日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  衝突事件一覧 >  事件





平成16年門審第134号
件名

漁船富榮丸漁船大政丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年4月7日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(清重隆彦,千手末年,上田英夫)

理事官
島友二郎

受審人
A 職名:富榮丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:富榮丸甲板員
受審人
C 職名:大政丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
富榮丸・・・船首部に擦過傷
大政丸・・・左舷中央部外板に破口,船長が3箇月の入院加療を要する頸部及び腰部捻挫等の負傷

原因
富榮丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
大政丸・・・見張り不十分,警告信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,富榮丸が,見張り不十分で,いか一本釣り漁を操業して漂泊中の大政丸を避けなかったことによって発生したが,大政丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Cを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月15日23時00分
 博多港北方沖合の玄界灘
 (北緯33度58.8分 東経130度07.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船富榮丸 漁船大政丸
総トン数 19トン 4.97トン
登録長 17.57メートル 10.69メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 481キロワット  
漁船法馬力数   90
(2)設備及び性能等
ア 富榮丸
 富榮丸は,昭和63年6月に進水したはえなわ漁に従事するFRP製漁船で,船体中央部に機関室及び操舵室を,船首部及び船尾部にそれぞれマストを有する構造で,操舵室前部左舷側にレーダー,同部中央にGPSプロッタ,同部中央やや右舷寄りに舵輪,同部右舷側に機関の遠隔操縦装置及び同室後部に魚群探知機をそれぞれ備え,同室の後部に船長用寝台が配置されていた。そして,係留中のときでも,操舵室に立って前方を見ると,船体構造上片舷各5度の範囲に死角を生じていたので,同室中央部天井に開口部が設けられ,高さ約1メートルの踏み台が備えられていた。
イ 大政丸
 大政丸は,昭和53年9月に進水したいか一本釣り漁に従事するFRP製漁船で,船体中央部やや後方に機関室及び操舵室を,船体前部及び操舵室上部にそれぞれマストを有する構造で,操舵室にフード付のレーダー,GPSプロッタ及び魚群探知機をそれぞれ備え,船首から船尾にかけて2キロワットの集魚灯1個,3キロワットの集魚灯8個及び2キロワットの集魚灯2個が1列に配置され,右舷側に2台,左舷側に1台の自動いか釣り機がそれぞれ設置されていた。そして,操業中は直径12メートルのパラシュート形シーアンカーを船首から投入していた。

3 事実の経過
 富榮丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み,平成16年6月9日19時00分山口県萩漁港を発し,長崎県対馬東方沖合の漁場に向かい,翌10日漁場に到着して操業を開始し,途中2日間台風避難のために対馬豆酘湾で錨泊したのち,再び操業に従事し,あまだいなど約300キログラムを漁獲したところで操業を終え,水揚げの目的で,船首1.0メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,同月15日18時30分北緯34度34.2分東経129度48.0分の地点を発進し,福岡県博多漁港に向かった。
 発進後,A受審人は,乗組員に甲板上の片付けを命じて自らが船橋当直に就き,針路を160度(真方位,以下同じ。)に定め,機関回転数を毎分1,000に掛けて9.5ノットの対地速力とし,法定の灯火を表示して自動操舵で進行した。そして,19時30分夕食をとるため食事交代要員の甲板員に同当直を任せて降橋した。
 ところで,A受審人は,船首方に死角を生じることを知っていたので,平素,踏み台の上に立って操舵室中央部天井に設けられた開口部から顔を出すなどして,船首方の死角を補う見張りを行っていた。
 20時ごろA受審人は,夕食を終えて昇橋したとき,次直のB指定海難関係人が入直していることを知り,同指定海難関係人に船橋当直を任せることとしたが,同指定海難関係人が豊富な船橋当直の経験を持っているので,改めて指示することはあるまいと思い,踏み台の上に立って操舵室上部の開口部から顔を出すなどして船首方の死角を補う見張りを十分に行うよう指示することなく,同室後部の船長用寝台に入り休息した。
 一方,B指定海難関係人は,20時00分沖ノ島灯台北西方14海里ばかりの地点で昇橋し,A受審人の食事交代で当直していた甲板員から船橋当直を引き継ぎ,単独で同当直に就いて同じ針路及び速力で,操舵室右舷側に立って見張りに当たって続航した。
 22時57分B指定海難関係人は,小呂島港西2号防波堤灯台(以下「小呂島灯台」という。)から031度8.7海里の地点に達したとき,正船首方880メートルのところに,集魚灯を点灯している大政丸を視認でき,その後,同船がほとんど移動していないことや,集魚灯の点灯模様から,いか一本釣り漁を操業して漂泊中であることが分かり,同船に衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,船首死角の外側に集魚灯の光芒のみを認めていたものの,まだ距離があるものと思い,踏み台に上がり,天井開口部から顔を出すなどして,船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかったので,この状況に気付かなかった。
 富榮丸は,同じ針路及び速力で進行中,23時少し前昇橋してB指定海難関係人から船橋当直を引き継いだA受審人が,前方が明るくなっていることに気付き,踏み台に上がって天井開口部から顔を出したところ,前方至近に大政丸を認め,急ぎ,機関を全速力後進に掛けたが,効なく,23時00分小呂島灯台から033度8.5海里の地点において,原針路のまま,約4.0ノットの対地速力で,その船首が大政丸の左舷中央部に直角に衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好であった。
 また,大政丸は,C受審人が単独で乗り組み,船首0.18メートル船尾0.90メートルの喫水をもって,同月15日14時00分博多港を発し,小呂島北東方の漁場に向かい,16時40分同漁場に至り,いか釣り場所の確保の目的で,小呂島灯台から042度10.0海里の地点で錨泊を開始した。
 C受審人は,18時30分錨泊地点で,錨に替えてシーアンカーを船首から投入し,30メートルばかりの同アンカー用合成繊維索を延出して漂泊に切り替え,19時30分機関を停止回転とし,2キロワットと3キロワットの集魚灯11個と操舵室上部のマストに黄色回転灯とを掲げ,両舷の自動いか釣り機3台を使用していか一本釣り漁を始めた。
 22時57分C受審人は,小呂島灯台から033度8.5海里の地点で,070度に向首していたとき,左舷正横880メートルのところに富榮丸の白,紅及び緑の3灯を視認でき,その後,同船が方位に変化がないまま,衝突のおそれがある態勢で接近したが,前部甲板左舷側で漁獲したいかの整理作業に夢中になり,周囲の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,警告信号を行わず,更に接近するに及んで機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとらなかった。
 大政丸は,同じ態勢で漂泊中,23時少し前C受審人が富榮丸の機関音を聞いて左舷方至近に迫った同船を初めて認め,ステンレス製のバケツを叩いたが,効なく,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,富榮丸は船首部に擦過傷を生じ,大政丸は左舷中央部外板に破口を生じて機関室に浸水し,僚船によって博多港に引き付けられ,のち修理された。また,C受審人が3箇月の入院加療を要する頸部及び腰部捻挫等を負った。

