(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月19日00時00分
安芸灘南部
(北緯34度03.5分 東経132度47.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船第十六博晴丸 |
漁船弘丸 |
総トン数 |
695トン |
4.99トン |
全長 |
65.00メートル |
16.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
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漁船法馬力数 |
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15 |
(2)設備及び性能等
ア 第十六博晴丸
第十六博晴丸(以下「博晴丸」という。)は,昭和61年7月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型加圧式LPG運搬船で,岡山県水島港を基地にして大分県大分港及び山口県徳山下松港間に就航しており,船橋楼前端が船首端から約48メートルのところにあり,船首楼後方に円筒形貨物倉が2倉設置され,可変ピッチプロペラを装備していた。
船橋には,前側中央部に舵輪などを組み込んだ操舵スタンド,同スタンド左舷側にレーダー2台のほかGPS,モーターサイレン及びエアーホーンが装備され,操舵用のいすは置いてなく,灯火設備として,マスト灯2個,舷灯及び船尾灯が設けられていた。また,左右の壁の床から約1メートルの高さのところに赤外線式居眠り防止装置が設置され,自動操舵に切り替えると自動的に同装置のスイッチが入り,センサーである赤外線は操舵スタンドの約30センチメートル(以下「センチ」という。)後方に照射されており,当時は4分間赤外線を遮らなければアラームが鳴るように設定されていた。
イ 弘丸
弘丸は,昭和51年12月に進水した底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室,同室前部に魚倉,同室後部に漁ろう用リール2台及び船尾に金属製パイプのやぐらが設置されていた。
操舵室には,前部右舷側に舵輪,同左舷側にGPS,魚群探知機及び自動操舵装置が装備され,レーダー及び汽笛は備えていなかった。また,灯火設備として,同室上部マストに,上から順に紅色全周灯,マスト灯,緑色全周灯,白色全周灯,黄色点滅灯,同室屋根に舷灯及び船尾に20ワットの作業灯5個が設けられていたが,緑色全周灯は電球が切れて点灯できない状況であった。
3 博晴丸の船橋当直等
博晴丸は,甲板部としてA受審人,一等航海士,二等航海士及び甲板長が乗り組み,そのうち常に1人が休暇をとるようにしており,水島港から大分港及び徳山下松港間はいずれも約12時間の航程であることから,当直は単独の4時間3直制をとっていた。また,積荷役は約4時間,揚荷役は約2時間を要し,各港においては昼間に荷役を行うので,入港してから荷役を開始するまでの間は休息をとることができる状況であった。
4 弘丸の漁ろう方法
弘丸の漁ろう方法は,船尾から2本のワイヤーロープを約230メートル延出し,約17メートルの桁で網口を広げた網を潮流に乗じて引くもので,投網に約10分,引網に1時間半ないし2時間及び揚網に約20分を要するものであった。
5 事実の経過
博晴丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,ゴムの原料であるペンタン500トンを載せ,船首3.0メートル船尾4.3メートルの喫水をもって,平成16年6月18日17時50分水島港を発し,徳山下松港に向かった。
21時30分A受審人は,備後灘航路第1号灯浮標に差しかかるころ,航行中の動力船の法定灯火であるマスト灯2個,舷灯及び船尾灯を表示していることを確かめて単独の船橋当直に就き,来島海峡航路西水道を通過したのち,23時23分来島梶取鼻灯台から317度(真方位,以下同じ。)1.4海里の地点において,針路を安芸灘南航路推薦航路線に沿う221度に定めて自動操舵とし,居眠り防止装置のスイッチが入った状態で,機関を全速力前進にかけて10.2ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,視界が良かったことからレーダーを2台とも休止して進行した。
ところで,A受審人は,安芸灘南航路の通航経験が豊富で,同航路付近で法定灯火を表示しないまま底びき網漁に従事する漁船が存在することは知っており,たとえ同灯火を表示していなくても,速力の遅い漁船は底びき網により漁ろうに従事している漁船であることが容易に判断できた。
23時28分A受審人は,操舵スタンドとレーダーの間の後方に立ち,両腕をそれらの上に置いて見張りに当たっているうち,平素は多数の底びき網漁船が操業している海域であるのにまったく漁船を見かけなかったことから気が緩み,眠気を催すようになったが,眠気が軽かったので我慢できるものと思い,体を動かしたり,外気に当たるなどして居眠り運航の防止措置をとることなく,そのままの姿勢で見張りに当たっているうち,いつしか操舵スタンドなどに寄りかかって居眠りに陥って続航したが,同受審人の体が居眠り防止装置の赤外線を遮って同装置のアラームが鳴らない状態となった。
