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平成16年函審第82号
件名

貨物船リンドス乗揚事件
第二審請求者〔受審人A,補佐人B〕

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年4月18日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(黒岩 貢,岸 良彬,野村昌志)

理事官
阿部房雄

受審人
A 職名:リンドス水先人 水先免許:小樽水先区
補佐人
B

損害
船底に一部凹損を伴う擦過傷及び推進器翼に鋸歯状の欠損

原因
過大速度(港内速力表確認及び港口通過時の速力の確認不十分)

主文

 本件乗揚は,港内速力表の確認及び港口通過時の速力確認がいずれも不十分で,過大な速力のまま回頭態勢に入ったことによって発生したものである。
 受審人Aの小樽水先区水先の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月29日07時18分
 北海道小樽港
 (北緯43度11.6分 東経141度01.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船リンドス
総トン数 31,643トン
全長 215.40メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 9,487キロワット
(2)設備及び性能等
 リンドスは,西暦1990年1月に進水した,ハンディーマックス型(載貨重量4万トンから5万トンクラス)と呼称される船尾船橋型ばら積貨物船で,船橋前面から船首端までが約170メートル,船尾端までが約45メートルであった。
 船橋は,中央部の操舵スタンド右舷側に機関遠隔操縦装置やテレグラフが備わったコンソールが,左舷側に灯火及び照明制御装置等が備わったコンソールがそれぞれ置かれ,メインレーダーが右舷端に,サブレーダーが左舷端にそれぞれ取り付けられていた。同スタンド後部には横長の棚が設置され,その左舷側にはインマルサット受信機を含む通信機器が,中央部にドップラーソナー及びGPS受信機が並んで置かれ,右舷側後部角に海図台が設置されていた。また,操舵スタンド前方の船橋前面ガラス近くにレピータコンパスが備えられていた。
 港内速力は,全速力前進が12.0ノット(機関回転数毎分80),半速力前進が10.0ノット(同65),微速力前進が9.0ノット(同55),極微速力前進が7.5ノット(同45)となっており,舵角35度で旋回したときの最大縦距,最大横距は,それぞれ左舵で610メートル,800メートル,右舵で560メートル,770メートルであった。

3 小樽港
 小樽港は,石狩湾南部の高島岬南側に位置する北東方に開いた特定港で,同港北部の厩町岸壁突堤から南東方に約1,300メートル延びる北防波堤,同防波堤南端付近から東南東方に約280メートル延び,東端に小樽港北副防波堤灯台(以下「北副防波堤灯台」という。)が設置された北副防波堤,同港南端の平磯岬から北西方に約800メートル延びる南防波堤,その北端からさらに同方向に約900メートル延び,北端に小樽港島堤灯台(以下「島堤灯台」という。)が設置された島堤等の防波堤が築造され,北副防波堤灯台南側が港口で,北防波堤南端と島堤北端間が可航幅180メートルの防波堤入口となり,港界から北副防波堤南側を経て防波堤入口の210メートル内側まで航路が設定されていた。
 これら防波堤と陸岸とにより囲まれる水域北側の第1区には,北から順に色内ふ頭,第3ふ頭,第2ふ頭,港町ふ頭が,南側の第2区には,北から順に中央ふ頭,勝納ふ頭がそれぞれ構築され,港界と防波堤とに囲まれる水域が第3区となっていた。
 また,平成10年までに防波堤入口から港町ふ頭,勝納ふ頭1号岸壁にかけての区域が13.1メートルに掘り下げられることとなり,同9年3月には小樽市港湾部が委託した民間の海事コンサルティング機関によるパナマックス型船舶を想定した大型船操船シミュレータ実験が水先人も参加して行われ,入出港操船のための安全対策が検討された。
 その結果,入港時の喫水が11.9メートルを超えないこと,風速毎秒10メートル以下であること,水先人を2人乗船させること,入港時タグボート(以下「タグ」という。)を3隻配備すること等を条件にパナマックス型船舶が入港して勝納ふ頭1号岸壁に着岸するようになり,これより小型のハンディーマックス型船舶についても,タグの配備が2隻とされた以外,同条件で同岸壁に着岸するようになった。
 平成13年6月入港船舶の減少によりそれまで2人体制であったC水先人会が1人体制となったことから,水先人の乗船条件が2人から1人に緩和され,現在に至っていた。
 しかしながら,防波堤入口から中央ふ頭沖合を南東方に延びる掘り下げ区域境界線までの奥行きは800メートルしかなく,浅水影響により旋回時の最大縦距が通常の1.3ないし1.4倍になるとのシミュレータ実験結果が報告される条件下,270度(真方位,以下同じ。)の針路で同入口を通過した全長200メートルを超える大型船を,掘り下げ区域の中で勝納ふ頭沖合に向く150度まで大きく左回頭させる必要があり,これを無難に行うためには港口通過時の速力の制御,適切なタグの運用が求められていた。
 平成13年以降,本件発生までに小樽港に入港したパナマックス型船舶は17隻,ハンディーマックス型船舶は,リンドスを含め15隻であった。

