(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月5日02時30分
長崎県郷ノ浦港
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船西海 |
総トン数 |
1,451トン |
全長 |
93.93メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
3 事実の経過
西海は,可変ピッチプロペラを装備する船尾船橋型の砂利採取運搬船で,A受審人ほか4人が乗り組み,貨物としてベルトコンベアー2式重量10トンを搭載し,海水バラストを船首水槽に48トン漲水し,船首1.6メートル船尾3.4メートルの喫水をもって,平成16年12月4日15時00分博多港を発し,長崎県郷ノ浦港に向かった。
ところで,郷ノ浦港は,壱岐島の南西部に位置し,南方に開いた港口を除いて周囲を陸地に囲まれているものの,西方から北西方にかけての陸地は標高が低く,同港内の防波堤外側に錨泊する船舶は,同方向の風が強吹するときは,十分な走錨の防止措置をとる必要があった。
A受審人は,郷ノ浦港に入港する前,テレビの気象情報により,東シナ海で発生した低気圧が九州付近を通過して本州の日本海側沿岸沿いに発達しながら進んで冬型の気圧配置となり,壱岐地方に強風及び波浪の各注意報が発表されており,4日夕方から5日昼前にかけて毎秒18メートルの強い北西の季節風が予想されることを知った。
A受審人は,風力2の北西風の状況下,郷ノ浦港港内に至り,揚荷役待機の目的で,19時00分郷ノ浦港鎌崎防波堤灯台(以下,鎌崎防波堤灯台という。)から272度(真方位,以下同じ。)550メートルの,水深が28メートルで底質が砂及び貝殻の地点に左舷錨を投じ,後進しながら,1節の長さ27.5メートルで8節備えていた錨鎖のうち4節水際まで伸出し,錨が十分に効いたことを確認したのち,機関の運転を終了した。
錨泊したとき,A受審人は,郷ノ浦港港内では,走錨するほどの強い北西風が吹くことはないだろうし,乗組員に休息をとらせようと思い,6節を超えるまで錨鎖を伸出するなり,二錨泊とするなど,走錨の防止措置を十分にとることも,停泊当直員を配置することもなく,翌日08時30分から開始予定となっていた揚荷役に備えて就寝した。
こうして,A受審人は,走錨の防止措置を十分にとっていなかったので,西海が,船首をほぼ北西に向けて左右に振れ回っていたころ,北西の風勢が増して毎秒18メートルとなり,やがて走錨して圧流され始め,南東方の鎌崎ふ頭に著しく接近する状態となったが,停泊当直員を配置していなかったのでその報告が得られず,このことに気付かなかった。
翌5日02時08分トイレに起きた一等航海士は,トイレの窓から鎌崎ふ頭に係留中の貨物船の照明灯を間近に視認して走錨していることに気付き,就寝中のA受審人に報告した。
02時10分A受審人は,報告を受けて直ちに甲板上に出て周囲を見回し,自船が走錨して船首を北西に向けた状態で船尾から鎌崎ふ頭先端部までの距離が50メートルばかりとなっていることを認め,機関長に機関用意を令するとともに,一等航海士及び甲板長に船首配置に就くよう指示し,昇橋した。
02時15分A受審人は,元の錨地に移動して二錨泊とするつもりで,用意のできた機関を回転数毎分200にかけ,わずかな前進推力を得られるようプロペラ翼角を0度とし,配置に就いた一等航海士に指示して揚錨を開始し,錨鎖を2節水際まで巻き込んだころ,強い北西風により船首が左方に振れ始め,02時20分錨がアップエンドダウンの状態となったとき,プロペラ翼角を前進に上げて右舵一杯をとったが,更に船首は左方に振れて南方に向く態勢で,わずかに前進しながら南東方に圧流された。
02時24分A受審人は,郷ノ浦港東側の海岸から200メートルばかりの,鎌崎防波堤灯台から186度840メートルの地点まで圧流され,錨を海面上まで巻き揚げた状態で,更に船首が風下に落とされて南南東方に向く態勢となり,2ノットばかりの対地速力で同港東側の海岸に向首接近する状況となったことから,プロペラ翼角を後進10度とし,機関を回転数毎分220に増速したものの,船尾方向からの波浪を受けてレーシングを生じるようになり,十分な後進推力を得られないまま圧流を続け,02時30分鎌崎防波堤灯台から177度1,100メートルの地点において,西海は,138度を向いた状態で,その船首部が同港東側の海岸に乗り揚げた。
当時,天候は曇で風力8の北西風が吹き,波高は約2メートルで,潮候は下げ潮の初期にあたり,壱岐地方には強風及び波浪の各注意報が発表されていた。
乗揚の結果,右舷船首部に凹損及び左舷船尾船底外板に亀裂などの損傷を生じたが,引船により引き降ろされ,のち修理された。
(原因)
本件乗揚は,夜間,長崎県郷ノ浦港において,揚荷役待機の目的で錨泊中,走錨の防止措置が不十分であったばかりか,停泊当直員を配置しなかったことにより,風勢を増した北西風によって走錨し,同港東側の海岸に向かって圧流されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,長崎県郷ノ浦港において,揚荷役待機の目的で錨泊する場合,北西風が強まることを知っていたのであるから,走錨することのないよう,6節を超えるまで錨鎖を伸出するなり,二錨泊とするなりして,走錨の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,港内では走錨するほどの強い北西風が吹くことはないものと思い,走錨の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,西海が,風勢を増した北西風によって走錨し,揚錨して転錨を試みたものの,更に圧流されて同港東側の海岸に乗り揚げる事態を招き,右舷船首部に凹損及び左舷船尾船底外板に亀裂などの損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。