23時56分A受審人は,波妻ノ鼻灯台から023度4.4海里の地点に達したとき,右舷船首2度0.8海里のところに弘丸が表示した灯火を視認することができ,法定灯火を表示していないものの,その灯火模様や速力が遅いことから,同船が底びき網により漁ろうに従事している漁船であることが容易に分かる状況であり,その後弘丸と衝突のおそれがある態勢で接近したが,居眠りに陥ってこのことに気付かず,同船の進路を避けないまま進行し,翌19日00時00分波妻ノ鼻灯台から020度3.8海里の地点において,博晴丸は,原針路,原速力で,その船首部右舷側に,弘丸の船首が前方から13度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風はなく,潮候は下げ潮の初期で,付近に潮流はほとんどなく,視界は良好であった。
A受審人は,衝突の衝撃に気付かないまま続航し,00時12分汐出磯灯標に並航したころ目覚め,01時30分次直の二等航海士と船橋当直を交替して06時00分徳山下松港に入港し,その後も通常の航海を続け,同月24日海上保安部から「弘丸と衝突したのではないか。」との連絡を受けて事情聴取などを受け,越えて7月8日自船に付着していたペイントが弘丸のものと一致したことなどにより弘丸と衝突したことを知った。
また,弘丸は,B受審人及び甲板員1人が乗り組み,操業の目的で,船首0.25メートル船尾0.75メートルの喫水をもって,6月18日12時00分愛媛県今治市小部漁港を発し,13時40分安芸灘南部の漁場に至って操業を開始した。
B受審人は,6回ばかり操業を繰り返したのちに最後の操業を行うこととし,22時30分波妻ノ鼻灯台から318度3.0海里の地点において,針路を069度に定め,機関を回転数毎分2,800にかけて2.4ノットの引網速力で,トロールにより漁ろうに従事している船舶の法定灯火を表示することなく,操舵室上部マストに,上から順に紅色全周灯,マスト灯,白色全周灯,同室屋根に舷灯及び船尾に作業灯2個を表示し,手動操舵によって進行した。
23時36分B受審人は,左舷前方5海里ばかりのところに博晴丸の灯火を初認し,その後同船が安芸灘南航路を南下することが分かり,23時40分操舵室上部マストにいつも他船が接近したら表示することとしている黄色点滅灯も表示して続航した。
23時55分B受審人は,波妻ノ鼻灯台から018度3.6海里の地点に達したとき,博晴丸は自船と安芸灘南航路第3号灯浮標の間を通航するだろうから,念のため同灯浮標との間隔を広げることとして針路を来島梶取鼻灯台に向首する054度に転じ,23時56分左舷船首11度0.8海里のところに同船を視認したが,博晴丸は右舷側を無難に替わるものと思い,引き続きその動静監視を十分に行わなかったので,その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,23時58分博晴丸が避航の気配のないまま同方向0.4海里に接近したが,警告信号を行わず,更に間近に接近しても機関を使用して行きあしを止めるなど衝突を避けるための協力動作をとることなく進行した。
翌19日00時00分少し前B受審人は,船首至近に接近した博晴丸を認めて衝突の危険を感じ,同船の操舵室に向けて携帯用のサーチライトを照射したが効なく,弘丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,博晴丸は船首部右舷側に弘丸のペイントが付着しただけであったが,弘丸は船首部を圧壊して転覆した。
弘丸は,乗組員2人が船底に上がって漂流中,00時20分ころ南下する外国船に再度衝突され,まもなく付近航行中の貨物船に救助されたが,2人とも外傷後ストレス障害を負った。また,弘丸は,2回目の衝突で操舵室及び船首部右舷側を大破し,廃船とされた。
(航法の適用)
事実認定のとおり,博晴丸は,法定灯火を表示して航行中であり,弘丸は,トロールにより漁ろうに従事している船舶の法定灯火を表示していなかったが,A受審人が弘丸の灯火を視認していれば,同船の灯火模様と速力が遅いことから漁ろうに従事している漁船と容易に判断できたものと認められるので,海上衝突予防法第18条の各種船舶間の航法を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 博晴丸
(1)赤外線式居眠り防止装置のセンサーである赤外線は,操舵スタンドの約30センチメートル後方で床からの高さ約1メートルのところを両舷にわたって照射されていたこと
(2)A受審人が,眠気を催すようになったこと
(3)A受審人が,眠気が軽かったことから我慢できるものと思い,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(4)A受審人が,居眠りに陥ったこと
