(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月12日14時25分
岡山県水島港
(北緯34度28.4分 東経133度42.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボート多喜丸 |
モーターボート豊漁丸 |
登録長 |
8.54メートル |
6.69メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
77キロワット |
44キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 多喜丸
(ア)船体構造等
多喜丸は,平成2年4月に第1回定期検査が執行された,船首部に長さ約80センチメートルの槍出しを備えた一層甲板型のFRP製モーターボートで,船体やや後部の機関室上方に操舵室を配置し,同室上部には風防を,同室内にGPSプロッター及び魚群探知器を,同室後部右舷側に舵輪を設置していた。また,操舵室の前後にその上部を枠で囲った甲板上高さ約2メートルのステンレス製支柱を4本立て,雨天時にはその枠にシートの屋根を展張していた。
(イ)操舵位置からの見通し状況
A受審人は,平素は操舵室後方の両舷ブルワークに渡した板の上の右舷側に立ち上がって操船にあたり,この態勢では操舵室上の風防の上から前方を見通すことができたが,本件当時は雨が降っていたので前示シート屋根を展張しており,この状況では風防上端と同シートとの隙間が20センチメールほどしかなく,風防を通して前方を見通すと,船首部槍出しにより,船首方向左舷側約8度の方向から右舷側に約6度の範囲で,船首から100メートルまでが見通すことのできない死角を生じていた。
イ 豊漁丸
(ア)船体構造等
豊漁丸は,昭和61年12月に第1回定期検査が執行された,一層甲板型のFRP製モーターボートで,船体やや後部に機関室囲壁を配置し,囲壁上部に風防を,囲壁内に魚群探知器を設置していた。
(イ)操舵位置からの見通し状況
B受審人は,機関室囲壁の右舷後方に立ち,舵棒を操作して操船に当たり,この態勢では眼高は同囲壁天井よりも高くなり,周囲の見通しの妨げになるものはなかった。
3 事実の経過
多喜丸は,A受審人が1人で乗り組み,魚釣りの目的で,船首0.7メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年6月12日09時55分岡山県水島港内の係留地を発し,同港港外の釣り場できす釣りを行い,14時10分同港港内上水島北東沖の釣り場に移動して釣りを続行したのち,14時23分水島港西1号防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から262度(真方位,以下同じ。)1,700メートルの地点を発進して帰途についた。
発進したときA受審人は,針路を310度に定め,機関を全速力前進の回転数毎分2,400にかけ,17.3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,右舷船首21度600メートルのところに認めた西行中の油送船(以下「第三船」という。)の動静を監視しながら,手動操舵によって進行した。
14時24分A受審人は,防波堤灯台から273度2,100メートルの地点に差し掛かり,第三船を右舷船首18度300メートルのところに認めるようになったとき,正船首530メートルのところにゆっくりとした速力で東行中の豊漁丸を視認することができ,その後豊漁丸の方位が右に変わり,右舷を対して無難に航過できる態勢であることが分かる状況であったが,第三船の動静と同船が起こした航走波を見ることに気をとられ,船首方向の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,同じ針路及び速力のまま続航した。
14時25分少し前A受審人は,防波堤灯台から278.5度2,430メートルの地点に至り,すでに左舷船首方120メートルのところに替わった第三船を認めるようになったとき,右舷船首25度65メートルのところの豊漁丸と,そのまま進行すれば30メートルほど隔てて無難に航過する態勢であったが,依然として見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,航走波を横から受けないよう一旦機関を回転数毎分1,500として速力を5.4ノットに減じ,同波を乗り切るため右転を開始して針路を340度に転じたところ,船首死角に入った豊漁丸の前路に進出する態勢となって続航した。
14時25分わずか前A受審人は,機関を回転数毎分2,000として13.5ノットに増速した直後,右舷船首至近に豊漁丸を初めて認め,左舵一杯をとったものの効なく,14時25分防波堤灯台から280度2,460メートルの地点において,多喜丸は,原針路,原速力のまま,その船首が,豊漁丸の右舷後部に,前方から59度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風はなく,潮候は上げ潮の初期で,視界は良好であった。
また,豊漁丸は,B受審人が1人で乗り組み,魚釣りの目的で,船首0.2メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,同日10時00分岡山県倉敷市の高梁川右岸に設けられた係留地を発し,上水島北西方の釣り場に向かい,10時30分ころ同釣り場に到着し,20分ほど漂泊しては機関を10分ほど使用して潮上りを繰り返す方法で,きす釣りを開始した。
