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平成16年神審第124号
件名

漁船共幸丸漁船冨美丸衝突事件
第二審請求者〔理事官 宮川尚一〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年4月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎,中井 勤,横須賀勇一)

理事官
堀川康基

受審人
A 職名:共幸丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:冨美丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(履歴限定)
指定海難関係人
C 職名:冨美丸機関長兼漁労長

損害
共幸丸・・・船首部に凹損,
冨美丸・・・左舷中央部外板及び船橋左舷後部を圧壊

原因
共幸丸・・・動静監視不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(主因)
冨美丸・・・警告信号不履行(一因)

主文

 本件衝突は,駆け廻し式沖合底曳漁業の操業海域で,投綱中の共幸丸が,動静監視不十分で,曳網中の冨美丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,冨美丸が,警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月20日14時00分
 兵庫県猫埼北方沖合
 (北緯35度48.6分 東経134度47.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船共幸丸 漁船冨美丸
総トン数 95トン 95トン
登録長 29.88メートル 29.88メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 669キロワット 669キロワット
(2)設備及び性能等
ア 共幸丸
 共幸丸は,平成9年5月に進水した沖合底曳漁業といか釣り漁業に従事する船首船橋型の鋼製漁船で,船橋にレーダー2台,GPSプロッター1台,魚群探知機1台,無線設備などを装備し,上部船橋にモーターホーンとエアーホーンをそれぞれ1基ずつ設置していた。
 海上試運転における旋回力試験で,左右それぞれの360度旋回所要時間は1分ほどで,旋回径は全長の1.5倍という結果であった。
イ 冨美丸
 冨美丸は,共幸丸と同じ造船所で作られた同型の鋼製漁船で,平成9年9月に進水し,沖合底曳網漁業といか釣り漁業に従事しており,船橋に共幸丸と同様の設備を有し,上部船橋にはエアーホーンが1基設置されていた。
 冨美丸の旋回性能も共幸丸と同様であった。

3 操業方法
 共幸丸と冨美丸の操業方法は,僚船が共通に実施しているもので,駆け廻し式沖合底曳漁業と呼ばれ,次のとおり実施されていた。
(1)船橋からの操作で標識樽を遠隔投入する。
(2)反時計回りに全速力前進で航走しながら標識樽に連結された左舷側曳き綱を繰り出し投入していく。
(3)左舷側曳き綱のほぼ半分が出る0.5海里ほど航走したところで後部甲板の作業者からの合図を受けて90度左転(以下「片折れ」という。)を行う。
(4)左舷側曳き綱が出終わるころ,主機を停止して惰力で進行しながら,同曳き綱に連結された網を投入する。
(5)網を投入しながら左転した後,再度全速力前進とし,網に連結された右舷側曳き綱を繰り出し,ほぼ半分の綱が出たところで,片折れして標識樽に向かい,これを回収する。
(6)その後1.0ノットの速力で進行しながら網を曳く寄せ漕ぎを行い,網を巻き取り,船尾から揚網する。

 同一漁場で操業する漁船の寄せ漕ぎの曳網針路は,等深線の状況などからほぼ決まっており,本件発生時は100度(真方位,以下同じ。)となっていた。
 1回の操業時間は,標識樽投入から回収まで約15分,寄せ漕ぎに約80分,曳き綱の巻き取りから揚網まで約20分の計115分くらいであった。

