(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月16日11時40分
釧路港
(北緯42度59.7分 東経144度20.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船第二松山丸 |
総トン数 |
3,555トン |
全長 |
104.53メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
(2)設備及び性能等
第二松山丸(以下「松山丸」という。)は,平成10年9月に竣工したバウスラスターを有する船尾船橋型の鋼製油送船で,主に,小名浜及び東京湾の各製油所から福島県にあるD社E火力発電所間の重油輸送に従事していた。
船橋には,中央にジャイロコンパス組込型操舵スタンドが,その左方にレーダー2基,右方に主機等の各操作盤が配置され,操舵スタンド前方には操船用のレピータコンパスが,その真上にドップラー式ログが装備されていた。また,バウスラスターは延長コードの付いた遠隔装置により操船者の手元に置いて直接操作できるようになっていた。
港内速力は,機関回転数毎分195において全速力が翼角11度で10.0ノット,半速力が翼角9度で8.0ノット,微速力が翼角7度で6.0ノット,極微速力が翼角5度で4.5ノット,中立が翼角0度であった。
海上公試運転成績書によれば,初速13.69ノットで舵角35度をとって左旋回したとき,180度回頭するまでの旋回縦距,旋回横距及び所要時間は328メートル,147メートル及び1分53秒であった。13.99ノットの前進速力で航走中,後進全速力発令から船体停止するまでの要する時間及び航走距離は,3分20秒及び815メートルであった。
バウスラスター効力試験では,船首回頭角に対する時間については,左旋回で回頭角5度,10度,15度,30度,60度,90度に対して,それぞれ30.0秒,44.4秒,56.3秒,1分29.2秒,2分31.7秒,3分36.8秒であった。
見張り位置は,当時の喫水で,眼高が14メートルとなり,船橋前面から船首先端まで90メートルで前方の見通しは良かった。
(3)引船千歳丸
千歳丸は,平成9年10月に竣工した総トン数166トンのZ型推進装置を2基備えた,合計出力2,353キロワットの鋼製引船で,全長32.2メートル,幅9.0メートル,喫水2.8メートル,曳航力は前進時45.9トン,後進時40.8トンであった。
(4)釧路港西区第1石油桟橋
釧路港西区は,南西方に約500メートル延びた4つのふ頭が東から西に向かって第1ふ頭から第4ふ頭まで順に並び,更に第1ふ頭の東側には南西方に240メートル延びた釧路港西区第1石油桟橋(以下「第1石油桟橋」という。)があった。この東側を南西方に延びる東防波堤,南側を東西に延びる南防波堤及び西側を南方に延びる西防波堤によって囲まれ,西防波堤南端と南防波堤西端との間が釧路港西区入口となっていた。
第1石油桟橋は,第1ふ頭東側岸壁と東防波堤のほぼ中央に位置する幅約30メートルのコンクリート製桟橋で,4隻分の岸壁があり,同桟橋南東側の陸側が第1石油桟橋1号岸壁(以下,第1石油桟橋を冠する岸壁の名称についてはその冠称を省略する。),その桟橋先端寄りが2号岸壁,同桟橋北西側の陸側が3号岸壁,その桟橋先端寄りが4号岸壁となっており,各号岸壁上には揚荷用のローディングアームが3本ずつ設置され,同桟橋南西端の中央から南西方40メートルのところに係船柱が設置されていた。
また,2号岸壁の南東側水域は,水深が6ないし7メートルで,東防波堤の西側水域は幅40メートルにわたり水深5メートル以下となり,同岸壁南端から南方120メートルには東防波堤から北に向かって100メートル東西に60メートルの舌状に拡延した水深5メートル以下の浅瀬(以下「舌状の浅瀬」という。)が存在し,2号岸壁と同浅瀬との間が120メートルで,同じく同岸壁の南端から東方150メートル付近から水深が5.4メートル以下となり,松山丸にとって狭隘な水域となっていた。
一方,係船柱の南西方にあたる,第1ふ頭東側岸壁と同浅瀬との間の可航水域は320メートルであった。
3 事実の経過
松山丸は,A受審人ほか10人が乗り組み,C重油4,800キロリットルを積載し,船首6.4メートル船尾6.6メートルの喫水をもって,平成16年6月15日18時35分室蘭港を発し,釧路港に向かった。
A受審人は,翌16日10時45分自ら操船にあたり,入港に備えて船首には一等航海士ほか3人を就けて投錨準備をし,船尾には二等航海士ほか2人を就け,船橋には三等航海士を手動操舵に機関長を機関操作にそれぞれ就けて機関用意を令し,釧路港が強制水先区であることから,11時10分釧路港西区南防波堤西灯台(以下,灯台の名称に冠する「釧路港西区南防波堤」を省略する。)の西南西方1,050メートルの同港区港外においてC受審人を乗船させ,船舶要目表及び港内速力表各抜粋を渡し,針路,速力等の現状を説明して2号岸壁へのきょう導を任せた。
ところで,2号岸壁は,万一災害が発生した場合,自力で出航できるように出船右舷係留することになっており,ほぼ180度回頭して着桟する必要があったところ,松山丸の全長,喫水から2号岸壁の南東側は,狭隘な水域で船首尾端からそれぞれ約5メートルの距離を保って回頭する必要があり,船底下の余裕水深も少なく,浅水影響により舵効き及び引船による回頭力も低下するおそれがあったから,安全,確実に回頭できるよう,広い操船水域を選定する必要があった。
こうしてC受審人は,操船用レピータコンパスの左側に立って操舵及び機関操作の指示を行い,バウスラスターの遠隔装置を手元に置き,2号岸壁に出船右舷係留するにあたり,平素は,大型船を安全,確実に着桟させるために多少時間がかかっても係船柱の南西側の広い水域で回頭し,船尾から引き込む操船方法をとることにしていたが,代理店から11時30分着桟と聞いていたので,遅れを取り戻すため短時間で着桟させようと思いたち,2号岸壁南東側の狭隘な水域を回頭のための操船水域として選定し,機関回転数毎分185に掛けて翼角12度として2号岸壁に向かった。
