(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月10日08時45分
鹿児島港
2 船舶の要目
船種船名 |
作業船第二翔得丸 |
モーターボート英丸 |
全長 |
12.35メートル |
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登録長 |
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7.29メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
213キロワット |
47キロワット |
3 事実の経過
第二翔得丸(以下「翔得丸」という。)は,主として潜水作業に従事するFRP製作業船で,平成6年1月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したA受審人ほか1人が乗り組み,回航の目的で,船首0.6メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年6月10日05時30分鹿児島県宮之浦港を発し,鹿児島港谷山区に向かった。
ところで,A受審人は,平素,船体ほぼ中央部に設けられた操舵室の船横方向に渡した板に座った姿勢で,約20ノットの速力で航走すると,船首が浮上して船首方両舷にわたって約18度の範囲に死角を生じることから,船首を左右に振ったり,身体を左右に移動させるなどして死角を補う見張りを行っていた。
A受審人は,08時03分知林島灯台から105度(真方位,以下同じ。)980メートルの地点で,針路を329度に定め,引き続き機関を全速力前進に掛け,20.0ノットの対地速力で,渡し板に座ったまま見張りにあたり,手動操舵により進行した。そして,同時42分半鹿児島港谷山2区南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から142度2,100メートルの地点に至ったとき,正船首わずか左方1.2海里ばかりのところに,谷山南防波堤の北側から出航する油送船を初めて認め,同船の動静を監視しながら続航した。
08時43分半A受審人は,南防波堤灯台から139度1,520メートルの地点に達したとき,正船首930メートルのところに,船首を北東に向け,黒色球形形象物を掲げて錨泊している英丸を視認することができたが,出航する油送船の動静に気をとられ,船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかったので,英丸を認めなかった。
A受審人は,英丸に向かって衝突のおそれがある態勢で更に接近したが,依然として死角を補う見張りを十分に行わず,右転するなどして同船を避けないまま,同じ針路及び速力で続航中,翔得丸は,08時45分南防波堤灯台から125度600メートルの地点において,その船首が,英丸の右舷船首に後方から76度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力1の北東風が吹き,潮候は上げ潮の初期であった。
また,英丸は,船体中央部やや後方に操舵室が設けられた,FRP製プレジャーモーターボートで,昭和57年12月に四級小型船舶操縦士の免許を取得したB受審人が1人で乗り組み,魚釣りの目的で,船首0.20メートル船尾0.35メートルの喫水をもって,平成16年6月10日08時15分鹿児島港谷山区を発し,南防波堤灯台南東方の釣り場に向かった。
ところで,B受審人は,発航するにあたって,英丸に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
B受審人は,08時30分水深約30メートルの前示衝突地点付近に至って重さ8キログラムの錨を投入し,錨索を60メートルばかり延出して機関を停止し,黒色球形形象物を船尾のポールに,白地に赤色で漁と書かれた旗を船首部右舷側にそれぞれ掲げ,船尾部右舷側のさぶたに座り,左右舷に釣竿を各一本出して魚釣りを始めたものの,錨泊地点は,鹿児島港谷山区に入出航する船舶が通航する海域であって,他船の接近に十分注意を要するところであった。
08時43分半B受審人は,船首が045度を向いていたとき,右舷船尾76度930メートルのところに,自船に向かって接近する翔得丸を初認し,その後,避航の気配をみせないまま,衝突のおそれがある態勢で500メートルまで接近したことを認めたが,いずれ錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,音響信号の不装備で,避航を促すための音響信号を行うことも,更に間近に接近したとき,機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとることもしなかった。
英丸は,045度に向首して錨泊中,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,英丸は,船首を左方に押されて左回頭し,その右舷後部と翔得丸の左舷後部とが再度衝突し,翔得丸は左舷後部外板に亀裂を,英丸は船首部に破口を伴う凹損を,それぞれ生じ,B受審人が頚椎捻挫等を負った。
(原因)
本件衝突は,鹿児島港において,同港谷山区に向け入航中の翔得丸が,見張り不十分で,前路で錨泊中の英丸を避けなかったことによって発生したが,英丸が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず,避航を促すための音響信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,鹿児島港において,同港谷山区に向けて入航する場合,船首方に死角を生じていることを知っていたのであるから,前路に存在する他船を見落とすことのないよう,船首を左右に振ったり,身体を左右に移動させるなどして,船首方の死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同区から出航する油送船を認めて同船の動静監視をすることに気をとられ,同死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で錨泊中の英丸に気付かず,同船を避けずに進行して衝突を招き,翔得丸の左舷後部外板に亀裂を,英丸の船首部に破口を伴う凹損をそれぞれ生じさせ,B受審人に頚椎捻挫等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
B受審人は,鹿児島港において,谷山南防波堤入口付近で魚釣りをしながら錨泊中,自船に向首して避航の気配をみせないまま,衝突のおそれがある態勢で接近する翔得丸を認めた場合,音響信号不装備で,避航を促すための音響信号を行うことができなかったのであるから,機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,自船が錨泊しているので,航行中の翔得丸が避けてくれるものと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,錨泊を続けて同船との衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。