(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月26日16時30分
豊後水道
(北緯33度13.7分 東経132度13.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第五十五日栄丸 |
漁船宝生丸 |
総トン数 |
14トン |
4.99トン |
全長 |
18.03メートル |
15.36メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
150 |
25 |
(2)設備及び性能等
ア 第五十五日栄丸
第五十五日栄丸(以下「日栄丸」という。)は,平成元年に進水し,網船など5隻から構成された大中型まき網漁業船団に所属するFRP製漁船で,魚群探索船や灯船として操業に従事していた。
操舵室は,上甲板の中央部に設置されて前方に見張りの妨げとなる構造物はなく,同室中央部に操舵スタンドが,前面壁寄りに左舷側から順に潮流計,レーダー2台及び機関操縦装置が,前面中央部の窓ガラスに旋回窓がそれぞれ設置されていた。
イ 宝生丸
宝生丸は,昭和51年に進水した小型機船底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,操舵室が上甲板の中央から少し後方に設置されて前方に見張りの妨げとなる構造物はなく,同室の中央から少し右舷寄りに操舵輪が,前面壁寄りに左舷側から順にレーダー,GPSプロッター,魚群探知器及び機関操縦装置が,同室後方の甲板上にリール及び漁網を吊り上げるためのやぐらがそれぞれ備えられており,全長が12メートルを超えていたものの,汽笛を備えていなかった。
曳網中の速力は,機関を回転数毎分1,800ないし1,900にかけて約2ノットで,曳網したまま回頭するときには約700メートルの旋回径を要した。
宝生丸が当時行っていた底びき網漁は,長さ2メートルのチェーン,直径8ミリメートル長さ450メートルのワイヤ及び直径21ミリメートル長さ100メートルの合成繊維製索を順次繋いだ曳索を船尾左右両舷からそれぞれ延出し,直径18ミリメートル長さ9メートルの合成繊維製股綱,網口を広げる長さ21メートルの竹竿,浮子及び沈子などを取り付けた長さ20メートルの漁網を曳索に連結し,1回の曳網時間が約3時間の操業を1日に3回繰り返して行うものであった。
3 事実の経過
日栄丸は,船長Cが乗船しないまま,A指定海難関係人ほか1人が乗り組み,魚群探索の目的で,船首1.0メートル船尾1.8メートルの喫水をもって,平成16年1月26日14時50分愛媛県中浦漁港を発し,豊後水道北東部の漁場に向かった。
A指定海難関係人は,操舵スタンド後方に置いた床面からの高さ0.7メートルのいすに腰を掛けて操船にあたり,愛媛県の西岸に沿って北上し,同県日振島南東方沖合の同県横島を左舷に見て航過したころ,日振島とその東方に位置する同県戸島との間の海域に操業中の漁船群を認めたので,速力を落とし,戸島寄りを航行して同漁船群を替わしたのち,16時03分日振島灯台から073度(真方位,以下同じ。)3.9海里の地点で,針路を目的の漁場に向く291度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて14.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
A指定海難関係人は,北西方からの風浪を右舷船首に受けて波しぶきが操舵室の窓ガラスにかかる状況下,波の影響でレーダー画面の中心付近が白くなって他船を判別することが困難であったものの感度などを調整しないまま,専ら旋回窓を活用しながら見張りにあたって続航し,16時26分日振島灯台から335度3.4海里の地点に達したとき,右舷船首3度1.1海里のところに宝生丸を視認することができたが,定針する前に操業中の漁船群を替わしたことから前方に操業中の漁船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかったので,同船の存在に気付かなかった。
間もなく,A指定海難関係人は,宝生丸が所定の形象物を表示していなかったものの,低速力で進行していることなどから,同船がトロールにより漁ろうに従事していることを認めることができ,その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近したが,依然見張り不十分で,このことに気付かず,その進路を避けることなく進行した。
A指定海難関係人は,16時30分少し前旋回窓越しの右舷船首至近に宝生丸を初めて認め,機関を全速力後進にかけ,手動操舵に切り替えて右舵一杯をとったが,効なく,16時30分日振島灯台から326度4.2海里の地点において,日栄丸は,原針路,原速力のまま,その船首が,宝生丸の左舷中央部に前方から60度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力5の北西風が吹き,潮候はほぼ低潮時にあたり,衝突地点付近には波高1.5メートルの波浪があった。
C船長は,日栄丸のあとに出港した僚船に乗船して漁場に向かう途中,無線連絡を受けて衝突を知り,日栄丸に追い付いて事後の措置にあたった。
また,宝生丸は,B受審人が単独で乗り組み,操業の目的で,船首0.4メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,同日12時00分愛媛県三瓶漁港を発し,日振島灯台北方沖合3海里付近の漁場に向かった。
B受審人は,13時30分目的の漁場に至り,トロールにより漁ろうに従事していることを示す形象物を表示しないまま,大崎鼻灯台と日振島北方沖合に位置する愛媛県鴎島とを結ぶ線の西側の海域で1回目の曳網を開始し,16時05分日振島灯台から324度5.0海里の地点で,針路を135度に定めて自動操舵とし,機関を回転数毎分1,850にかけて2.2ノットの速力で,操舵室左舷側に置いたいすに腰を掛け,レーダーを活用するなどして見張りにあたりながら進行した。
定針して間もなく,B受審人は,レーダーで左舷前方に日栄丸の映像を初めて探知し,その動静を監視していたところ,16時26分日振島灯台から325度4.3海里の地点に達したとき,左舷船首21度1.1海里のところに同船を視認し,その後衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めたが,汽笛を装備していなかったので,警告信号を行わず,引き続き同船の動静に留意して続航した。
