(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月3日21時05分
関門港小倉区
(北緯33度54.0分 東経130度53.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船さんふらわあとうきょう |
総トン数 |
10,503トン |
登録長 |
162.45メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
15,345キロワット |
(2)設備及び性能等
さんふらわあとうきょう(以下「さんふらわあ」という。)は,平成15年8月に進水した航行区域を限定近海区域とする船首船橋型で全通二層甲板を有する鋼製のロールオン・ロールオフ貨物船で,可変ピッチプロペラを装備し,同年11月末から,京浜港,岩国港,徳山下松港及び博多港を結ぶ航路に就航し,乗用車,トレーラーシャーシ等の輸送に従事していた。
船首端から船橋前面までの距離は約38メートルで,船橋楼の最上層にある操舵室には操舵スタンド,主機遠隔操縦装置,レーダー,GPSなどが配置され,同室からの前方の見通しは良く,可変ピッチプロペラの翼角調整は,機関回転数に応じて自動的に調整する,推進機関最適制御装置のコンビネータハンドルを操作して行われていた。
また,建造時の完成要目書等によれば,最大速力は24.7ノット,港内全速力は14.5ノットで,旋回試験の結果は,右旋回時の最大縦距530メートル最大横距343メートル,左旋回時の最大縦距501メートル最大横距307メートルで,前後進試験の結果は,後進発令から翼角が0度となるまでの所要時間が約1分,船体停止までの所要時間が4分で,後進発令から船体停止までの航走距離が1,386メートルであった。
3 乗揚地点付近の状況
関門航路内は,掘り下げにより,ほぼ13メートルの水深が確保されているが,関門港小倉区許斐(このみ)地区の陸岸から同航路南側線まで浅所が拡延しており,同浅所の北側外縁の水深は5ないし10メートルであることから,喫水が5メートルを超える船舶が小倉日明第1号灯浮標(以下「日明灯浮標」という。)の南側水域に進入すると乗り揚げる危険性があった。
4 事実の経過
さんふらわあは,A受審人ほか10人が乗り組み,車両52台及びトレーラーシャーシ130台を積載し,船首6.16メートル船尾6.14メートルの喫水をもって,平成16年3月3日18時10分博多港を発し,岩国港に向かった。
20時43分A受審人は,自ら操船指揮を執り,三等航海士を見張りに就けて甲板手を手動操舵に当たらせ,関門航路西口に至り,コンビネータハンドルを港内全速力より少し上げて設定し,17.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,六連島東側の同航路を南下した。
20時53分少し前A受審人は,若松洞海湾口防波堤灯台から071度(真方位,以下同じ。)0.6海里の地点で,針路を141度に定め,航路に沿ってその右側を進行した。
20時57分わずか前A受審人は,小倉日明防潮堤灯台(以下「日明灯台」という。)から340度1.4海里の地点に達し,右舷前方を10ノットばかりの速力で同航する船舶(以下「第三船」という。)に約450メートルまで接近し,大瀬戸屈曲部の西側端まで1.8海里ばかりとなったとき,大山ノ鼻の沖に西航船を1隻しか認めなかったことから,航路の中央部に進出しても大丈夫と考え,同時57分針路を130度に転じるとともに,コンビネータハンドルを更に上げ,19.0ノットの速力に増速し,第三船の左舷側から追い越しに掛かった。
20時58分A受審人は,日明灯台から349度1.2海里の地点に差しかかり,大瀬戸屈曲部の西側端まで1.3海里となったとき,大山ノ鼻の沖に相前後して西航するアカシアほか1隻が存在したが,これらに気付かないまま進行した。
20時59分少し過ぎA受審人は,日明灯台から005度0.9海里の地点で,第三船を右舷側に約300メートル離して追い越したものの航路の左側に進出したことから,航路の右側に復すこととし,日明灯浮標を向首目標として針路を160度に転じ,コンビネータハンドルを下げ,17.0ノットの速力に減速したとき,左舷船首27度1.3海里のところにアカシアの白,白,緑3灯を,その左方に複数の西航船の灯火をそれぞれ初認し,その後,アカシアが他の西航船を追い越している状況であることを知り,同じ針路,速力で続航した。
21時01分A受審人は,日明灯台から032度880メートルの地点に達し,日明灯浮標まで0.6海里となったとき,左舷船首40度0.5海里のところに存在していたアカシアが大瀬戸屈曲部の西側端部に差しかかっているにもかかわらず,航路に沿って右転せず,ほぼ直進していることを知り,続いて同船が左転を始め,自船の前路に進出する態勢となったことを知ったものの,自船が現速力のまま進行すると,避航動作をとらなければならない状況となったとき,日明灯浮標の南側水域に進入するおそれがあったが,同船はすぐに右転して航路に沿う針路に復するものと思い,大幅に減速する措置をとることなく続航した。
21時01分半A受審人は,日明灯台から049度750メートルの地点で,日明灯浮標まで850メートルとなったとき,左舷正横前43度700メートルのところに認めていたアカシアが,なおも左転を続けていることを知り,衝突の危険を感じてコンビネータハンドルを港内全速力の位置に下げ,続いて右舵10度を令し,12.0ノットの速力で徐々に右転した。
