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平成16年神審第128号
件名

押船第三栄進丸被押土運船第10久須夜号遊漁船幸将丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年6月30日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(工藤民雄,甲斐賢一郎,村松雅史)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:幸将丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
幸将丸・・・右舷船首部を大破,船長ほか同乗者4人が頭蓋骨陥没骨折等の重傷,2人が打撲傷等の軽傷
第10久須夜号・・・左舷船尾アンカーレスト鋼製パイプに擦過傷

原因
幸将丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守

主文

 本件衝突は,幸将丸が,見張り不十分で,錨泊中の第三栄進丸被押土運船第10久須夜号を避けなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月7日21時20分
 福井県小浜湾
 (北緯35度30.0分東経135度38.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船第三栄進丸 土運船第10久須夜号
総トン数 177トン 2,586トン
全長 30.00メートル 75.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 1,471キロワット  
船種船名 遊漁船幸将丸  
総トン数 1.7トン  
全長 9.08メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 102キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 第三栄進丸
 第三栄進丸(以下「栄進丸」という。)は,昭和55年2月に進水した限定沿海区域を航行区域とする鋼製押船兼引船で,船首両舷に土運船を嵌合して結合するための油圧式のピンを装備し,船首から約5.6メートル後方,上甲板上の高さ約6.7メートルのところに操舵室を設けていた。
イ 第10久須夜号
 第10久須夜号(以下「久須夜号」という。)は,昭和62年に建造された非自航の鋼製土運船で,船首部に旋回式ジブクレーン1基を,また中央部に長さ28.9メートル幅12.8メートル深さ6.4メートルの船倉1個を設け,船尾に押船の船首を嵌合できるようになっており,平素,栄進丸に押されて稼働されていた。
ウ 幸将丸
 幸将丸は,平成5年5月に進水した限定沿海区域を航行区域とするFRP製小型遊漁兼用船で,船首から4.96メートルの船体中央部に,風防ガラス付きで甲板上の高さが0.92メートルの操縦スタンドを設け,同スタンド後方0.40メートルのところに,甲板上の高さが0.46メートルの機関室囲壁を配置していた。
 操縦スタンドには,舵輪,機関操作レバーがあり,魚群探知機1台が装備されていたが,レーダーは備えられていなかった。同スタンド後方の機関室囲壁の上に腰を掛けた状態で喫水線上の眼高が約1.5メートルであり,船首方に死角を生じる構造物もなく,前方の見通しは良好であった。
 航海全速力は,主機回転数毎分2,500の約18.7ノットであり,同速力における最大舵角時の旋回径が左右とも船の長さの3倍程度で,全速力後進をかけたときの停止距離は約50メートルであった。

