(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月27日13時00分
鹿児島県小湊漁港沖合
(北緯31度25.6分 東経130度14.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十六松栄丸 |
漁船第十八笑福丸 |
総トン数 |
7.3トン |
4.3トン |
全長 |
15.46メートル |
14.52メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
90 |
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出力 |
375キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 第三十六松栄丸
第三十六松栄丸(以下「松栄丸」という。)は,平成14年3月に進水したFRP製漁船で,網船2隻及び運搬船1隻とともに船団(以下「C船団」という。)を構成し,パッチ網漁業の探索船として従事しており,船体の後方に位置する操舵室に,舵輪,遠隔操舵装置,機関遠隔操縦装置,GPSプロッタ及び魚群探知機などが設置され,汽笛設備として電子ホーンが装備されていた。
イ 第十八笑福丸
第十八笑福丸(以下「笑福丸」という。)は,平成14年9月に進水したFRP製漁船で,網船2隻及び探索船1隻とともに船団(以下「D船団」という。)を構成し,パッチ網漁業の探索船兼運搬船として従事しており,船体中央より少し後方に位置する操舵室に,舵輪,遠隔操舵装置,機関遠隔操縦装置,GPSプロッタ及び魚群探知機などが設置されていた。
3 鹿児島県小湊漁港沖合におけるパッチ網漁業
小湊漁港沖合におけるパッチ網漁業は,ちりめんじゃこを対象魚種とし,漁法は,探索船の指示に従って2隻の網船が海面近くまたは中層の魚群を取り囲むように袖網と袋網によって構成された網を投網後,両船が長さを魚群の状況に応じて調節した曳網索をそれぞれ引き,1時間ばかり曳網したのち,行きあしを止めて運搬船に網船の乗組員を移乗させ,漁獲物を袋網から直接運搬船に積み込み,同乗組員を網船に戻して運搬船を水揚げに向かわせるもので,当時,同漁港には4つの船団があって,この操業を,同漁港港口から沖合へ約2海里,海岸線に沿って北東方へ約5海里,南西方へ約1海里に設定された操業区域内において,日中の間に数回繰り返していた。
4 事実の経過
松栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.6メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年6月27日07時15分小湊漁港を発し,C船団所属の2隻の網船及び1隻の運搬船とともに同港沖合の漁場に向かった。
A受審人は,漁場に至ったのち,海岸線に沿って魚群探索を行いながら北東進し,操業区域の北端付近で反転して南西進し,同区域南端付近で再度反転して北東進しながら探索を続けた。
ところで,探索船は,網船が当日の漁を終えて網を揚収中,袋網が網船の船底に潜り込むようなとき,網船を船首方に曳いて船体を移動させる役割があり,そのため網船の網の揚収状況を監視する必要があった。
A受審人は,C船団の網船が当日最後となる曳網を終えたので,12時40分片浦港灯台から084度(真方位,以下同じ。)3.2海里の地点付近で,機関のクラッチを中立とし,船首を南南東方に向けて停留状態とし,操舵室の左舷側に立って,右舷船首方向500メートルのところで,行きあしを止めた同船団の網船の監視を始めたとき,右舷正横方向1,400メートルのところに,D船団が運搬船に漁獲物の積込みを行っていることを認めたことから,その漁獲量が気になって,D船団の様子も見ながら,自船団の網船の監視を続けた。
12時58分A受審人は,船首が160度に向いているとき,D船団の網船に接舷していた笑福丸が発進し,針路を小湊漁港に向け,徐々に速力を上げている状況を初認し,同時59分同船が,右舷正横750メートルとなったとき,針路を左に転じて自船に向首するのを認め,その後,衝突のおそれのある態勢で高速力で接近することが分かったが,明日の漁の予定などの相談のために接近してくるもので,まもなく減速して自船の近くで停船するつもりかもしれないと思い,同船に対し警告信号を行うことも,機関のクラッチを操作して移動するなど,衝突を避けるための措置をとることもなく停留を続けた。
13時00分わずか前A受審人は,笑福丸が,減速することなく自船に向首したまま100メートルばかりに接近し,衝突の危険を感じて,機関のクラッチを後進に入れ,ガバナーハンドルを増速に操作したが及ばず,13時00分片浦港灯台から084度3.2海里の地点において,松栄丸は,船首が160度に向首したまま,その右舷前部に笑福丸の船首が90度の角度で衝突して,乗り切った。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,潮候は上げ潮の末期にあたり,視界は良好であった。
また,笑福丸は,B受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.45メートル船尾1.20メートルの喫水をもって,同日07時15分小湊漁港を発し,D船団所属の2隻の網船及び1隻の探索船とともに同港沖合の漁場に向かった。
B受審人は,漁場に至ったのち,海岸線に沿って魚群探索を行いながら北東進し,操業区域の北端付近で反転して南西進し,同区域南端付近で再度反転して北東進したのち,12時30分D船団の網船に接舷して同船から乗組員を移乗させ,自船に袋網から漁獲物を積み込む作業を開始した。
B受審人は,漁獲物の積込みを終えたのち,再び網船に接舷して同船に乗組員を戻し,水揚げのため,12時58分片浦港灯台から090度2.5海里の地点を発進し,針路を小湊漁港西側の防波堤北端部に向く073度に定め,機関の回転数を徐々に上げて全速力前進の24.5ノットの対地速力まで増速し,操舵室右舷側に設置したいすに腰を掛け,手動操舵により進行した。
