(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月13日18時50分
備讃瀬戸男木島西方沖合
(北緯34度25.7分 東経134度02.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船正栄丸 |
モーターボート第五釣れん丸 |
総トン数 |
4.22トン |
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全長 |
12.50メートル |
9.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
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136キロワット |
漁船法馬力数 |
15 |
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(2)設備及び性能等
ア 正栄丸
(ア)船体構造等
正栄丸は,昭和52年5月に進水した一層甲板型の小型機船底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室を配置し,船尾甲板には揚網用A型マスト及び曳索用リールを,同リールの左舷船首側にリール用クラッチ,ブレーキ及び回転数制御レバーを装備していた。また,操舵室内,同室左舷後壁及びリールの左舷後方の3箇所に舵輪を,同室内に魚群探知器を備えていたが,全長が12メートル以上であるにも関わらず,汽笛を装備していなかった。
(イ)速力
航海全速力は,機関回転数毎分3,200の約6ノットであった。
(ウ)操業模様
正栄丸の行う底びき網漁業は,曳索用リールに巻いた全長約200メートルの2本のワイヤーロープを水深に応じて110ないし180メートル延出して,長さ約17メートルのFRP製ビームを取り付けた長さ約45メートルの網を引く漁法で,専らえび,ひらめ及びいいだこ等を漁獲するものであった。曳網時には,機関を回転数毎分約1,850にかけて進行し,緊急時にはリールのクラッチを切り,ブレーキを緩め,機関を全速力前進にかけることにより,曳索を走出させ,増速することができた。
イ 第五釣れん丸
(ア)船体構造等
第五釣れん丸(以下「釣れん丸」という。)は,平成4年1月に進水した一層甲板型のFRP製モーターボートで,船体中央やや後方に操舵室を配置し,同室にGPSプロッター及び魚群探知器を設置し,同室内及び同室右舷後壁の2箇所に舵輪を備えていた。
(イ)操舵位置からの見通し状況
B受審人は,操舵室右舷後壁の舵輪後方に立って操舵に当たっており,右舷方は少し頭を動かして,左舷方は操舵室の窓ガラスを通して見ることができ,周囲の見張りに妨げとなるものはなかった。
(ウ)速力
航海全速力は,機関回転数毎分3,400の約29ノットであった。
3 事実の経過
正栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.65メートル船尾1.90メートルの喫水をもって,平成16年8月13日16時55分岡山県宇野港を発し,18時00分頃香川県男木島西方の漁場に到着して操業を開始した。
18時40分A受審人は,男木島灯台から245度(真方位,以下同じ。)730メートルの地点で,針路を254度に定め,機関を回転数毎分1,850にかけて2.8ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,黒色鼓型の形象物を表示して手動操舵で進行した。
18時47分半A受審人は,男木島灯台から249.5度1,380メートルの地点に差し掛かったとき,右舷船尾60.5度1,510メートルのところに釣れん丸を視認し,その後同船が自船を追い越し,衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたが,釣れん丸が曳網中の自船の進路を避けてくれるものと思い,汽笛不装備で警告信号を行わず,更に間近に接近しても,曳索用リールのブレーキを緩めて増速するなどして衝突を避けるための協力動作をとることなく同じ針路,速力で続航した。
18時50分少し前A受審人は,釣れん丸が間近に迫って衝突の危険を感じ,曳索用リールのブレーキを緩め,機関を全速力前進としたが効なく,18時50分男木島灯台から250度1,600メートルの地点において,正栄丸は,原針路,原速力のまま,その右舷船尾に釣れん丸の船首が後方から58度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,潮候は上げ潮の中央期にあたり,付近には1.4ノットの西南西流があり,日没は18時54分であった。
また,釣れん丸は,B受審人が1人で乗り組み,妻子及び友人家族の計7人を乗せ,花火見物の目的で,船首0.30メートル船尾0.88メートルの喫水をもって,同日18時05分岡山県岡山市の旭川河口左岸にある船溜まりを発し,香川県高松港外に向かった。
B受審人は,井島水道を南下したのち,18時43分播磨灘北航路第1号灯浮標を右舷正横900メートルに見て航過したとき,前方の備讃瀬戸東航路(以下「東航路」という。)に,西行する2隻と東行する1隻の貨物船を認め,左転して2隻の西行船の,更に右転して東行船の船尾方をそれぞれ替わし,同航路を横断しながら南下した。
18時47分半B受審人は,男木島灯台から316度1,370メートルの地点で,針路を196度に定め,機関を全速力前進から少し減じた回転数にかけ,折からの西南西流により右方に4度圧流されて200度の実効針路となり,22.0ノットの速力で,操舵室右舷後壁の舵輪後方に立って,手動操舵により進行した。
