(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月15日10時50分
兵庫県淡路島北東沖
(北緯34度34.9分 東経135度01.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船小松丸 |
遊漁船第二匡吉丸 |
総トン数 |
17トン |
2.2トン |
全長 |
19.85メートル |
9.78メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
180キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 小松丸
小松丸は,平成8年9月に進水した旅客定員42人の限定沿海区域を航行区域とする一層甲板型のFRP製遊漁船で,明石海峡を挟んで西は鹿ノ瀬,東は神戸沖の海域において1箇月に20日ほど遊漁船業に従事していた。
同船は,船体中央に操舵室を,その後方に釣り客用の船室を設け,レーダー1基を装備し,操舵室右舷に設置された操縦席から前方に見張りを妨げる構造物はなかったが,甲板上には,釣り客用1人掛けの座席が舷側に沿って等間隔に38脚設置され,そのうちの6脚が船首楼甲板に各舷3脚ずつ設置されており,その船首楼甲板の座席に人が腰掛けると死角が生じる状況にあった。
イ 第二匡吉丸
第二匡吉丸(以下「匡吉丸」という。)は,平成2年6月に進水した旅客定員9人の限定沿海区域を航行区域とする,汽笛の装備されていないFRP製遊漁船で,船体中央部の操舵室内には魚群探知機が設置され,操舵室外で主機及び舵の操作を可能にするコード付遠隔操舵装置(以下「リモコン」という。)が設備されていた。
3 事実の経過
小松丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣り客32人と友人1人を乗せ,遊漁の目的で,船首0.7メートル船尾1.8メートルの喫水をもって,平成16年5月15日06時00分兵庫県林崎漁港を発し,同漁港南西方5海里の地点でしばらく遊漁を行い,10時20分播磨灘航路第6号灯浮標付近から移動を開始し,同県岩屋港南方2海里付近の釣り場に向かった。
ところで,A受審人は,釣り客が船首楼甲板の座席に腰掛けると,操縦席からの見通しが悪くなることを承知していたので,平素は,船首楼甲板の釣り客を移動させるとか,船首を左右に振るなどして,死角を補う見張りを行うようにしていた。
こうして,A受審人は,操縦席に座って操船にあたり,視界が良かったのでレーダーを作動させないまま,釣り客3人を船首楼甲板右舷側に,1人を同左舷側の座席に腰掛けさせ,船首から船首右舷10度にかけて死角がある状態で東航し,10時48分岩屋港北防波堤東灯台から055度(真方位,以下同じ。)260メートルの地点において針路を174度に定め,機関を全速力前進にかけて18.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
10時48分半A受審人は,岩屋港北防波堤東灯台から118度270メートルの地点に達したとき,正船首方830メートルのところに漂泊中の匡吉丸を視認することができたが,前路を一瞥しただけで,この付近は普段から船が少なかったので,支障となる船はいないものと思い,船首を左右に振るなど死角を補う見張りを十分に行うことなく,同船に気付かないで続航した。
10時49分A受審人は,衝突のおそれがある態勢で匡吉丸に550メートルに接近する状況となっていたが,依然これに気付かず,同船を避けることなく進行中,同時50分わずか前釣り客の間から至近に迫った同船を初認し,機関を後進にかけたものの効なく,10時50分岩屋港北防波堤東灯台から161度1,000メートルの地点において,原針路,原速力のまま,小松丸の右舷船首部と匡吉丸の右舷船首部とが平行に衝突した。
当時,天候は晴で風力3の東風が吹き,潮候は下げ潮の末期にあたり,視界は良好であった。
また,匡吉丸は,B受審人が1人で乗り組み,釣り客4人を乗せ,遊漁の目的で,船首0.2メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,同日06時00分岩屋港を発し,その後,同港東方1海里沖から明石海峡大橋下において遊漁を行ったのち,09時30分衝突地点付近において遊漁を再開した。
B受審人は,笛付きの救命胴衣を着用して操舵室後方左舷側の甲板上に立って,釣り客3人を右舷側に,釣り客1人を左舷側に配置し,魚群探知機を起動するとともに,リモコンを手元に置いて機関を中立とし,山たてにより半径約10メートルの釣りのポイント付近で,5ないし6分毎に潮上りを繰り返し,10時48分前示衝突地点において,船首を354度に向けて漂泊を開始した。
10時48分半B受審人は,正船首方830メートルのところに小松丸を視認できたが,釣り糸の張り具合や釣りポイントの確認に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかったので,同船に気付かなかった。
10時49分B受審人は,小松丸が自船に向首したまま衝突のおそれのある態勢で550メートルに接近する状況となっていたが,依然これに気付かず,避航を促すための有効な音響による信号を行うことも,機関を使用して衝突を避けるための措置をとることもなく,同じ船首方向のまま漂泊を続け,10時50分わずか前,速度を落とさないまま接近する小松丸を初めて認め,危険を感じ,慌てて機関を後進にかけたものの効なく,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,小松丸は右舷船首部に擦過傷を生じ,匡吉丸は右舷船首部を圧壊したが,のち,いずれも修理された。また,B受審人が左第7肋骨線状骨折などを,匡吉丸の釣り客Cが5箇月の通院加療を要する頭部外傷及び頸椎捻挫を負った。