(航法の適用)
 本件は,夜間,博多港北方沖合の玄界灘において,航行中の富榮丸と船首からシーアンカーを投入して集魚灯11個等を点灯し,3台の自動いか釣り機を使用していか一本釣り漁を操業して漂泊中の大政丸とが衝突したもので,同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 海上衝突予防法上,漂泊中の船舶は航行中の船舶の範疇にあり,両船の関係について個別に規定した条文はないから,同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 富榮丸
(1)同船が船首方に死角を生じる構造であったこと
(2)A受審人が無資格の船橋当直者に対し,船首方の死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかったこと
(3)B指定海難関係人が船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)富榮丸が大政丸を避けなかったこと

2 大政丸
(1)集魚灯を点灯していたこと
(2)C受審人がいかの整理作業に夢中になり周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(3)C受審人が警告信号を行わなかったこと
(4)C受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
1 富榮丸
 富榮丸が,適切な見張りを行っていれば,大政丸を早期に視認して漂泊中の船舶と認め,同船を避けることができたのであるから,富榮丸の船橋当直者が適切な見張りを行わなかったこと,大政丸を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,船首方に死角を生じていたことを知っていたのであるから,無資格の船橋当直者に対し,船首方の死角を補う見張りを十分に行うよう指示していれば,同当直者が同死角を補う見張りを十分に行い,前路でいか一本釣り漁を操業して漂泊中の大政丸に気付き,同船を避ける措置をとっていたと思われるので,同受審人が無資格の船橋当直者に対し,船首方の死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
 船首方に死角を生ずる構造であったことについては,その死角を補う見張りを行うことができたのであるから,本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。しかし,このことは,海難防止の観点から,是正すべき事項である。

2 大政丸
 大政丸が,適切な見張りを行っていたなら,余裕のある時機に富榮丸を視認することができ,同船が衝突のおそれがある態勢で接近していることを認め,避航を促すための警告信号を行い,更に,同船に避航の気配が認められないとき,衝突を避けるための措置をとっていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。従って,C受審人が,漁獲したいかの整理作業に夢中になり周囲の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 C受審人が,富榮丸を早期に認め,警告信号により,自船の存在を知らせることができたならば,B指定海難関係人が大政丸に気付き同船を避航することができた。また,同受審人が,富榮丸が避航の気配を見せないまま接近するのを認めた場合,機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとることができたと考えられるので,避航を促すための警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 集魚灯を点灯していたことは,いか一本釣り漁を操業するうえで不可欠なものであり,幾分周囲の見張りの妨げとなったが,1,000メートルぐらいは視認可能であったことから,適切な見張りの妨げとなったとは認められず,本件発生の原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,博多港北方沖合の玄界灘において,博多漁港に向け南下する富榮丸が,見張り不十分で,前路でいか一本釣り漁を操業して漂泊中の大政丸を避けなかったことによって発生したが,大政丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 富榮丸の運航が適切でなかったのは,船長が,無資格の船橋当直者に対し,船首方の死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかったことと,同当直者が,船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,夜間,博多港北方沖合の玄界灘において,博多漁港に向け南下中,無資格の船橋当直者に同当直を委ねる場合,船首方に死角を生じていたのであるから,踏み台の上に立って操舵室上部の開口部から顔を出すなどして同死角を補う見張りを十分に行うよう,指示すべき注意義務があった。しかるに,同人は,同当直者が豊富な船橋当直の経験を持っているので,改めて指示することはあるまいと思い,船首方の死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により,無資格の船橋当直者が船首方の死角を補う見張りを十分に行わず,前路でいか一本釣り漁を操業して漂泊中の大政丸に気付かず,同船を避けずに進行して衝突を招き,自船の船首部に擦過傷を,大政丸の左舷中央部外板に破口を生じて機関室に浸水させるとともに,C受審人に3箇月の入院加療を要する頸部及び腰部挫傷等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は,夜間,博多港北方沖合の玄界灘において,いか一本釣り漁の操業でシーアンカーを投入して漂泊する場合,衝突のおそれがある態勢で接近する富榮丸を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁獲したいかの整理作業に夢中になり,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近する富榮丸に気付かず,警告信号を行わず,更に接近するに及んで機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとらずに漂泊を続けて同船との衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 勧告

 B指定海難関係人が,船首方の死角を補う見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION