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平成17年神審第10号
件名

旅客船ニューあかし・漁船和泉丸漁船和泉丸漁具衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年5月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎,工藤民雄,村松雅史)

理事官
宮川尚一

受審人
A 職名:ニューあかし船長 海技免許:二級海技士(航海)
B 職名:和泉丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
C 職名:和泉丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
ニューあかし・・・ない
和泉丸船団・・・漁具の袖網が破断

原因
ニューあかし・・・動静監視不十分,各種船舶間の航法(避航動作)不遵守(主因)
和泉丸船団・・・警告信号不履行(一因)

主文

 本件漁具衝突は,ニューあかしが,動静監視不十分で,指揮船の和泉丸,引網で漁ろうに従事する主網船の和泉丸及び従網船の和泉丸の3隻で構成される船団の進路を避けなかったことによって発生したが,同船団が警告信号を行わず,避航を促す措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Cを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月16日08時24分
 大阪湾北部
 (北緯34度35.2分 東経135度14.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船ニューあかし  
総トン数 14,988トン  
全長 185.50メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 23,830キロワット  
船種船名 漁船和泉丸(指揮船)  
総トン数 11トン  
登録長 14.67メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 368キロワット  
船種船名 漁船和泉丸(主網船) 漁船和泉丸(従網船)
総トン数 9.7トン 9.7トン
登録長 14.93メートル 14.93メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 35 35
(2)設備及び性能等
ア ニューあかし
 ニューあかし(以下「あかし」という。)は,平成2年11月に進水した,沿海区域を航行区域とする船首船橋型の鋼製旅客船兼自動車渡船で,大阪港・神戸港と関門港の間を定期運航していた。
 同船の船橋には,船体中心線上で前面窓から約2メートル後方に操舵装置があり,同装置の左舷方に2機2軸の主機関,バウ及びスターンスラスターの遠隔操縦盤,自動衝突予防援助装置付き主レーダーと従レーダー,GPS装置などが装備されていた。
 同船の海上試運転成績表では,舵角35度で左旋回を行った場合,旋回圏の最大横距は384メートル,最大縦距は596メートルで,90度回頭するのに1分15秒を要し,また4種類の船体停止試験のうち,本件に近い状況である,機関回転数毎分165,翼角14度,16.2ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で前進中に両舷機全速力後進を発令した結果は,翼角中立まで16.4秒,船体停止まで1分37.8秒の時間をそれぞれ要し,その停止距離は448メートルであった。
イ 和泉丸
 B受審人が乗り組む和泉丸(以下「指揮船」という。)は,平成4年3月に進水した,船体中央やや前方に操舵室を備えたFRP製漁船で,同じ船名の2隻の網船と自船とで構成する船団(以下「和泉丸船団」という。)の魚群探索や指揮を行う船であった。
 同船の操舵室にはレーダー,GPS,魚群探知機が各1台装備されていたが,汽笛は装備されていなかった。また,操舵室後部には漁獲物積込用のクレーンがあった。
ウ 和泉丸
 C受審人が乗り込む和泉丸(以下「主網船」という。)は,平成4年9月に進水した,船体中央やや前方に操舵室を備えた軽合金製漁船で,和泉丸船団の袋網と袖網を積んでいた。同船は,船長Dが乗り込む和泉丸(以下「従網船」という。)を従え2そう引網漁業に従事していた。
 両網船の操舵室にはGPSと魚群探知機が装備されていたが,汽笛は装備されておらず,主・従網船とも操舵室の後部に網綱を巻き込むためのローラーがあった。

3 いかなご漁の操業体制
 いかなご漁は,大阪湾では全体が漁場となり,操業時期は毎年2月末から4月までの短期間で,操業時間帯も夜明けから昼過ぎまでと限定されている上に,いかなごは特定の場所に群れて出現するので,多くの漁船団が,数箇所に蝟集(いしゅう)して操業することが多かった。
 和泉丸船団は,指揮船,主網船及び従網船とで構成され,指揮船に船長1人が,また主網船及び従網船にそれぞれ船長1人と甲板員1人が乗り組んで,2そう引網漁業に従事していた。
 指揮船は,魚群を探索しながら,網船に投網の時機を指示したり,他船が接近した場合に注意を喚起したりするほか,漁獲物の輸送にも当たっていた。
 主網船は,袋網と袖網を積んでいる網船で,引網中は進行方向に向かって右側に位置し,従網船は,袖網のみを積んで同方向に向かって左側に位置しており,投網前には主網船の左舷と従網船の右舷を舫(もや)ったまま航走し,指揮船の指示により,ゴム製で直径1メートルの赤色大型標識(以下「末端標識」という。)を投入してから,袋網を繰り出しながら,網船同士の舫(もやい)を解いて,逆八の字に船間距離を開きつつ袖網と綱を投入していた。投綱が済んだのち,両網船は40メートルばかりの船間距離を保って引綱を延ばして2ノットばかりの船速で引網を行い,投網と投綱が1分間程度で終了し,引網には1時間を要していた。
 網船船尾から網の最後尾までの長さは200メートルばかりで,網の深さは1メートルから10メートルくらいとなっており,袖網には浮子(あば)が取り付けられ,袋網から延びる縄に末端標識が取り付けられていた。


