(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月2日23時35分
熊本県池島ノ瀬戸
2 船舶の要目
船種船名 |
ヨットスティング |
登録長 |
9.49メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
9キロワット |
3 事実の経過
スティングは,推進機関を装備した,マストの高さ約12メートルのFRP製ヨットで,A受審人(平成14年7月一級小型船舶操縦士免許取得)ほか3人が乗り組み,大村湾において,ヨットレースを終え,回航の目的で,1.40メートルの最大喫水をもって,平成16年9月2日13時00分長崎県Bマリーナを発し,熊本県八代港に向かった。
ところで,A受審人は,早崎瀬戸から八代海間を航行するときには,熊本県天草上島と同県大矢野島間に多数の島や浅礁が散在し,船内に海図を備え付けていなかったので,昼間に航行するようにしており,また,同海域の諸水道に架かる略最高高潮面上の高さ6.8から15メートルの4本の橋のうち一番高い15メートルの天草第5号橋(以下「松島橋」という。)の下を通過するようにし,池島ノ瀬戸西口から丸子ノ瀬戸西口の堂島,野島間を通過して丸子ノ瀬戸を経由し,合津港内を通航していた。
A受審人は,Bマリーナを昼過ぎに出航すると初めて夜間に池島ノ瀬戸を通航することとなるが,何度も昼間に通航経験があったことから,GPSプロッターと周囲の明かりを頼りになんとか通航できるものと思い,発航前に同マリーナまたはヨットレース参加艇の乗組員に頼んで海図を入手するなどして航行予定海域の水路調査を十分に行わなかった。
発航後,A受審人は,左舷側船尾操縦席に腰掛け,機走により機関を全速力前進にかけ,右手にチラーを握り,操舵操船をして大村湾から佐世保港内を抜け,狭い海域の航海当直を自らが受け持ち,広い水域を他の3人に適当に任せることとし,キャビンで休息をとりながら,ときどき甲板上に出て周囲の状況を確かめ,寺島水道及び松島水道を通過して南下し,野母埼沖を東行した。
20時50分A受審人は,五通礁灯標を右舷側に50メートル離して通過したとき,間もなく早崎瀬戸にかかることから,当直を交代することとし,操縦席に腰掛け,約2海里レンジとなった魚群探知機兼用のGPSプロッター画面を見ながら,同瀬戸を通過して島原湾南部海域を熊本県高杢島南方の池島ノ瀬戸西口に向け,東行を続けた。
23時09分A受審人は,天草松島橋橋梁灯(C1灯)(以下「松島橋梁灯」という。)から304度(真方位,以下同じ。)2.1海里の地点において,針路を133度に定め,引き続き機関を全速力前進にかけ,6.0ノットの対地速力で,手動操舵によって進行した。
A受審人は,熊本県樋合島南岸沖合に達し,同島南方約200メートルに存在する京瀬がライトに照射されていることを視認してCマリーナ沖に達したことを知ったものの,魚群探知機が徐々に浅くなっていることを表示し始めたので気が動転し,沖出ししようと急ぎ右舵をとって間もなく水深は深くなったものの,前方の海上は真っ暗で天草第3号橋,天草第4号橋及び松島橋とそれらの橋梁灯の明かりしか見えず,GPSプロッターのレンジを約200メートルに拡大したところ,何も表示されなくなって周囲の状況が分からなくなり,不安を感じたが,しばらく天草第4号橋に向けて進行することとし,23時17分松島橋梁灯から299度1.3海里の地点で,針路を天草第4号橋の南端付近に向く106度に転じ,機関を微速力前進に減速して2.0ノットの対地速力で続航した。
A受審人は,水路調査を十分に行っていなかったことから,池島ノ瀬戸南側に浅礁が拡がっていることも,針路を転じて平瀬から北方に拡延する浅礁に著しく接近する態勢となったことにも気付かないまま進行し,23時35分スティングは,松島橋梁灯から309度1,330メートルの地点に当たる平瀬から北方に拡延する浅礁に,原針路,原速力のまま乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力2の南西風が吹き,潮候はほぼ高潮時であった。
A受審人は,いろいろと離礁を試みたものの効なく,携帯電話で海上保安部に救助を依頼した。
乗揚後,同保安部巡視艇の来援を得て引き下ろされ,その結果,センターボードに損傷及び左舷船尾船底に亀裂を生じていることが分かったが,航行に支障がなく,自力で付近のマリーナに向かい,のち修理された。
(原因)
本件乗揚は,長崎県Bマリーナから熊本県八代港に向け,初めて夜間に池島ノ瀬戸を東行する際,水路調査が不十分で,平瀬から北方に拡延する浅礁に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,長崎県Bマリーナから熊本県八代港に向け,初めて夜間に池島ノ瀬戸を東行する場合,目視して航行できる物標を多くは期待できないのだから,発航前に同マリーナまたはヨットレース参加艇の乗組員に頼んで海図を入手するなどして航行予定海域の水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,何度も昼間に通航経験があり,GPSプロッターと周囲の明かりを頼りになんとか通航できるものと思い,水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により,池島ノ瀬戸南側に浅礁が拡がっていることも,針路を転じて平瀬から北方に拡延する浅礁に著しく接近する態勢となったことにも気付かないまま進行して乗揚を招き,センターボードに損傷及び左舷船尾船底に亀裂をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。