(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月4日10時33分
大阪湾南部友ケ島北東方沖合
(北緯34度21.2分 東経135度06.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船汐見丸 |
土運船MK-3501 |
総トン数 |
235トン |
3,630トン |
全長 |
36.95メートル |
91.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
2,500キロワット |
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船種船名 |
モーターボートゆたか |
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総トン数 |
12トン |
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全長 |
13.89メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
294キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 汐見丸
汐見丸は,昭和58年8月に進水した限定沿海区域を航行区域とする鋼製押船兼引船で,2機2軸を有し,船首両舷に土運船を嵌合して結合するための油圧式のピンを装備し,船首から約12.5メートル後方,上甲板上の高さ約7メートルのところに操舵室を設けていた。
操舵室には,前部中央にジャイロ・レピータとGPS装置が,その後方にコンソールスタンドが配置され,これの中央にジャイロコンパスと舵輪及び主機遠隔操縦盤等が,また,同スタンド左舷側にレーダー1台が,右舷側に油圧式ピン操作のスタンドがそれぞれ設置され,エアーホーン1基が装備されていた。操舵室の周囲はガラス窓となっていて,油圧式ピン操作スタンド付近に立って見張りに当たったとき見通しは全方位にわたって良好であった。
土運船MK-3501を押した状態における満載時の航海全速力は,両舷主機回転数毎分630の約7.5ノットであり,同速力における最大舵角時の旋回径が左右とも約230メートルで,全速力後進をかけたときの停止距離は船の長さの4倍程度であった。
イ 土運船MK-3501
MK-3501は,平成11年に建造された3,500立方メートル積みの非自航の全開式鋼製土運船で,船尾に押船の船首を嵌合できるようになっていて,平素,汐見丸に押されて稼働され,主に大阪府岬町多奈川小島の通称岬桟橋(以下「岬桟橋」という。)で山土を積み込み,関西空港建設現場へ運搬したのち,尼崎西宮芦屋港第2区の錨泊地に向かう航海を1日に1航海半の頻度で繰り返していた。
ウ ゆたか
ゆたかは,最大搭載人員12人の沿海区域を航行区域とするFRP製モーターボートで,2機2軸を有し,船体中央部にキャビン兼操舵室を備え,右舷側にある操縦席の前に舵輪及び主機遠隔操縦盤を配置し,航海計器として磁気コンパス,GPSプロッター,測深儀及び魚群探知機をそれぞれ設けていた。操縦席に腰を掛けた状態で喫水線上の眼高が約2メートルとなり,船首方に死角を生じる構造物はなく,前方の見通しは良好であった。
航海全速力は,両舷主機回転数毎分2,500の約21ノットであり,同速力における最大舵角時の旋回径が左右とも船の長さの3倍程度で,全速力後進をかけたときの停止距離は約60メートルであった。
3 事実の経過
汐見丸は,山土6,000トンを積載して船首尾とも5.34メートルの喫水となったMK-3501の船尾に,船首を嵌合して油圧ピンで連結(以下「汐見丸押船列」という。)し,全長約117メートルとして,汐見丸にはA受審人ほか5人が乗り組み,船首2.75メートル船尾3.80メートルの喫水をもって,平成16年9月4日09時58分岬桟橋を発し,工事の都合により錨泊待機することとなった尼崎西宮芦屋港第2区に向かった。
A受審人は,発航時の操船に引き続いて船橋当直に就き,出航配置を終えて昇橋した一等航海士を手動操舵に配置して岬桟橋沖合を北西進したのち,10時21分地ノ島灯台から016度(真方位,以下同じ。)2.7海里の地点で,針路を060度に定め,機関を両舷主機回転数毎分630の全速力前進にかけ,7.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,操舵室右舷側の油圧式ピン操作スタンドの後ろに立ち,操船指揮に当たって進行した。
定針したとき,A受審人は,周囲を見渡して後方近くに他船を認めなかったことから,しばらく後方から接近する他船はいないものと思い,主に前方の見張りに当たり,10時24分地ノ島灯台から021度3.0海里の地点に達したとき,左舷船尾8度1.7海里のところに存在したゆたかが,その後自船の左舷側を十分な距離をもって航過する態勢で北上し,10時25分ゆたかが左舷船尾16度1.5海里になったとき,徐々に右回頭を始めたことに気付かないまま続航した。
