歯車がそれぞれクラッチを介して同心の出力軸を駆動するようになっていた。
 クラッチは,クラッチ板のうちスチルプレート6枚を小歯車側のクラッチハブに,また摩擦プレート7枚を出力軸にそれぞれ交互に挟んで組み込まれ,作動油圧を受けるクラッチピストンが両プレートを互いに押し付けて動力を伝達するもので,同ピストンのシールにニトリルゴム製の角リングが用いられていた。
 作動油は,増速機ケーシングに約120リットル溜(た)められた潤滑油が,入力軸によって駆動される作動油ポンプで約2.4メガパスカルに加圧され,こし器を通ったのち各クラッチの嵌脱用電磁弁を経てクラッチピストンに送られるようになっており,同圧力を保持しながら余剰の潤滑油が0.5メガパスカルに減圧され,冷却器で冷却されたのち歯車の歯面と軸受の潤滑に供されていた。
 増速機は,少なくとも4年毎に開放整備を,またその際に角リングなどゴム製品の取替えが必要とされ,また,潤滑油についても3,000運転時間毎に取替えを行うよう,それぞれ取扱説明書に記述されていた。
エ 増速機の動力供給
 増速機の動力供給は,集魚灯に給電する250キロボルトアンペアの交流発電機2基,固定容量油圧ポンプ2台及び可変容量油圧ポンプ1台であった。
 固定容量油圧ポンプは,1号及び3号油圧ポンプと呼ばれ,1号が左舷の,3号が右舷の各底びきウィンチに油圧を供給するようになっていた。
 可変容量油圧ポンプは,2号油圧ポンプと呼ばれ,網捌きウィンチ,その他の作業ウィンチ類に油圧を送り,各ウィンチの運転に合わせて油量を自動的に増減するようになっていた。

3 事実の経過
 共幸丸は,毎年6月下旬から10月下旬までいか一本釣り漁を,また,11月から5月下旬まで底びき網漁をそれぞれ行い,主機の運転時間が年間約6,200時間で,6月に3週間ほど入渠して船体,機関及び漁ろう設備の点検と整備とが行われていた。
 A受審人は,入力側にエアクラッチを採用した船の増速機が無開放で運転を続けていると聞いて,増速機については開放整備をしなくても故障しないものと思い,就航後,入渠時などに開放整備を行うことなく,入渠毎に潤滑油冷却器の保護亜鉛を取り替えるのみで運転を続けていた。また,同冷却器の海水側を定期的に開放掃除することも,潤滑油についても油量を見て減少していれば補給するのみで,同油を定期的に取り替えることも行っていなかった。
 こうして,増速機は,経年の使用に,冷却器の海水側と潤滑油側のいずれも汚損して運転中の潤滑油温度が常に高かったことも重なり,各クラッチピストンの角リングが硬化し,作動油が漏れて同ピストンの押し付け力が低下していた。
 共幸丸は,A受審人ほか8人が乗り組み,船首1.85メートル船尾3.80メートルの喫水をもって,平成15年5月22日17時00分諸寄漁港を発し,鳥取県北方沖合の漁場において操業中,翌23日10時00分池尻埼灯台から真方位113度21.8海里の地点で,主機が増速機を介して全ての油圧ポンプを駆動し,両舷底びきウィンチで網が船尾甲板上に揚げられたのち,網捌きが行われていたところ,増速機の2号油圧ポンプを駆動するクラッチ板が滑って過熱し,同ポンプが停止して油圧供給が止まり,網捌きウィンチ等が動かなくなった。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
 A受審人は,ウィンチ類が動かないとの連絡を受けて機関室に入り,機関員から増速機ケーシングから白煙が上がった旨の報告も受けて点検したものの不具合の詳細が分からず,業者に電話で問い合わせ,増速機の継続使用が不能と判断した。
 共幸丸は,操業を中止して諸寄漁港に帰港し,精査の結果,増速機の全てのクラッチピストンの角リングが硬化し,油圧ポンプを駆動する出力軸のクラッチ板がいずれも焼損していることが分かり,クラッチ板,角リング等のほか,摩耗の進んだ各軸受が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,就航後,入渠時などに増速機の開放整備を行わなかったこと
2 A受審人が,増速機の潤滑油冷却器を定期的に開放掃除していなかったこと
3 A受審人が,増速機の潤滑油を定期的に取り替えていなかったこと

(原因の考察)

 本件機関損傷は,増速機が,クラッチピストンの角リングが硬化し,作動油が漏れて同ピストンの押し付け力が低下し,クラッチ板が滑ったまま運転されたことによって発生したものである。
 増速機は,クラッチピストンに耐油製のゴム材が使われていたが,圧力のかかる環境で経年使用されると,弾力性が低下して硬化し,ひび割れなどを生じて油密性能が低下する。そこで一定の年数以内に開放整備を行い,ゴム材である角リングなどの取替えが必要であった。すなわち,A受審人が,就航後,入渠時などに増速機の開放整備を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 なお,増速機には運転中の内部摩擦で生じる熱で温度が上がり過ぎないよう,海水による冷却器が備えられていたが,海水側の汚れと詰まりで潤滑油の温度が高いまま運転されると,潤滑油の酸化で発生したスラッジが冷却管周囲に付着するなどして更に熱交換が阻害され,潤滑油が高温にさらされて角リングの硬化を促す。加えて,潤滑油の取替えが長期間行われないと,同油の酸化によるスラッジ分が多くなる。つまり,A受審人が,潤滑油冷却器を定期的に開放掃除していなかったこと,及び潤滑油を定期的に取り替えていなかったことは,潤滑油の酸化とスラッジ発生を促し,角リングの硬化を早めたことになるが,適切な時機に増速機の開放整備の措置がとられておれば本件発生は防止できたのであり,直接本件発生の原因となったとは言えない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,機関の保守管理に当たり,主機が駆動する増速機の開放整備が不十分で,クラッチピストンの角リングが硬化し,作動油が漏れて同ピストンの押し付け力が低下し,クラッチ板が滑ったまま運転が続けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)

 A受審人は,機関の保守管理に当たる場合,主機で常時駆動される増速機を,クラッチピストンの角リングを取り替えずに運転を続けると,経年使用で同リングが劣化するおそれがあったから,同リングを取り替えられるよう,入渠時などに増速機の開放整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,同機は開放整備をしなくても故障しないものと思い,開放整備を十分に行わなかった職務上の過失により,クラッチピストンの角リングが硬化し,作動油が漏れて同ピストンの押し付け力が低下し,クラッチ板が滑る事態を招き,クラッチ板が焼損して操業不能に至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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