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平成16年神審第116号
件名

漁船第二十一勝運丸爆発事件

事件区分
爆発事件
言渡年月日
平成17年5月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤,横須賀勇一,村松雅史)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:第二十一勝運丸船長 海技免許:四級海技士(航海)(旧就業範囲)

損害
蓄電池室開き戸に軽微な曲損などの損傷
作業者が死亡,他の2人が顔面火傷及び鼻骨骨折の負傷

原因
工事中に乗組員不在となり,工事の監督が行われなかったこと

主文

 本件爆発は,岸壁係留中,外部業者が行う工事の監督が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を2箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月8日16時00分(現地時刻,以下同じ)
 南アフリカ共和国ケープタウン港
 (南緯33度54.2分東経18度26.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第二十一勝運丸
総トン数 289.00トン
全長 47.69メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット
回転数 毎分360
(2)設備及び性能等
ア 第二十一勝運丸
 第二十一勝運丸(以下「勝運丸」という。)は,平成元年8月に進水し,船体前部の凹甲板を挟んで船首楼及び船尾楼を配し,船尾楼内が,船首方から順に船橋,船員居室,機関室囲壁及び倉庫などに区画された船尾機関型鋼製漁船で,南アフリカ共和国ケープタウン港を基地として,大西洋南方海域におけるまぐろはえなわ漁業に従事していた。
イ 蓄電池室
 蓄電池室は,船尾楼内の機関室囲壁右舷側に設けられ,長さ0.7メートル(m),奥行き1.2m及び高さ2.0mの直方体状に区画された倉庫で,蓄電池用充電器と2段の棚が設置され,棚にはそれぞれの段に蓄電池が2個ずつ置かれており,右舷側の外舷通路に面した入口には,風雨密構造の鋼製開き戸が,天井には,自然通風を目的に,先端がグースネック状で,開口部をちょうナットで閉鎖することができる鋼製蓋が取り付けられた通風筒が設けられ,これら以外には外気に通じる開口部が設備されていなかった。
 また,蓄電池室入口付近には,火気を使用することを禁じる旨の表示がされていなかった。
ウ 蓄電池
 蓄電池は,端子電圧12ボルト(V),容量200アンペア時(AH)の鉛蓄電池で,2個ずつを直列に接続し,平素は主電路から整流器を経て給電される船橋24V分電箱及び主機遠隔操縦装置などへの非常用電源とされており,主電路から充電器を経て充電できるようになっていた。

