(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月13日01時35分
大阪港
(北緯34度32.9分東経135度20.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船広栄丸 |
貨物船第八東邦丸 |
総トン数 |
198トン |
173トン |
全長 |
51.50メートル |
41.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
514キロワット |
441キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 広栄丸
広栄丸は,平成3年5月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製貨物船で,東播磨港を基地として主に瀬戸内海各港間の鋼材運搬に従事していた。
船橋前壁に配置されたコンソールの中央には,操舵スタンド,同スタンドの左舷側にレーダー1基,右舷側に機関操縦台が据えられ,左舷後方には寝台が,寝台の右舷側は居住区に降りる階段が設置され,船橋前面から船首端までは約41メートルで,船首方の見通しは良かった。
イ 第八東邦丸
第八東邦丸(以下「東邦丸」という。)は,平成元年2月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製液体化学薬品ばら積船で,岡山県日比港と大阪港堺泉北区(以下「堺泉北区」という。)間を月に2回,その他は瀬戸内海各港間を不定期で運航する濃硫酸の運搬に従事していた。
同船の船首マスト及び船尾には停泊灯(40ワット)各1個,船首楼甲板及び船尾甲板を照らす作業灯及び船橋前面の両舷には甲板上を照らす作業灯(500ワット)各1個計4個が,後部マストには紅灯(40ワット)1個が設置され,エアーホーンを設備していた。
3 事実の経過
広栄丸は,A及びB両受審人ほか1人が乗り組み,鋼材420トンを積載し,船首2.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成16年9月12日16時50分岡山県水島港を発し,堺泉北区に向かった。
A受審人は,船橋当直を船長,一等航海士,機関長の3人による単独の4時間交替制としたうえ,入航操船を自ら行うこととし,港内投錨の約30分前を入航準備と決めていた。また,B受審人が船橋当直に十分慣れていなかったので,必要なときはいつでも自ら指揮が執れるよう,船橋内後部に設けた寝台の上で休息をとることにしていた。
23時30分A受審人は,播磨灘鹿ノ瀬付近においてB受審人に船橋当直を交替したとき,いつも入航30分前に起こしてくれるから大丈夫と思い,入航準備のため船橋を離れる際には,船橋当直を維持できるよう,船橋内で休息している船長に報告して確実に当直を引き継ぐよう指示することなく,その後,明石海峡通峡中は,寝台に座って操船の様子を確認するとともに,翌13日02時頃入港する予定で堺泉北区に針路を向けるよう指示した後,寝台の壁にもたれた姿勢で休息をとった。
00時16分B受審人は,平磯灯標から157度(真方位,以下同じ。)2.2海里の地点において,レーダーを起動して法定の灯火を表示し,GPSプロッター画面により針路を堺泉北区に向く101度に定め,機関を港内全速力前進の10.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)として自動操舵により進行した。
01時26分少し過ぎB受審人は,大阪港内に入域し,01時30分泉北大津南防波堤灯台から294度2.9海里の地点に達したとき,正船首1,550メートルに甲板を照明するとともに法定の灯火を表示して錨泊している東邦丸を視認できたが,陸岸の明かりに紛れていたこともあって,これを見落としたままレーダーを利用することなく続航し,予定錨地が近づいたので入航準備のため船橋を離れることとした。
B受審人は,船橋を離れるとき,暗がりの中に船長が寝台に座って壁にもたれた姿勢でいるのを認めたので,目が覚めているものと思い,休んでいる船長に報告して確実に船橋当直を引き継ぐことなく,無言のまま降橋した。
その後,広栄丸は,錨泊中の東邦丸に向けて衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,船橋当直の維持が不十分で,船橋当直者を不在とし,A受審人が寝台に座った姿勢で眠っていたため,この状況に気付かず,同船を避けることなく,原針路,原速力で進行し,01時35分泉北大津南防波堤灯台から300度2.1海里の地点において,広栄丸の船首が東邦丸の左舷中央部に直角に衝突した。
当時,天候は晴で風はなく,潮候は上げ潮の初期にあたり,視界は良好であった。
また,東邦丸は,C受審人ほか2人が乗り組み,濃硫酸300トンを積載し,船首2.6メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,同月12日08時10分岡山県日比港を発し,大阪港に向かった。
C受審人は,航海中の船橋当直を自らと一等航海士の2人による単独6時間交替制とし,港内に錨泊する危険物運搬船は,船員法の規定に基づき定められた航海当直基準III停泊中の当直基準を遵守して停泊当直員を配置する必要があることを知っており,荒天時,視界制限時及び周囲に船舶が多い時は,そのときの状況に応じて配置していたが,平素は,夜間,停泊当直員を配置していなかった。
同日15時50分C受審人は,大阪港内の前示衝突地点に至り,左舷錨3節で錨泊した。
日没後,C受審人は,海上が穏やかで周囲に他船も少なく,停泊灯,紅色全周灯,甲板上を照らす作業灯4灯を点灯しているので大丈夫と思い,停泊当直員を配置することなく,乗組員を休息させた。
翌13日01時30分東邦丸は,船首を011度に向けて錨泊中,左舷正横1,550メートルのところに航行中の広栄丸が存在し,その後,衝突のおそれのある態勢で自船に向首し,避航の気配がないまま接近する状況となったが,C受審人は,停泊当直員を配置していなかったので,このことに気付くことができず,注意喚起信号を行うことなく,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,広栄丸は,球状船首に破口を伴う凹損を生じ,東邦丸は,左舷外板に大破口を伴う凹損を生じて浸水したが,濃硫酸を積載しているタンクの破損は免れ,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,夜間,港則法の適用水域である大阪港において,入航中の広栄丸と成規の灯火を点灯して錨泊中の東邦丸とが衝突したもので,錨泊船と航行中の動力船との衝突であり,同法には適用する規定がなく,一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)が適用される。
