(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月7日03時50分
鳥取県岩美郡岩美町
(北緯35度36.4分 東経134度22.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第一冨美丸 |
総トン数 |
99トン |
全長 |
37.03メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
617キロワット |
(2)設備及び性能等
第一冨美丸(以下「冨美丸」という。)は,昭和63年10月に進水した鋼製漁船で,兵庫県浜坂漁港を基地として沖合底びき網漁業や一本つり漁業などに従事していた。
船体は,船首楼及び隆起甲板付きの一層甲板型で,中央部の隆起甲板に操舵室が,上甲板下の船体後部にベッドなどを備えた船員室がそれぞれ配置されていた。
操舵室は,前面壁寄りの中央部に操舵スタンドが,その左右両側にGPSプロッター,魚群探知器及び機関操縦装置などが,後部の左舷側にベッドが,右舷側に無線装置などがそれぞれ設置されていた。
航海速力は,機関を回転数毎分620として約9.5ノットであった。
3 運航状況
冨美丸は,毎年4月から5月まではほたるいか漁に,7月から10月まではいか一本つり漁に,11月から翌年3月まではかに漁にそれぞれ従事し,6月は入渠するなど船体整備の期間になっていた。
かに漁は,浜坂漁港から9時間ばかりの,島根県隠岐諸島北西方沖合の日本海に設定された漁場において,投網に20分間を,曳網に1時間を,揚網に30分間をそれぞれ要する操業を1週間ばかり昼夜連続して行い,操業を終えると直ちに同漁港に帰航して水揚げを行うものであった。
4 就労状況
かに漁を行う際の就労状況は,浜坂漁港と漁場間の航海では,A受審人,B受審人及び賄いを担当する1人を除く乗組員が輪番で単独2時間交替の船橋当直につき,漁場においては,B受審人が操業の指揮をとり,A受審人が操船を,他の乗組員が投網,揚網,漁獲物の選別などの各作業にそれぞれあたるもので,いずれの乗組員も作業の合間に適宜短時間の休息をとっていたものの,連続して睡眠をとることができなかったことから,操業を終えて帰航するときには睡眠不足の状態であった。
5 事実の経過
冨美丸は,A及びB両受審人並びにC指定海難関係人ほか7人が乗り組み,かに漁の目的で,船首2.5メートル船尾3.3メートルの喫水をもって,平成15年12月2日07時30分浜坂漁港を発し,同日13時00分ごろ隠岐諸島北西方沖合25海里の漁場に至って操業を開始した。
A受審人は,かに漁を開始する際,昼夜連続して操業を行うと乗組員全員が睡眠不足の状態になり,帰航時に居眠り運航に陥るおそれがあったが,B受審人に任せておけばよいものと思い,同受審人に対し,操業の指揮にあたっては,帰航時の船橋当直を考慮し,同当直につく予定の乗組員については作業時間を短くして入直前に十分な休息をとらせるなど,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示しなかった。
B受審人は,操業の指揮にあたり,かに漁を昼夜連続して行うと乗組員全員が睡眠不足の状態になり,帰航時に居眠り運航に陥るおそれがあったが,船橋当直を2時間の短時間交替制としたので,当直者が居眠りすることはないものと思い,帰航時の船橋当直につく予定の乗組員については作業時間を短くして入直前に十分な休息をとらせるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとることなく操業を行い,同月6日ずわいがに2.5トンを漁獲して操業を終え,18時40分前示漁場を発進して帰途についた。
B受審人は,22時から24時までを機関員に,00時から02時までをC指定海難関係人にそれぞれ単独の船橋当直を行わせ,02時から浜坂漁港までは自らが当直について乗組員にかにの箱詰などの水揚げ準備作業を行わせることとし,漁場発進後しばらくの間,乗組員に漁網の修理作業を行わせて自ら単独の船橋当直にあたり,島後水道を経て鳥取県北方沖合の日本海を東行した。
A受審人は,船橋当直をB受審人に任せて機関室に赴き,2時間ばかり機関の点検などにあたったのち,船員室で休息した。
22時00分B受審人は,御埼港北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から333度(真方位,以下同じ。)29.3海里の地点で,針路を浜坂漁港に向く110度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて9.5ノットの対地速力で進行した。
B受審人は,折からの潮流を左舷方から受け右方に3度圧流されて続航し,間もなく,昇橋した機関員に対し,翌7日00時00分C指定海難関係人と当直を交替すること,当直中は居眠りしないことなどを命じるとともに,02時00分から再び自らが当直につくので起こすこと,当直中居眠りしないことなどを同指定海難関係人に申し継ぐよう指示して当直を交替し,操舵室後部のベッドで休息した。
翌7日00時00分C指定海難関係人は,北防波堤灯台から013度19.2海里の地点に達し,前直者に起こされたとき,漁場を発進したあと2時間ばかり休息したものの,十分に睡眠がとれておらず,眠気を感じたまま昇橋し,02時00分からB受審人が当直につくので起こすこと,当直中居眠りをしないことなどを引き継いで単独の船橋当直につき,引き続き針路を110度に定めて自動操舵とし,右方に3度圧流され,9.5ノットの対地速力で,航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
C指定海難関係人は,操舵室左舷側に置いたいすに腰を掛けて見張りを行っていたところ,01時00分北防波堤灯台から041度20.0海里の地点に差し掛かったころ,眠気が強まったが,B受審人にこの旨を報告することなく,足が冷えてきたので,舵輪の近くに置いていた電気ヒーターのそばに移動してカーペットを敷いた床に腰を下ろし,同ヒーターのスイッチを入れて暖をとり始めたところ,いつしか居眠りに陥り,02時00分B受審人を起こすことができないで続航した。
こうして,冨美丸は,潮流によって右方に3度圧流されたまま,鳥取県岩美郡岩美町の砂浜に向けて進行する状況となったが,C指定海難関係人が居眠りに陥っていたので,このことに気付かず,B受審人が針路を修正することができないで続航し,03時50分大羽尾灯台から099度1.24海里の地点において,冨美丸は,原針路,原速力のまま,同町の砂浜に乗り揚げた。
当時,天候は曇で風力6の西北西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
B受審人は,操舵室後部で休息中,異常を感じて目が覚め,周囲を見て乗揚を知り,A受審人に知らせるとともに事後の処置にあたった。