A受審人は,10時30分地ノ島灯台から028度3.5海里の地点に達したとき,左舷船尾57度1,450メートルに,自船に接近し始めるようになって東進する態勢となったゆたかを初めて視認し,間もなく同船が高速力で近づく小型のモーターボートであることを知り,10時30分半,注意を喚起するつもりでエアーホーンにより長音1回を吹鳴し,小回りの効くモーターボートなので,間近になったら自船を避けるものと思いながら,ゆたかの動静を見守って進行した。
10時31分半,A受審人は,地ノ島灯台から030度3.7海里の地点に達したとき,ゆたかが左舷船尾67度780メートルになり,その接近模様から同船が緩やかな右回頭を続けながら衝突の危険を生じさせて自船に徐々に向首するのを認めたが,警告信号を行わず,更に近距離になったことを知ったが,依然としてゆたかが自船を避けるものと思い,速やかに機関を停止するなど衝突を避けるための措置をとることなく,同じ針路,速力で続航中,10時32分半少し過ぎ,ゆたかが左舷方至近に接近したので衝突の危険を感じ,長音1回を吹鳴し,次いで左舵一杯を令したが及ばず,10時33分地ノ島灯台から031度3.9海里の地点において,汐見丸押船列は,原針路,原速力のまま,汐見丸の左舷後部に,ゆたかの船首が後方から55度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の東北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期にあたり,視界は良好であった。
また,ゆたかは,B受審人が1人で乗り組み,釣りの目的で,船首0.60メートル船尾0.80メートルの喫水をもって,同9月4日05時00分神戸港第3区のCマリーナを発し,友ケ島南方沖合の釣り場に向かった。
ところで,当時,B受審人は,月初めにあたり仕事が忙しく,出航前日の3日は22時ごろまで自身の経営する会社の事務所で仕事をこなし,その後23時から出航当日の03時ごろまで同所で睡眠をとったものの,釣りのことが気になるなどしてよく寝付けなかったこともあって,睡眠不足でやや疲れを感じる状態であった。
B受審人は,06時30分ごろ友ケ島南方1海里付近の釣り場に到着して朝食をとり,そのとき350ミリリットル入りの缶ビール4本を飲み,その後漂泊して釣りを行い,10時13分釣りを終え,地ノ島灯台から227度2.0海里の地点を発進し,Cマリーナに向けて帰航の途に就いた。
発進後,B受審人は,中ノ瀬戸を北上して大阪湾に入り,10時19分半地ノ島灯台から301度1.6海里の地点において,GPSプロッターに入力した神戸港第3区付近に向首するよう,針路を031度に定め,機関を両舷主機回転数毎分2,500の全速力前進にかけ,21.0ノットの速力で手動操舵によって進行した。
定針後,B受審人は,周囲を一べつして自船の近くに他船を見掛けなかったことから,前方に支障となる他船がいないものと思いながら,背もたれ付きの操縦席に腰を掛けた姿勢で操船に当たっていたところ,間もなく眠気を催すようになったが,まさか眠り込むことはあるまいと思い,操縦席から立ち上がって操舵室の窓を開け冷気にあたるなど,居眠り運航の防止措置をとらなかった。
10時24分B受審人は,地ノ島灯台から347度2.3海里の地点に差し掛かったとき,右舷船首37度1.7海里のところに北東進する汐見丸押船列が存在し,その後このままの針路で同押船列の左舷側を十分な距離をもって航過する態勢であったところ,背もたれ付きの操縦席に腰を掛けて下を向いた姿勢で目をつぶっているうち,いつしか居眠りに陥り,10時25分地ノ島灯台から352度2.5海里の地点に達し,汐見丸押船列が右舷船首45度1.5海里になったころ,わずかに右舵がとられた状態で舵輪から手が放れ,その後ゆたかが半径約3,250メートルの円を描く態勢で徐々に右回頭しながら進行した。
B受審人は,10時30分地ノ島灯台から016度3.6海里の地点に差し掛かり,船首が080度に向き,汐見丸押船列が右舷船首37度1,450メートルとなったとき汐見丸押船列に向けて接近し始めるようになり,このまま右回頭を続けると汐見丸押船列に対し,衝突の危険を生じさせる状況となっていたが,依然として,居眠りしていてこのことに気付かず,左舵をとって右回頭を止めるなどして汐見丸押船列との衝突を避けるための措置をとることができないまま続航中,船首が115度に向いたとき,ほぼ原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,汐見丸は,左舷後部外板に擦過傷を生じ,ゆたかは,船首部を圧壊し,後日,修理の関係で廃船とされ,B受審人は,下顎や下唇に挫傷等を負った。
(航法の適用)
本件は,海上交通安全法の適用される大阪湾南部友ケ島北東方沖合において発生したものであるが,同法には本件に適用すべき航法規定がないことから,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
当時,汐見丸押船列は,060度の針路,7.5ノットの速力で,また,ゆたかは,031度の針路,21.0ノットの速力で,それぞれ北東進中であったところ,ゆたかが居眠り運航となり,衝突の約8分前から徐々に右回頭を始め,半径約3,250メートルの円を描く態勢で緩やかな旋回を続け,原針路,原速力で進行中の汐見丸押船列に後方から接近して衝突したもので,海上衝突予防法には,このような態勢における関係を規定する具体的な航法の規定がない。
