(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月25日11時35分
広島湾黒島水道
(北緯34度03.5分 東経132度27.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
交通船2151号 |
排水量 |
50トン |
全長 |
19.8メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,206キロワット |
(2)設備及び性能等
2151号は,平成15年1月に進水し,ウォータージェット推進装置2機を備え,船首にランプウェイを有する単底一層甲板の船尾船橋型鋼製交通船で,海上自衛隊C隊(以下「C隊」という。)に配備され,専ら広島県呉港から同県江田島市小用及び切串間の人員及び物資の輸送に従事していた。
操舵室は,前側中央部にジョイスティックレバー2本などを組み込んだ操縦スタンドが設置され,同スタンド右舷側にマグネットコンパス,同スタンド左舷側にレーダー及びGPSプロッターが設置され,同室前方に視界を妨げるものはなく,前方の見通しは良好であった。
操縦性能は,諸公試成績表写によれば,19ノットで前進中,左旋回の最大縦距及び横距はともに60メートル,180度回頭するに要する時間は16秒,右旋回の最大縦距及び横距はともに50メートル,180度回頭するに要する時間は14秒であり,また,最短停止距離は66メートルで,その時間は14秒であった。
3 西五番之砠灯標付近の状況
西五番之砠灯標は,倉橋島南方から西方の柱島水道に向かう,倉橋島と黒島との間の黒島水道の西側に設置されており,その西側に可航水域があることを示す西方位標識で,同灯標東方600メートルばかりのところに干出岩を含む大五番之砠,及び同灯標南東方1,500メートルばかりのところに,最低水面からの高さ2.4メートルの干出岩を含むエビガヒレが存在していた。
4 事実の経過
2151号は,平成16年3月1日08時30分呉港を発し,D地の造船所において年次検査や機器の修理などを済ませ,A指定海難関係人ほか1人が乗り組み,同造船所の関係者など8人を乗せ,機関試運転及びマグネットコンパス自差修正を行う目的で,船首0.0メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,同月25日10時00分同造船所を発し,倉橋島南方に向かった。
これより先,A指定海難関係人は,倉橋島南方での通航経験がなかったうえ,自船には海図を備えていなかったのに,マグネットコンパス自差修正などは陸岸に接近しないで広いところで実施すればよいものと思い,事前にC隊に備えてある海図W142によって水路調査を十分に行わなかった。
このようにして,A指定海難関係人は,柱島水道において10分の4,10分の6及び10分の8の各出力で機関試運転を行って11時20分に終了し,次いでマグネットコンパス自差修正を行うため海面の穏やかな西五番之砠灯標東方に移動したが,事前に水路調査を十分に行わなかったので,同海域にエビガヒレなどの浅所が存在していることに気付かなかった。
11時23分A指定海難関係人は,手動操舵によって000度(真方位,以下同じ。)及び270度に進行して自差修正を行い,11時31分半西五番之砠灯標から077度1,660メートルの地点で,針路を180度に定め,機関を回転数毎分1,200にかけて12.0ノットの対地速力で続航しながら同修正を続けた。
11時33分半A指定海難関係人は,西五番之砠灯標から103度1,660メートルの地点で225度に転針したところ,エビガヒレに向首進行するようになったことに気付かず,11時35分西五番之砠灯標から122度1,450メートルの地点において,2151号は,原針路,原速力のまま,水面上に現れていない干出岩に乗り揚げ,これを擦過した。
当時,天候は曇で風はなく,潮候は高潮時で,潮高は2.84メートルであった。
乗揚の結果,船尾船底に破口及び凹損を生じて浸水沈没し,のち引き揚げられて修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A指定海難関係人が,マグネットコンパス自差修正などを実施する海域での通航経験がなかったこと
2 2151号に海図を備えていなかったこと
3 A指定海難関係人が,陸岸に接近しないで広いところで実施すればよいと思ったこと
4 A指定海難関係人が,事前に水路調査を十分に行わなかったこと
5 干出岩が水面上に現れていなかったこと
(原因の考察)
本件は,広島湾倉橋島南方において,マグネットコンパス自差修正を行う目的で航行中に干出岩に乗り揚げたもので,当時,同岩は水面上に現れていなかったので,見張りを十分に行っていても本件発生を防止することは困難であった。また,同自差修正を行うためには一定の時間同一針路を保って航行する必要があり,事前に水路調査を十分に行い,干出岩を含んだエビガヒレなどの浅所の存在を認識して,同浅所から離れた適切な実施海域を選定する必要があった。
したがって,A指定海難関係人が,陸岸に接近しないで広いところで実施すればよいと思い,事前に水路調査を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
2151号に海図を備えていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A指定海難関係人が,マグネットコンパス自差修正などを実施する海域での通航経験がなかったこと,及び干出岩が水面上に現れていなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗揚は,広島湾倉橋島南方において,マグネットコンパス自差修正などを行うにあたり,事前の水路調査が不十分で,干出岩に向かって進行したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が,事前に海図によってマグネットコンパス自差修正などを行う海域の水路調査を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては,本件後,教育訓練を受けて水路調査を十分に行うことなどの重要性を強く認識し,安全運航に努めていることにより,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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