(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月22日05時05分
和歌山県市江埼南西方沖合
(北緯33度33.0分東経135度23.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船栄興丸 |
貨物船ハイトン |
総トン数 |
5.57トン |
1,193.00トン |
全長 |
71.80メートル |
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登録長 |
10.32メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
139キロワット |
882キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 栄興丸
栄興丸は,昭和56年1月に進水した一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央より後ろに操舵室が設けられ,電気ホーンのほか,GPSプロッター及び魚群探知機が装備されていた。
イ ハイトン
ハイトンは,昭和57年12月に竣工した全通二層甲板船尾船橋型の鋼製貨物船で,船橋にはレーダー2台のほか,自動衝突予防援助装置及びGPSプロッターが装備されていた。また,海上公試運転成績表によれば,最大速力は12.656ノットで,同速力で航走中,舵角35度における旋回径は,左旋回では278メートル,右旋回では222メートルで,最短停止時間は,2分08秒であった。
3 事実の経過
栄興丸は,A受審人が1人で乗り組み,かつお曳縄釣漁の目的で,船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年5月22日04時45分和歌山県朝来帰(あさらぎ)漁港を発し,同県市江埼南西沖合の漁場に向かった。
ところで,栄興丸のかつお曳縄釣漁は,両舷側から正横方向に振り出した竿に各々3本の曳縄及び船尾に3本の曳縄をそれぞれ取り付けて流し,同縄を曳きながら漁を行うもので,操縦性能に影響を及ぼすものではなかった。
A受審人は,陸岸沿いに南下して同漁場に至り,04時55分市江埼灯台から200度(真方位,以下同じ。)1.3海里の地点において,針路を200度に定めて自動操舵とし,機関を微速力前進にかけて6.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
定針したとき,A受審人は,左舷船首34度2.1海里のところに,ハイトンを初めて視認したが,縄を曳いている自船を航行中の同船が避けてくれるものと思い,その後,動静監視を十分に行わず,左舷側の竿の先から順に投縄を始めた。
05時00分A受審人は,市江埼灯台から200度1.8海里の地点に達したとき,ハイトンが同方位のまま1.0海里となり,その後,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近したが,投縄に没頭し,動静監視を十分に行わなかったので,このことに気付かず,警告信号を行うことも,更に間近に接近したとき,機関を停止するなど衝突を避けるための協力動作をとることもなく,同じ針路及び速力で続航した。
05時05分少し前A受審人は,右舷側の竿の投縄を終えて操舵室に戻ったところ,05時05分市江埼灯台から200度2.4海里の地点において,栄興丸は,原針路,原速力で,その左舷後部にハイトンの船首が前方から52度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の北風が吹き,視界は良好で,日出は04時53分であった。
また,ハイトンは,船長B及び一等航海士Cほか中国人船員8人が乗り組み,スクラップ942トンを積載し,船首3.08メートル船尾4.08メートルの喫水をもって,同月19日19時10分京浜港を発し,中華人民共和国ハイメン港に向かった。
B船長は,船橋当直を航海士に甲板員2人を就けた4時間交替の3直制としており,越えて22日04時00分C一等航海士は,前直者と交替して甲板員2人を見張り及び操舵にそれぞれ当たらせ,04時55分市江埼灯台から179度3.3海里の地点において,針路を318度に定め,機関を全速力前進にかけ,8.0ノットの速力で手動操舵により進行した。
定針したとき,C一等航海士は,右舷船首28度2.1海里のところに,栄興丸を初めて視認したが,その後,動静監視を十分に行わなかった。
05時00分C一等航海士は,市江埼灯台から188度2.8海里の地点に至り,栄興丸が同方位のまま1.0海里となり,その後,同船が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近したが,動静監視を十分に行わなかったので,このことに気付かず,右転するなど栄興丸の進路を避けなかった。
05時05分少し前C一等航海士は,右舷船首至近に迫った栄興丸に気付き,機関を停止し,右舵を命じたが効なく,ハイトンは,船首が328度を向き,速力が7.0ノットになったとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,ハイトンは損傷がなく,栄興丸は左舷後部外板に破口を生じたが,のち修理され,A受審人が頚部捻挫などを負った。
(航法の適用)
本件衝突は,和歌山県市江埼南西方沖合において,南下中の栄興丸と北西進中のハイトンが衝突したものであるが,以下適用される航法について検討する。
衝突地点付近の海域は,海上交通安全法及び港則法など特別法の適用がないので,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
栄興丸は,縄を曳いて漁を行っていたが,操縦性能を制限するものではないので,航行中の動力船である。
両船の運航模様から,互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近しており,海上衝突予防法第15条に定める横切り船の航法を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 栄興丸
(1)A受審人が,縄を曳いている自船を航行中の相手船が避けてくれるものと思い込んでいたこと
(2)A受審人が,投縄作業をしていたこと
(3)A受審人が,動静監視を十分に行わなかったこと
(4)A受審人が,衝突までハイトンに気付かず,警告信号を行わなかったこと
(5)A受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 ハイトン
(1)C一等航海士が,動静監視を十分に行わなかったこと
(2)C一等航海士が,栄興丸の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
本件衝突は,南下中の栄興丸と北西進中のハイトンとが,互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近して発生したものであり,栄興丸は,定針したとき,ハイトンを視認したのであるから,その後,動静監視を十分に行っていれば,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付き,ハイトンに対し,警告信号を行い,更に間近に接近して同船の動作のみでは衝突を避けることができないと認めたとき,衝突を避けるための協力動作をとることができたと認められる。
一方,ハイトンも,定針したとき,栄興丸を視認したのであるから,その後,動静監視を十分に行っていれば,同船が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付き,早期に栄興丸の進路を避けることができたと認められる。
したがって,A受審人が,動静監視を十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと,並びにC一等航海士が,動静監視を十分に行わなかったこと及び栄興丸の進路を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,縄を曳いている自船を航行中のハイトンが避けてくれるものと思い込んでいたこと及び投縄作業をしていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,和歌山県市江埼南西方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近する際,北西進中のハイトンが,動静監視不十分で,前路を左方に横切る栄興丸の進路を避けなかったことによって発生したが,南下中の栄興丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,和歌山県市江埼南西方沖合を航行中,左舷前方にハイトンを認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,一瞥しただけで,縄を曳いている自船を航行中の同船が避けてくれるものと思い,その動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近するハイトンに気付かず,機関を停止するなど衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して同船との衝突を招き,栄興丸の左舷後部外板に破口を生じさせ,自身が頚部捻挫などを負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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