(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月15日05時05分
潮岬西方沖合
(北緯33度27.3分 東経135度39.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船清恵丸 |
漁船安崎丸 |
総トン数 |
179トン |
8.5トン |
全長 |
39.90メートル |
|
登録長 |
|
13.34メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
354キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 清恵丸
清恵丸は,平成6年3月に進水した船尾船橋型の油送船で,主として岡山県水島港などにおいてガソリンや軽油などを積載し,和歌山県宇久井港において揚荷する航海に従事していた。
同船の操舵室前面から船首端までの距離は28.5メートルで,同室の前面窓に接して操縦制御盤が設置され,操舵用コンパスが同盤中央に組み込まれ,同コンパスの左舷側にはGPSプロッター及び主従のレーダーが,同コンパスの右舷側には主機遠隔操縦装置等がそれぞれ設けられており,同盤後面中央に操舵輪,その左舷側に航海灯等の電源スイッチや探照灯及び甲板作業灯の各スイッチが設置されていた。
また,船舶件名表抜粋写記載の海上試運転成績によると,操縦性能は,航海全速力時に右舵及び左舵一杯とったときのそれぞれの旋回半径が約50メートルで,船体が90度回頭するのに,右舵一杯が27秒,左舵一杯が26秒を要した。
イ 安崎丸
安崎丸は,昭和59年7月に進水したFRP製漁船で,主として潮岬沖合においてかつお引き縄漁業に従事していた。
同船の船橋から船首端に至る距離は約8メートルで,操業時は左右に一本ずつ振り出した竿にそれぞれ3本の,船尾甲板から4本の引き縄を延出し,約5ノットの速力で曳航するものであった。
航海計器としては,レーダー1基及びGPSプロッター等を装備しており,本件発生当時,GPSプロッターは使用していたもののレーダーは視界が良いということで使用していなかった。
3 事実の経過
清恵丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,ガソリンなど石油製品370キロリットルを積載し,船首2.40メートル船尾3.20メートルの喫水をもって,平成16年4月14日15時00分岡山県水島港を発し,和歌山県宇久井港に向かった。
発航後,A受審人は,船橋当直を自らと機関長が概ね3時間で交替する単独船橋当直体制をとり,翌15日03時00分ごろ和歌山県市江埼灯台西方において機関長と交替して当直に就き,マスト灯2個,両舷灯及び船尾灯をそれぞれ表示し,夜明け前で陸岸から沖合に向けて出漁する漁船が多かったことから手動操舵によって東行した。
03時45分A受審人は,江須埼灯台から279度(真方位,以下同じ。)7.7海里の地点で,針路を潮岬灯台沖合に向首する110度に定め,機関を全速力前進にかけ,8.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で引き続き手動操舵により進行した。
04時53分半A受審人は,潮岬灯台から283.5度6.9海里の地点に達したとき,左舷船首29度2.0海里のところに,沖合に向けて南下する漁船群のなかに安崎丸が表示する白,緑2灯を認め,その後,その方位が明確に変わらないまま,自船の針路を右方に横切る態勢で接近するので,同船の動静を監視しながら続航した。
05時03分半A受審人は,日出前の薄明かりのなか,安崎丸のぼんやりとした船体を左舷船首30度500メートルに見るようになり,同船が依然として避航の気配をみせる様子がなかったが,他の乗組員の睡眠を妨げることになると思い,汽笛による警告信号を行うことなく進行した。
05時04分A受審人は,安崎丸の方位が変わらないまま350メートルに近づいたが,経験上,漁船は間近に接近しなければ避航の措置をとらないことが多いので,そのうち避航するものと思い,機関を使用して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための協力動作をとらず,探照灯を短時間照射し,作業灯を点滅しただけで続航した。
05時05分少し前A受審人は,安崎丸が至近に接近したとき,ようやく衝突の危険を感じて右舵一杯としたが及ばず,05時05分潮岬灯台から281度5.2海里の地点において,清恵丸は,船首が126度を向いたとき,その左舷中央部に,安崎丸の船首が後方から80度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力3の南東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,日出は05時27分であった。
また,安崎丸は,B受審人が1人で乗り組み,かつお引き縄漁の目的で,船首0.35メートル船尾1.50メートルの喫水をもって,4月15日04時38分法定の灯火を表示して和歌山県安指(あざし)漁港を発し,僚船十数隻とともに同港沖合の漁場に向かった。
04時41分B受審人は,安指漁港沖合500メートルにある横島が右舷側100メートルばかりに並ぶ,潮岬灯台から304度5.0海里の地点に達したとき,前日に陸岸近くで漁があったことから,機関を操業時の速力である5.0ノットになるよう微速力前進にかけ,針路を沖合漁場に向く206度に定めて自動操舵とし,後部甲板に赴いて急いで操業の準備にかかった。
04時50分B受審人は,右舷前方に清恵丸が表示する白,紅2灯を初認したが,潮岬沖を東西に通航する一般船舶は,陸岸に近いこの海域を航行することが少ないことから,一瞥しただけで,沖合に向けて航行する漁船の灯火と思い,その後同船の動静を十分に監視することなく,船尾甲板左舷側において,引き縄を延出する作業に夢中になって進行した。
04時53分半B受審人は,潮岬灯台から291度4.8海里の地点に達したとき,右舷船首55度2.0海里のところに清恵丸の白,白,紅3灯を視認でき,その後衝突のおそれがある態勢で接近したが,同船の動静を監視していなかったので,このことに気付かず,速やかにその進路を避けることなく続航中,左舷側の引き縄をセットし終えて右舷側の引き縄の準備にかかろうとしたとき,安崎丸は,原針路,原速力で前示のとおり衝突した。
