(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月6日06時40分
鹿児島県指宿港東方
(北緯31度14.5分 東経130度41.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船しおかぜ |
モーターボート昭進丸 |
総トン数 |
4.8トン |
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全長 |
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9.70メートル |
登録長 |
11.98メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
172キロワット |
25キロワット |
(2)設備及び性能等
ア しおかぜ
しおかぜは,昭和59年4月に進水し,一本釣り漁業に従事する一層甲板型FRP製漁船で,船体中央よりやや船尾側に操舵室を有し,同室中央部の舵輪と同室前面の旋回窓との間にレーダー,GPSプロッタ,魚群探知器及び機関遠隔操縦ハンドルが設けられており,同室から船首方の死角はなかったものの,これらの航海計器類により視野が狭められ,計器類越しに前方を見通す状況になっていた。なお,同船は,自動操舵装置,エアーホーンを装備し,操舵室にサングラスを備えていた。
また,同船は,航走時,船首浮上による死角を生じることはなかった。
イ 昭進丸
昭進丸は,昭和51年6月に竣工した,船体中央よりやや船尾側に操舵室を有する一層甲板型FRP製釣船で,指宿港付近で釣り目的の海上レジャーに使用されていた。
同船は,黒色球形形象物を装備し,重量約25キログラムの四爪錨1個を備え,錨索として直径12ミリメートルの合成繊維製ロープを使用していた。
また,同船は,汽笛を備えず,有効な音響による信号を行うことができる他の手段を講じていなかった。
3 事実の経過
しおかぜはA受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.75メートル船尾1.22メートルの喫水をもって,平成16年7月6日06時29分指宿港を発し,同港東方2.5海里ばかり沖合の漁場に向かった。
06時31分わずか過ぎA受審人は,指宿港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から180度(真方位,以下同じ。)15メートルの地点で,針路を084度に定め,自動操舵により機関を全速力前進よりやや減じた10.0ノットの対地速力で進行した。
定針したとき,A受審人は,操舵室内の舵輪の船尾側に立った姿勢で,肉眼により見張りに当たり,前路に魚礁があって釣船が集まる水域であることを知っており,釣船などの存在を予想すべき状況であったものの,舵輪と操舵室前面の旋回窓との間に装備された航海計器類により視野が狭められ,更に,船首方から太陽光線を受ける状況の下,漁場まで近距離であることからレーダーを作動させず,また,サングラスを掛けることもなく,周囲を一瞥(いちべつ)しただけで,付近に他船はいないと思い,魚群探知器やGPSプロッタの画面を見たりして,前路の見張りを十分に行うことなく続航した。
06時38分少し過ぎA受審人は,東防波堤灯台から085.5度1.2海里の地点に達したとき,正船首方540メートルのところに錨泊中の昭進丸を認めることができ,その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,依然,前路の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,同船を避けることなく進行中,06時40分東防波堤灯台から084.5度1.5海里の地点において,しおかぜは,原針路,原速力のまま,その船首部が,昭進丸の右舷ほぼ中央部に前方から61度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は,衝撃により昭進丸と衝突したことに気付き,事後の措置にあたった。
また,昭進丸は,B受審人が1人で乗り組み,あじ釣りの目的で,船首0.4メートル船尾0.9メートルの喫水をもって,同日06時20分指宿港の係留地を発し,同港東方沖の釣場に向かい,同時35分水深約50メートルの前示衝突地点付近で,船首から錨を投じ,錨索約80メートルを延出して船首部の係留柱にこれを係止し,後部甲板上の,操舵室と船尾帆柱の間に張り渡したロープの中間部の水面上高さ約3メートルのところに黒色球形形象物を掲げ,機関を停止して錨泊を開始した。
錨泊後,B受審人は,船尾甲板右舷側で椅子に腰を掛けた姿勢で右舷方を向いて手釣りを行っていたところ,06時38分少し過ぎ自船が203度を向首しているとき,右舷船首61度540メートルのところにしおかぜを初認し,その後同船が衝突のおそれがある態勢で接近することを知ったものの,近づけば同船が自船を避航するものと思い,注意喚起信号を行わず,更に接近するに及んで機関を始動して衝突を避けるための措置をとることなく,釣りを続けていたところ,同時40分わずか前,しおかぜが至近距離に迫ってようやく衝突の危険を感じ,立ち上がって大声で叫んだが効なく,昭進丸は,203度を向首して錨泊したまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果,しおかぜには損傷がほとんどなかったが,同船が昭進丸の操舵室前側に乗り揚げ,昭進丸は,操舵室前部に破損及び右舷中央部外板に破口を生じて約30分後に水没し,B受審人が船尾帆柱に打ち付けられ背部打撲,腰椎骨折などを負った。
(航法の適用)
本件は,指宿港東方において,航行中のしおかぜと錨泊中の昭進丸とが衝突したものであり,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
海上衝突予防法上,錨泊している船舶と航行中の船舶とに関する航法規定は存在しない。よって,同法第38条及び第39条の船員の常務で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 しおかぜ
