(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月3日11時45分
山口県岩国港
(北緯34度06.9分 東経132度17.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第拾八日幸丸 |
遊漁船永島丸 |
総トン数 |
199トン |
2.6トン |
全長 |
51.80メートル |
10.18メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
551キロワット |
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漁船法馬力数 |
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50 |
(2)設備及び性能等
ア 第拾八日幸丸
第拾八日幸丸(以下「日幸丸」という。)は,昭和63年7月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型貨物船で,平成15年3月I社が購入して専ら産業廃棄物輸送に従事し,船首楼後方にジブクレーン,同クレーンと船橋楼の間に貨物倉が設けられていた。
船橋には,前側中央部に舵輪及び主機操縦レバーなどが組み込まれた操舵スタンドが設置され,その左舷側にレーダー,右舷側後部にGPSプロッターが設置されていた。
また,日幸丸には,A受審人,同受審人の長男が船長,二男が甲板員及び弟が機関長として乗り組み,甲板員は機関の免許だけを取得し,他の3人は航海及び機関の両免許を取得していた。そして船橋当直は,A受審人と船長及び機関長と甲板員の2組による3時間交替制をとっていた。
イ 永島丸
永島丸は,平成9年4月に進水したFRP製遊漁船兼漁船で,船体後部に操舵室,同室前部甲板下にいけすが設置され,遊漁客は同甲板で魚釣りを行い,また,魚群探知機以外の航海計器は装備しておらず,スパンカーはなく,船体は白色で,操舵室の水面上からの高さは約2メートルであった。
3 日幸丸の船首死角
日幸丸は,船橋楼前端が船首端から約39メートルのところにあり,船橋楼前端から約26メートルのところに,幅約4メートルのジブクレーン運転席付き機械室が設置されており,当時は正船首方に約8度の範囲で前方0.9海里ばかりにわたり死角が生じていた。また,ジブの長さは約23メートルであるが,航行中は船橋前面窓の下方の架台に倒してあるので,ジブによる死角は全くなかった。
4 衝突地点付近の水路状況
岩国港内には,岩国港B,C及びD各灯浮標と陸岸に囲まれた航行禁止区域が設定されており,衝突地点は,同港南東部の港界付近で,岩国港C及びD各灯浮標を結ぶ線と甲島との間にあたり,その間は約1.4海里で,広島港から大畠瀬戸に向かう小型船舶の通航路となっていた。
5 事実の経過
日幸丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,空倉のまま,石炭灰積込みの目的で,船首0.8メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,平成16年10月3日10時10分広島県広島港を発し,関門港に向かった。
A受審人は,出港後船長と2人で船橋当直に当たり,大須瀬戸及び奈佐美瀬戸を西行したのち,安芸爼礁灯標と西能美島との間を南下中,10時52分船長が機関長から発電機原動機の冷却水交換作業を手伝ってくれるよう頼まれて降橋したので,単独当直となった。
10時56分A受審人は,安芸爼礁灯標から159度(真方位,以下同じ。)1,400メートルの地点で,針路を大畠瀬戸に向く205度に定め,機関を全速力前進にかけて10.0ノットの対地速力で,舵輪後方においてある高さ70センチメートルのいすに腰掛けて手動操舵により進行した。
11時40分A受審人は,岩国港内甲島102メートル山頂(以下「甲島山頂」という。)から301度1,500メートルの地点に達したとき,正船首0.8海里のところに錨泊していることを示す形象物を表示している永島丸を視認することができ,その後同船に向首したまま衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,前方を一見して前路に航行の妨げとなる他船はいないものと思い,レーダーを活用したり,船橋内を移動するなどして船首死角を補う見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
A受審人は,永島丸を避けないまま続航し,11時45分甲島山頂から252度1.1海里の地点において,日幸丸は,原針路,原速力のまま,その船首が永島丸の船尾に真後ろから衝突した。
当時,天候は曇で風力4の北北東風が吹き,視界は良好であった。
また,永島丸は,D受審人が単独で乗り組み,遊漁の目的で,釣り客6人を乗せ,船首0.1メートル船尾0.7メートルの喫水をもって,同日06時40分広島県大竹港を発し,広島湾の釣り場に向かった。
07時00分D受審人は,阿多田島南方の釣り場に至って遊漁を行い,10時00分釣り場を変えてさば釣りを行うこととして魚群探索を行いながら南下し,10時30分衝突地点付近で魚群を発見したので機関を停止し,水深30メートルの海中に重量12キログラムの錨を投入し,直径10ミリメートルの錨索を90メートル延出してそのアイを右舷船尾のたつに係止し,操舵室上方に錨泊していることを示す黒色の球形形象物を表示して遊漁を再開した。
