(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月22日14時43分
岩手県宮古港北東方沖合
(北緯39度50分 東経142度27分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第五源榮丸 |
貨物船グレート フェザント |
総トン数 |
138トン |
90,876トン |
全長 |
40.11メートル |
289.97メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
661キロワット |
16,857キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第五源榮丸
第五源榮丸(以下「源榮丸」という。)は,従業区域を乙区域として平成7年5月に進水し,いか一本釣り漁業及びさけます流し網漁業に従事する鋼製漁船で,いか釣り機を片舷12台及び船尾に1台を装備し,魚群探知器やソナーのほか航海用具として最大探知距離120海里及び同48海里のカラーレーダーを2台,自動衝突予防援助装置並びにGPSプロッターなどを装備していた。
また,90度旋回するのに要する時間は左右とも23秒で,180度旋回するのに要する時間は左右とも39秒であった。前進中,後進発令により後進開始までの所要時間は9秒で,船体停止までの所要時間は15秒であった。
イ グレート フェザント
グレート フェザント(以下「グ号」という。)は,平成12年に建造された船尾船橋型のばら積運搬船で,航海用具としてレーダー2台,自動衝突予防援助装置,測深儀及びGPSプロッターなどを装備していた。
また,バラスト状態で90度旋回するのに要する時間は左旋回で2分14秒,右旋回で2分13秒であり,同じく180度旋回するのに要する時間は左旋回で5分10秒,右旋回で5分17秒であった。
また,バラスト状態での縦距は,左旋回が最大691.1メートル,右旋回が同707.4メートルであり,同横距は,左旋回が最大726.6メートル,右旋回が同795.4メートルであった。
バラスト状態で全速力前進中,機関停止から推進機軸停止までの所要時間は5分36秒で,発令後,機関が後進にかかり,船体が停止するまでの所要時間は,空船時で11分48秒,満船時で15分44秒であった。
3 事実の経過
源榮丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか5人が乗り組み,いか一本釣り漁業に従事する目的で,船首1.00メートル船尾3.50メートルの喫水をもって,平成15年12月22日09時00分青森県八戸港を発し,僚船とともに岩手県トドガサキ東方沖合35海里ばかりの漁場に向かった。
出港後,A受審人は,B指定海難関係人に船橋当直を行なわせて自室で休息する際,いつでも自ら繰船の指揮が執れるよう,他船の動静監視を十分に行うことや運航上危険を感じるような状況となったときには報告するよう指示しておく必要があったが,同人が当直経験豊富であったので,当直を任せておいても大丈夫と思い,報告するよう指示することなく自室に戻って休息した。
B指定海難関係人は,操舵室のドアも窓も全て閉め切り,周囲の音が聞こえにくい状態とし,単独の船橋当直に当たって航行を続け,10時04分少し過ぎ種市港沖防波堤灯台から050度(真方位,以下同じ。)3.7海里の地点に達したとき,針路を予定の漁場に向く140度に定め,機関を全速力前進にかけて10.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし,自動操舵により進行した。
14時10分B指定海難関係人は,閉伊埼灯台から046度21.9海里の地点に達したとき,右舷船首14度13.2海里のところに,グ号のレーダー映像を認めたが,同船とは互いに接近するものの,無難に自船の前路を航過して行くものと思い,引き続き同船に対する動静監視を行わないまま,操舵室の後方にある無線室に行き,船尾方を向いていすに座り,僚船の水揚量の集計を始めた。
14時38分B指定海難関係人は,閉伊埼灯台から059度22.2海里の地点に達したとき,右舷船首14度2.0海里のところに,前路を左方に横切るグ号の船体を視認でき,その後,衝突のおそれがある態勢で接近するのを認め得る状況となったが,水揚量の集計作業に気を取られ,周囲の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,A受審人にその旨を報告することなく続航した。
14時40分半わずか過ぎB指定海難関係人は,閉伊埼灯台から060度22.2海里の地点に達したとき,グ号が右舷船首14度1.0海里のところまで接近したものの,依然として集計作業に気を取られていて,このことに気付かず,A受審人に昇橋を求めてグ号の進路を避けないまま進行した。
源榮丸は,B指定海難関係人が接近するグ号に気付かず,原針路,原速力のまま進行中,14時43分わずか前同人が右舷船首至近に迫った同船にようやく気付き,急いで機関を中立運転とし,転舵しようとしたが,その暇もなく,14時43分閉伊埼灯台から061度22.2海里の地点において,その船首が,グ号の左舷中央部外板に前方から60度の角度をもって衝突した。
当時,天候は曇で風力5の北西風が吹き,潮候は上げ潮の末期であった。
また,グ号は,大韓民国国籍の船長Cほか3人及びフィリピン共和国国籍の二等航海士Dほか16人が乗り組み,鉄鉱石70,078トンを積載し,船首12.82メートル船尾13.77メートルの喫水をもって,同月21日14時20分千葉県木更津港を発し,北海道室蘭港に向かった。
C船長は,D二等航海士をレーダーの監視に,操舵手を見張りと操舵に当たらせて航行を続け,翌22日14時00分閉伊埼灯台から087度22.1海里の地点に達したとき,針路を345度に定め,機関を全速力前進にかけて14.0ノットの速力とし,自動操舵により進行した。
14時25分C船長は,閉伊埼灯台から071.5度21.9海里の地点に達したとき,左舷船首10.5度7.1海里のところに,前路を右方に横切る態勢の源榮丸を初認し,その後,同船の動向に注意を払いながら続航した。
14時38分C船長は,閉伊埼灯台から064度22.0海里の地点に達したとき,左舷船首10.5度2.0海里のところに,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する源榮丸を認める状況となったが,いずれ接近すれば同船が自船を避けるものと思い,原針路,原速力を保って進行した。