衝突の結果,清恵丸は左舷中央部ブルワークに軽微な凹損が生じ,安崎丸は船首材海面上に亀裂を伴う擦過傷を生じ,のちいずれも修理された。また,B受審人は衝突の衝撃を受けて甲板上に転倒し,骨盤骨折の傷を負った。
(航法の適用)
本件衝突は,港則法及び海上交通安全法の適用外である潮岬西方沖合において,南下する安崎丸と東行する清恵丸の両船が,互いに進路を横切る態勢で衝突したものである。安崎丸は漁船であるが,引き縄漁を準備しながら航行中であり,漁労に従事中の船舶ではなく,清恵丸はガソリン等を1,000キロリットル未満積載した小型油送船であり,当時視界が良好で両船とも法定の灯火を表示していたことから,海上衝突予防法第15条横切り船の航法を適用することになる。
(本件発生に至る事由)
1 清恵丸
(1)A受審人が,夜間に汽笛を吹鳴すると乗組員の睡眠の妨げになるものと遠慮したこと
(2)A受審人が,多くの漁船は間近に接近しなければ避航の措置をとらないものと認識していたこと
(3)清恵丸が警告信号を行わなかったこと
(4)清恵丸が衝突を避けるための最善の協力動作をとらなかったこと
2 安崎丸
(1)B受審人が,潮岬沖合を東西に通航する一般船舶は,ほとんどが陸岸から3海里以遠のところを航行するので,付近には東西に航行する一般船舶がいないものと認識していたこと
(2)B受審人が,清恵丸の白,紅2灯を初認したとき,一瞥して沖合に向かう漁船の灯火と判断したこと
(3)B受審人が,前日陸岸寄りで漁があったので,出来るだけ早く引き縄を操業状態にしたいと考え漁具の準備を始めたこと
(4)B受審人が,右舷前方の清恵丸の動静を監視しなかったこと
(原因の考察)
安崎丸が,夜間,潮岬西方沖合において,漁場へ向けて南下中,右舷前方に清恵丸の表示する白,紅2灯を初認した際,その後の動静を十分に監視しておれば,互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることが判断でき,速やかに右転するなど同船の進路を避ける措置をとることができた。
したがって,B受審人が,清恵丸の灯火を初認したのち,その後の動静監視を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
なお,B受審人が,陸岸近くには,東西に航行する一般船舶がいないとの認識から,右舷前方に認めた清恵丸の白,紅2灯を一瞥しただけで,沖合に向かう漁船であると判断したこと及び漁場が近いので漁具の準備を急いでいたことは,それぞれ本件発生に直接結びつくものではないが,この海域において,陸岸に接近して東西に航行する船舶も存在するのであるから,他船の灯火を右舷前方に視認した際には,安易にその動向を判断せず,引き続き動静に留意して監視を続けることが海難防止上肝要である。
また,清恵丸が,夜間,潮岬西方沖合において,同岬に向けて東行中,沖合に向けて南下する漁船群を認め,そのなかの左舷前方に,安崎丸の灯火の方位が明確に変わらないまま接近し,避航の気配が見られないとき,汽笛による警告信号を行っておれば,安崎丸の船尾甲板上において,漁具の準備に夢中となっていた船長に清恵丸の存在を気付かせ,同船の進路を避ける措置をとらせることが可能であった。また,さらに間近に接近したとき,機関を使用するなど衝突を避けるための協力動作をとっておれば,衝突を回避することができたものと判断できる。
したがって,A受審人が,衝突のおそれがある態勢で接近する安崎丸が避航の措置をとらず,その動静に疑問を抱いたときに,速やかに汽笛による警告信号を行わなかったこと,さらに同船が間近に接近し,安崎丸の避航動作のみでは衝突を避けることができない状態となったときに,速やかに機関を使用して行きあしを止めるなど衝突を避けるための最善の協力動作をとらなかったことも,本件発生の原因となる。
なお,A受審人が,就寝中の乗組員の睡眠の妨げになるものと,汽笛の吹鳴を遠慮したということであるが,必要な警告信号は躊躇(ちゅうちょ)なく実施することが海難防止上望まれる。また,A受審人は,多くの漁船が間近に接近しなければ避航の動作をとらないことを経験上認識していたと言うが,衝突のおそれがある態勢で接近する漁船が間近に接近したとき,必ず避航の動作をとることが保証されてはおらず,海上衝突予防法第17条第3項により,機関を使用して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための最善の協力動作をとるべきであった。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,潮岬西方沖合において,漁場へ向けて南下中の安崎丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する清恵丸の進路を避けなかったことによって発生したが,清恵丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,夜間,潮岬西方沖合において,漁場へ向けて南下中,右舷前方に清恵丸の表示する白,紅2灯を初めて認めた場合,同船との衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,一瞥して沖合に向けて南下する漁船の灯火と思い,船尾甲板左舷側で引き縄漁の準備に夢中となり,清恵丸のその後の動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船が衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,速やかにその進路を避けることなく進行して清恵丸との衝突を招き,自船の船首部に亀裂を伴う擦過傷を,清恵丸の左舷中央部ブルワークに凹損をそれぞれ生じさせるとともに,自らも衝突の衝撃により転倒して骨盤骨折などの傷を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,夜間,潮岬西方沖合を東行中,沖合に向けて南下する漁船群の灯火を左舷前方に認め,そのなかの安崎丸の灯火の方位に明確な変化が認められないまま,衝突のおそれがある態勢で接近した場合,速やかに警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,汽笛を吹鳴すると乗組員の睡眠の妨げになるものと遠慮して,速やかに汽笛による警告信号を行わなかった職務上の過失により,安崎丸との衝突を招き,両船に前示の損傷と,安崎丸船長を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
|