(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月12日14時50分
安芸灘
(北緯34度01.4分 東経132度38.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第三製煉丸 |
漁船正栄丸 |
総トン数 |
199トン |
4.5トン |
登録長 |
44.10メートル |
11.65メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
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漁船法馬力数 |
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70 |
(2)設備及び性能等
ア 第三製煉丸
第三製煉丸(以下「製煉丸」という。)は,平成2年9月に進水した船尾船橋型の鋼製ケミカルタンカーで,船橋前方の上甲板上には,船首楼と前部マスト以外に見張りの妨げとなる構造物はなかった。
また,航海計器として,レーダーとGPSプロッタを設備していた。
イ 正栄丸
正栄丸は,平成11年7月に進水した一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部少し前方に操舵室を有しており,その前方には,見張りの妨げとなる構造物はなかった。
速力は,回転数が毎分1,200ないし1,300のとき約12ノットで,旋回径は船の長さの2倍程度であった。
また,航海計器として,レーダーとGPSプロッタを設備していた。
3 事実の経過
製煉丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか1人が乗り組み,燐酸約453トンを積載し,船首2.6メートル船尾3.8メートルの喫水をもって,平成16年1月12日05時30分関門港西山区を発し,瀬戸内海経由の予定で大阪港に向かった。
A受審人は,船橋当直を自らと航海当直部員のB指定海難関係人ほか1人による単独4時間3直制としており,11時過ぎ自ら同当直に就いて山口県祝島南方沖合を東行中,昇橋してきたB指定海難関係人に船橋当直を行わせることとしたが,同人は船橋当直の経験が豊富で知識や技量を信頼できるので,任せておいても大丈夫と思い,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船があるときは報告するよう指示することなく,同当直を交替して降橋した。
単独の船橋当直に就いたB指定海難関係人は,14時20分クダコ島灯台から284度(真方位,以下同じ。)800メートルの地点において,針路を052度に定め,機関を全速力前進にかけ10.4ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,操舵輪後方に立ち,自動操舵により進行した。
14時48分B指定海難関係人は,歌埼灯台から277度1,200メートルの地点に達したとき,左舷船首37度1,150メートルのところに,南下中の正栄丸を初めて視認し,しばらく様子を見ていたところ,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることを知ったが,その旨を船長に報告しなかった。
A受審人は,B指定海難関係人から衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船がある旨の報告を受けられなかったので,正栄丸に対し,警告信号を行うことも,更に同船が自船の進路を避けないまま間近に接近しても,右転するなど衝突を避けるための協力動作をとることもできずに続航した。
B指定海難関係人は,正栄丸の避航を期待していたところ,同船が至近に迫ってようやく衝突の危険を感じ,汽笛を吹鳴して減速し,手動操舵に切り替え右舵一杯としたが及ばず,14時50分歌埼灯台から308度900メートルの地点において,製煉丸は,原針路原速力のまま,その左舷船尾部に,正栄丸の船首部が,前方から69度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の北東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
A受審人は,自室で休息中,船体が何かに接触した音を聞き,急ぎ昇橋して衝突の事実を知り,事後の措置に当たった。
また,正栄丸は,C受審人が甲板員の妻と2人で乗り組み,操業の目的で,船首0.25メートル船尾0.30メートルの喫水をもって,同日06時00分愛媛県津和地漁港を発し,安芸灘の漁場に向かった。
C受審人は,目的地に着いて操業を続け,太刀魚を約60キログラム漁獲したところで操業を打ち切り,14時18分歌埼灯台から324度1,600メートルの地点に移動して漂泊し,後部甲板で妻に漁獲物の整理を行わせ,自らは漁具の後片付けや伝票の作成を開始した。
14時48分作業を終えたC受審人は,歌埼灯台南方で錨泊中の買取り船に水揚げのため前示の地点を発進し,針路を163度に定め,機関を回転数毎分1,200にかけ12.0ノットの速力とし,レーダーを休止したまま,操舵室後部に立って1人で操舵と見張りに当たり,手動操舵により進行した。
定針したときC受審人は,右舷船首32度1,150メートルのところに,前路を左方に横切る態勢の製煉丸を初めて視認したが,所持していた筆記用具を取り落とし,下を向いて探すことに気をとられ,その後の動静監視を十分に行わなかったので,製煉丸が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かなかった。
C受審人は,右転するなど,製煉丸の進路を避けることなく続航し,正栄丸は,原針路原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,製煉丸は,左舷船尾部ハンドレールに損傷を生じ,正栄丸は,船首部を圧壊したが,のちいずれも修理された。また,C受審人とその妻が打撲などを負った。
(航法の適用)
本件衝突は,安芸灘において,東行する製煉丸と南下する正栄丸とが互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近して衝突したものであり,海上衝突予防法第15条の横切り船の航法を適用し,正栄丸が,前路を左方に横切る製煉丸の進路を避けなかったことを主因とし,製煉丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことを一因とするのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 製煉丸
(1)A受審人が,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船があるときは報告するよう指示しなかったこと
(2)B指定海難関係人が,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船がある旨を船長に報告しなかったこと
(3)製煉丸が,警告信号を行わなかったこと
(4)製煉丸が,右転するなど衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 正栄丸
(1)正栄丸が,製煉丸を初めて視認したとき,所持していた筆記用具を取り落とし,下を向いて探すことに気をとられ,動静監視を十分に行っていなかったこと
(2)正栄丸が,製煉丸の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
正栄丸が,動静監視を十分に行っていれば,製煉丸が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付き,前路を左方に横切る同船の進路を避けることにより,衝突を回避することが十分可能であったと認められる。
したがって,正栄丸が,製煉丸を初めて視認したとき,所持していた筆記用具を取り落とし,下を向いて探すことに気をとられ,動静監視を十分に行っていなかったこと及び製煉丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
他方,製煉丸が,警告信号を行い,衝突を避けるための協力動作をとっていれば,衝突を回避することが可能であったと認められる。
したがって,製煉丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船があるときは報告するよう指示しなかったこと及びB指定海難関係人が,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船がある旨を船長に報告しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,安芸灘において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,南下する正栄丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切る製煉丸の進路を避けなかったことによって発生したが,東行する製煉丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
製煉丸の運航が適切でなかったのは,船長が,航海当直部員の船橋当直者に対し,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船があるときは報告するよう指示しなかったことと,同当直者が,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船がある旨を船長に報告しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
C受審人は,1人で操舵と見張りに当たり,安芸灘を南下中,右舷船首方に前路を左方に横切る態勢の製煉丸を視認した場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,その後の動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,取り落としていた筆記用具を探すことに気をとられ,その後の動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,右転するなど,製煉丸の進路を避けることなく進行して衝突を招き,製煉丸の左舷船尾部ハンドレールに損傷を生じさせ,正栄丸の船首部を圧壊し,自らと甲板員が打撲などを負うに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,航海当直部員のB指定海難関係人に船橋当直を行わせる場合,同人に対し,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船があるときは報告するよう指示すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,同指定海難関係人が,船橋当直の経験が豊富で知識や技量を信頼できるので,任せておいても大丈夫と思い,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船があるときは報告するよう指示しなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船がある旨の報告を受けられず,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する正栄丸に対し,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をとることもできずに進行して衝突を招き,前示の損傷と負傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が,単独の船橋当直に就き,安芸灘を東行中,左舷船首方に前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する正栄丸を視認した際,衝突のおそれがある態勢で接近してくる他船がある旨を船長に報告しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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