(1)A受審人が,自動操舵装置により航行していたこと
(2)定針以後,太陽光線を船首方から受けていたこと
(3)舵輪の船首側に設置された航海計器類により視野が狭められていたこと
(4)A受審人が,レーダーを休止していたこと
(5)A受審人が,サングラスを掛けなかったこと
(6)前路が釣船の釣場になっていたこと
(7)A受審人が,前路に他船はいないものと思ったこと
(8)A受審人が,GPSや魚群探知器を見ていたこと
(9)A受審人が,前路の見張りを十分に行っていなかったこと
(10)A受審人が,昭進丸を避けなかったこと
2 昭進丸
(1)B受審人が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったこと
(2)B受審人が,他船が避航するものと思っていたこと
(3)B受審人が,注意喚起信号を行わなかったこと
(4)B受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
しおかぜが,視界良好な状況の下,指宿港を発航して漁場に向け東行する際,前路の昭進丸を視認していれば,同船の動静を監視した上でこれを避けることができ,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,前路に他船はいないものと思い,GPSや魚群探知器を見ていて,前路の見張りを十分に行わず,昭進丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
舵輪の船首側に設置された航海計器類により視野が狭められていたことは,視野が狭められていても,死角を生じていたのではなく,十分に見張りを行えば昭進丸を見落とすことはなかったことから,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,見張りを行い易い環境にすることは他船の見落としなどを防ぐことに寄与するから,できる限り広い視野を確保できるように計器類の設置場所を考慮することが望ましく,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
海上衝突予防法に常時適切な見張りをしなければならない旨の規定があり,A受審人が,太陽光線をほぼ船首方向から受ける状況の下で航行中,サングラスを掛けなかったことは,適切な見張りを行っていたとは認め難いが,サングラスを掛けていなかったとしても昭進丸の視認が不可能であった訳ではないから,このことは本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,レーダーを休止していなかったならば,レーダーにより昭進丸の存在を把握できた可能性は否定できないものの,当時の気象状況,運航状況,航行海域を勘案すれば,目視による見張りを十分に行うべきであり,レーダー見張りをしていなかったことを問題視するほどのものではなく,レーダーを休止していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
A受審人が,船首方から太陽光線を受けていたこと,自動操舵装置により航行していたこと及び前路が釣船の釣場になっていたことは,本件発生の原因とならない。
昭進丸が,視界良好な気象の下,指宿港東方で魚釣りのため錨泊中,衝突のおそれがある態勢でしおかぜが向首接近するのを認めた際,同船に対して注意喚起信号を行い,更に,同船に避航の気配が認められないとき,機関を始動して衝突を避けるための措置をとっていれば,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,B受審人が,錨泊中の自船を接近する他船が避航するものと思い,注意喚起信号を行わず,更に接近するに及んで機関を始動して衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
B受審人が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったことは,注意喚起信号の履行を妨げることとなり,法令遵守及び海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,指宿港東方において,漁場に向け航行中のしおかぜが,見張り不十分で,前路で錨泊中の昭進丸を避けなかったことによって発生したが,昭進丸が,注意喚起信号を行わず,更に接近するに及んで,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,指宿港東方において,漁場に向け東行する場合,前路で錨泊中の昭進丸を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,周囲を一瞥しただけで,前路に他船はいないものと思い,魚群探知器やGPSプロッタの画面を見たりして,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,昭進丸の存在に気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,昭進丸の操舵室前部に破損及び右舷中央部外板に破口を生じさせて,のち沈没せしめ,B受審人に背部打撲,腰椎骨折などの傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,指宿港東方において,魚釣りのため錨泊中,自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近するしおかぜを認めた場合,注意喚起信号を行うべき注意義務があった。ところが,同人は,しおかぜが自船を避航するものと思い,注意喚起信号を行わなかった職務上の過失により衝突を招き,前示のとおり自船に損傷を生じさせ,自ら負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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