14時40分半わずか過ぎC船長は,閉伊埼灯台から062.5度22.1海里の地点に達し,源榮丸が左舷船首10.5度1.0海里まで接近したものの,そのうちに同船が針路を転じるものと思って続航し,同時41分同船に避航の様子が見受けられず,適切な避航動作をとっていないことが明らかとなったが,更に接近すれば自船の進路を避けるものと思い,自船の操縦性能を考慮して針路,速力の保持義務から離れ,直ちに右転するなど衝突を避けるための動作をとらないまま進行した。
グ号は,14時42分C船長が衝突の危険を感じて右舵一杯を命じ,その船首が020度を向いたとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,源榮丸は,船首部及び球状船首部を圧壊したが,のち修理され,グ号は,左舷中央部外板に凹損を生じた。
(航法の適用)
本件は,岩手県宮古港北東方沖合において,南下中の源榮丸と北上中のグ号とが航行中に衝突したもので,いかなる航法が適用されるかについて検討する。
源榮丸は,グ号のレーダー映像を右舷前方に認め,グ号は,源榮丸を左舷前方に認めていたのであるから,海上衝突予防法第15条に規定する横切り船の航法が適用され,源榮丸が避航船となり,グ号が保持船となることは明らかである。
ところで,グ号は,総トン数90,876トン,長さ289.97メートルの巨大船で,その縦距が690メートル,180度右旋回するのに要する時間は5分17秒である。また,源榮丸は,総トン数138トン,長さ40.11メートルの小型船舶で,その縦距が船丈の3倍と見ても約120メートル,180度右旋回するのに要する時間は39秒である。
したがって,両船の操縦性能を比較すると源榮丸の方が遙かに勝っていることは明白である。
本件においては,源榮丸が原針路,原速力を保ったまま,衝突のおそれがある態勢で接近していたのであるから,同船がグ号を認識していないことは明らかであった。また,グ号は,衝突時の船首方位が020度であったことから,衝突する約1分前には舵を右舵一杯としていたのであり,同船が右に舵を切った時点での両船間の船間距離は約740メートルであったと認められる。それゆえ,グ号は,源榮丸と少なくとも1海里まで接近した時点で,針路,速力の保持義務の立場から離れ,直ちに右舵をとって同船との衝突を避けるための動作をとらなければならない場合であったと思料される。
したがって,上記理由により,保持船であるグ号に対しては,海上衝突予防法第17条第2項を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 源榮丸
(1)A受審人が,B指定海難関係人に対し,衝突のおそれがある態勢で接近する他船を認めた際,報告するよう指示しなかったこと
(2)B指定海難関係人が,操舵室のドアも窓も全て閉め切り,周囲の音が聞こえにくい状態にしていたこと
(3)B指定海難関係人が,衝突のおそれがある態勢で接近するグ号を認めた際,A受審人に報告しなかったこと
(4)B指定海難関係人が,後方を向いて水揚量の集計あたり,グ号の動静監視を行わなかったこと
(5)B指定海難関係人が,水揚量の集計を行う際,見張り員を昇橋させなかったこと
(6)B指定海難関係人が,アルパで最接近距離を表示させ,他船が接近した際,警報が鳴るように設定しておかなかったこと
2 グ号
(1)C船長が,衝突の約1分前に舵を右舵一杯に取ったこと
(2)C船長が右舵を取る時期を失したこと
(原因の考察)
(1)B指定海難関係人がレーダー画面にグ号の映像を認めた際,船首近くではあるが,自船の前方を替わるものと思い,その後,水揚げ量の集計にあたっていて同船の動静監視を行わなかったことは本件発生の原因となる。
(2)A受審人が自ら繰船の指揮が執れるよう,B指定海難関係人に対し,衝突のおそれがある態勢で接近する他船を認めたときには報告するよう指示しなかったこと,B指定海難関係人がA受審人に対し,グ号が針路を交差して衝突のおそれがある態勢で接近している旨を報告しなかったこと及びB指定海難関係人が水揚げの集計を行う際,見張り員を昇橋させなかったことはいずれも本件発生の原因となる。
(3)B指定海難関係人がアルパに最接近距離を表示させ,他船が接近した際,警報が鳴るように設定しておかなかったこと及び操舵室のドアや窓を閉め切り,周囲の音が聞こえにくい状態にしていたことは本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件事故と相当な因果関係があるとは認められない。
(4)C船長が,源榮丸が避航動作を取っていないことが明らかになった際,自船の操縦性能を考慮して針路,速力の保持義務から離れ,直ちに右転するなどの衝突を避けるための動作をとらなかったことは本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,岩手県宮古港北東方沖合において,両船が互いに針路を横切り,衝突のおそれがある態勢で接近中,第五源榮丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切るグ号の進路を避けなかったことによって発生したが,グ号が,動静監視不十分で,第五源榮丸が適切な避航動作を取っていないことが明らかになった際,右転するなど衝突を避けるための動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,青森県八戸港で出港作業を終え,無資格者に船橋当直を行わせて自室で休息する場合,いつでも自ら操船の指揮が執れるよう,他船の動静監視を十分に行ない,運航上危険を感じるような状況となったときには報告するよう指示すべき注意義務があった。しかるに,同人は,船橋当直者の当直経験が豊富であったので,当直を任せておいても大丈夫と思い,報告するように指示しなかった職務上の過失により,船橋当直者が動静監視を十分に行わないまま進行してグ号との衝突を招き,第五源榮丸の船首部及び球状船首部を圧壊させ,グ号左舷中央部外板に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が,岩手県宮古港北東方沖合を漁場に向けて南下中,前路に北上中のグ号のレーダー映像を認めた際,引き続き同船に対する動静監視を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,本件後,安全運航に努めている点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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