発進したとき,B受審人は,左舷船首7度1,400メートルのところに停留中の松栄丸を初認したが,一瞥しただけで気に留めることなく続航し,12時59分片浦港灯台から088度2.8海里の地点に達したとき,防波堤先端の西方近くで他のパッチ網船団が操業していたことから,その網船から海中に伸びている漁網に近づかないよう,針路を061度に転じたところ,松栄丸が,正船首750メートルとなり,その後,衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,右舷船首方に認めていたC船団の網船の様子を見ることに気をとられ,松栄丸の動静を十分に監視しなかったので,このことに気付かなかった。
こうして,B受審人は,松栄丸を避けずに進行し,13時00分わずか前ふと前路を見たとき,正船首至近に迫った同船に気付き,直ちに右舵をとり,機関を停止したが及ばず,船首が070度を向いたところで,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,松栄丸は,船首部両舷外板の圧壊,同ブルワークの損壊及びマストの曲損並びに油圧装置,ブイローラ及びキャプスタン等の甲板上構造物の損壊等を生じ,のち修理費の関係で廃船とされ,笑福丸は,船首部の擦過傷,船底外板の亀裂及び同外板の擦過傷並びに舵,プロペラ及び同軸の曲損等を生じ,のち修理された。また,A受審人が2週間の休養加療を要するストレス反応症を負った。
(航法の適用)
本件は,鹿児島県小湊漁港沖合において,停留中の松栄丸と航行中の笑福丸とが衝突したものであり,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
海上衝突予防法には,停留中の船舶と航行中の船舶との関係について個別に規定した条文はないから,同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 松栄丸
(1)A受審人が,笑福丸は自船の近くで停船するつもりかもしれないと思い,至近に迫るまで衝突の危険に対する認識が十分でなかったこと
(2)A受審人が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 笑福丸
(1)B受審人が,高速力で航行したこと
(2)B受審人が,C船団の網船の作業の様子を見ることに気をとられていたこと
(3)B受審人が,動静監視を十分に行わず,松栄丸を避けなかったこと
(原因の考察)
笑福丸は,接舷していた網船から発進したとき,左舷船首方向に停留状態の松栄丸を認めたのであるから,同船に対する動静監視を十分に行うことにより,同船に衝突のおそれのある態勢で接近していることが分かり,同船を避けることができたものと認められる。
したがって,B受審人が,動静監視を十分に行わず,松栄丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
また,B受審人が,C船団の網船の作業の様子を見ることに気をとられていたことは,松栄丸に対する動静監視が不十分となった要因であり,本件発生の原因となる。
B受審人が,高速力で航行したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当因果関係があるとは認められない。しかしながら,他船の存在の蓋然性の高くなる港口に近く,かつ,パッチ網漁の操業区域でもあり,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,松栄丸は,笑福丸が接舷していた網船から発進するのを認め,その後,自船に向け衝突のおそれのある態勢で接近することを知ったのであるから,警告信号を行い,さらに間近に接近したとき,機関のクラッチを操作して移動するなど,衝突を避けるための措置をとっていれば,本件は発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,笑福丸は自船の近くで停船するものと思い,至近に迫るまで衝突の危険に対する認識が十分でなかったことは,衝突を避けるための措置をとらなかったことの理由となるものの,原因とするまでもない。しかしながら,同人は,過去の同様な経験からこのような認識を持つに至ったと考えられるが,今後,衝突のおそれのある状況において,相手船の動作の意図を安易に判断することのないよう,安全意識の高揚が求められる。
(海難の原因)
本件衝突は,鹿児島県小湊漁港沖合において,笑福丸が,漁場から帰航中,動静監視不十分で,停留中の松栄丸を避けなかったことによって発生したが,松栄丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,鹿児島県小湊漁港沖合において,漁場から水揚げのため帰航中,前方に停留中の松栄丸を認めた場合,同船との衝突のおそれの有無を判断できるよう,その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,右舷方のC船団の網船の作業の様子を見ることに気をとられ,松栄丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船に向けて針路を転じ,衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,同船を避けずに進行して衝突を招き,松栄丸の前部両舷外板を圧壊,同ブルワークに損壊及びマストに曲損並びに油圧装置,ブイローラ及びキャプスタン等の甲板上構造物に損壊等を,笑福丸の船首部に擦過傷,船底外板に亀裂及び同外板に擦過傷並びに舵,プロペラ及び同軸に曲損等をそれぞれ生じさせ,A受審人に2週間の休養加療を要するストレス反応症を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A受審人は,鹿児島県小湊漁港沖合において,C船団の網船の作業を監視する目的で停留中,笑福丸が,自船に向首し衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた場合,機関のクラッチを操作して移動するなど,衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,同船が明日の漁の相談のため,自船の近くで停船するつもりかもしれないと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,両船に前示の事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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