(5)A受審人の体が赤外線をずっと遮って居眠り防止装置のアラームが鳴らなかったこと
(6)A受審人が,弘丸の進路を避けなかったこと
2 弘丸
(1)汽笛を備えていなかったこと
(2)法定灯火を表示しなかったこと
(3)B受審人が,博晴丸は右舷側を無難に替わるものと思い,その動静監視を十分に行わなかったこと
(4)B受審人が,警告信号を行わなかったこと
(5)B受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
博晴丸は,海上衝突予防法第18条によって避航船の立場にあったから,弘丸の進路を避けなければならなかった。A受審人は,衝突4分前には右舷船首2度0.8海里のところに同船を視認でき,余裕のある時期に弘丸の進路を避けることが可能であった。
したがって,A受審人が,眠気を催すようになったとき,眠気が軽かったことから我慢できるものと思い,居眠り運航の防止措置をとらないで居眠りに陥り,弘丸の存在に気付かず,同船の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
赤外線式居眠り防止装置のセンサーである赤外線は,操舵スタンドの約30センチメートル後方で床からの高さ約1メートルのところを両舷にわたって照射されていたことは,居眠りに陥ったA受審人の体がその赤外線を遮って同防止装置のアラームが鳴らなかったことにつながり,本件発生にいたる過程において関与した事実であるが,同防止装置は正常に作動しており,A受審人が意識的に赤外線を遮ったわけではないので,本件発生の原因とはならない。しかしながら,これは,海難防止の観点から同防止装置が有効に作動する箇所に赤外線を設定するよう是正されるべき事項である。
一方,弘丸は,保持船の立場にあったから,自船の進路を避けないまま接近する博晴丸に対して警告信号を行い,更に間近に接近したときには,衝突を避けるための協力動作をとらなければならなかった。
したがって,B受審人が,博晴丸は右舷側を無難に替わるものと思い,その動静監視を十分に行わず,汽笛を備えないで警告信号を行わず,博晴丸が自船の進路を避けないまま間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
法定灯火を表示しなかったことは,本件発生にいたる過程において関与した事実であるが,A受審人が見張りを十分に行っていれば,弘丸が漁ろうに従事していることが容易に判断できたと認められることにより,本件発生と相当な因果関係があるとはいえない。しかしながら,これは,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,安芸灘南部において,南西進中の博晴丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,漁ろうに従事している弘丸の進路を避けなかったことによって発生したが,弘丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,安芸灘南部において,単独で立った姿勢で船橋当直に当たって自動操舵によって南西進中,平素は多数の漁船のいる海域であるのにまったく漁船を見かけなかったことから気が緩んで眠気を催した場合,体を動かしたり,外気に当たるなどして居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,眠気が軽かったことから我慢できるものと思い,体を動かしたり,外気に当たるなどして居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,操舵スタンドなどに寄りかかって居眠りに陥り,前路で漁ろうに従事している弘丸に衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,その進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き,弘丸の船首部を圧壊して転覆させ,B受審人及び甲板員が外傷後ストレス障害を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は,夜間,安芸灘南部において,トロールにより漁ろうに従事中,船首左方に自船に接近する博晴丸の灯火を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同船は右舷側を無難に替わるものと思い,その動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,博晴丸が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,機関を使用して行きあしを止めるなど衝突を避けるための協力動作をとることなく進行して同船との衝突を招き,前示の損傷などを生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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