(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月26日11時40分
和歌山下津港
(北緯34度07.5分 東経135度06.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船金比羅丸 |
漁船第二昌栄丸 |
総トン数 |
4.93トン |
1.77トン |
登録長 |
10.70メートル |
8.15メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
25 |
45 |
(2)設備及び性能等
ア 金比羅丸
金比羅丸は,昭和53年3月に進水した音響信号装置を有するFRP製漁船で,主として紀伊水道の和歌山県側沖合において小型底びき網漁業に従事していた。
イ 第二昌栄丸
第二昌栄丸(以下「昌栄丸」という。)は,昭和53年に進水したFRP製漁船で,主として紀伊水道において一本釣り漁業に従事していた。
3 事実の経過
金比羅丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,小型底びき網漁業に従事する目的で,船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年5月26日03時00分和歌山県箕島漁港を発し,同県宮崎ノ鼻西方沖合1海里付近の漁場へ向かった。
ところで,当時,A受審人が従事していた小型底びき網漁業とは,直径2センチメートル長さ150メートルのワイヤーと,直径5センチメートル長さ22メートルの化学繊維製ロープを結んだ2本の曳き綱を,それぞれ左右各舷の船尾から1本ずつ流し,その先端に袖網と袋網を含めた長さ25メートルの捕獲網部分を繋いだ合計約200メートルにわたる底びき網を,2.3ないし2.7ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で曳いて底魚などを漁獲するものであった。
03時15分A受審人は,前示漁場に到着して直ちに操業を始め,投網に5ないし7分,曳網に15分ないし1時間30分,揚網に15分ばかりの時間を掛けて操業を繰り返しながら,沖ノ島西方沖合を経て徐々に北方へ移動したのち,11時25分和歌山石油精製大崎シーバース西方300メートル付近で反転して,6ないし7回目の操業に取り掛かり,南西方の地ノ島方面へ向かって曳網を開始した。
11時36分A受審人は,ツブネ鼻灯台から249度(真方位,以下同じ。)1,180メートルの地点に達したとき,船首を沖ノ島に向けた240度の針路に定め,機関を微速力前進にかけ,2.7ノットの曳網速力で,漁ろうに従事していることを示す黒色鼓形の法定形象物を掲げ,手動操舵によって進行した。
そして,11時38分A受審人は,ツブネ鼻灯台から248度1,330メートルの地点に至ったとき,右舷船首16度770メートルのところに昌栄丸を初めて視認し,やがて,同船が衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが,前示形象物を表示していたことから,昌栄丸が,漁ろうに従事している自船の進路を避けてくれるものと思い,警告信号を行うことなく続航した。
こうして,11時39分半A受審人は,昌栄丸が,その方位に変化がないまま,190メートルのところまで接近したものの,依然として警告信号を行わず,更に同船が間近に接近しても,衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行中,11時40分ツブネ鼻灯台から247度1,500メートルの地点において,金比羅丸は,原針路,原速力のまま,その右舷船首が,昌栄丸の左舷船首に前方から20度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力3の南西風が吹き,視界は良好であった。
また,昌栄丸は,B受審人が1人で乗り組み,一本釣り漁業に従事する目的で,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,同日04時30分和歌山下津港下津区にある大崎浦の係留地を発し,沖ノ島西方2海里付近の漁場へ向かった。
05時00分B受審人は,同漁場に到着して操業を行い,さば28尾及びあじ10尾を釣ったところで,操業を終えて帰途につき,11時36分ツブネ鼻灯台から253度2,720メートルの地点に達したとき,針路を大崎浦の弁天島に向かう080度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.0ノットの速力で,手動操舵によって進行した。
ところで,昌栄丸の帰航経路に当たる和歌山下津港の港界付近海域は,小型底びき網漁船の漁場でもあることから,それら漁船に注意を要する海域であった。
そして,11時38分B受審人は,ツブネ鼻灯台から251度2,100メートルの地点に至ったとき,左舷船首4度770メートルのところに,漁ろうに従事している船舶が表示する黒色鼓形の法定形象物を掲げた金比羅丸を視認することができ,やがて,衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが,右舷船首約60度方向にある,東亜燃料工業株式会社出荷桟橋から出航した内航タンカーの動きに気を取られ,見張りを十分に行わなかったので,金比羅丸の存在に気付くことなく続航した。