4 事実の経過
 あかしは,A受審人ほか26人が乗り組み,旅客153人(小児7人含む。)を乗せ,車両154台を積載し,船首5.54メートル船尾6.38メートルの喫水をもって,平成16年3月15日20時35分関門港新門司区を発し,大阪港堺泉北区に向かった。
 A受審人は,船橋当直を航海士3人にそれぞれ甲板員2人をつけて,4時間3交代の3人体制とし,自らは出入港時,狭水道通過時,視界制限時及び船舶輻輳(ふくそう)海域通航時などに昇橋して操船の指揮をとることとしていた。
 翌16日07時32分A受審人は,明石海峡航路西方灯浮標付近で昇橋して,船橋前面中央で操船の指揮をとり,三等航海士を左舷側でレーダー監視に,手動操舵と右舷側見張りに甲板員をそれぞれ1人つけ,明石海峡航路を通航した。
 08時07分A受審人は,明石海峡を抜けて神戸灯台から190度(真方位,以下同じ。)3.5海里の地点に至ったとき,レーダーと目視で,前方から右方にかけて操業する引網船団群と,自船の右方から同船団群の東端外側を北上する大型コンテナ船を認めたので,それらの様子を見ながら進行した。
 08時13分A受審人は,神戸灯台から164度3.7海里の地点で,針路を引網船団群の北端を替わす085度に定め,機関を港内全速力より少し速めの16.6ノットにかけて続航した。
 08時20分A受審人は,神戸灯台から139度4.5海里の地点に達したとき,右舷前方2.5海里ばかりのところを北上する前示大型コンテナ船の方位に明確な変化を認めなかったので,その船尾方を替わすため針路を106度に転じた。
 このとき,A受審人は,左舷船首8度1.1海里のところに,引網船団群北端の内側で船首を南に向けて引網中の和泉丸船団とその後方に末端標識を認めたが,一瞥しただけで,和泉丸船団の後方の他引網船団との間隔が広いので,このままで和泉丸船団の末端標識と後方の他船団の間を無難に通過できるものと思い,その後衝突のおそれがあるかどうか判断できるよう,和泉丸船団に対する動静監視を十分に行うことなく進行した。
 08時21分A受審人は,太陽の方位角が112.4度,同高度が26.3度で時折船首やや右方から太陽光線の海面反射を受ける状況で,左舷船首8度1,700メートルのところに引網している和泉丸船団の主網船とその後方に末端標識を視認することができ,同船団の漁具と衝突のおそれのある態勢で接近していたが,依然として,動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,直ちに機関を使用して行き脚を停止するなど,同船団の進路を避けないまま続航した。
 あかしは,同じ針路と速力で進行中,08時23分少し過ぎA受審人が,和泉丸船団の主網船が右舷船首前方500メートルばかりとなったのを認めて同船団の漁具との衝突の危険を感じ,左舵一杯を令したが,効なく08時24分神戸灯台から133度5.4海里の地点において,船首が090度に向いたとき,その船底部が和泉丸船団の袖網にほぼ直角に衝突し,そのまま擦過した。
 当時,天候は晴で風力2の北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
 また,和泉丸船団は,船首0.3メートル船尾1.4メートルの喫水の指揮船にB受審人が単独で,船首0.3メートル船尾1.4メートルの喫水の主網船にC受審人ほか1人が,船首0.3メートル船尾1.4メートルの喫水の従網船にD船長ほか1人がそれぞれ乗り組み,操業の目的で,同月16日03時ごろそれぞれ大阪府阪南港春木漁港地区を発し,大阪湾北部の漁場に向かった。
 05時30分B受審人は,船団を指揮しながら,魚群の探索を行いつつ北上して神戸灯台南方の漁場に到着し,06時00分神戸灯台から140度2.2海里の地点で,付近で操業する引網船団群の北端に位置して,漁ろうに従事している船舶が表示する形象物を掲げた主網船と従網船に投網を命じ,船団の針路をほぼ東に向けて操業を開始した。
 08時00分少し前B受審人は,神戸灯台の南東方で船首を南に向けて第2回目の揚網を終えたとき,右舷正横少し前7海里ばかりに船影を認めたが,時刻とその大きさなどから大阪に向かうフェリーと判断して両網船に無線で注意するよう連絡をとって,その動静監視を始めた。
 08時00分B受審人は,神戸灯台から126度5.0海里の地点で,針路を180度に定め,速力を2.0ノットとして第3回目の引網を開始した。
 08時13分B受審人は,神戸灯台から130度5.2海里に至ったとき,右舷正横3.0海里のところにあかしを認め,その動静監視を続行した。
 08時20分C受審人は,主網船が神戸灯台から132度5.4海里の地点に達したとき,右舷船尾82度1.1海里のところから,あかしが針路を右方に転じて,和泉丸船団と衝突のおそれがある態勢となったのを認め,操舵室マストに装備した赤色回転灯を点灯した。
 このとき,B受審人は,両網船の南方500メートルのところを先行して魚群探索と周囲の警戒に当たっており,あかしの前示態勢を認めたが,いずれ同船が避航するものと思い,直ちにあかしに近づきながら警告信号を行うなど,避航を促す措置をとらなかった。
 08時21分C受審人は,あかしが漁具を避けないまま1,700メートルに接近したが,赤色回転灯を点灯したので大丈夫と思い,従網船とともに警告信号を行うなど,避航を促す措置をとらないまま引網作業を続け,08時24分前示のとおり,船団の漁具に衝突した。
 衝突の結果,あかしには損傷がなく,和泉丸船団の漁具の袖網が破断したが,のち修理された。

