(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月16日13時39分
沖縄県石垣港南東方沖合
(北緯24度17.4分 東経124度11.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船八宝丸 |
漁船泰一丸 |
総トン数 |
4.92トン |
1.56トン |
登録長 |
10.50メートル |
7.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
257キロワット |
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漁船法馬力数 |
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18 |
(2)設備及び性能等
ア 八宝丸
八宝丸は,昭和56年10月に進水した,最大搭載人員12人の一層甲板型FRP製小型兼用船で,船体中央からやや後方に操舵室及び同室上方に前方と両舷とを風防で囲んだ構造物(以下「見張り台」という。)を設置し,操舵室には,カラーレーダー,自動衝突予防援助装置及びGPSプロッターを装備し,最大速力は,機関回転数毎分2,200の約20ノットであった。
イ 泰一丸
泰一丸は,昭和52年7月に進水した無蓋のFRP製漁船で,魚群探知器を装備し,汽笛等及びそれに代わる有効な音響信号設備を備えていなかった。
3 事実の経過
八宝丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣客3人を乗せ,氷50キログラムを積載し,まぐろ釣りの目的で,船首0.4メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,平成16年4月16日06時50分沖縄県石垣漁港を発し,08時00分石垣島南東方沖合のパヤオと称する浮魚礁が設置された釣り場に至って釣りを開始したのち,何度か釣り場を移動しながら遊漁を続け,13時10分石垣港登野城第2号灯標(以下「第2号灯標」という。)から165度(真方位,以下同じ。)11.2海里の地点で,釣りを終え,帰港の途に就いた。
ところで,八宝丸は,速力を上げると次第に船首が浮上して水平線が隠れ,速力が約15ノット以上のときに,操舵室の舵輪後方のいすに腰掛けると,船首方の視認が,左右30度にわたって遮られるので,見張りを行う際は,同いすに立ち上がって同室の天井を開け,見張り台に顔を出す必要があった。
また,石垣港港界南東端には,釜口(サクラ口)と呼ばれる,さんご礁帯の切れ目に掘り下げられた,石垣港と同港南東方沖合とを結ぶ唯一の水道があり,小型漁船が,漁を行うため同水道沖合に止まったり,釜口に出入りするため頻繁に行き交う海域であった。
発進したとき,A受審人は,針路を348度に定め,釣客が搭乗する航空便に間に合うよう,余裕をもって帰港することとし,機関を全速力前進よりやや落とした18.5ノット(対地速力,以下同じ。)の速力で,自動操舵により進行した。
A受審人は,ときどき見張り台に顔を出して船首方の見張りを行っていたところ,13時34分第2号灯標から160度3.8海里の地点に達したとき,釣客送迎の打合わせのため,自宅の妻に携帯電話をかけることとし,いすに腰掛けて続航した。
13時38分少し過ぎ第2号灯標から157度2.6海里の地点で,正船首500メートルのところに右舷側を見せて静止する泰一丸を視認でき,同船が錨泊中を示す形象物を掲げていなかったが,折からの東風に船首を立て,張り出された錨索などの状態から錨泊していることを認めうる状況となったものの,携帯電話での通話に気を取られ,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行わなかったので,同船を見落とし,泰一丸に向首して衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かなかった。
こうして,A受審人は,依然船首方の見張りが不十分で,泰一丸の存在に気付かないまま,同船を避けることなく続航中,13時39分第2号灯標から156度2.3海里の地点において,八宝丸は,原針路,原速力のまま,その船首が泰一丸の右舷後部に前方から68度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
また,泰一丸は,B受審人が1人で乗り組み,しろだい一本釣り漁の目的で,船首0.7メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,同日07時30分沖縄県登野城漁港を発し,第2号灯標の南方2.5海里の漁場に至って投錨し,08時00分漁を開始した。
その後,B受審人は,釣果が上がらなかったので,10時00分水深80メートルの前示衝突地点に移動したのち,錨を投下し,直径6ミリメートルの化繊ロープを130メートルまで延出して機関を停止し,錨泊中を示す形象物を掲げないで,船尾の両舷側ブルワークに渡した板に右舷側を向いて腰掛け,折からの東風に船首を立て,巻揚機に巻かれた釣り糸を手に持って釣りを続けた。
13時ごろB受審人は,帰港する引き縄漁船が,何度か自船の間近を通過する際に,帰港を促す声をかけて行くので相手をしていたところ,13時37分半右舷船首68度860メートルのところに自船に向けて接近する八宝丸を初めて認めた。
13時38分少し過ぎB受審人は,前示衝突地点で,船首が100度を向いたとき,同方位500メートルのところに衝突のおそれのある態勢で接近する八宝丸を認めたものの,同船が帰港途次の引き縄漁船で,声をかけに接近して来るものと思い,引き続き八宝丸に対する動静監視を十分に行わなかったので,向首したまま間近に接近しても,機関を使用して船体位置を移動するなど,衝突を避けるための措置をとらなかった。