定針したときB受審人は,左舷船首2.5度1,510メートルのところに正栄丸を視認でき,その後同船を追い越し衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めうる状況であったが,通り過ぎた貨物船を見たり,後方を向いて後部甲板の同乗者に飲み物を勧めたりするなどして,前方の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,右転するなどして正栄丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けずに進行し,釣れん丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,正栄丸は,船尾両舷外板及び同甲板に亀裂を伴う損傷,操舵室前方マスト及び船尾A型マストの倒壊,プロペラに曲損及び曳索切断などを,釣れん丸は,左舷船首部に擦過傷,船体中央部両舷外板に亀裂を伴う損傷,プロペラ,同軸及び舵板に曲損などをそれぞれ生じ,同乗者1人が胸部打撲などを負った。
(航法の適用)
本件は,備讃瀬戸男木島西方沖合において,曳網中の正栄丸と,同船の右舷正横後29.5度から接近する釣れん丸とが衝突したもので,適用航法について検討する。
男木島西方沖合は海上交通安全法が適用されるところであるが,同法には,本件に対し適用する航法がないので,海上衝突予防法(以下「予防法」という。)を適用する。
事実の経過で示したとおり,釣れん丸が,漁ろうに従事している正栄丸に,その正横後22.5度を超える後方の位置から追い越す態勢で接近して衝突したもので,予防法第13条あるいは同第18条の適用が考えられるが,第13条中の「この法律の他の規定にかかわらず」の規定により,同条は最優先で適用されるものと考えられ,本件は予防法第13条追越し船の航法で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 正栄丸
(1)警告信号を行わなかったこと
(2)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 釣れん丸
(1)22.0ノットの高速で進行したこと。
(2)同乗者がいたこと。
(3)見張りを十分に行わなかったこと
(4)正栄丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったこと。
(原因の考察)
釣れん丸が,見張りを十分行っていれば,衝突2分半前には左舷船首2.5度1,510メートルのところに正栄丸を視認でき,その後同船を追い越し,衝突のおそれのある態勢で接近するのが分かり,十分余裕のある時期に右転するなどして正栄丸の進路を避けていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,B受審人が,通り過ぎた貨物船を見たり,後方を向いて後部甲板の同乗者に飲み物を勧めたりして見張りを十分に行わなかったこと及び正栄丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
釣れん丸が22.0ノットの高速で進行したこと及び同船に同乗者が乗船していたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,このことが見張りの妨げにはならず,本件発生の原因とはならない。
一方,正栄丸は,釣れん丸が右舷船尾方から自船を追い越し,衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めていたことから,同船に対して警告信号を行い,更に接近したときには曳索用リールのブレーキを緩めて増速するなどして衝突を避けるための協力動作をとっていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,汽笛不装備で警告信号を行わず,釣れん丸が自船の進路を避けないまま間近に接近したとき,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,備讃瀬戸男木島西方沖合において,正栄丸を追い越す釣れん丸が,見張り不十分で,正栄丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことによって発生したが,正栄丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,備讃瀬戸男木島西方沖合において,手動操舵に当たって南下する場合,前方の他船を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,通り過ぎた貨物船を見たり,後方を向いて後部甲板の同乗者に飲み物を勧めたりして,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,正栄丸に気付かず,同船を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行して衝突を招き,正栄丸の船尾両舷外板及び同甲板に亀裂を伴う損傷,操舵室前方マスト及び船尾A型マストの倒壊,プロペラに曲損及び曳索切断などを,釣れん丸の左舷船首部に擦過傷,船体中央部両舷外板に亀裂を伴う損傷,プロペラ,同軸及び舵板に曲損などをそれぞれ生じさせ,同乗者1人に胸部打撲などを負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,備讃瀬戸男木島西方沖合において,曳網しながら進行中,右舷船尾方から自船を追い越し衝突のおそれがある態勢で接近する釣れん丸を認めた場合,曳索用リールのブレーキを緩めて増速するなど衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,釣れん丸が曳網中の自船を避けてくれるものと思い,衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により,釣れん丸との衝突を招き,前示の損傷などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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