(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月6日11時15分
京都府舞鶴港第3区
(北緯35度29.5分 東経135度22.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船朝日丸 |
手漕ぎボート(船名なし) |
全長 |
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3.67メートル |
登録長 |
9.22メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
106キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 朝日丸
朝日丸は,昭和61年5月に第1回定期検査を受けた,操舵室を船体中央やや後部に備えたFRP製遊漁船で,操舵室内にはGPSプロッター,レーダー,魚群探知機などが装備されていた。
航走中,操舵室内の左舷寄りにある椅子に腰掛けて操舵に当たると,船首の錨用レールなどによって船首左舷5度から船首右舷10度にかけて死角が生じたものの,立ち上がれば解消できるものであった。
イ 手漕ぎボート(船名なし)
手漕ぎボート(船名なし)(以下「B号」という。)は,舞鶴港内に設置した釣筏に釣客を運んで魚釣りをさせることを主な業としているC社が貸し出している無蓋のFRP製手漕ぎボートで,備品としてオール2本と直径1センチメートル長さ20メートルばかりの錨索が付属していたが,B号が付近を通航する他船から発見され易くするための標識や救命胴衣などと有効な音響による信号を行うことができる用具の準備はなかった。
3 本件発生地点付近の状況
本件発生地点は,魚釣りのポイントとして知られ,釣船が錨泊していることがある舞鶴港第3区の蛇島南方沖合の中ノ瀬と称する浅瀬の東側であった。中ノ瀬の北側に右舷標識である舞鶴港中ノ瀬下端灯浮標(以下「赤ブイ」という。)が,また同浅瀬の南側に南方位標識である舞鶴港中ノ瀬上端浮標(以下「黄ブイ」という。)が,それぞれ設置されていた。
赤ブイは,港の奥に向かって標識の右側に岩礁,浅瀬,沈船等の障害物があることを,また黄ブイは,標識の北側に障害物があることを意味しており,赤ブイと黄ブイの間には障害物があることを示していた。
4 事実の経過
朝日丸は,A受審人が1人で乗り組み,主機のクラッチを修理する目的で,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年9月6日10時50分舞鶴港第1区にある漁港地区を発し,同港第2区にある修理工場に向かった。
発航後,A受審人は,操舵室の椅子に腰掛けて操舵に当たったところ,船首方に前示死角が生じていたので,ときどき立ち上がって死角を補う見張りを行いながら進行した。
11時07分半少し過ぎA受審人は,戸島と牛渡鼻の水道を経由して,ミヨ埼灯台から255度(真方位,以下同じ。)1.65海里の地点に達したとき,針路を赤ブイと黄ブイの中間に向く095度に定め,機関を半速力前進にかけて,9.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,手動操舵により続航した。
定針時,A受審人は,前方の赤ブイを確認したが,航行の支障となるような他船を認めなかったので,その後,死角を補う見張りを行うことなく進行した。
ところで,A受審人は,赤ブイと黄ブイの意味するところを知らなかった。
11時13分少し過ぎA受審人は,ミヨ埼灯台から237度1,700メートルの地点に至ったとき,正船首方500メートルのところに,B号を視認することができ,やがて同船が停止したままであることや,その船首から前方に錨索を伸ばしていることなどから錨泊していると判断できる状況であったが,クラッチ修理のことを考え込んでいて,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
こうして,11時14分半少し過ぎA受審人は,ミヨ埼灯台から228度1,430メートルの地点で,正船首方のB号に140メートルのところまで接近していたが,依然として見張りを十分に行わず,同船を避けないまま進行中,11時15分朝日丸は,ミヨ埼灯台から223度1,340メートルの地点において,原針路,原速力のまま,その船首がB号の左舷中央部に前方から85度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の末期であった。
A受審人は衝撃を感じなかったので衝突したことに気付かず,そのまま修理工場に向かい,その後,海上保安部からの連絡により衝突の事実を知った。
また,B号は,B指定海難関係人が1人で乗り組み,友人1人を同乗させ,有効な音響による信号を行うことができる用具と他船から発見され易くするための標識や救命胴衣などを持ち込むことなく,船首尾とも0.1メートルの喫水をもって,同日06時30分舞鶴港第3区にあるC社の係船場を発し,魚釣りの目的で蛇島南方沖合の釣場に手漕ぎで向かった。