(航法の適用)
本件は,淡路島北東沖の海上交通安全法の適用水域において,釣り場を移動中の小松丸と漂泊中の匡吉丸とが衝突したもので,漂泊船と航行中の動力船との衝突であり,同法には本件に適用する規定がなく,一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)が適用される。
予防法には,これら両船に適用する個別の航法規定が存在しないことから,同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 小松丸
(1)船首楼甲板に釣り客用の座席が設置されていたこと
(2)A受審人が,死角になる釣り客を移動させなかったこと
(3)A受審人が,船首を左右に振らなかったこと
(4)A受審人が,衝突地点付近は普段から船が少なかったので,支障となる船がいないと思い,死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(5)A受審人が,視界が良かったのでレーダーを作動しなかったこと
(6)A受審人が,匡吉丸を避けなかったこと
2 匡吉丸
(1)汽笛を装備していなかったこと
(2)B受審人が,釣り糸の張り具合や釣りポイントの確認に気をとられ,見張りを十分に行わなかったこと
(3)避航を促すための有効な音響による信号を行わなかったこと
(4)B受審人が,機関を始動して衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,小松丸が,死角を補う見張りを十分に行っていれば,漂泊中の匡吉丸を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,死角を補う見張りを十分に行わなかったこと,漂泊中の匡吉丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,死角になる釣り客を移動させなかったこと,船首を左右に振らなかったこと,視界が良かったのでレーダーを作動しなかったことは,いずれも,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
船首楼甲板に釣り客用の座席が設置されていたことは,座席の設置そのものが,操縦席からの見通しを妨げるものとはなっておらず,原因としない。
一方,匡吉丸が,十分な見張りを行っていたなら,避航を促すための有効な音響による信号を行うことができ,小松丸が匡吉丸に気付くことになり,衝突を避けることができた。また,匡吉丸が,機関を始動して衝突を避けるための措置をとっていれば,本件は発生しなかったと認められる。したがって,B受審人が,十分な見張りを行わなかったこと,避航を促すための有効な音響による信号を行わなかったこと,機関を始動して衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも,本件発生の原因となる。
匡吉丸が汽笛を装備していれば,小松丸に警告信号を行うことができ,衝突を避けることができたものと認められるが,全長12メートル未満の小松丸には汽笛装備の義務がなく,汽笛を装備していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,釣り客の安全を預る遊漁船業者において,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,淡路島北東沖において,南下中の小松丸が,見張り不十分で,前路で漂泊している匡吉丸を避けなかったことによって発生したが,匡吉丸が,見張り不十分で,避航を促すための有効な音響による信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,淡路島北東沖において,釣り場を移動するため航行する場合,船首楼甲板の座席に腰掛けた釣り客により右舷船首方の見通しが妨げられていたから,前路で漂泊している匡吉丸を見落とすことのないよう,船首を左右に振るなど死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,衝突地点付近は普段から船が少なかったことから,一瞥しただけで前路に支障となる船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,匡吉丸に気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,小松丸の右舷船首部に擦過傷を,匡吉丸の右舷船首部に圧壊をそれぞれ生じさせ,B受審人に,左第7肋骨線状骨折などを,匡吉丸の釣り客1人に頸椎捻挫などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,淡路島北東沖において,遊漁のため漂泊する場合,接近する小松丸を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,釣り糸の張り具合や釣りポイントの確認に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,接近する小松丸に気付かず,避航を促すための有効な音響による信号を行わず,機関を使用して移動するなど衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続けて同船との衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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