予防法には,これら両船に適用する個別の航法規定が存在しないことから,同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 広栄丸
(1)船橋当直の維持が不十分であったこと
(2)A受審人が,船橋当直者に対し,入航準備のため船橋を離れる際,船長に報告して確実に当直を引き継ぐよう指示していなかったこと
(3)東邦丸の灯火が陸上の明かりに紛れていたこと
(4)B受審人が,レーダーを利用していなかったこと
(5)B受審人が,入航準備のため船橋を離れる際,船長が目覚めているものと思い,船長に報告して確実に船橋当直を引き継がなかったこと
(6)船橋当直者を不在としたこと
(7)入航に際し,A受審人が,自ら操船指揮を執れなかったこと
(8)A受審人が,寝台に座って壁にもたれたまま,休息していたこと
2 東邦丸
(1)C受審人が,船員法の規定に基づき定められた航海当直基準III停泊中の当直基準を遵守せず,停泊当直員を配置しなかったこと
(2)東邦丸が,衝突のおそれがある態勢で接近する広栄丸に対し,注意喚起信号を行わなかったこと
(原因の考察)
広栄丸は,夜間,大阪港において,入航準備のため船橋当直者が降橋する際,船橋当直の維持が十分に行われていれば,船橋当直者が不在となることなく船長が操船指揮を行い,法定灯火を表示して錨泊している東邦丸を早期に発見でき,同船の動静を把握したうえ,余裕を持ってこれを避けることが可能であったものと認められる。
したがって,広栄丸が,船橋当直の維持を十分に行っていなかったこと,A受審人が,入航準備のため船橋を離れる際,船長に報告して確実に当直を引き継ぐよう指示していなかったこと,船橋当直者が不在となったこと,B受審人が,休息しているA受審人に報告して確実に当直を引き継がなかったこと,同人が操船指揮を執れなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,寝台に座って壁にもたれたまま,休息していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
夜間,東邦丸の灯火が陸上の明かりに紛れていたことは,B受審人が見張りを十分に行っていれば,作業灯で船体を照明していた東邦丸を視認することは可能であったものと認められ,本件発生の原因とならない。
また,レーダーを利用していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
他方,東邦丸において,C受審人が,船員法の規定に基づき定められた航海当直基準III停泊中の当直基準を遵守し,停泊当直員を配置していれば,接近する航行中の広栄丸の灯火を認めることができ,注意喚起信号を行うことによって,広栄丸に衝突の危険を知らせ,衝突を回避することができたと認められる。
したがって,C受審人が,船員法の規定に基づき定められた航海当直基準III停泊中の当直基準を遵守せず,停泊当直員を配置しなかったこと,注意喚起信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,大阪港において,入航する広栄丸が,船橋当直の維持が不十分で,船橋当直者が不在となり,錨泊中の東邦丸を避けなかったことによって発生したが,東邦丸が,停泊当直員を配置せず,注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
広栄丸の運航が適切でなかったのは,船長が,船橋当直者に対し,船橋を離れる際,船長に報告して当直を確実に引き継ぐように指示しなかったことと,船橋当直者が,船橋を離れる際,船長に報告して当直を確実に引き継がなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
B受審人は,夜間,大阪港において,単独で船橋当直にあたり,入航準備のため船橋を離れる場合,船橋内で休んでいる船長に報告して確実に当直を引き継ぐべき注意義務があった。しかるに,同人は,船長が寝台に座って壁にもたれた姿勢でいたことから,目覚めているものと思い,船長に報告して確実に当直を引き継がなかった職務上の過失により,船橋当直者が不在となり,前路で錨泊中の東邦丸に気付かず,同船を避けないで進行して衝突を招き,広栄丸の球状船首に破口を伴う凹損を,東邦丸の左舷外板に大破口を伴う凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は,夜間,大阪港に向けて航行中,B受審人に単独の船橋当直を任せる場合,船橋当直を維持できるよう,船橋を離れるときには船長に報告して確実に当直を引き継ぐよう指示すべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,B受審人がいつも入航30分前に起こしてくれるから大丈夫と思い,船長に報告して確実に当直を引き継ぐよう指示しなかった職務上の過失により,船長に報告されないまま船橋当直者が不在となり,前路で錨泊中の東邦丸を避けることなく進行して衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は,夜間,大阪港において,危険物を積載して錨泊する場合,衝突のおそれがある態勢で接近する広栄丸に注意喚起信号を行えるよう,停泊当直員を配置すべき注意義務があった。しかるに,同人は,停泊灯及び作業灯を点灯しているので大丈夫と思い,停泊当直員を配置しなかった職務上の過失により,接近する広栄丸に気付かず,注意喚起信号を行うことなく,同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図1
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参考図2
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