B指定海難関係人は,06時45分釣場に到着したのち,他船から発見され易くするために標識を表示したり,救命胴衣を着用しないで,船首に係止した全長20メートルばかりの錨索の先端に自分で用意した重さ5キログラムばかりのマッシュルーム型の錨を結んで投入して魚釣りを開始し,その後,幾度か転錨しながら魚釣りを続けた。
10時15分ごろB指定海難関係人は,前示衝突地点の釣場に至り,船首から錨索を北に伸ばして,B指定海難関係人が船体中央部で,同乗者が船尾で,それぞれ船首方向を向いて腰掛けて左右舷に出した2本ずつの釣竿を使用して魚釣りを続けた。
11時13分少し過ぎB指定海難関係人は,船首を000度に向けて錨泊中,朝日丸が左舷正横やや前方500メートルのところから,自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近していたが,魚釣りに集中していたので,このことに気付かなかった。
11時14分半少し過ぎB指定海難関係人は,朝日丸の接近に気付いた同乗者の発する声で,左舷正横140メートルのところに初めて朝日丸の船首を認めて衝突の危険を感じたものの,有効な音響による信号を行うことができなかったので,両手を振って大声で叫んだが,11時15分前示のとおり衝突した。
衝突の結果,朝日丸は右舷船首部にペイント剥離を,B号は左舷中央部船尾寄りのガンネル部に亀裂を生じたが,いずれもその後修理され,B指定海難関係人が全治1箇月の上顎前歯部歯槽骨打撲及び上口唇挫創を,同乗者が10日間の通院加療を要する頚椎捻挫及び右膝関節部打撲などをそれぞれ負った。
(本件発生に至る事由)
1 朝日丸
(1)A受審人が船首方の死角を解消しないで,見張りを十分に行わなかったこと
(2)赤ブイと黄ブイの意味を知らないで,それらの間を通航したこと
2 B号
(1)B指定海難関係人が見張りを十分に行わなかったこと
(2)B指定海難関係人が他船から発見され易くするための標識を表示せず,有効な音響による信号を行わなかったこと
3 その他
貸しボート業者が,手漕ぎボートが他船から発見され易くするための標識などや有効な音響による信号を行うことができる用具を準備していなかったこと
(原因の考察)
朝日丸が死角を解消し,十分な見張りを行っていたら,錨泊中のB号を視認でき,同船を容易に避けることはできたと認められる。
したがって,A受審人が死角を補って十分な見張りを行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,その意味するところを知らずに赤ブイと黄ブイの間を通航したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,B指定海難関係人が見張りを十分に行っていなかったことと,他船から発見され易くするための標識を表示せず,有効な音響による信号を行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,赤ブイと黄ブイの間を通航する船舶は通常考えられないこと,衝突の危険を感じてからB号を移動させるには相当な時間を要すること,そのような標識や用具を貸し与えられなかったことなどを考慮すれば,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
さらに,貸しボート業者が救命胴衣,他船から発見され易くするための標識などや有効な音響による信号を行うことができる用具を準備していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項であり,今後,同種業者の例を参考にして準備することが望まれる。
(海難の原因)
本件衝突は,京都府舞鶴港第3区において,東航中の朝日丸が,見張り不十分で,前路で錨泊して魚釣り中のB号を避けなかったことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,京都府舞鶴港第3区において,クラッチ修理のため修理工場に向け東航する場合,椅子に腰掛けたままでは前方に死角を生じるのであるから,前路で錨泊して魚釣り中のB号を見落とすことのないよう,立ち上がって前方の死角を補うなど,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,クラッチ修理のことを考え込んで,前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で錨泊して魚釣り中のB号に気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,朝日丸の右舷船首部にペイント剥離を,B号の左舷中央部船尾寄りのガンネル部に亀裂をそれぞれ生じさせ,B指定海難関係人に全治1箇月の上顎前歯部歯槽骨打撲及び上口唇挫創を,同乗者に10日間の通院加療を要する頚椎捻挫及び右膝関節部打撲などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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