乗揚の結果,プロペラ及び船首船底外板などに損傷を生じたが,来援したサルベージ会社の引船により約1箇月後に引き下ろされて境港に引き付けられ,のち修理された。また,乗組員は海上保安庁のヘリコプターで全員が救助された。
(本件発生に至る事由)
1 操業を含め冨美丸の運航全般をB受審人が指揮していたこと
2 A受審人が,B受審人に対し,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示しなかったこと
3 B受審人が,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
4 C指定海難関係人が,昼夜連続した操業にあたって睡眠不足であったこと
5 冨美丸が,右方に圧流されて進行したこと
6 C指定海難関係人が,休息を十分にとれず,眠気を感じたまま昇橋したこと
7 C指定海難関係人が,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
8 C指定海難関係人が,床に腰を下ろし電気ヒーターで暖をとっていたこと
9 C指定海難関係人が,居眠りに陥ったこと
(原因の考察)
冨美丸は,居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば,昼夜連続した操業を終えて兵庫県浜坂漁港に向け帰航中であっても,C指定海難関係人が居眠り運航に陥ることなく,指示された時刻にB受審人を起こして船橋当直を交替し,同受審人が適切に操船して浜坂漁港に入航でき,乗り揚げなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,B受審人に対し,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示しなかったこと,B受審人が,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと及びC指定海難関係人が,居眠り運航の防止措置を十分にとらないで居眠りに陥ったことは,いずれも本件発生の原因となる。
C指定海難関係人が,床に腰を下ろし電気ヒーターで暖をとっていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,そもそも眠気を感じたまま昇橋し,その後眠気が強まったことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,船橋当直を行う際には,常時適切な見張りが維持できるよう,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
C指定海難関係人が,昼夜連続した操業を行って睡眠不足であったこと及び休息を十分にとれず,眠気を感じたまま昇橋したことは,A受審人が,B受審人に対し,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示し,B受審人が,居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば本件は発生しなかったものと認めるので,原因とならない。
操業を含め冨美丸の運航全般をB受審人が指揮していたことは,居眠り運航の防止措置を十分にとることを妨げるものではないので,本件発生の原因とするまでもない。
冨美丸が右方に圧流されて進行したことは,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,鳥取県北方沖合の日本海において,操業を終え兵庫県浜坂漁港に向けて帰航中,居眠り運航の防止措置が不十分で,鳥取県岩美郡岩美町の砂浜に向け進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは,船長が,漁労長に対し,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示しなかったこと,漁労長が,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと及び無資格の船橋当直者が,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
B受審人は,島根県隠岐諸島北西方沖合の漁場において,昼夜連続して行うかに漁を指揮する場合,帰航時に居眠り運航に陥ることがないよう,船橋当直につく予定の乗組員については作業時間を短くして入直前に十分な休息をとらせるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,船橋当直を2時間の短時間交替制としたので,船橋当直者が居眠りすることはないものと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,兵庫県浜坂漁港に向けて帰航中,無資格の船橋当直者が居眠りに陥り,鳥取県岩美郡岩美町の砂浜に向け進行して乗揚を招き,プロペラ及び船首船底外板などに損傷を生じさせ,引き下ろしに約1箇月を要するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
A受審人は,島根県隠岐諸島北西方沖合の漁場において,かに漁を開始する場合,帰航時に居眠り運航に陥ることがないよう,B受審人に対し,操業を指揮するにあたっては,帰航時の船橋当直を考慮し,当直につく予定の乗組員については作業時間を短くして入直前に十分な休息をとらせるなど,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示するべき注意義務があった。ところが,同人は,B受審人に任せておけばよいものと思い,居眠り運航の防止措置をとるよう十分に指示しなかった職務上の過失により,兵庫県浜坂漁港に向けて帰航中,無資格の船橋当直者が居眠りに陥り,鳥取県岩美郡岩美町の砂浜への乗揚を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
2 勧告
C指定海難関係人が,夜間,鳥取県北方沖合の日本海において,単独の船橋当直にあたって兵庫県浜坂漁港に向け帰航中,眠気が強まった際,B受審人にその旨を報告しなかったことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては,勧告しないが,船橋当直を行う際には,立った姿勢で行うなど,常時適切な見張りを行い,眠気が強まったときには報告するなど,安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
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