(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年6月21日05時25分
瀬戸内海柱島水道付近
(北緯34度00.65分東経132度29.95分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第三澤西丸 |
貨物船ゴールド インダス |
総トン数 |
489トン |
9,994トン |
全長 |
65.60メートル |
128.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
5,295キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三澤西丸
第三澤西丸(以下「澤西丸」という。)は,平成3年9月に進水した限定沿海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の石材及び砂利運搬船で,船首部に旋回式ジブクレーン1基を備え,船首端から船橋前面までの距離が約46メートルとなっており,主に岡山県児島沖で採取した海砂を阪神方面への輸送にあたっていたが,時折,積地が山口県久賀港に変更となることもあった。
操舵室には,中央にコンソールスタンドが設けられ,これにジャイロコンパス組込型の操舵装置が,左舷側にレーダー2台が,右舷側に主機遠隔操縦盤などがそれぞれ配置され,モーターホーンとエアーホーンがそれぞれ1基ずつ装備され,同室の両舷にはウイングと称する暴露甲板が設けられていた。
海上公試運転成績書によれば,最大速力は,機関回転数毎分255の11.23ノットであり,同速力における舵角35度での旋回径は,左右とも約180メートルで,同速力で前進中,全速力後進発令から船体停止に要するまでの時間は約1分41秒であった。
イ ゴールド インダス
ゴールド インダス(以下「ゴ号」という。)は,西暦1998年(以下「西暦」を省略する。)4月C社で建造された全通二層甲板船尾船橋型の鋼製貨物船で,遠洋区域を航行区域とし,船首から約108メートル後方に船橋楼を配置し,日本各港と海外との一般貨物の輸送に従事していた。
操舵室には,前部中央にジャイロ・レピータ,その後方中央部にジャイロコンパス組込型の操舵スタンド,同スタンドの右舷側にエンジンテレグラフ,また左舷側に第1及び第2レーダーがそれぞれ配置され,エアーホーンとVHFがそれぞれ装備され,同室の両舷にはウイングと称する暴露甲板が設けられていた。
ゴ号は,単暗車,一枚舵を有し,海上公試運転成績書によれば,満載時の最大速力が機関回転数毎分160の15.5ノットであり,同速力における右舵35度での最大縦距が495メートル,最大横距が395メートル,左舵一杯での最大縦距が440メートル,最大横距が510メートルで,同速力で前進中,全速力後進発令から船体停止に要する時間は約2分40秒,停止までの航走距離は638メートルであった。
3 発生海域
本件発生地点の柱島水道付近は,広島湾南部の諸島により形成された,東西に拡がる屈曲した水道で,南方及び東方からの主な航行路となっており,屈曲部のほぼ中央には広島湾方面への推薦航路線を示す広島湾第1号灯浮標が設けられていた。同灯浮標付近は,柱島水道を通航する船舶と同水道に接続するクダコ水道,怒和島水道,諸島水道及び柱島諸島南端と屋代島との間の水道を通航する船舶との進路が交差するところであり,また広島湾を推薦航路線沿いに南下した船舶が,同灯浮標付近で東方に向ける海域でもあった。
4 事実の経過
澤西丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,海砂を積載する目的で,空倉のまま,船首0.90メートル船尾3.20メートルの喫水をもって,平成15年6月20日20時00分兵庫県家島港を発し,山口県屋代島の久賀港に向かった。
A受審人は,船橋当直を一等航海士,一等機関士及び自らの3人による単独の約2時間半交替としたうえ,自らの当直時に来島海峡の通航となるように当直時間を割り振りして瀬戸内海を西行し,翌21日01時ごろ当直に就いて同海峡を通航したのち,03時半ごろ一等航海士に当直を任せて降橋し,自室で休息をとった。
05時13分A受審人は,広島県倉橋島南方沖の三ツ石灯台から248度(真方位,以下同じ。)1.2海里の地点で,目覚めて霧模様であることに気付き様子を見に昇橋したところ,霧のため視程が約50メートルに狭められているのを認めたことから,直ちに一等航海士から引き継いで操船指揮に当たり,針路を柱島諸島南端と屋代島との間に向かう235度に定め,機関を全速力前進にかけ,11.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,霧中信号を行うことも,安全な速力とすることもなく,航行中の動力船の灯火を表示して自動操舵により進行した。
その後,A受審人は,舵輪の後方に立って左横にあるレーダーの監視を行い,一等航海士が左舷側のレーダーの監視と目視による見張りにそれぞれ当たっていたところ,05時15分半三ツ石灯台から244度1.66海里の地点に達したとき,3海里レンジとしたレーダーにより,右舷船首43度3.0海里にゴ号の映像を初めて探知し,間もなく同船が南下していることを知り,少しずつ右転してその船尾側をかわすつもりで,レーダーで同船の監視を続けながら,全速力のまま続航した。
