(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月12日06時08分
長崎県宇久島西方沖合
(北緯33度21.2分 東経128度48.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第2光栄丸 |
貨物船オーエスジー アルファ |
総トン数 |
4.9トン |
7,167トン |
全長 |
14.95メートル |
134.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
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5,107キロワット |
漁船法馬力数 |
90 |
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(2)設備及び性能等
ア 第2光栄丸
第2光栄丸(以下「光栄丸」という。)は,平成8年10月に進水したFRP製漁船で,船首楼の後端からほぼ船体中央部までが前部甲板で,その後方に長さ4.90メートルの船橋構造物を設け,同構造物の後方から船尾端までが長さ3.50メートルの後部甲板となっており,同甲板の両舷にそれぞれ2本の支柱を立てて甲板上高さ約2.1メートル船首尾方向約3メートル船幅方向約2.7メートルのオーニングが設置され,その下に甲板を照らす作業灯が2個取り付けられていた。
船橋構造物は,前部に船室が設けられてその後方が操舵室となっており,操舵室前面には,窓枠によって左右に2分割されたガラス窓を設けて各窓に旋回窓が取り付けられ,同窓の手前にある棚の上には,右舷側にレーダー及びGPSプロッターが,左舷側に自動操舵装置がそれぞれ備え付けられ,同棚下の中央に舵輪,右舷側に機関計器盤,サーチライト操作盤及び機関操縦装置があってその後方に背もたれの付いたいすが取り付けられ,いすの後方が操舵室の出入口となっていて,同室両舷上部はガラス窓となっていた。
航海速力は,機関回転数毎分1,700(以下,回転数については毎分のものを示す。),1,500及び1,400の速力がそれぞれ約22,17及び15ノットとなっていた。
イ オーエスジー アルファ
オーエスジー アルファ(以下「アルファ号」という。)は,平成6年に建造された船尾船橋型鋼製貨物船で,船橋楼最上部7階に操舵室が設けられていた。
操舵室は,中央部が6角形で,それに隣接してウイング部が両舷船幅の範囲まで設けられ,中央部には,前面中央に縦長のコンソールがあって手前から順に舵輪,ジャイロコンパス,船内電話及びVHF無線電話が設けられ,同コンソールの右舷側前部に1号レーダーが備え付けられ,同レーダーの右舷側に設けられた縦長のコンソールには,手前から順に主機操作盤,自動操舵装置及びバウスラスタ操作盤があって,同コンソール右舷側前部に2号レーダーが備え付けられ,その後方が海図室となっていた。
速力は,航海全速力,港内全速力,半速力,微速力及び極微速力がそれぞれ約14,12,9,6及び3ノットであった。
3 事実の経過
光栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.4メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年1月12日05時00分長崎県宇久島の古里漁港を発し,同島西方沖合約17海里の漁場に向かった。
発航後,A受審人は,航行中の動力船の灯火を掲げ,操舵室で操舵操船に当たって宇久島南西岸沿いに寺島瀬戸を通航したのち,05時23分五島白瀬灯台(以下「白瀬灯台」という。)から063度(真方位,以下同じ。)12.8海里の地点に達したとき,針路を漁場に向く292度に定めて自動操舵とし,機関を回転数1,500にかけ,17.0ノットの速力で,3海里レンジとしたレーダー画面に2海里の範囲を拡大表示させて宇久島西方沖合を西行した。
05時47分A受審人は,白瀬灯台から031度9.8海里の地点に達して操業予定地点まで約7海里になったとき,操業に備えて漁具の点検をすることにし,自動操舵のまま機関回転数を1,400に下げて速力を15.0ノットに減じ,オーニングに取り付けた作業灯を点灯して後部甲板上で漁具の点検を始め,その後,作業灯の明かりで肉眼による周囲の見張りが妨げられた状況下,時折,操舵室に戻ってレーダーを見たものの他船の映像を認めないまま,作業に当たって進行した。
05時58分A受審人は,白瀬灯台から015度9.7海里の地点に達して2海里の範囲を表示させたレーダーを見たとき,依然として他船の映像を認めなかったので,長距離レーダーレンジに切り替えて遠方の他船の存在を確かめないまま,前路には航行の支障となる他船はないものと思って,その後周囲の見張りを行わないで点検作業をしながら続航した。