B受審人は,やがて船型や船体の色などから日栄丸がD社に所属する漁船であることを知り,同社の漁船に知り合いが乗り組んでいたので,挨拶をしに自船に近寄るものと思い,日栄丸が避航の気配を見せないまま間近に接近しても,機関を停止して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための協力動作をとることなく進行し,16時30分少し前至近に迫って衝突の危険を感じ,いすから立ち上がり,手動操舵に切り替えて右舵一杯をとったが,及ばず,宝生丸は,171度に向首したとき,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,日栄丸は,船首部外板に亀裂等を生じたが,のち修理され,宝生丸は,左舷中央部外板に破口などを生じて機関室に浸水したほか,左舷舷縁及び操舵室に破損等をそれぞれ生じ,廃船処理された。また,B受審人が,左大腿部筋肉挫傷等を負った。
(航法の適用)
本件は,愛媛県日振島北方沖合の豊後水道北東部において,宝生丸がトロールにより漁ろうに従事していることを示す形象物を表示しないで底びき網漁に従事していたが,A指定海難関係人が見張りを十分に行って同船を視認していれば,その速力などから同船が底びき網漁に従事していたことを容易に認めることができたので,海上衝突予防法第18条の各種船舶間の航法によって律することが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 日栄丸
(1)A指定海難関係人が,四級海技士(航海)の海技免許を取得していたものの,小型船舶操縦士の操縦免許を取得しないまま,日栄丸の船長に代わって乗り組んだこと
(2)船長が乗船しないまま出港したこと
(3)風浪を右舷船首から受けて波しぶきが舵室の窓ガラスにかかる状況であったこと
(4)レーダー画面の中心付近が波の影響で白くなって船舶の判別が困難になっていたこと
(5)A指定海難関係人が,見張りを十分に行っていなかったこと
(6)A指定海難関係人が,宝生丸の進路を避けなかったこと
2 宝生丸
(1)汽笛を装備していなかったこと
(2)トロールにより漁ろうに従事していることを示す形象物を表示していなかったこと
(3)B受審人が,警告信号を行わなかったこと
(4)B受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
A指定海難関係人が,見張りを十分に行っていれば,宝生丸を視認し,同船が漁ろうに従事していることに気付くことができ,また,日栄丸の操縦性能及び周囲の状況から,宝生丸の進路を避けることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
したがって,A指定海難関係人が,見張りを十分に行わなかったこと及び宝生丸の進路を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A指定海難関係人が,四級海技士(航海)の海技免許を取得していたものの,小型船舶操縦士の操縦免許を取得しないまま,日栄丸の船長に代わって乗り組んだこと及び船長が乗船しないまま出港したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながらこれは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
日栄丸が,風浪を右舷方から受けて波しぶきが操舵室の窓ガラスにかかる状況であったこと及びレーダー画面の中心付近が波の影響で白くなって船舶の判別が困難になっていたことは,A指定海難関係人が旋回窓を活用すれば前方の見張りを十分に行うことができたことから,本件発生の原因とならない。
一方,宝生丸は,B受審人が,日栄丸を認めていたので,汽笛を装備していれば警告信号を行うことができ,また,日栄丸が間近に接近したとき,宝生丸の運航模様及び周囲の状況から,衝突を避けるための協力動作をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
したがって,B受審人が,汽笛を装備していなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
宝生丸が,トロールにより漁ろうに従事していることを示す形象物を表示していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,A指定海難関係人が見張りを十分に行って宝生丸を視認していれば,同船が漁ろうに従事していたことを容易に認めることができ,その進路を避けることができたので,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながらこれは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,愛媛県日振島北方沖合の豊後水道北東部において,漁場に向けて西行中の日栄丸が,見張り不十分で,漁ろうに従事している宝生丸の進路を避けなかったことによって発生したが,宝生丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
B受審人は,愛媛県日振島北方沖合の豊後水道北東部において,底びき網を曳網中,左舷前方に西行する日栄丸を視認し,同船が衝突のおそれがある態勢で避航の気配を見せないまま,間近に接近するのを認めた場合,機関を停止して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。ところが,同人は,日栄丸に知り合いが乗り組んでいるので,挨拶をしに自船に近寄るものと思い,衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,日栄丸の船首部外板に亀裂等を,宝生丸の左舷中央部外板に破口などを生じて機関室に浸水させたほか,左舷舷縁及び操舵室に破損等をそれぞれ生じさせ,自らも左大腿部筋肉挫傷等を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
A指定海難関係人が,愛媛県日振島北方沖合の豊後水道北東部において,漁場に向けて西行する際,見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては,勧告しないが,航行中にはそのときの状況に適したすべての手段により,常時適切な見張りをしなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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