4 タグ

 小樽港では,港内に常駐する出力1,912キロワットの全旋回式Z型推進装置を備えたタグD号及び同E号並びに石狩湾港に常駐する出力1,471キロワットの同様の装置を装備したタグF号が利用可能であった。3隻とも航行区域が平水区域であったうえ,船員法第1条第2項第2号に該当する船員法非適用船に認定されていたことから,原則として港外には出られず,パナマックス型船舶が入港する際には,F号が臨時変更証を取得して石狩湾港から来航していた。
 ハンディーマックス型船舶の場合,使用タグが2隻となり,D号とE号が配備されたが,上記規定によりその操船補助業務は港内に限定され,港界から防波堤入口までの距離的制約もあって,回頭開始までにタグラインをとることはできなかった。
 また,D号は昭和54年に,E号は同55年にそれぞれ建造され,両船とも速力計を備えていなかった。

5 入港操船
 パナマックス型船舶入港時の操船は,港外で1隻のタグを船尾につけてタグラインをとり,機関を極微速力前進として港界付近に接近してから同タグに船尾方に引かせて減速しつつ,速力を4.5ノット(対地速力,以下同じ。)程度として港口を通過し,防波堤入口を通過後,左舵一杯とし,他の2隻のタグを右舷船首と左舷船尾にそれぞれ頭付けで押させるとともに,船尾のタグを右方に引かせ,速力の低下による回頭角速度の減少をタグの回頭力で補いながら回頭し,勝納ふ頭に向首したところで機関を停止し,同ふ頭に向かうことにしていた。
 また,ハンディーマックス型船舶は,港口通過時の速力が5ノット程度であること,活動が港内に限定されたタグ2隻を使用し,操船補助が防波堤入口通過後となること以外は,ほぼパナマックス型船舶と同じ操船方法をとっていた。
 いずれの場合も,船体を押す2隻のタグは,2機2軸であるその特性を利用して入港船と同じ速力で横移動しながら押すこととなり,入港船の速力が速くなるほど同船に対する正横方向への推力が減じられることから,港口通過時の速力制御が重要となっていた。