3 事実の経過
 栄進丸は,平素,久須夜号の船尾凹部に船首を嵌合して油圧ピンで連結(以下「栄進丸押船列」という。)し,全長95.50メートルとして,栄進丸には船長Bほか4人が乗り組み,京都府丹後半島から石川県金沢港にかけての日本海沿岸海域において,港湾土木工事に従事していた。
 B船長は,昭和49年8月に四級海技士(航海)の海技免許を取得し,内航の石材及び砂利採取運搬船に船長として約7年間乗船した後,昭和56年9月から栄進丸に船長として乗り組んでいた。
 ところで,B船長は,20年ほど前から,工事の予定がないときには,漁業協同組合と協議して,同組合所属の漁船が航行し,沿岸近くに多数のちぬ釣り用いかだが設けられている,小浜湾西部の金埼南方800メートル付近の海域に錨泊することにしており,当時,栄進丸押船列は,1箇月の内20日位錨泊していた。
 B船長は,平成16年7月29日08時00分赤礁埼灯台から226度(真方位,以下同じ。)2.1海里の地点において,空倉状態で喫水が船首1.9メートル船尾2.4メートルとなった久須夜号を連結し,船首2.6メートル船尾4.6メートルの喫水をもって,船体の振れ回りを防ぐようにとの漁業協同組合の要請を受け入れ,久須夜号の船首両舷からそれぞれ1個の錨を投入して錨鎖3節を延出し,さらに久須夜号の船尾両舷からそれぞれ1個の錨を投じてワイヤを70メートル延出し,4個の錨で船固めして錨泊を開始した。
 その後,栄進丸押船列は,乗組員が会社所有の他の船に乗船して作業を行うとき以外,昼間のみ来船して船体の保守整備作業にあたり,夜間は,錨泊中の船舶が掲げる白色全周灯2個を点灯することなく,栄進丸の船尾端から前方約4.8メートルにあるトーイング・ビームの中央上部で,甲板上の高さ約2.5メートルのところに,C社製のP-3BS型と称する,太陽電池式の12ボルト1.5ワット,公称光達距離6.2キロメートル,夜間4秒周期で自動的に点滅する日光弁スイッチを備えた黄色標識灯1個を,また,久須夜号の船首先端部及び船倉後端約3.3メートル後ろの左右舷端付近で,甲板上の高さ約3.5メートルのところに,同じ標識灯をそれぞれ各1個表示し,船内を無人としたまま錨泊を続けた。
 こうして,栄進丸押船列は,翌8月7日の夜間に,4個の標識灯を表示して前示錨泊地点に無人で錨泊中,船首が030度に向いていたとき,21時20分,久須夜号の左舷船尾部に,幸将丸の船首が後方から2度の角度をもって衝突した。
 当時,天候は晴で風力1の北風が吹き,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視界は良好であった。
 また,幸将丸は,A受審人が1人で乗り組み,同人が経営している海上釣り堀の常連客など知人6人を乗せ,福井県大飯町で開催された花火大会を海上から見物する目的で,船首0.15メートル船尾0.70メートルの喫水をもって,同7日18時15分小浜湾北西部にある大島漁港の係船地を発し,同湾南西部の青戸入江奥にある和田港に向かった。
 ところで,A受審人は,長年にわたって大島漁港を基地としており,小浜湾西部海域の水路事情に精通しているうえ,時折,同海域を通航することがあったことから,金埼南方800メートル付近に栄進丸押船列が,夜間,前示の標識灯を表示して錨泊していることをよく知っていた。
 A受審人は,18時45分ごろ和田港内,青戸の大橋西方500メートルばかりの地点に到着して漂泊を始め,その後350ミリリットル入りの缶ビール3本を飲みながら,19時半ごろから21時ごろまで花火大会を見物した。
 21時10分A受審人は,花火大会が終了したので,酔いを感じないまま帰途に就くこととし,同乗者6人を前部甲板に座らせ,航行中の動力船の灯火を表示して港外に向かい,青戸の大橋を通過した後,21時17分少し過ぎ赤礁埼灯台から222度3.0海里の地点に達したとき,同灯台を右舷船首方に見る032度の針路に定め,機関を回転数毎分2,500の全速力前進にかけ,18.7ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,手動操舵によって進行した。
 定針したとき,A受審人は,正船首方1,650メートルに栄進丸押船列の表示した黄色点滅灯を視認することができ,花火見物に向かう航行の途,錨泊している同押船列のすぐ側を通過してその存在を認め,また以前からその表示する灯火の灯質もよく承知していたことから,同灯火が錨泊している栄進丸押船列のものと判断できる状況で,その後同押船列に向首して衝突のおそれがある態勢で接近していたが,前方約300メートルを北上する大島漁港に向かう漁船を追尾しながら,機関室囲壁に腰掛けて右舷前方を向いた姿勢で翌日の漁のことを考え込んでいて,前方の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かないで続航した。
 こうして,A受審人は,転舵するなどして栄進丸押船列を避けないまま,原針路,原速力で進行中,21時20分わずか前,船首至近に栄進丸押船列の黒い船影を認め,急いで左舵をとり,機関のクラッチを切ったが及ばず,幸将丸は,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,幸将丸は,右舷船首部を大破し,久須夜号は,左舷船尾アンカーレスト鋼製パイプに擦過傷を生じ,A受審人ほか同乗者4人が頭蓋骨陥没骨折等の重傷を,2人が打撲傷等の軽傷をそれぞれ負った。

