(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月14日11時15分
長野県野尻湖
(北緯36度50.0分 東経138度14.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボートマリンホープ |
モーターボート第51マリーナ号 |
総トン数 |
|
0.4トン |
登録長 |
5.52メートル |
3.67メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
電気点火機関 |
出力 |
128キロワット |
18キロワット |
(2)設備及び性能等
ア マリンホープ
マリンホープは,平成13年8月に竣工したFRP製モーターボートで,レーダーは装備していなかった。
A受審人及び同乗者の搭乗位置については,同受審人がほぼ船体中央部で,船体中心線より約60センチメートル右舷寄りにある舵輪の後ろに立って操船に当たり,同乗者は船首部に3人,A受審人の左側に2人,船尾近くに3人が乗っていた。船首部の3人は,A受審人から前路の見張りをするように指示されていたものではなく,一番左舷寄りにいた1人のみが座り,中央にいたA受審人の娘と右舷寄りにいた者が立って前方を向いていた。
イ 第51マリーナ号
第51マリーナ号(以下「マリーナ号」という。)は,平成14年4月に竣工したFRP製モーターボートで,Dマリーナに所属するレンタルボートであった。推進装置として船尾に船外機が装備され,また,船首には,釣りなどを行う際,適宜船位を修正するための電動モーター推進器が備えられていた。
本件当時マリーナ号に音響信号設備は備えられておらず,B受審人が着用していた膨張式救命胴衣のポケットに笛が入っていたのみであった。
3 事実の経過
マリンホープは,A受審人が船長として1人で乗り組み,同乗者8人を乗せ,船首0.6メートル船尾0.7メートルの喫水をもって,平成16年8月14日11時10分長野県野尻湖北西部にある加村桟橋を発し,同湖北東部の桟橋に向かった。
数多くのプレジャーボートなどが存在する状況下,A受審人は,11時14分野尻湖樅ヶ崎の北方約700メートルの高さ790.6メートルの三角点(以下「基点」という。)から090度(真方位,以下同じ。)1,420メートルの地点で,針路を149度に定め,時速10.0キロメートルの速力とし,機関音の大きいスロットルレバーの位置で,手動操舵によって進行した。
定針したとき,A受審人は,船首部にいた3人の同乗者のために船首方向がやや見え難い状況であったものの,3人の間を通して,正船首方165メートルに漂泊中のマリーナ号を視認できる状況であったが,左右に存在するプレジャーボートなどに気を奪われ,前路の見張りを十分に行わなかったので,マリーナ号の存在に気付かなかった。
その後,A受審人は,マリーナ号に向首し衝突のおそれがある態勢で接近したが,同船を避けないまま続航し,11時15分わずか前船首部にいた同乗者が前を向いたまま,同受審人にマリーナ号の存在を声で知らせたが,機関音が大きいこともあり,これに気付かず,11時15分基点から095度1,500メートルの地点において,マリンホープは原針路,原速力のまま,その船首がマリーナ号の左舷船首部に前方から86度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で弱い東風が吹き,視界は良好であった。
また,マリーナ号は,B受審人がDマリーナから借り受け,船長として1人で乗り組み,同乗者1人を乗せ,船首尾とも0.7メートルの等喫水をもって,同日06時30分野尻湖北西部の同マリーナを発し,釣り場に向かった。
B受審人は,諸所で釣りを行ったのち,11時ごろ衝突地点付近に至り,機関を停止して漂泊し,自らは船首寄り,同乗者は船尾寄りでそれぞれ右舷側を向いて釣りを始めた。
11時14分B受審人は,船首が045度に向いていたとき,左舷76度165メートルにマリンホープを視認でき,その後同船が自船に向首し衝突のおそれがある態勢で接近したが,釣りに気を奪われ左舷方の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,電動モーター推進器を利用して移動するなど衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続けた。
11時15分わずか前B受審人は,至近に迫ったマリンホープを視認し,電動モーター推進器を使って移動しようとしたが及ばず,同乗者とともに海中に逃れ,マリーナ号の船首が055度に向いたとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,マリンホープは損傷がなかったが,マリーナ号は左舷船首部を破損し,のち修理され,マリーナ号の同乗者が頭部及び背部に打撲等を負った。
(本件発生に至る事由)
1 マリンホープ
(1)A受審人が,船首部に3人の同乗者がいて前方が見え難い状況のままにしておいたこと
(2)A受審人が,船首部の3人の間を通して,漂泊中のマリーナ号を視認できる状況であったが,左右に存在するプレジャーボートなどに気を奪われ衝突までマリーナ号に気付かず,同船を避けなかったこと
2 マリーナ号
右舷側を見ながら釣りに気を奪われ,衝突の直前まで左舷側から接近するマリンホープに気付かず,船首部の電動モーター推進器を利用して移動するなど衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
A受審人が,適切な見張りを行っていたならマリーナ号を視認でき,余裕ある時期に同船を避けることができたと認められる。したがって,見張りを十分に行うことなく,マリーナ号に気付かず同船を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,適切な見張りを行っていたならマリンホープを視認でき,余裕ある時期に措置をとることができたと認められる。したがって,見張りを十分に行うことなく,マリンホープに気付かないで衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,船首部にいた3人の同乗者の間を通してマリーナ号を視認することができたものの,前方が見え難い状況で航行したことは,本件衝突に至る過程で関与した事実であるが,本件事故と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,野尻湖において,マリンホープが,見張り不十分で,前路で漂泊中のマリーナ号を避けなかったことによって発生したが,マリーナ号が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,野尻湖を航行する場合,前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,左右に存在するプレジャーボートなどに気を奪われ,前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,漂泊中のマリーナ号に気付かず,同船を避けないまま進行して同船との衝突を招き,マリーナ号の左舷船首部を破損し,同船の同乗者の頭部及び背部に打撲等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,野尻湖において漂泊して釣りを行う場合,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,釣りに気を奪われ見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突を避けるための措置をとらないで衝突を招き,前示のとおりの損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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