よって,海上衝突予防法に規定された,2船間の定形航法を適用することは妥当でなく,同法第38条及び第39条の船員の常務によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 汐見丸押船列
(1)A受審人が,小型のモーターボートは直前で転針するとの認識をもっていたこと
(2)A受審人が,しばらく後方から接近する他船はいないものと思い,主に前方の見張りに当たっていたこと
(3)A受審人が,警告信号を行わなかったこと
(4)A受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 ゆたか
(1)B受審人が,睡眠不足で疲れ気味の状態であったこと
(2)B受審人が,朝食時に飲酒し,操船に当たっていたこと
(3)B受審人が,背もたれ付きの操縦席に腰を掛けたままの姿勢で操船に当たっていたこと
(4)B受審人が,眠気を催したとき,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(5)B受審人が居眠りに陥ったこと
(6)舵輪から手が放れ,緩やかな右回頭が始まったこと
(原因の考察)
本件は,事実の経過で示したとおり,ゆたかが,無難に航過する態勢の汐見丸押船列に対し,同押船列の左舷後方から緩やかに右回頭しながら接近して衝突の危険を生じさせた結果,発生したものである。衝突の危険を生じさせたのは,操船者が居眠りしていたことによるもので,居眠り運航の防止措置をとっていたなら,居眠りに陥ることもなく,本件を防止できたと認められる。
したがって,B受審人が,眠気を催したとき,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと及び居眠りに陥ったことは,汐見丸押船列に対し,衝突の危険を生じさせたことになるから,いずれも本件発生の原因となる。
一方,汐見丸押船列が,ゆたかを認め,その接近模様から同船が緩やかな右回頭を続けながら衝突の危険を生じさせて接近していることを認めたとき,警告信号を行い,更に衝突を避けるための措置をとっていれば,衝突を回避することができたと認められる。
したがって,A受審人が,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
汐見丸押船列において,A受審人が,しばらく後方から接近する他船はいないものと思い,主に前方の見張りに当たっていたこと及び小型のモーターボートは直前で転針するものと認識をもっていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
ゆたかにおいて,B受審人が,睡眠不足で疲れ気味の状態であったこと,朝食時に飲酒し,操船に当たっていたこと,背もたれ付きの操縦席に腰を掛けたままの姿勢で操船に当たっていたこと及び舵輪から手が放れ,緩やかな右回頭が始まったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,大阪湾南部友ケ島北東方沖合において,汐見丸押船列とゆたかが北東進中,同押船列の左舷後方から接近するゆたかが,居眠り運航の防止措置が不十分で,無難に航過する態勢の同押船列に対し,緩やかに右回頭して衝突の危険を生じさせたことによって発生したが,汐見丸押船列が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,友ケ島北方沖合において,同島南方の釣り場から定係地に向けて帰航中,眠気を催した場合,居眠り運航とならないよう,操縦席から立ち上がって操舵室の窓を開け冷気にあたるなど,居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,まさか眠り込むことはあるまいと思い,操縦席に腰を掛けたまま操船を続け,操縦席から立ち上がって操舵室の窓を開け冷気にあたるなど,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,舵輪から手が放れ,緩やかに右回頭し,汐見丸押船列に対して衝突の危険を生じさせ,汐見丸押船列との衝突を招き,汐見丸の左舷後部外板に擦過傷を生じさせ,ゆたかの船首部を大破させたほか,自身が下顎や下唇に挫傷等を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A受審人は,友ケ島北東方沖合を北東進中,左舷後方にゆたかを視認し,同船が緩やかに右回頭しながら衝突の危険を生じさせて近距離に接近するのを認めた場合,機関を停止するなど衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,小型のモーターボートなのでいずれ自船を避けるものと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,そのまま進行してゆたかとの衝突を招き,汐見丸及びゆたかに前示の損傷を生じさせたほか,B受審人を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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