3 事実の経過
(1)蓄電池室の状況
 蓄電池は,充電中,水素ガスが,特に過充電となる充電終期及び充電完了直後に正極板から多量に発生するほか,その後も自己放電などによって微量ながらも発生し,液口栓の排気口から蓄電池室内に放出されるようになっていた。
 ところで,水素ガスは,空気よりも軽く,空気中における混合割合が4ないし75パーセントの広範囲で引火により爆発する性質をもつ気体であることから,蓄電池室内での滞留を防止できるよう,常に同室の通風を確保しておく必要があった。
 ところが,A受審人は,蓄電池から水素ガスが発生することを承知していたものの,平成14年ごろには開放されていた通風筒開口部の蓋が,同16年1月に閉鎖されていることを認めたとき,時化た際に海水の蓄電池室内への浸入を防止するために乗組員が閉めたものと推察し,現状のままとした。
 通信長は,蓄電池の保守を担当しており,平成16年4月1日電解液を補充したうえ,蓄電池室の開き戸を閉鎖した状態で急速充電,続いて浮動充電を行い,翌2日06時ごろ充電を終了したのちも,通風筒の開口部が前記状態であることに気付かず,開き戸を閉鎖したままとした。
 こうして,蓄電池室は,十分な通風が阻害されるとともに,微量ながらも蓄電池から水素ガスが放出される状況が継続していた。
(2)本件発生に至る経緯
 平成16年4月4日10時00分勝運丸は,A受審人ほか日本人10人及びインドネシア人9人が乗り組み,操業を終えてケープタウン港に入港し,Hバースに係留して水揚げを開始した。
 ところで,勝運丸の乗組員は,1年に一度,約1箇月間の休暇を一斉にとることにしており,4月8日にインドネシア人乗組員を母国に帰国させ,残った日本人乗組員も翌9日に日本に空路帰国する予定であった。
 そこで,勝運丸は,以前から乗組員が不在で保安管理が手薄となる休暇の期間,貴重な備品等を格納している倉庫などの甲板上の扉を施錠していたものの,不法に侵入する者が後を絶たず,盗難の被害に遭うこともあったことから,休暇に入る際には,その都度,各扉に帯鉄を溶接して封鎖する工事(以下「封鎖工事」という。)をBと称する現地の業者に発注し,本船側の立ち会いの下で施工していた。
 A受審人は,封鎖工事仕様の立案にあたり,水素ガスが滞留するおそれのある蓄電池室の開き戸を施工対象から除外することとし,4月4日午後に来船したBの責任者と同仕様の打合せを行った際,自身が英語を不得手としていたことから,通訳を依頼していたC会ケープタウン事務所の日本人職員を介し,同室を除く施工箇所をそれぞれの現場にて口頭で指示した。
 4月6日水揚げを終えた勝運丸は,港内シフトのためHバースを離れ,船首1.0m船尾2.5mの喫水をもって,16時30分702号岸壁に,船首を北西に向け,すでに岸壁に係留中であった他船に右舷側を横付ける態勢で係留した。
 翌7日12時ごろ勝運丸は,全員で魚倉の洗浄を行ったのち,照明以外のすべての機器を停止して電力負荷を軽減し,船内電源を陸電に切り替えて係留を続けた。
 4月8日A受審人は,インドネシア人乗組員を帰国させたのち,12時ごろにBの作業者3人が前記責任者及び通訳を伴わずに来船したので,あらためて封鎖工事施工箇所を指示することとし,蓄電池室を除く各現場に作業者を同行させ,身振りを交えた日本語による説明を行ったところ,作業者のうち1人が日本語を少し理解できる様子であったことから,指示した内容を概ね了解してくれたものと判断し,同工事を開始させた。
 同日12時すぎA受審人は,すでに乗組員7人が外出していたが,自らの帰国前日でもあったので,車で約30分の距離にあるC会ケープタウン事務所で入浴することを思い立ち,作業者が同工事施工箇所を理解していることについて一抹の不安を感じていたものの,作業者の中に以前同一工事仕様で施工した経験をもつ顔見知りの者が含まれていたので,任せておいても大丈夫と思い,指示したとおりに工事が行われるよう,作業者の行動に気を配るなど,同工事中の監督を行うことなく,在船していた通信長及び甲板長と連れ立って同事務所に向かった。
 こうして勝運丸は,Bの各作業者が,本船側の監督者が不在の状況で,溶接作業,同作業補助及び防火の役割をそれぞれ分担し,岸壁上に設置した電気溶接機から電線を船内に引き込んで封鎖工事を開始し,施工箇所の溶接を終えたのち,指示されていなかった蓄電池室の開き戸にも,幅約10センチメートル(cm)及び長さ約100cmの帯鉄を溶接し始め,溶接部の温度が急激に上昇して高温となっていたところ,4月8日16時00分南緯33度54.2分,東経18度26.4分の前記係留地点において,同室内に滞留していた水素ガスに引火して爆発し,入浴を終えて勝運丸に向かう車中にあったA受審人が,その爆発音を認めた。
 当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,海上は穏やかであった。
 爆発の結果,作業者のうち,溶接作業を担当していたC作業者が,爆風で開いた蓄電池室の開き戸に強打され,多発外傷により死亡したほか,他の2人が顔面火傷及び鼻骨骨折をそれぞれ負い,同開き戸に軽微な曲損などの損傷を生じた。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,蓄電池室入口付近の外部からわかる位置に火気の使用を禁じる旨の標識を設置していなかったこと
2 蓄電池室には,天井に設けられていた通風筒以外に,外気に通じる開口部がなかったこと
3 A受審人が,蓄電池室通風筒の蓋を開放していなかったこと
4 通信長が,充電中及び充電終了直後に蓄電池から多量の水素ガスが発生する状況で,蓄電池室の開き戸を開放していなかったこと
5 A受審人が,作業者に対して封鎖工事仕様を説明する際,作業者との意思の疎通を欠き,内容を確実に伝達できたことの確認を行えなかったこと
6 A受審人が,作業者に対し,封鎖工事仕様を書面で提示しなかったこと
7 封鎖工事中,A受審人が,勝運丸を乗組員不在の状態とし,工事の監督を行っていなかったこと
8 作業者が,封鎖工事施工箇所として指示されていなかった蓄電池室の開き戸に帯鉄を溶接したこと