11時20分C受審人は,釧路港西区入口を通過した後,千歳丸のタグラインを松山丸の左舷船尾にとり,平均5.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で南防波堤に沿って093度(真方位,以下同じ。)の針路として11時30分第1ふ頭南方に至り,2号岸壁まで700メートルの地点において翼角5度の極微速力前進として4.5ノットの速力に減じて東進した。
11時31分C受審人は,東灯台から316度370メートルの地点に至りて左転を開始し,11時33分東灯台から357度300メートルの地点に達して2号岸壁まで400メートルとなったとき,針路を係船柱と東防波堤の中間に向首する060度に定め,その後,翼角0度と5度を繰り返して4.0ノットの速力で進行した。
11時34分A受審人は,東灯台から014度375メートルの地点に達し,船首端から2号岸壁まで約150メートルとなったとき,その針路と速力から,C受審人が2号岸壁南東側の狭隘な水域で回頭させることを知ったが,水先人にきょう導を任せていたことから,広い海域で回頭するよう進言できなかった。
11時35分C受審人は,東灯台から025度470メートルの地点に達し,船首が左舷正横の係船柱に並んだとき,翼角0度と5度を交互に使い3.0ノットの速力で,バウスラスターと左舷船尾にとった千歳丸を使って左回頭を始めた。
11時36分C受審人は,東灯台から033度528メートルに達し,船首が050度となったころ,十分な回頭力が得られず,一等航海士から速力過大であるとの報告を適宜受けたが,折しも船尾方の舌状の浅瀬に近かったため機関を後進に掛けることができず,翼角0度として続航し,11時39分船首が350度を向き,船尾端が舌状の浅瀬から離れ始めたので,極微速力後進を掛け,左回頭しながら2号岸壁に約20メートルまで接近した。
11時40分少し前C受審人は,2号岸壁の至近に迫ったとき,後進全速力に掛けたが及ばず,11時40分東灯台から027度630メートルの第1石油桟橋において,松山丸はわずかな前進残速力で左回頭しながら,船首が328度を向いたとき,船首左舷側ステムが2号岸壁のコンクリート部に,船首左舷先端上部が同岸壁上の揚荷用ローディングアームにそれぞれ衝突した。
当時,天候は晴で風力2の南風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
岸壁衝突の結果,松山丸は船首左舷側ステムに擦過傷,船首左舷先端上部のブルワークに凹損及びハンドレールに曲損等を生じ,岸壁側はプラットフォーム及び防油堤の各コンクリート部に破損,ローディングアームに曲損等を生じたが,のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 C受審人が,松山丸を180度回頭して出船右舷係留する際,短時間で着桟させるため,2号岸壁南東側の狭隘な水域を回頭水域として選定したこと
2 A受審人が,水先人のきょう導中,2号岸壁南東側の狭隘な水域で回頭することを知った際,水先人にきょう導を任せていたことから,広い海域で回頭するよう進言できなかったこと
3 バウスラスター及び引船による十分な回頭力が得られなかったこと
(原因の考察)
本件岸壁衝突は,C受審人が,松山丸を2号岸壁に180度回頭して出船右舷係留するにあたり,2号岸壁南東側は余裕水深が少なく東防波堤及び舌状の浅瀬により狭隘な水域であったが,短時間で着桟させるため,2号岸壁南東側の狭隘な水域で回頭して十分な回頭力を得られないまま進行して岸壁に衝突したものである。
C受審人が,平素大型船の着桟時に行っているように,2号岸壁南西方の広い操船水域で回頭すれば,本件衝突は避けられたと認められる。
したがって,C受審人が回頭のための操船水域の選定を適切に行わなかったこと,バウスラスター及び引船による十分な回頭力が得られなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,水先人のきょう導中,その針路,速力から2号岸壁南東側の狭隘な水域で回頭することを知った際,初めて着桟する桟橋であり,経験のある水先人にきょう導を任せていたことから,途中で口を挟むと操船に差し支えるので,広い海域で回頭するよう進言できなかったことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認めらない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件岸壁衝突は,2号岸壁に松山丸を180度回頭して出船右舷係留する際,回頭のための操船水域の選定が不適切で,2号岸壁南東側の狭隘な水域において,十分な回頭力が得られないまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
C受審人が,松山丸のきょう導にあたり,2号岸壁に180度回頭して出船右舷係留する場合,2号岸壁南東側の水域は松山丸にとって回頭が困難な狭隘な水域であったから,操船性能を考慮して安全に回頭できるよう,2号岸壁南西方の広い水域で回頭するなど操船水域の選定を適切に行うべき注意義務があった。しかるに同人は,遅れを取り戻すため短時間で着桟させようと思い,操船水域を適切に選定しなかった職務上の過失により,狭隘な水域で船体を回頭させようとして十分な回頭力を得られないまま進行し,同岸壁への衝突を招き,松山丸の船首左舷側ステムに擦過傷,船首左舷先端上部ブルワークに凹損及びハンドレールに曲損を,2号岸壁側のプラットフォーム及び防油堤コンクリート部に破損,同岸壁上のローディングアームに曲損等をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の釧路水先区水先の業務を2箇月停止する。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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