こうして,A受審人は,06時00分白瀬灯台から012度9.8海里の地点に達したとき,右舷船首56度2.0海里のところに,白,紅2灯を掲げるアルファ号が存在したが,依然として前路には航行の支障となる他船はないものと思い,右舷前方の見張りを十分に行うことなく,アルファ号の存在にも,その後同船が前路を左方に横切り,衝突のおそれがある態勢で接近することにも気付かず,右転するなどして同船の進路を避けないで,漁具の点検をしながら進行中,突然衝撃を感じ,光栄丸は,06時08分白瀬灯台から001度10.3海里の地点において,原針路及び15.0ノットの速力のまま,その船首が,アルファ号の左舷側船体後部に,後方から63度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力5の北東風が吹き,視界は良好であった。
A受審人は,とっさに機関を中立として間もなく,自船の船体右舷側を擦りながら航過したアルファ号の船影を認めて衝突したことを知り,船首部に浸水がないことを確かめたのち,自力航行して宇久島の神の浦漁港に入港し,衝突したことを海上保安部に報告した。
また,アルファ号は,船長B,一等航海士(以下「一航士」という。)Cほか17人が乗り組み,コンテナ貨物約4,000トンを載せ,船首5.0メートル船尾6.8メートルの喫水をもって,1月11日16時55分山口県徳山下松港を発し,中華人民共和国香港に向かった。
発航後,B船長は,航海中の船橋当直を4時間交替の3直制とし,00時から04時まで及び12時から16時までを二等航海士(以下「二航士」という。),04時から08時まで及び16時から20時までをC一航士,08時から12時まで及び20時から24時までを三等航海士(以下「三航士」という。)にそれぞれ当たらせ,各直に操舵手1人を配置して2人で当直を行わせ,狭水道通航時や視界制限時には昇橋して運航の指揮を執るようにし,航行中の動力船の灯火を掲げ,自ら運航の指揮を執って関門海峡を通航したのち,響灘を長崎県壱岐島北岸沖合に向けて西行した。そして,翌12日00時00分筑前大島灯台から300度9.6海里の地点に達したとき,当直を二航士に委ねて降橋し,自室で休息した。
C一航士は,同日04時00分若宮灯台から243度24.6海里の地点で,二航士から船橋当直を引き継ぎ,針路を229度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,14.1ノットの速力で,レーダー2台を作動させて操舵手を肉眼による見張りに当たらせ,自らは2号レーダーの後方に立った姿勢で当直に当たり,その後,自船付近に他船のレーダー映像を認めないまま,壱岐島西方沖合を宇久島西方沖合に向けて南下した。
06時00分C一航士は,白瀬灯台から008度11.7海里の地点に達したとき,左舷船首61度2.0海里のところに,白,緑2灯を掲げる光栄丸が存在したが,前路には航行に支障のある他船はないものと思い,左舷前方の見張りを十分に行うことなく,光栄丸の存在に気付かず,GPSに表示された船位を海図に記入することにし,そのとき,6海里レンジとした2号レーダーを一見したものの,光栄丸の映像を見落としたまま,すぐに海図室に入って船位の記入を始めた。
C一航士は,間もなく海図作業を終え,その後2号レーダーの後方で当直を続けたが,操舵手から何の報告も得られないまま,依然として左舷前方の見張りを行っていなかったので,光栄丸が存在することも,同船が前路を右方に横切り,衝突のおそれがある態勢で接近することにも気付かないで,宇久島西方沖合を進行した。
こうして,C一航士は,06時04分白瀬灯台から005度11.0海里の地点に達して光栄丸との距離が1.0海里となっても,同船に避航の気配が認められないまま互いに接近したが,警告信号を行わず,その後同船が間近に接近しても衝突を避けるための協力動作をとらずに続航中,アルファ号は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,光栄丸は,船首部を圧壊,右舷側船体前部及び同中央部から後部に擦過傷並びにオーニング右舷側支柱に損傷を生じ,アルファ号は,左舷側船体後部外板に擦過傷を生じた。
アルファ号は,C一航士が衝突したことに気付かないまま当直を終え,その後,同日14時ごろ飛来した海上保安庁の航空機から問い合わせを受け,船橋当直中の二航士が06時前後の船位及び針路などを報告して航海を続け,越えて同月20日,鹿児島県志布志港入港時に来船した海上保安官により船体に付着した光栄丸の船体塗料が採取され,鑑定の結果,同船と衝突したことが立証された。
(航法の適用)
本件は,西行する光栄丸と南下するアルファ号とが長崎県宇久島西方沖合の海域において衝突した事件であり,衝突地点付近の海域には港則法など特別法の適用がないので,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
海上衝突予防法は,2隻の動力船が互いに進路を横切り衝突のおそれがあるときは,他の動力船を右舷側に見る動力船は,当該他の動力船の進路を避けなければならず,その際,当該他の動力船は,針路・速力を保持し,当該進路を避けなければならない船舶の動作のみで衝突を避けられないときは,衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならないと規定している。