4 事実の経過
 共幸丸は,A受審人ほか8人が乗り組み,マツバガニとホタルイカ漁の目的で,船首1.85メートル船尾3.75メートルの喫水をもって,平成16年3月19日10時00分兵庫県諸寄漁港を発し,同港北東方の漁場に至り操業を開始した。
 A受審人は,30隻ほどの僚船とともに昼間はホタルイカ漁を,夜間はマツバガニ漁を繰り返しながら,漁場で一晩操業して,翌20日夜明けからホタルイカ漁を再開した。
 13時30分ごろA受審人は,西の漁場から移動してきた冨美丸と漁業無線で交信を行って,同船が付近海域で操業を開始することを知った。
 ここで,両船の動きを明確に表すために,便宜上,猫埼灯台から007度(真方位,以下同じ。)8.0海里の地点を基点と定めることとする。
 13時48分半A受審人は,基点から058度1,260メートルの地点で,今航海の第11回目の投樽をして操業を開始することとし,周囲を確認すると,左舷船首67度1,700メートルのところに投綱中の冨美丸を認めたが,一瞥して冨美丸と自船との間には自船が曳き綱と網を投入する海域が確保できているものと考え,その後冨美丸の動静監視を十分に行わなかった。
 13時49分A受審人は,基点から051度1,280メートルの地点に達したとき,標識樽を投入し,自動操舵により針路を325度,機関を全速力前進の8.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし,操舵室後方にあるカメラモニターで後部甲板での作業の進行を監視しながら,左舷側曳き綱を繰り出して操業を開始した。
 そうして,前述の操業方法で,片折れ及び網の投入などを行ったのち,13時58分A受審人は,基点から346度1,000メートルの地点に至ったとき,機関を再度全速力前進とし,針路を145度,速力を8.5ノットとして進行した。
 このとき,船首方やや右舷500メートルのところに冨美丸が1.0ノットの速力をもって100度の針路で寄せ漕ぎしていたので,共幸丸がそのままの針路及び速力で進行すれば,冨美丸と衝突のおそれが生じることとなるが,A受審人はカメラモニターでの後部甲板の監視に集中しており,依然として同船の動静監視を十分に行わなかったので,このことに気付かず,直ちに片折れするなど衝突を避けるための措置をとることなく続航した。
 14時00分少し前A受審人は,漁業無線で冨美丸から自分への呼びかけを聴いたので,モニターから目を離して船首方を振り返ったとき,船首至近に冨美丸の船体を認めて同船との衝突の危険に気付き,左舵一杯,全速力後進としたものの効なく,14時00分基点から007度560メートル,猫埼灯台から007度8.3海里の地点において,共幸丸の船首が140度に向いたとき,原速力のまま冨美丸の左舷中央部外板に後方から40度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力3の南東風が吹き,視界は良好であった。
 また,冨美丸は,B受審人及びC指定海難関係人ほか6人が乗り組み,マツバガニ,ホタルイカ,アカガレイ漁などの目的で,船首1.20メートル船尾3.50メートルの喫水をもって,3月19日08時ごろ兵庫県浜坂漁港を発し,同港北方10海里の漁場に至り,操業を開始し,翌20日11時30分同漁場の東方の漁場に移動することとした。
 ところで,冨美丸では,通常,B受審人とC指定海難関係人が船橋に詰めており,その職務の分担は,B受審人が操船・船橋当直などに当たり,C指定海難関係人が操業中における全般の指揮をとっていた。B受審人は,漁労長の業務をC指定海難関係人に習う必要があったことから同人への遠慮もあり,接近する他船を認めた場合,自分にその旨報告することを船長として十分に指示していなかった。
 13時30分ごろB受審人は,C指定海難関係人とともに在橋して,猫埼灯台北方の漁場に至って,漁業無線で共幸丸と連絡をとり,同漁場で操業を開始することを伝えたうえで,13時35分ごろ標識樽を投入して前述の操業手順で曳き綱と網を繰り出していった。
 13時48分半B受審人は,基点から300度700メートルの地点を針路055度,速力10.0ノットで投綱しながら通過し,13時50分基点から339度640メートルの地点で針路を100度,速力を1.0ノットとして寄せ漕ぎを開始して進行した。
 寄せ漕ぎを開始する直前,B受審人は右舷船首14度1,150メートルのところに操業を開始しようとする共幸丸を視認したが,近場で他船が操業することはよく行われていたので,特に気に留めなかった。
 寄せ漕ぎ開始後,B受審人とC指定海難関係人は,食事をとるため後部甲板に降り,船橋を無人とした。
 13時54分C指定海難関係人は,基点から348度600メートルの地点で食事を終えて一人で船橋に戻り,船橋当直に当たったが,このとき,左舷船首84度800メートルのところで共幸丸が南西方向に投綱しているのを認め,その動静を監視しながら続航した。
 13時58分C指定海難関係人は,基点から001度560メートルの地点で左舷船尾50度500メートルのところに投網を終えた共幸丸が自船に向けて衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めていたが,事前に無線で連絡をとっていたことなどから,自船が共幸丸の前方に存在することを知っており,いずれ片折れするものと考え,B受審人に報告しなかった。一方,後部甲板にいたB受審人は,報告を受けていなかったので,このことに気付かず,警告信号を吹鳴することができなかった。
 冨美丸は,同じ針路速力で進行中,14時00分少し前,至近に迫った共幸丸に衝突の危険を感じ,無線で呼びかけたが,寄せ漕ぎ中のためどうすることもできず,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,共幸丸は船首部に凹損を生じたうえ,後進した際,自船の曳き綱をプロペラに絡め航行不能となり,僚船により浜坂漁港に曳航され,冨美丸は左舷中央部外板及び船橋左舷後部を圧壊するに至ったが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)