A受審人は,推薦航路線沿いに南下を続けていたゴ号が,広島湾第1号灯浮標を左舷側に見て航過したとき,左転して東行することも予想される状況下,05時20分三ツ石灯台から241度2.45海里の地点で,ゴ号の映像を右舷船首38度に見るようになったとき,同映像が船首輝線の少し右側になるように,自動操舵のツマミを5度くらいずつ右に回して270度の針路としたところ,このころ左転して東行する態勢となったゴ号が右舷船首3度1.6海里となり,その後,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,相手船の船尾方に向けたので大丈夫と思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めることなく進行した。
05時23分A受審人は,ゴ号が船首少し右0.4海里に接近したとき,ゴ号の映像がレーダーの中心点に急速に近づいてくるので危険を感じ,手動操舵に切り換えて右舵一杯をとり,次いで機関を中立とし,その後,ゴ号の前路近距離を通過して右回頭中,05時25分わずか前,右舷船尾至近に迫ったゴ号の船首部を初めて視認し,急いで機関を前進にかけたが及ばず,05時25分三ツ石灯台から249度3.0海里の地点において,澤西丸は,115度を向いて行きあしがほぼ停止したとき,その右舷中央部に,ゴ号の左舷船首が後方から25度の角度で衝突した。
当時,天候は霧で風力1の西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視程は約50メートルで,日出時刻は04時58分であった。
また,ゴ号は,大韓民国の国籍を有するB船長ほか同国人1人とフィリピン人16人が乗り組み,広島港の造船所で定期検査を終え,空倉のまま,船首3.10メートル船尾4.28メートルの喫水をもって,同6月21日03時15分同港を発し,大阪港に向かった。
B船長は,出航操船に引き続いて操船指揮に当たり,一等航海士を補佐に,甲板手を手動操舵に配置して広島湾を南下し,04時37分安芸白石灯標から174度2.7海里の地点で,針路を140度に定め,機関を全速力前進にかけ,13.5ノットの速力で,航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
B船長は,05時15分三ツ石灯台から267度4.52海里の地点に至ったとき,霧模様となって視程が約2海里になったことから,甲板員1人を昇橋させて見張りに配置して続航した。
05時15分半B船長は,三ツ石灯台から266度4.45海里の地点に差し掛かったとき,3海里レンジに設定したレーダーで,左舷船首42度3.0海里のところに澤西丸の映像を探知できる状況であったが,レーダーによる見張りを十分に行っていなかったので,同船の存在に気付かないまま南下を続けた。
B船長は,05時20分三ツ石灯台から254度3.9海里の地点に差し掛かり,広島湾第1号灯浮標を左舷側に通過し,針路を090度に転じたころ,濃霧となって視程が約50メートルに狭められたことを認めたが,安全な速力とすることも,霧中信号を行うこともなく,機関を港内全速力にして12.3ノットの速力で進行した。
転針したとき,B船長は,3海里レンジとしたレーダーで,右舷船首3度1.6海里に,西行するようになった澤西丸の映像を探知でき,その後,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,左舷ウイングに出て灯浮標の確認に当たっていて,依然,レーダーによる見張りを十分に行っていなかったので,この状況に気付かず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めることなく進行中,05時25分わずか前,左舷船首至近に迫った澤西丸の右舷側を初めて視認し,急いで右舵一杯,半速力前進,微速力前進,機関停止と続けて令したが及ばず,ゴ号は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,澤西丸は,右舷ウイングを圧壊し,右舷中央部外板及び同船尾部外板に凹損などを生じたが,のち修理され,またゴ号は,左舷船首部外板に擦過傷などを生じた。
(航法の適用)
本件発生地点の柱島水道付近は,海上交通安全法の適用される海域であるものの,同法には本件に適用すべき特別な航法規定がないので,海上衝突予防法により律することとなる。
柱島水道付近は,広島湾南部の諸島により形成された,東西に拡がる屈曲した水道で,柱島水道を通航する船舶と同水道に接続するクダコ水道,怒和島水道,諸島水道及び柱島諸島南端と屋代島との間の水道を通航する船舶との進路が交差するところであるものの,南北の最狭部幅が約2.8海里であり,狭い水道に該当するとまではいえず,海上衝突予防法第9条第1項の規定を適用することは相当でない。
当時,同海域は,霧のため視界が制限された状態で,両船は互いに他の船舶の視野の内になかったのであるから,海上衝突予防法第19条の視界制限状態における船舶の航法が適用されることは明らかである。
(本件発生に至る事由)
1 澤西丸
(1)霧中信号を行わなかったこと
(2)安全な速力としなかったこと
(3)右転して270度の針路にしたこと
(4)A受審人が,レーダーで前路に認めたゴ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,相手船の船尾方に向けたので大丈夫と思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと
2 ゴ号
(1)霧中信号を行わなかったこと
(2)安全な速力としなかったこと
(3)B船長が,左舷ウイングに出て灯浮標の確認に当たっていて,レーダーによる見張りを十分に行わなかったこと
(4)澤西丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと
3 気象等
(1)衝突地点付近が霧のため視界制限状態となっていたこと
(2)衝突地点付近が柱島水道を通航する船舶と同水道に接続するクダコ水道,怒和島水道,諸島水道及び柱島諸島南端と屋代島との間の水道を通航する船舶との進路が交差するところであったこと
(原因の考察)
澤西丸が,霧のため視界が著しく制限された瀬戸内海の倉橋島南方沖を西行中,霧中信号を行い,安全な速力とし,レーダーで前路に認めたゴ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,澤西丸が,霧中信号を行わなかったこと,安全な速力としなかったこと及びA受審人が,レーダーで前路に認めたゴ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,相手船の船尾方に向けたので大丈夫と思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことは,本件発生の原因となる。
澤西丸において,A受審人が,右転して270度の針路にしたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,海上衝突予防法第19条に抵触するものでないことから,本件と相当な因果関係があるとは認められず,本件発生の原因とするまでもない。
一方,ゴ号は,霧のため視界制限状態となった柱島水道を東行中,霧中信号を行い,安全な速力としたうえ,レーダーによる見張りを十分に行っていたなら,澤西丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めることで,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,ゴ号が,霧中信号を行わなかったこと,安全な速力としなかったこと,ゴ号船長が,左舷ウイングに出て灯浮標の確認に当たっていて,レーダーによる見張りを十分に行わなかったこと,澤西丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことは,本件発生の原因となる。
ところで,当時,衝突地点付近が霧のため視界制限状態となっていたこと及び同地点付近が柱島水道を通航する船舶と同水道に接続するクダコ水道,怒和島水道,諸島水道及び柱島諸島南端と屋代島との間の水道を通航する船舶との進路が交差するところであったことは,航行に支障を与える特別な状況とはいえず,運航者の対処で十分に安全運航の確保が可能なことであり,原因との関連を求めるのは理由がなく,本件発生の原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は,霧のため視界が著しく制限された瀬戸内海の柱島水道付近において,西行する澤西丸が,霧中信号を行わず,安全な速力とせず,レーダーで右舷船首方に探知したゴ号と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことと,東行するゴ号が,霧中信号を行わず,安全な速力とせず,レーダーによる見張りが不十分で,澤西丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,霧のため視界が著しく制限された瀬戸内海の倉橋島南方沖を西行中,レーダーにより右舷船首方にゴ号の映像を探知し,その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となった場合,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。しかるに,同人は,相手船の船尾方に向けたので大丈夫と思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により,ゴ号との衝突を招き,澤西丸の右舷ウイングに圧壊を,右舷中央部外板及び同船尾部外板に凹損などを,またゴ号の左舷船首部外板に擦過傷などをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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