13時39分少し前B受審人は,ちょうど魚がかかったとき,八宝丸が依然として避航の気配がないまま接近するのを認め,あわてて機関室上に退避した直後,泰一丸は,100度を向いたまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,八宝丸は船首材及び船首部右舷側外板に擦過傷を,泰一丸は右舷後部のブルワーク及び外板に破口をそれぞれ生じ,泰一丸は,浸水して水船となって石垣漁港に引き付けられたのち,廃船となった。
(本件発生に至る事由)
1 八宝丸
(1)いすに腰掛けて見張りを行う際,速力が15ノット以上になると船首浮上により,船首方の視認が左右30度にわたって遮られていたこと
(2)A受審人が,いすに腰掛けて携帯電話をかけていたこと
(3)A受審人が,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行わなかったこと
(4)A受審人が泰一丸を避けなかったこと
2 泰一丸
(1)B受審人が,泰一丸に有効な音響信号設備を備えていなかったこと
(2)B受審人が,錨泊中を示す形象物を掲げていなかったこと
(3)B受審人が,八宝丸に対して動静監視を十分に行わなかったこと
(4)B受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
八宝丸は,沖縄県石垣港南東方沖合において,釣り場を発進し,石垣漁港に向けて北上中,船首方で泰一丸が錨泊中であったところ,船首浮上により,船首方の視認が遮られるにもかかわらず,いすに腰掛けて携帯電話をかけていたとしても,A受審人が,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行っていれば,泰一丸を視認でき,同船を避けることは容易であったものと認められる。
したがって,A受審人が,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行わず,泰一丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,船首浮上により,船首方の視認が遮られているにもかかわらず,いすに腰掛けて携帯電話をかけていたことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行っていたならば,泰一丸との衝突を避けることは可能であったのであるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B受審人は,沖縄県石垣港南東方沖合において,錨泊中を示す形象物を掲げないで錨泊して漁ろう中,泰一丸が,有効な音響信号設備を備えていなかったとしても,八宝丸が自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたとき,動静監視を十分に行い,間近に接近しても,衝突を避けるための措置をとっていれば,八宝丸を避けることは可能であったものと認められる。
したがって,B受審人が,動静監視を十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,錨泊中を示す形象物を掲げないで錨泊して漁ろう中であったこと,泰一丸が,音響信号設備を備えていなかったことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,動静監視を十分に行い,間近に接近したとき,衝突を避けるための措置をとっていたならば,八宝丸との衝突を避けることは可能であったのであるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,沖縄県石垣港南東方沖合において,帰港中の八宝丸が,見張り不十分で,錨泊中の泰一丸を避けなかったことによって発生したが,泰一丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,沖縄県石垣港南東方沖合において,釣り場から帰港する場合,錨泊中の泰一丸を見落とすことがないよう,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,携帯電話での通話に気を取られ,見張り台に顔を出して船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,錨泊中の泰一丸に気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,八宝丸の船首部に擦過傷を,泰一丸の右舷後部のブルワーク及び外板に破口を生じさせ,浸水して水船とさせ,のち廃船とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,沖縄県石垣港南東方沖合において錨泊して漁ろう中,右舷方から自船に向けて北上する八宝丸を認めた場合,衝突のおそれを判断できるよう,同船が自船を無難に航過するまで,引き続き八宝丸に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同船が帰港途次の引き縄漁船で,声をかけに接近して来るものと思い,引き続き八宝丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かず,機関を使用して船体位置を移動するなど,衝突を避けるための措置をとることなく錨泊を続けて衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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