14時20分B受審人は,防波堤灯台から281度2,800メートルの地点で,針路を111度に定め,機関を全速力前進の半分以下にかけて2.4ノットの速力とし,舵棒を操作して潮上りを開始したとき,左舷船首5度1,650メートルのところに,自船の前路を右方に横切る態勢で接近する第三船を,右舷船首15度1,340メートルのところに,漂泊中の多喜丸をそれぞれ認めた。
14時24分B受審人は,防波堤灯台から280度2,530メートルの地点に差し掛かったとき,右舷船首20度530メートルのところに,発進して東行中の多喜丸を視認し,その後同船の方位が右に変わり,右舷を対して無難に航過できる態勢であることが分かり,同船と第三船の動静を監視しながら進行した。
14時25分少し前B受審人は,防波堤灯台から280度2,470メートルの地点に達し,右舷側30メートルほどのところを航過した第三船が起こした航走波を乗り切るために,速力を1.0ノットに減じたとき,右舷船首44度65メートルのところに,そのまま進行すれば,30メートルほど隔てて無難に航過する態勢であったが多喜丸が,右転を開始して自船の前路に進出する態勢で接近するのを認め,14時25分わずか前衝突の危険を感じ,左舵一杯をとって機関を中立運転にしたものの効なく,豊漁丸は101度に向首し,行きあしがほぼなくなった状態で,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,多喜丸は船首部外板に擦過傷,船尾部船底に破口,プロペラシャフト及びラダーストックに曲損を生じたが,のち修理され,豊漁丸は右舷後部ブルワーク及び同甲板に損傷,機関室囲壁に圧壊等を生じ,のち都合により廃船処理された。
(航法の適用)
本件は,岡山県水島港において,西行する多喜丸が,東行する豊漁丸と右舷を対して無難に航過する態勢で進行中,衝突の直前に右転を開始し,豊漁丸の前路に進出して発生したもので,同港は港則法の適用港であるが,両船の運航模様から同法には適用する航法の規定がなく,一般法である海上衝突予防法第38条及び第39条の規定によって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 多喜丸
(1)A受審人が,第三船の航走波を横から受けないよう速力を5.4ノットに減じ,同波を乗り切るため30度右転して速力を13.5ノットに増速し,豊漁丸の前路に進出したこと
(2)A受審人が,見張りが不十分になっていたこと
(3)船首死角が生じていたこと
2 豊漁丸
B受審人が衝突の直前まで避航措置をとらなかったこと
3 共通事項
両船の間を第三船が航過したこと
(原因の考察)
本件は,多喜丸が,右転して第三船の航走波を乗り切るとき,互いに右舷を対して無難に航過する態勢の豊漁丸の前路に進出しなければ発生していなかったと認められる。
したがって,A受審人が,第三船の動静と同船が起こした航走波を見ることに気をとられ,見張りを十分に行わなかったこと及び右転して豊漁丸の前路に進出したことは,いずれも本件発生の原因となる。
多喜丸に船首死角が生じていたことは,A受審人が衝突の1分前にはほぼ正船首530メートルの,右転を開始する時点では,右舷船首25度60メートルのところの船首死角外に豊漁丸を視認することができたことから,原因とするまでもない。
また,B受審人が,衝突直前に避航措置をとらなかったことは,多喜丸が,突然右転を開始してから衝突までの時間がほとんどなかったことから,自船の前路に進出する態勢で接近する多喜丸に対し,衝突を避けるための措置をとる時間的な余裕がなかったものと認められる。
したがって,B受審人が,衝突直前に衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因とならない。
また,両船の間を第三船が航過したことは,同船により両船がお互いに視認できなくなる時間は,14時24分半ごろの約6秒間で,このことがA受審人の見張りの妨げとはならず,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件衝突は,岡山県水島港において,係留地に向け西行中の多喜丸が,周囲の見張りが不十分で,無難に航過する態勢の豊漁丸の前路に進出したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,岡山県水島港において,係留地に向け西行する場合,他船を見落とさないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,右舷船首方に認めた第三船の動静と同船が起こした航走波を見ることに気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,豊漁丸に気付かないまま,その至近で右転を開始し,同船の前路に進出して衝突を招き,多喜丸の船首部外板に擦過傷,船尾部船底に破口,プロペラシャフト及びラダーストックに曲損を,豊漁丸の右舷後部ブルワーク及び同甲板に損傷,機関室囲壁に圧壊等をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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