(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月23日21時54分
宮崎県都井岬南東方沖合
(北緯31度20.3分東経131度24.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第七十五恭海丸 |
漁船第十八福勝丸 |
総トン数 |
749トン |
72.97トン |
全長 |
68.53メートル |
34.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
294キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第七十五恭海丸
第七十五恭海丸(以下「恭海丸」という。)は,平成9年2月に進水し,航行区域を限定近海区域とする船尾船橋型の鋼製液化アンモニア運搬船で,主として積地を宇部港,揚地を名古屋港とし,年に4回ほど沖縄県の諸港を揚地としていた。
同船は,船首楼及び船尾楼を有し,船体中央部に2個の貨物タンクが直列に納められ,船尾楼甲板の上部は3層をなし,その最上層で,本件当時の喫水線上7.4メートルのところに航海船橋甲板があり,操舵室は同甲板船首側に配置され,船首端から同室前面までの距離が52.2メートルで,同室からの前方の見通しは,貨物タンクの上部に設置されたベントマストで一部分死角が生じるものの,身体を左右に移動することで,これを補うことができた。
操舵室内には,前部中央にジャイロコンパスのレピータを組み込んだ操舵スタンドが備えられ,その右側に主機遠隔操縦装置が,その左側に,右舷側から順に汽笛及び探照灯の各スイッチ,1号レーダー,2号レーダーがそれぞれ備えられ,1号レーダーの上方に天井からGPSプロッターが吊り下げられており,同プロッターは故障していたが受信器は作動しており,緯度経度等の数値情報は1号レーダーの画面に表示できるようになっていた。そして,海図台が左舷側後部に備えられていた。
旋回性能は,海上試運転成績書によれば,舵角35度で右旋回するときの最大縦距が221.5メートル,最大横距が204.6メートルで,30度回頭するのに要する時間は18秒であった。
イ 第十八福勝丸
第十八福勝丸(以下「福勝丸」という。)は,昭和55年10月に進水し,かつお一本釣り漁業に従事する全通一層甲板のFRP製漁船で,上甲板上の船体中央やや後方に操舵室が,前部甲板下に魚倉等がそれぞれ配置され,船首部にやり出し甲板が設けてあり,本件当時の喫水線上2.5メートルのところに操舵室床面があり,同室内には,前部中央にジャイロコンパスのレピータ及び舵輪が備えられ,その右側に,右舷側から順にGPSプロッター,主機遠隔操縦装置が,その左側に,同じくソナー,航海用レーダー,漁ろう用レーダーがそれぞれ備えられていた。
また,左右の壁に接して床からの高さが60センチメートルの腰掛け用の台(以下,「いす」という。)がそれぞれ置かれ,いすに腰掛けた姿勢でも前方の見通しに支障がない状況であった。
3 事実の経過
恭海丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,液化アンモニア399.9トンを積載し,平成16年4月17日宇部港を発し,金武中城港に至って揚荷したのち,残量248.694トンを積載したまま,船首2.60メートル船尾3.80メートルの喫水をもって,同月22日15時45分同港を出港し,宇部港に向かった。
翌23日19時45分A受審人は,喜志鹿埼灯台から019度(真方位,以下同じ。)11.9海里の地点で,前直者と交代して単独の船橋当直に就き,法定灯火が表示されていることを確認し,針路を037度に定め,機関を全速力前進にかけ,11.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,自動操舵によって進行した。
21時44分A受審人は,都井岬灯台から143度3.8海里の地点に達したとき,左舷船首17度3.2海里のところに,前路を右方に横切る態勢の福勝丸の白,緑2灯を初認した。
21時49分A受審人は,都井岬灯台から130度3.7海里の地点に差しかかったとき,福勝丸が同方位1.6海里のところに接近したことを認めたが,そのうち同船が針路を変えるだろうと思い,転針予定地点に近づいたことから,1号レーダーに表示された緯度経度の数値を見ながら海図に船位を記入するなどの作業を開始した。
21時51分半A受審人は,都井岬灯台から123度3.7海里の地点に達したとき,船位確認作業を終えて左舷前方を見たところ,福勝丸が左舷船首17度0.8海里のところに接近し,その後,その方位に変化なく衝突のおそれのある態勢で接近していることを認め,船橋上部の探照灯を同船に向けて照射したが,同照射によって同船が気付いて避航するものと思い,警告信号を行うことなく続航した。
21時53分A受審人は,福勝丸が避航の気配を見せないまま550メートルに接近したとき,再度,探照灯を照射したものの,右転するなどして衝突を避けるための協力動作をとることなく進行し,同時54分少し前福勝丸が依然として避航の様子を示さないことから危険を感じ,手動操舵に切り換え,右舵一杯をとったが及ばず,21時54分都井岬灯台から117度3.7海里の地点において,恭海丸は,ほぼ原速力のまま船首が060度に向いたとき,その左舷後部に福勝丸の船首が前方から60度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力3の北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期で,視界は良好であった。
また,福勝丸は,C船長及びB受審人ほか9人の乗組員とインドネシア人技能実習生5人とが乗り組み,餌のいわしを積み込む目的で,船首1.2メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,同月23日20時30分宮崎県目井津漁港を発し,鹿児島県二川港に向かった。
C船長は,船橋当直体制を,自らのほか漁ろう長及び甲板員3人による単独2時間交代制とし,各直に技能実習生1人を補助者として配し,出入港等の際は自ら操船指揮を執っていた。そして,当直者に対し,視界制限時のほか不安を生じたときは報告するように平素から指示していた。
21時00分B受審人は,鞍埼灯台から188度2.2海里の地点で,C船長と交代して船橋当直に就き,法定灯火が表示されていることを確認し,針路を180度に定め,機関を全速力前進にかけ,9.2ノットの速力で,自動操舵によって進行した。
C船長は,B受審人が前任船長であり,慣れた航路でもあったことから,特段の注意も与えず,降橋して自室で休息した。
21時10分B受審人は,鞍埼灯台から185度3.8海里の地点に差しかかったとき,前方に他船を認めなかったので,左舷側のいすに腰掛けて見張りに当たり,技能実習生を右舷側のいすに腰掛けた姿勢で見張りを行わせて続航した。
21時15分B受審人は,都井岬灯台から038度5.4海里ばかりの地点で,レーダーで左舷船首方約6.5海里のところに船舶の映像を探知し,双眼鏡で確認したところ,左舷灯を見せており,既に船首を替わっていたことや,ほかに他船を認めなかったことから安心し,再びいすに腰掛け,側壁に肩を寄せ,漁ろう用レーダーの上に肘をついた姿勢で見張りに当たったものの,このころ,右舷船首方12海里ばかりのところに恭海丸が存在したが,レーダーの距離レンジを遠距離に切り換えなかったので,同船の存在に気付かず進行した。
B受審人は,海上がしけ模様でもなく,前方に危険な状態となる他船が存在しない状況下,単調な船橋当直を続けると,次第に覚醒度が低下し,いすに腰掛けたままの姿勢では,居眠りに陥るおそれがあったが,休息が足りているので居眠りすることはあるまいと思い,立って見張りに当たったり,手動操舵とするなどの居眠り運航の防止措置をとることなく,同じ姿勢で見張りに当たっているうち,いつしか居眠りに陥った。
21時49分B受審人は,都井岬灯台から107度3.5海里の地点に達したとき,右舷船首20度1.6海里のところに,前路を左方に横切る態勢の恭海丸の白,白,紅3灯を視認でき,その後,同船と方位が変わらず,衝突のおそれのある態勢で接近することが分かる状況となったが,居眠りしており,また,技能実習生から同船の接近を知らされることもなく,この状況に気付かず,右転するなどして同船の進路を避けないで続航中,福勝丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
C船長は,衝撃を感じてすぐに昇橋し,事後の措置に当たった。
衝突の結果,恭海丸は,左舷後部外板及びブルワークを凹損したほか,左舷船尾楼甲板ハンドレールを倒壊し,福勝丸は,やり出し甲板を圧壊したが,のちいずれも修理され,B受審人が加療を要する胸部打撲傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 恭海丸
(1)A受審人が,自動操舵装置を使用して航行したこと
(2)A受審人が,福勝丸が接近しているときに船位確認作業を行ったこと
(3)A受審人が,福勝丸が衝突のおそれのある態勢で接近することが分かった際,探照灯を照射したものの,警告信号を行わなかったこと
(4)A受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 福勝丸
(1)C船長が,当直を引き継ぐ際,居眠り運航を防止するための具体的な指示を行わなかったこと
(2)B受審人が,自動操舵装置を使用して航行したこと
(3)B受審人が,いすに腰掛けた姿勢で身体を動かさずに見張りを続けたこと
(4)B受審人が,前方に他船を認めなかったことから,緊張が緩んで単調な航海となったこと
(5)B受審人が,次第に覚醒度が低下する状況の下,居眠り運航を防止する措置をとらなかったこと
(6)B受審人が,居眠りに陥ったこと
(7)技能実習生が,恭海丸の接近をB受審人に知らせなかったこと
(8)B受審人が,恭海丸の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
本件衝突は,夜間,北東進する恭海丸と南下する福勝丸とが互いに進路を横切る態勢で接近して発生したものであり,恭海丸を右舷側に見る福勝丸が,恭海丸の進路を避けなければならなかった。また,恭海丸は,警告信号を行い,さらに接近したとき,衝突を避けるための協力動作をとらなければならなかった。
福勝丸が恭海丸の進路を避けなかったのは,船橋当直者が居眠りに陥ったことによるものであり,同当直者が,自動操舵装置を使用したこと,いすに腰掛けた姿勢で身体を動かさずに見張りを続けたこと,前方に他船を認めなかったことから緊張が緩んで単調な航海になったことは,いずれも外的刺激を減じさせ,次第に覚醒度を低下させた要因であり,覚醒度が低下した結果,眠気を自覚しないまま居眠りするに至ったものと認められる。
したがって,B受審人が,海上がしけ模様でないうえ,前方に危険な状態となる他船が存在せず,かつ,単調な船橋当直となった際,休息が足りているので居眠りすることはあるまいと思い,覚醒度を低下させないよう,立って見張りに当たったり,手動操舵とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったこと,右転するなどして恭海丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
技能実習生が,恭海丸の接近をB受審人に知らせなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない,しかしながら,同実習生は海員でないものの,安全運航を遂行する目的で在橋していたのであるから,他船が接近するときは積極的に当直者に知らせるべきであり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
C船長が,当直を引き継ぐ際,居眠り運航を防止するための具体的な指示を行わなかったことは,B受審人が眠気を自覚しないまま居眠りに陥ったものであり,同人の様子からその前兆を知り得ることなどは困難であるので,本件発生の原因とならない。
一方,恭海丸が,衝突のおそれのある態勢で接近する福勝丸に対し,警告信号を行っていたなら,B受審人が目を覚まして避航動作をとったものと認められ,また,間近に接近したとき,右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとっていたなら,衝突を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,探照灯を照射したものの,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,福勝丸が接近しているときに船位確認作業を行ったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない,しかしながら,接近する他船があるときは,その動静監視に専従すべきであり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が自動操舵装置を使用して航行したことは,同人の見張りにも衝突回避動作にも支障をきたしていないので,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,宮崎県都井岬南東方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近した際,南下中の福勝丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,前路を左方に横切る恭海丸の進路を避けなかったことによって発生したが,北東進中の恭海丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,夜間,宮崎県都井岬東方沖合を南下中,海上がしけ模様でないうえ,前方に危険な状態となる他船が存在せず,かつ,単調な船橋当直となった場合,自動操舵とし,いすに腰掛けたままの姿勢をとり続けると,覚醒度を低下させる要因が重なり,居眠りに陥るおそれがあったから,立って見張りに当たったり,手動操舵とするなどの居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,休息が足りているので居眠りすることはあるまいと思い,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する恭海丸に気付かず,同船の進路を避けずに進行して衝突を招き,恭海丸の左舷後部外板及びブルワークの凹損,左舷船尾楼甲板ハンドレールの倒壊及び福勝丸のやり出し甲板の圧壊をそれぞれ生じさせ,自らが胸部打撲傷を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は,夜間,宮崎県都井岬南東方沖合を北東進中,福勝丸が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で間近に接近した場合,右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,探照灯を照射したので,間もなく避航するだろうと思い,右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により,福勝丸との衝突を招き,前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図1
参考図2
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