(航法の適用)
 本件発生海域は,大阪湾北部で,海上交通安全法と海上衝突予防法が適用される海域であるが,海上交通安全法に規定する航法はないので,海上衝突予防法により律することになる。
 和泉丸船団の主網船と従網船は,漁ろうに従事する船舶が掲げる形象物を掲げて引網により操業中であったこと,あかしは,事前に大阪湾では引網による操業中の船団が蝟集していることは知っており,和泉丸船団の主網船と従網船が引網による操業中であったことを目視で確認していることなどから,各種船舶間の航法を適用することとなる。

(本件発生に至る事由)
1 あかし
(1)A受審人が,右転して和泉丸船団のほうに向けたこと
(2)A受審人が和泉丸船団と末端標識の動静監視を十分に行わなかったこと
(3)A受審人が機関を使用して行き脚を停止しなかったこと

2 和泉丸船団
(1)船団各船が汽笛を装備していなかったこと
(2)B受審人があかしに近づいて避航を促すための警告信号を行わなかったこと
(3)C受審人が避航を促すための警告信号を行わなかったこと
(4)D船長が避航を促すための警告信号を行わなかったこと

3 その他
(1)大阪湾北部において引網船団が蝟集して操業していたこと
(2)本件発生地点付近において,太陽の高度が低く,あかしの前方やや右舷側から太陽光線の海面反射があったこと

(原因の考察)
 本件漁具衝突は,あかしが和泉丸船団及び末端標識の動静監視を十分に行っておれば,船首左舷に存在する同船団の末端標識に気付くことができ,直ちに機関を使用して行き脚を止めるなどして,同船団の進路を避けることができた。したがって,A受審人が和泉丸船団と末端標識の動静監視を十分に行わなかったことと,機関を使用して行き脚を停止しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が右転して和泉丸船団のほうへ針路を向けたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方,和泉丸船団の指揮船や主網船は,引網中のため,衝突を避けるための措置をとることができなかったものの,警告信号を行うなど避航を促す措置をとっておれば,あかしに自船団と末端標識の存在を認めさせることができ,衝突を避けるための措置をとらせることが可能であった。したがって,指揮船と主網船が汽笛不装備で避航を促す措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 従網船が汽笛不装備で警告信号を行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,主・従網船は一体で行動していたことなどを考慮すれば,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 次に,大阪湾において引網船団が蝟集して操業していたことは,大阪湾を通航する船舶に十分な情報周知がなされ,必要な安全対策がとられていたので,本件発生の原因とならない。
 また,本件発生地点付近において太陽の高度が低く,あかしの前方やや右舷側から太陽光線の海面反射があったことは,あかしの船橋にはサングラスの備え置きがあり,これの使用により適切な見張りが可能であったことから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件漁具衝突は,大阪湾北部において,東行中のあかしが,動静監視不十分で,引網で漁ろうに従事している和泉丸船団の進路を避けなかったことによって発生したが,和泉丸船団が警告信号を行わず,避航を促す措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,大阪湾北部において,引網中の和泉丸船団を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船団及び漁具に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,一瞥しただけで,和泉丸船団後方の他引網船団との間隔が広いので,和泉丸船団の末端標識と後方の他船団の間を無難に通過できるものと思い,和泉丸船団に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,前方で引網中の和泉丸船団の末端標識を見失い,直ちに停止するなど同船団の進路を避けることなく進行して同船団の漁具との衝突を招き,あかしには損傷を生じなかったものの,漁具のうち袖網を破断させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,大阪湾北部において,2そう引網漁中の自船団に向けてあかしが接近するのを認めた場合,直ちにあかしに向かって近づきながら警告信号を行うなど,避航を促す措置をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,いずれ自船団を避けるものと思い,同措置をとらなかった職務上の過失により,自船団の漁具とあかしとの衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は,大阪湾北部において,2そう引網漁に従事中,あかしが自船の漁具に衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた場合,警告信号を行うなど,避航を促す措置をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,赤色回転灯を点灯したので大丈夫と思い,同措置をとらなかった職務上の過失により,自船団の漁具とあかしとの衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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