6 事実の経過

 リンドスは,船長Gほか28人が乗り組み,飼料用原料のコーンなど44,740トンを積載し,平成16年4月22日(現地時間)アメリカ合衆国ニューオリンズ港を発し,小樽港に向かい,越えて5月28日20時00分船首尾とも11.6メートルの等喫水をもって,北副防波堤灯台の北東方約1.5海里の地点に投錨し,翌29日06時35分抜錨と同時にA受審人を乗船させ,同人の嚮導のもと,勝納ふ頭1号岸壁に向かった。
 ところで,水先人乗船時,同人が入港船船長に署名を求める水先約款には,本船の全長,幅,喫水や港内速力を水先人に通知する船長の義務について記載され,通常,船長は,それらを記入したパイロットインフォメーションを水先人に提示し,署名を求めるのが一般的であったが,G船長はこれを提示しなかった。
 一方,A受審人は,リンドスの船橋に到着したとき,一等航海士が自分に示した図表には本船の全長や船橋から船首尾までの距離についての記載だけで,最も重要である極微速力前進の速力等,港内速力についての記載がなかったため,港内速力表を求めて自ら船橋内を探したところ,右舷側コンソール上にプラスチックケースに入った同表が目に入った。A受審人は,その上に載せられたベルブックが極微速力前進の項目を一部覆い,数字の5しか見えなかったが,極微速力前進の速力が5ノット程度の船舶が多かったことと,G船長に聞いたところ,5ノット程度であるとの助言があったことなどから約5ノットと思い込み,同速力について自ら港内速力表を確認することなく,その速力が7.5ノットであることに気付かないまま操船に当たることとなった。
 こうしてA受審人は,G船長,一等航海士の在橋のもと,レピータコンパス横に立ち,操舵員を手動操舵に当たらせ,機関を極微速力前進にかけて平磯岬に向けて南下し,まもなく北副防波堤灯台南側に向け小舵角による右回頭を開始した。このころA受審人は,速力の確認のため2回ドップラーソナーを見に行き,最初4.0ノット,次に5.1ノットの表示を確認していたところ,G船長から自分が見て教える旨の申し出があったため,その後は元の位置に戻って操船に当たった。
 07時05分A受審人は,北副防波堤灯台から181度130メートルの地点に達し,同灯台に並航したとき,針路を第2ふ頭基部にある赤白コンクリート塔に向首する271度に定めた。
 このときA受審人は,速力がいつもより速いような気がしたが,一等航海士から現在の速力約5ノットとの助言があり,再度ドップラーソナーを確認させるなどして速力を十分に確認しなかったので,このときの速力が5.8ノットであり,更に逓増する気配のあることに気付かず,しばらくの間機関を停止して惰力で進行するなどの速力制御を行わないまま進行した。
 07時06分少し過ぎA受審人は,北防波堤南端を右舷側130メートルに通過して左舵10度を令すとともに,右舷船首にE号を,左舷船尾にD号をそれぞれ頭付けで押す態勢をとらせ,船尾が同南端を通過した07時06分半左舵一杯とし,同時に両タグに対し全速力前進で真横に押すよう命じた。
 そして,D号,E号とも,2機のうち1機の推力を真横または斜め前進として横移動しつつ,それぞれ船体を押して回頭の補助に当たったが,いつもの同型船入港時に比べてリンドスの速力が速く,両タグともリンドスを真横に押す態勢の確保に難儀する状況となり,回頭が進むにつれ速力が逓減したものの,平素の同型船操船時より旋回縦距が拡大して中央ふ頭に接近することとなった。
 07時10分A受審人は,北副防波堤灯台から249度840メートルの地点に達し,右舷側ウイングに出たとき,中央ふ頭がいつもより近いことにようやく気付き,機関を停止したが,同ふ頭前面が掘り下げ区域から外れていることを失念し,機関を後進にかけるなどの緊急措置をとらないまま回頭中,07時11分同灯台から244度930メートルの地点に至り,船首が掘り下げ区域外に進出した。
 07時12分少し過ぎA受審人は,北副防波堤灯台から238度1,000メートルの地点に達したとき,中央ふ頭3号岸壁に係留中の他船への接近で危険を感じたE号から船首を離れるとの報告を受け,初めて係留船の存在及び同船への接近に気付いたが,どうすることもできず,まもなく中央ふ頭先端の3号岸壁と平行になり,その後,底触して速力が急に落ち,E号が戻って再び押し始めた07時18分リンドスは,北副防波堤灯台から229度1,070メートルの浅所に,155度を向首し,極低速力で乗り揚げた。
 当時,天候は曇で風力1の西風が吹き,潮候は上げ潮の初期であった。
 リンドスは,その後,石狩湾港から来援したF号,巡視船1隻を加えて何度か浅所からの引き降ろしを試みたが,離礁せず,約4,500トンの貨物を瀬取りしたのち,6月6日再度引き降ろしを試み,離礁した。
 乗揚の結果,船底に一部凹損を伴う擦過傷及び推進器翼に鋸歯状の欠損をそれぞれ生じた。