(航法の適用)
 本件は,夜間,小浜湾西部の金埼南方において発生したもので,衝突地点付近の海域は,港則法及び海上交通安全法の適用海域でないことから,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 栄進丸押船列は,白色全周灯2個を表示していなかったものの,6.2キロメートルから視認可能な点滅する黄色標識灯を甲板上の4箇所に設置して点灯し,長期にわたって錨泊していた。
 幸将丸は,全ての手段により常時適切な見張りを行って航行することが求められ,操船者が,点滅する黄色標識灯を表示して錨泊している栄進丸押船列の存在を平素から知っていたこと,その表示する灯火の灯質も十分に承知していたこと,及び花火大会の見物に向かう途中,同押船列のすぐ側を通過してその存在を十分に承知していたこと等の具体的な認識事情を勘案すると,見張りを十分に行ってさえいれば,栄進丸押船列の標識灯を視認でき,これが錨泊している栄進丸押船列の灯火と容易に判断することが可能で,これを避けて航行し得たものと認められる。
 海上衝突予防法には,航行中の動力船と錨泊中の船舶との2船間の定形航法の規定はないことから,同法第38条及び第39条の船員の常務によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 栄進丸押船列
 白色全周灯2個を点灯せずに点滅する黄色標識灯のみを表示して錨泊していたこと

2 幸将丸
(1)A受審人が,花火見物時に飲酒し,操船に当たっていたこと
(2)A受審人が,機関室囲壁に腰掛けて右舷前方を向いた姿勢で翌日の漁のことを考え込んで,前方の見張りを十分に行わなかったこと
(3)栄進丸押船列を避けなかったこと

(原因の考察)
 本件は,幸将丸の操船者が,衝突地点付近海域の水路事情に精通し,夜間,栄進丸押船列が点滅する黄色標識灯を表示して錨泊していることをよく承知していたうえ,花火大会の見物に向かうときにも栄進丸押船列がいつもの場所に錨泊していることを認め,その存在を十分に分かっていたことから,前方の見張りを十分に行ってさえいれば,栄進丸押船列の標識灯を視認でき,これが錨泊している栄進丸押船列の灯火と判断することが可能で,転舵するなどして同押船列を容易に避けられる状況にあったものと認められる。
 したがって,A受審人が,機関室囲壁に腰掛けて右舷前方を向いた姿勢で翌日の漁のことを考え込んで,前方の見張りを十分に行わなかったこと及び栄進丸押船列を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,飲酒後,操船に当たっていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,これらが直ちに衝突やその原因に結び付いたとは考えられないことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方,栄進丸押船列において,白色全周灯2個を点灯せずに点滅する黄色標識灯4個を表示したのみで錨泊していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生地点付近の海域が船舶通航の輻輳する港内等でないうえ,栄進丸押船列の錨泊が常態化していて,地元の漁業関係者等の間では同押船列の存在が広く周知され,幸将丸の操船者もこのことを十分に承知しており,前方の見張りを十分に行ってさえいたなら,同灯火を視認したとき錨泊している栄進丸押船列と判断でき,同押船列を容易に避けることができたことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)

 本件衝突は,夜間,福井県小浜湾西部において,花火大会の見物を終えて帰航中の幸将丸が,見張り不十分で,前路で錨泊中の栄進丸押船列を避けなかったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,小浜湾南西部の和田港で花火を見物したのち,大島漁港に向け帰途に就き,同湾西部を北上する場合,以前から金埼南方800メートル付近に,栄進丸押船列が錨泊していることをよく承知し,その表示する灯火の灯質も十分に分かっていたのであるから,点滅する黄色標識灯を表示して錨泊中の栄進丸押船列を見落とすことのないよう,前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,機関室囲壁に腰掛けて右舷前方を向いた姿勢で翌日の漁のことを考え込んでいて,前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,栄進丸押船列の存在に気付かず,同押船列を避けることなく進行して衝突を招き,幸将丸の右舷船首部を大破させ,久須夜号の左舷船尾アンカーレスト鋼製パイプに擦過傷を生じさせて,自身のほか同乗者4人に頭蓋骨陥没骨折等の重傷を,2人に打撲傷等の軽傷をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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