21時03分A受審人は,航路外の,日明灯台から094度690メートルの地点に達したとき,アカシアが左転を継続したまま自船から遠ざかる態勢となったことを認め,日明灯浮標を右舷側に替わして航路内に復帰することとして左舵一杯を令し,同時03分半左回頭が始まったものの舵効きが悪く,陸岸へ接近したことに気付き,コンビネータハンドルを機関停止の位置としたが及ばず,21時05分日明灯台から133度990メートルの地点において,さんふらわあは,その船首が152度に向いたとき,約10ノットの速力で,関門港小倉区の浅所に乗り揚げた。
また,アカシアは,総トン数6,094トンの中華人民共和国籍の鋼製コンテナ船で,20時過ぎ関門航路東口に至り,同時50分ごろ巌流島の沖で航路の中央に寄せ,やがて大瀬戸屈曲部に差しかかる状況であったにもかかわらず,総トン数2,000トン級の船舶を先頭とする西航船の列の追い越しを図り,同時58分先航船の追い越しに掛かっていたところ,21時00分ごろ同船との関係に危険を覚えたものか,また,東航するさんふらわあの存在に気付かなかったものか,同時01分少し前日明灯台から081度0.8海里の地点で,ほぼ左舵一杯をとって旋回を開始した。
その後,アカシアは,航路中央部を中心として旋回径が400メートルばかりとなる左旋回を続けてさんふらわあの進路を阻害したのち,一回転して航路の右側に寄せ,関門航路西口に向かった。
当時,天候は曇で風力5の西風が吹き,潮候はほぼ高潮時で付近には微弱な西流があり,底質は砂であった。
乗揚の結果,船底外板全般に擦過傷を生じたが修理を要さず,タグボートにより引き下ろされ,予定の航海に就いた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,航路内で同航船を追い越したこと
2 A受審人が,追い越し中に左前方の見張りを十分に行っていなかったこと
3 A受審人が,複数の反航船を認め得る状況となったとき,直ちに追い越しを中止しなかったこと
4 さんふらわあが,同航船の追い越しを終えたとき,航路の左側に進出したこと
5 A受審人が,アカシアが大瀬戸屈曲部の西側端部で左転を始めたことを認めたとき,大幅に減速する措置をとらなかったこと
6 アカシアが,航路中央部で左旋回し,航路の左側に進出してさんふらわあの進路を阻害し,同船を航路外に進出させるに至ったこと
(原因の考察)
アカシアが航路中央部で左旋回しなければ,さんふらわあは航路の右側を安全に航行することができ,本件は発生しなかったのであるから,アカシアが左旋回したことは,本件発生の原因となる。
一方,さんふらわあは,アカシアが左転し,自船の前路に進出する態勢となったことを認めた際,大幅に減速する措置をとっていれば,同船との衝突回避のために右転したとしても航路外に大きく進出することなく,日明灯浮標の南側水域に進入することはなかったと認められる。
したがって,A受審人が大幅に減速する措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,追い越し中に左前方の見張りを十分に行っていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,航路内で同航船を追い越したこと,複数の反航船を認め得る状況となったとき,直ちに追い越しを中止しなかったこと及びさんふらわあが追い越しを終えたとき,航路の左側に進出したことは,関門航路においては,追い越される他の船舶が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要としないとき,かつ,他の船舶の進路を安全に避けられるときは,追い越しが認められていること,同船が追い越しを開始する時点では自船及び他船に特段の危険を生じさせる状況になかったこと及びアカシアが左旋回を開始するとき,既にさんふらわあは航路の右側に戻り,同船に対して左舷灯を見せる状況にあったことから,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,関門航路を東航中のさんふらわあが,大瀬戸屈曲部の西側端部に差しかかった際,同航路を西航中のアカシアが航路中央部で左旋回したため,進路を阻害されて航路外に進出したことによって発生したが,さんふらわあが,アカシアの左転を認めた際,大幅に減速する措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,関門航路を東航中,同航船を追い越したのち,原針路に復帰中,西航中のアカシアが航路に沿った針路とせずに左転し,自船の前路に進出する態勢となったことを知った場合,日明灯浮標を船首目標としていたのであるから,自船が衝突回避のために右転しても同灯浮標南側水域の浅所に著しく接近しないよう,大幅に減速する措置をとるべき注意義務があった。ところが,同人は,アカシアはすぐに右転して航路に沿う針路に復するものと思い,大幅に減速する措置をとらなかった職務上の過失により,過大な速力のまま衝突回避のために右転することとなり,航路外に大きく進出して関門港小倉区の浅所への乗揚を招き,船底外板全般に擦過傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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