(本件発生に至る事由)
1 船長からパイロットインフォメーションの提示がなかったこと
2 A受審人がパイロットインフォメーションの提示を求めなかったこと
3 A受審人が極微速力前進の速力を港内速力表で確認しなかったこと
4 A受審人が港口通過時,速力を確認しなかったこと
5 A受審人が船長との意思の疎通を欠いていたこと
6 A受審人が中央ふ頭に近いことに気付くのが遅れたこと
7 E号がリンドスの船首から離れたこと
8 A受審人が,中央ふ頭前面の水深が浅いことを失念していたこと

(原因の考察)
 A受審人が,極微速力前進の速力を港内速力表で確認していたなら,同速力が同型船に比較して大きいことを認識でき,極微速力前進,停止を繰り返しながら航行することにより港口通過時の速力を制御し,防波堤入口通過後,同型船操船時と同様に回頭することができ,本件は発生していなかったと認められる。
 さらに港口通過時,船長もしくは一等航海士に再度ドップラーソナーを読ませるなどして速力を確認していたなら,早めに機関を停止し,減速することが可能であり,本件の発生を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が極微速力前進の速力を港内速力表で確認しなかったこと,港口通過時の速力を確認しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 E号が,リンドスの回頭中,その船首から離れたことは,岸壁係留船との接触を防ぐための緊急措置であり,また,その時点ですでにリンドスは掘り下げ区域外に進出していたのであるから,本件発生の原因をなしたものとは認められない。
 船長がパイロットインフォメーションを提示しなかったこと,A受審人がその提示を求めなかったこと,同人が船長との意思の疎通を欠いていたこと,A受審人が中央ふ頭に近いことに気付くのが遅れたこと,A受審人が中央ふ頭前面の水深が浅いことを失念していたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(主張に対する判断)
1 A受審人が,リンドスの船尾にタグラインをとらなかったことが本件の原因である旨の主張について
 A受審人が,港外で船尾にタグラインをとっていたならば,港口通過時の速力を減ずることも,タグに船尾方に引かせて機関を低速力にかけながら舵角一杯として回頭することにより最大縦距を短くすることも可能であった。
 しかしながら,A受審人は,乗船時,港内速力表を確認していれば,機関停止を繰り返すなどして港口通過時の速力を減じていたと述べていること,速力の確認がなければそれがいつもより過大であることにも気付かず,タグにより速力を減ずる措置をとることもなかったこと,船員法非適用船の認定により,タグラインを港外でとることが出来なかったこと,従来の方法で年間5隻程度のハンディーマックス型船舶を無難に入港,着岸させてきたこと等を勘案すると,タグラインを船尾にとらなかったことが原因とは認められない。
 ところで,タグが港外でタグラインをとれず,その操船補助が防波堤内に限定されることは,港口通過時における不意の機関故障への対処など,安全性の観点から問題もあり,検討すべき事項である。
2 小樽港の防波堤,ふ頭などの構築状況,タグの性能及び活動範囲の制限が大型船の入港条件にかなっていないことが本件の原因である旨の主張について
 先に述べたように,小樽港においては,平成9年パナマックス型船舶を受け入れるにあたり,操船シミュレータ実験により安全性を確認しており,同13年から本件発生前までの実績でも約30隻の大型船舶が入港している。この事実だけから見ても,小樽港の諸条件により本件が発生したものとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,水先人嚮導のもと,北海道小樽港に入港する際,港内速力表の確認及び港口通過時の速力の確認がいずれも不十分で,過大な速力のまま港口を通過して回頭態勢に入り,旋回縦距が拡大して掘り下げ区域外に進出したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,北海道小樽港において,ハンディーマックス型ばら積み貨物船の嚮導に当たる場合,防波堤入口から掘り下げ区域端までの奥行きが短く,港口通過時の速力が大きいと旋回縦距が拡大して同区域外に進出するおそれがあったから,港口通過時の使用機関である極微速力前進の速力を港内速力表で十分に確認すべき注意義務があった。しかるに,同人は,港内速力は同型船と同程度と思い,極微速力前進の速力を港内速力表で十分に確認しなかった職務上の過失により,速力が逓増中で過大であることに気付かないまま港口を通過して回頭態勢に入り,旋回縦距が拡大し,掘り下げ区域外に進出して乗揚を招き,船底に一部凹損を伴う擦過傷及び推進器翼に鋸歯状の欠損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小樽水先区水先の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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