(原因の考察)
 本件爆発は,岸壁係留中,本船から依頼を受けた外部業者の作業者が,封鎖工事施工箇所として指示されていなかった蓄電池室の開き戸に帯鉄を電気溶接し,急激に温度が上昇して高温となった溶接部から,同室内に滞留していた水素ガスに引火したことによって発生したものである。
 封鎖工事に本船側が立ち会っていれば,A受審人との間で意思の疎通に不安があった作業者が,蓄電池室の開き戸に帯鉄を溶接しようとした場合であっても,それを制止することが可能であったと認められることから,甲板部の安全担当者でもあるA受審人が,蓄電池から水素ガスが発生していることを承知しながらも勝運丸を乗組員不在の状態とし,同工事の監督を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,蓄電池室通風筒の蓋を開放していなかったこと,通信長が,充電中及び充電終了直後に蓄電池から多量の水素ガスが発生する状況で,同室の開き戸を開放していなかったことは,同ガスが同室内に滞留する過程で関与した事実であるが,開き戸が風雨密構造で,完全な密閉状態を維持できるとは考え難いこと,充電完了後も微量の水素ガスの発生が継続していたものの,本件発生まで6日間もの時間の経過があったこと,及び同ガスの爆発可能な空気との混合割合が広範囲であったことを勘案し,本件と相当な因果関係があるとは認められない。また,同受審人が,蓄電池室入口付近の外部からわかる位置に火気の使用を禁じる旨の表示をしていなかったこと,封鎖工事を外部業者に行わせるにあたり,作業者との意思の疎通を欠き,工事仕様を確実に伝達できたことの確認を行えなかったこと,作業者に対し,同仕様を書面で提示しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件爆発は,南アフリカ共和国ケープタウン港の岸壁に係留中,本船からの依頼を受けた外部業者が盗難防止の目的で甲板上の各扉を封鎖する工事を行っていた際,同工事の監督が不十分で,指示していなかった蓄電池室の開き戸に帯鉄が電気溶接されて溶接部が高温となり,同室内部に滞留していた水素ガスに引火したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,南アフリカ共和国ケープタウン港の岸壁に係留中,外部業者の作業者に盗難防止の目的で甲板上の各扉を封鎖する工事を行わせる場合,蓄電池から水素ガスが発生することを承知し,作業者との意思の疎通に不安を抱いていたのであるから,指示したとおりの工事が行われるよう,作業者の行動に気を配るなど,同工事の監督を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,作業者の中に過去に同一仕様の工事を請け負ったことがある者がいるので,任せておいても大丈夫と思い,封鎖工事の監督を十分に行わなかった職務上の過失により,作業者が施工箇所として指示されていなかった蓄電池室の開き戸に帯鉄を溶接する事態を招き,同室内に滞留していた水素ガスに引火して爆発し,爆風で開いた開き戸に強打された作業者を死亡させ,他の作業者2人にそれぞれ顔面火傷及び鼻骨骨折を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を2箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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