 本件は,兵庫県猫埼北方海域で,どちらも操業中の2漁船が衝突した事件である。同海域は港則法も海上交通安全法も適用されない海域なので,海上衝突予防法の規定が適用されることになる。
 本件が発生した海域は,多くの漁船が操業する漁場で,それらの漁船は同一の漁法と操業手順を採用し,個々の操縦性能が制限されたり,解除されたりして刻々変化するうえ,相互の曳網針路が重ならないよう基準針路を決め,必要に応じて漁船同士が漁業無線で連絡を取り合っていたものの,標識樽の投入,片折れ,網の投入などのタイミングについては個々の漁船ごとに判断されている特殊な状況の下にあった。
 衝突の2分前に共幸丸が投綱中に左転し,全速力前進に戻して,低速で曳網する冨美丸の左舷後方から同船に接近する態勢となっているが,前示の状況を考慮すると,各種船間の航法,追い越し船の航法,前路進出などを採用する余地はなく,船員の常務を適用して律するのが適当である。

(本件発生に至る事由)

1 共幸丸
(1)A受審人が,曳網中の冨美丸を左舷方に確認した後,同船の動静監視を十分に行わなかったこと
(2)A受審人が,曳網中の冨美丸との距離を十分に確認しないまま投綱を開始したこと
(3)A受審人が,冨美丸との衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 冨美丸
(1)B受審人が,C指定海難関係人に対して,接近する他船を認めたときには自分に報告するよう十分指示していなかったこと
(2)C指定海難関係人が,衝突のおそれのある態勢での共幸丸の接近を認めていたのに,B受審人に報告しなかったこと
(3)B受審人が前示報告を受けなかったので警告信号を吹鳴することができなかったこと

(原因の考察)
 本件衝突は,共幸丸が冨美丸の動静監視を十分に行っておれば,船首右舷方に存在する冨美丸に気付いて,片折れを早めに実施するなどして,同船との衝突を避けるための措置をとることができ,一方冨美丸は,曳網中のため,衝突を避けるための措置をとることができなかったものの,早期に警告信号を吹鳴していれば,共幸丸に自船の存在を認めさせることができ,衝突を避けるための措置をとらせることが可能であった。
 したがって,共幸丸が動静監視不十分で,冨美丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことと,冨美丸が,警告信号を行わなかったことは本件発生の原因となる。
 また,冨美丸において,船長が漁労長に対して接近する他船を認めたときの報告について十分指示をし,漁労長が報告を行っておれば,冨美丸が警告信号を行うことが可能であった。
 したがって,冨美丸において,船長が漁労長に対して接近する他船を認めたときの報告を十分指示しなかったことと,漁労長が報告を行わなかったことも本件発生の原因となる。
 A受審人が,曳網中の冨美丸との距離を十分に確認しないまま投綱を開始したことは,本件発生に至る過程で関与した事実ではあるが,2度目の片折れを早めに開始するなどすれば,衝突を回避することができたのであるから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は,兵庫県猫埼北方の駆け廻し式沖合底曳漁業の操業海域において,投綱中の共幸丸が,動静監視不十分で,曳網中の冨美丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことにより発生したが,冨美丸が警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 冨美丸の運航が適切でなかったのは,船長が,漁労長に対して接近する他船を認めたときの報告について十分に指示をしなかったことと,漁労長が同報告をしなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,兵庫県猫埼北方の駆け廻し式沖合底曳漁業の操業海域において,僚船と接近して操業を行う場合,付近で操業する他船との衝突のおそれの有無を判断できるよう,動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,カメラモニターでの後部甲板の監視に集中して,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,前方で寄せ漕ぎ中の冨美丸に気付かず,直ちに片折れするなど同船との衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き,共幸丸の船首部に凹損を生じさせ,冨美丸の左舷中央部外板及び船橋左舷後部を圧壊させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,兵庫県猫埼北方の駆け廻し式沖合底曳漁業の操業海域において,昼食のため船橋当直をC指定海難関係人に行わせる場合,接近する他船を認めたときには,自ら操船指揮をとることができるように,その旨報告するよう十分に指示すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,漁労長業務を習う必要があったC指定海難関係人に対して遠慮があり,報告するよう十分に指示しなかったので,報告が得られず,警告信号を吹鳴することができないまま進行して共幸丸との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 勧告
 C指定海難関係人が,兵庫県猫埼北方の駆け廻し式沖合底曳漁業の操業海域において,単独で船橋当直に当たっているとき,接近する共幸丸を認めた際,B受審人に報告しなかったことは,本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図1

参考図2





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