11時40分D受審人は,船首が205度に向いているとき,正船尾0.8海里のところに日幸丸を視認でき,その後同船が自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,操舵室内のいすに腰掛けて同室前部甲板の釣り客の方を見て周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,日幸丸が自船を避けないまま更に接近したとき,錨索をたつから外して機関を始動するなど衝突を避けるための措置をとらなかった。
11時45分少し前D受審人は,釣り客の1人が大声を出したので船尾方を見たところ,至近に迫った日幸丸を初認したが,何をする間もなく,永島丸は,同じ船首方向のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,日幸丸は,船首部に擦過傷を生じ,永島丸は,船尾部に破口を生じて浸水し,釣り客のJが衝突の衝撃で操舵室に頭部を打ち付けて外傷性くも膜下出血を負って意識を失い,他の釣り客4人が頚椎捻挫などを負った。
D受審人は,転覆のおそれがあったことから直ちに釣り客に救命胴衣の着用を指示したが,J釣り客には着用させることができず,11時48分永島丸が転覆した。
J釣り客は,海面に浮いていたところを永島丸船底に引き上げられ,巡視船によって岩国港に運ばれて病院に搬送されたが,溺死と検案された。
(航法の適用)
本件は,航行中の日幸丸と,法定形象物を表示して錨泊中の永島丸が,山口県岩国港内で衝突したものであるから,港則法が優先して適用されるが,同法には錨泊している船舶と航行中の船舶に関する規定がないので,海上衝突予防法第38条及び第39条の船員の常務を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 日幸丸
(1)正船首方に死角が生じていたこと
(2)A受審人が,2人で当直に当たっていたところ相直者が降橋して単独当直となったこと
(3)A受審人が,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)A受審人が,永島丸を避けなかったこと
2 永島丸
(1)D受審人が,周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(2)D受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
事実認定のとおり,日幸丸は,船首方に死角が生じた状態で航行中であったが,レーダーを活用したり,船橋内を移動したりするなどして船首死角を補う見張りを十分に行っていれば,衝突5分前には正船首0.8海里のところに錨泊中の永島丸が視認でき,その後衝突のおそれがある態勢で接近することを判断できるので,余裕のある時期に永島丸を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,レーダーを活用したり,船橋内を移動するなどして船首死角を補う見張りを十分に行わず,永島丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
また,日幸丸の正船首方に死角が生じていたこと及びA受審人が2人で当直に当たっていたところ相直者が降橋して単独当直となったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。
一方,永島丸は,周囲の見張りを十分に行っていれば,衝突5分前には正船尾0.8海里のところに日幸丸が視認でき,その後衝突のおそれがある態勢で接近することを判断できるので,自船を避けないまま日幸丸が更に接近したときには,錨索をたつから外して機関を始動するなどの措置をとっておれば,衝突を回避できたものと認められる。
したがって,D受審人が,周囲の見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,山口県岩国港において,南下中の日幸丸が,見張り不十分で,前路で錨泊中の永島丸を避けなかったことによって発生したが,永島丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,山口県岩国港において,船首方に死角が生じた状態で単独当直に当たって南下する場合,前路の他船を見落とさないよう,レーダーを活用したり,船橋内を移動するなどして船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前方を一見して前路に航行の妨げとなる他船はいないものと思い,レーダーを活用したり,船橋内を移動するなどして船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で錨泊中の永島丸に気付かず,同船を避けないまま進行して永島丸との衝突を招き,日幸丸の船首部に擦過傷を,永島丸の船尾部に破口を生じさせ,釣り客1人が死亡し,同客4人が頚椎捻挫などを負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
D受審人は,山口県岩国港において,魚釣りのため錨泊する場合,接近する他船を見落とさないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,操舵室内のいすに腰掛けて同室前部甲板の釣り客の方を見て周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,接近する日幸丸に気付かず,錨索をたつから外して機関を始動するなど衝突を避けるための措置をとらないで日幸丸との衝突を招き,前示の損傷などを生じさせるに至った。
以上のD受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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