こうして,11時39分半B受審人は,金比羅丸が,その方位に変化がないまま,190メートルのところまで接近したが,依然として見張りを十分に行わず,同船の存在に気付かないまま,その進路を避けることなく進行中,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,金比羅丸は右舷船首外板に破口を,昌栄丸は左舷船首外板に亀裂を,それぞれ生じた。
(航法の適用)
本件は,和歌山下津港において,漁ろうに従事していた金比羅丸と航行中の昌栄丸が衝突したものであり,以下,適用される航法について検討する。
1 本件衝突地点は,港則法が適用される和歌山下津港の港内であり,同法第35条には「船舶交通の妨となる虞のある港内の場所においては,みだりに漁ろうをしてはならない。」と規定されているが,同条は港内での漁ろうを全面的に禁止しているものではなく,一般船舶の航行を阻害しないような海域であれば,漁ろうに従事することが容認されると解釈されることから,金比羅丸が,本件のように航路筋や防波堤出入り口から離れた広い海域で漁ろうに従事していたことは,港則法違反とはならない。
2 金比羅丸が,黒色鼓形の法定形象物を掲げて漁ろうに従事していたこと,及び昌栄丸が航行中の動力船であったことに疑う余地はない。
よって,海上衝突予防法第18条第1項各種船舶間の航法のうち,航行中の動力船と漁ろうに従事している船舶間の関係を定めた同項第3号をもって律することとする。
(本件発生に至る事由)
1 金比羅丸
A受審人が,警告信号を行わず,更に間近に接近しても,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 昌栄丸
(1)B受審人が,見張りを十分に行わず,金比羅丸の存在に気付かなかったこと
(2)B受審人が,金比羅丸の進路を避けることなく進行したこと
(原因の考察)
金比羅丸は,和歌山下津港において,法定形象物を表示して漁ろうに従事中,自船の進路を避けないまま接近する昌栄丸を認めた場合,装備していた音響信号装置を使用して,警告信号を行うことは容易であったうえ,昌栄丸が,更に間近に接近したとき,右転するなりして,衝突を避けるための協力動作をとることも,十分に可能であったものと認められる。
したがって,A受審人が,昌栄丸に対して警告信号を行わず,更に同船が間近に接近したとき,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,昌栄丸は,和歌山下津港において,発航地の大崎浦へ向けて帰航中,1人で船橋当直に当たっていた船長が,見張りを十分に行っていれば,金比羅丸の存在に気付くことは容易であったと推認できることから,同船の進路を避けることは可能であったものと認められる。
したがって,B受審人が,見張りを十分に行わず,漁ろうに従事していた金比羅丸の存在に気付かないまま,その進路を避けることなく進行したことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,和歌山下津港において,航行中の昌栄丸が,見張り不十分で,法定形象物を表示して漁ろうに従事していた金比羅丸の存在に気付かず,同船の進路を避けなかったことによって発生したが,金比羅丸が,警告信号を行わず,更に昌栄丸が間近に接近しても,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,和歌山下津港において,同港沖合の漁場から発航地へ向けて帰航する場合,港界付近は小型底びき網漁船が操業する海域であることから,それらの漁船を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,右舷前方の東亜燃料工業株式会社出荷桟橋から出航した内航タンカーの動きに気を取られ,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,法定形象物を表示して漁ろうに従事していた金比羅丸の存在に気付かず,同船の進路を避けることなく進行して衝突を招き,自船の左舷船首外板に亀裂を生じさせるとともに,金比羅丸の右舷船首外板に破口を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,和歌山下津港において,法定形象物を表示して漁ろうに従事中,自船の進路を避けないまま接近する昌栄丸を認めた場合,そのままでは衝突するおそれがあったのであるから,警告信号を行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,前示形象物を表示して漁ろうに従事していたことから,昌栄丸が,自船の進路を避けてくれるものと思い,警告信号を行わず,更に間近に接近しても,衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
(拡大画面:15KB) |
|
|