さらに,海上衝突予防法は,他の船舶の視野の内にある船舶が互いに接近する場合において,他の船舶が衝突を避けるために十分な動作をとっていることについて疑いがあるときは,直ちに汽笛により急速に短音を5回以上鳴らすことにより警告信号を行わなければならないと規定している。
本件の場合,光栄丸とアルファ号の両船は,ともに動力船であるから,特段の理由がない限り,アルファ号を右舷側に見る光栄丸が避航義務を負うこととなり,アルファ号は針路・速力の保持,警告信号及び最善の協力動作の履行義務を負うこととなる。
ところで,本件発生地点は,宇久島西南西方沖合にある白瀬及び杓子岩と称する険礁まで約14海里離れており,他に航行の支障となる何の障害物も存在しない。
また,当時,視界は良好で,付近の海域には両船の運航に関係する船舶はなかった。
そのため,光栄丸が避航義務を,また,アルファ号が針路・速力の保持,警告信号及び最善の協力動作履行の各義務を果たすのに何の制約もなかったものと解される。
一方,両船は,衝突のおそれがある態勢で接近し始めてから衝突に至るまでの間に,それぞれの義務を履行するのに十分な時間的,距離的な余裕があったものと認められる。
したがって,本件は,海上衝突予防法第15条横切り船の航法及び同法第17条保持船の義務並びに同法第34条警告信号を排斥する特段の理由がなく,前示各条によって律するのが相当と認める。
(本件発生に至る事由)
1 光栄丸
(1)A受審人が航行中,後部甲板上で漁具の点検を開始したこと
(2)A受審人が作業中,点灯した作業灯の明かりで肉眼による見張りが妨げられた状況であったこと
(3)A受審人が長距離レーダーレンジに切り替えて遠方の他船の存在を確かめなかったこと
(4)A受審人が前路には航行の支障となる他船はないとの認識をもっていたこと
(5)A受審人が右舷前方の見張りを十分に行っていなかったこと
(6)A受審人がアルファ号の進路を避けなかったこと
2 アルファ号
(1)当直航海士が前路には航行の支障となる他船はないとの認識をもっていたこと
(2)当直航海士が左舷前方の見張りを十分に行っていなかったこと
(3)当直航海士が警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
3 気象等
本件発生当時,夜間であったこと
(原因の考察)
本件衝突は,夜間,光栄丸の船長が,見張り不十分で,アルファ号の存在に気付かず,その進路を避けないで進行したことによって発生したものである。一方,アルファ号の当直航海士が,見張り不十分で,避航の気配が認められないまま接近する光栄丸に対し,警告信号を行わず,光栄丸と間近に接近して避航船である同船の動作のみでは衝突を避けることができない状況となった際,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも衝突の原因となる。
したがって,A受審人が,見張り不十分で,アルファ号の進路を避けなかったこと及びアルファ号の当直航海士が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,航行中,後部甲板上で漁具の点検を開始したこと,長距離レーダーレンジに切り替えて遠方の他船の存在を確かめなかったこと,前路には航行の支障となる他船はないとの認識をもっていたこと,当時,夜間であったことから,点灯した作業灯の明かりで肉眼による見張りが妨げられた状況であったこと及びアルファ号の当直航海士が,前路には航行の支障となる他船はないとの認識をもっていたことについては,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件結果と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,長崎県宇久島西方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,西行する光栄丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切るアルファ号の進路を避けなかったことによって発生したが,南下するアルファ号が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,漁場に向けて長崎県宇久島西方沖合を西行する場合,前路を左方に横切る態勢で接近するアルファ号を見落とすことのないよう,右舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,前路には航行の支障となる他船はないものと思い,後部甲板上で漁具の点検作業に当たったまま,右舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近するアルファ号の存在に気付かず,右転するなどして同船を避けずに進行して衝突を招き,光栄丸の船首部を圧壊,右舷側船体前部及び同中央部から後部に擦過傷並びにオーニング右舷側支柱に損傷を生じさせ,アルファ号の左舷側船体後部外板に擦過傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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