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平成16年第二審第14号
件名

プレジャーボートビクトリーIII乗揚事件
[原審・横浜]

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年6月20日

審判庁区分
高等海難審判庁(上中拓治,上野延之,坂爪 靖,雲林院信行,保田 稔)

理事官
根岸秀幸

受審人
A 職名:ビクトリーIII船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B
受審人
C 職名:海来船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
D,E,F,G,H,I,J

第二審請求者
受審人 A

損害
ビクトリーIII・・・全損
海来・・・全損

原因
圧流防止措置不十分

主文

 本件乗揚は,圧流防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年3月3日11時50分
 千葉県名洗港
 (北緯35度42.5分 東経140度50.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 プレジャーボートビクトリーIII(ヨット)
総トン数 7.9トン
全長 11.28メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 22キロワット
(2)設備及び性能等
 ビクトリーIII(以下「ビクトリー」という。)は,平成4年3月に進水した,アメリカ合衆国K社製造のK38型と称するFRP製のクルーザー型ヨットで,帆走設備として高さ15.8メートルのマストにジブ及びメインセールを有し,主機としてL社製3HM35F型ディーゼル機関を装備し,船底にはウィングキール(以下「キール」という。)を備えていた。
 船体は,甲板下に前から順に船首キャビン,中央キャビン及び後部キャビンが配置され,船体ほぼ中央付近に甲板から中央キャビンに下りる入口があり,中央キャビンの右舷側ソファー後部のシンクの下部に機関が据え付けられていた。
 コックピットは船尾甲板にあり,船体中心線上に設けられた操舵スタンドに舵輪,主機スロットルレバー及び前後進切換レバーが組み込まれており,同スタンド左横に機関スタータースイッチがあり,コックピットにおいて操舵及び機関操作を行うことができるようになっていた。
 ビクトリーは,重量15キログラム(以下「キロ」という。)のダンフォース型アンカー2個を装備しており,1個は船首部のアンカーウェルの中に格納され,もう1個は船尾トランサムステップに取り付けられた起倒式のスイムラダーに固縛されていた。船首部アンカーウェルに格納された錨はシャンク,爪,ストックを切り離した状態で保管されていたが,組立ては簡単に行うことができた。
 機関には,右舷側に燃料噴射ポンプ,左舷側に燃料噴射弁が取り付けられ,クラッチの出力がプロペラ軸に接続されていた。燃料系統は,燃料タンクの軽油が燃料ポンプによって吸引され,こし器を経て燃料噴射ポンプに送られて高圧にされ,各シリンダ毎に燃料噴射弁で燃焼室内に噴射されるもので,何らかの理由で燃料系統に空気を吸引して機関が停止したときには,燃料タンクに十分な燃料があることを確認したうえで,燃料ポンプに取り付けられたプライミングレバーを動かし,こし器,供給ホース及び燃料噴射ポンプ内の空気抜きを行って復旧できるようになっていた。
 燃料タンクは,長さ610ミリメートル(以下「ミリ」という。)幅455ミリ高さ300ミリの直方体のアルミ製函で,83リットルの容量があり,後部キャビンの寝台マットの下に置かれ,上面に外径20ミリの機関への供給ホースと戻りホース,キャビン入口の補給口に繋がる外径60ミリの補給ホース及び同入口の空気穴に繋がる外径20ミリの空気抜きホース並びに燃料計がそれぞれ取り付けられていた。

3 Mマリーナ
(1)概要
 Mマリーナは,千葉県X市が中心となり,N社ほか数社が参加して,平成11年に開業した名洗港所在のマリーナ施設で,O社によって運営され,同市Y地の10ヘクタールの敷地にクラブハウス,修理庫,揚降施設,給油・給水施設等を,13ヘクタールの水域面積に340隻分の係留桟橋を有し,北西側に北防波堤と南防波堤によって囲まれた港口を有していた。そして,北防波堤先端には名洗港銚子マリーナ北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)が,また,南防波堤先端に名洗港銚子マリーナ南防波堤灯台が設置されていた。
(2)所属船艇
ア 海来
 海来は,平成7年1月に進水し,P社が所有する全長10.60メートル総トン数9.1トンのFRP製プレジャーボートで,出力323キロワットのディーゼル機関を搭載していた。同船は,平成13年よりO社が借り受け,救援等の業務に使用していた。
イ マリーナ2
 マリーナ2は,O社が所有する登録長2.67メートルの3人乗り水上オートバイで,施設内の水上交通に使用されていた。
(3)周辺海域の状況
 名洗港は,銚子市の南側に位置する地方港湾で,千葉県が港湾管理者となり,昭和40年より岸壁,防波堤及び臨港道路の整備を進めてきた。同港は,平成11年にMマリーナ(以下「マリーナ」という。)が開業するとともに,その北側の屏風ヶ浦に至る約1キロメートルの海岸線についても海岸環境整備の一環として堤防建設や護岸工事が施工されていた。
 マリーナ港口の北側海岸線は,屏風ヶ浦へ続く南西に面した砂浜で,南西寄りの風により高い波浪が発生しやすかったところ,マリーナ建設とほぼ同時期に,マリーナの北防波堤基部から北西方に延びる長さ約70メートルの防砂堤が,同基部の北東方約280メートルの海岸から西方に延びる長さ約130メートルの突堤(以下「東中突堤」という。)が,更に,その北方約400メートルのところから南西方に延びる長さ約200メートルのT字型の突堤(以下「T字突堤」という。)がそれぞれ築造された。
 東中突堤とT字突堤の間は,「名洗の大ガケ」と呼ばれる断崖を背にした砂浜の海岸(以下「名洗海岸」という。)で,本件当時は波打ち際に遊歩道が建設中で消波ブロックが並べられていた。
 名洗海岸の沖合は,前示の工事により海図に記載されている「平四郎根」及び「牡蛎磯」は撤去され,マリーナ港口付近から波打ち際まで底質が砂の海底となっており,平成14年度千葉県海匝(かいそう)地域整備センター銚子整備事務所により実施された測量によれば,東中突堤及びT字突堤の各先端の中間付近における水深は略最低低潮面下1.6メートルで,そこから海岸線に近づくにつれて漸減し,波打ち際に設置された消波ブロック付近で干出する状況であった。

4 ビクトリーの燃料油補給及び使用状況
 A受審人は,平成12年12月24日に軽油62.7リットルを補給して燃料タンクを一杯にした後,年数回の遊走や毎月2回のバッテリー充電のための保守運転に機関を使用していたが,その後燃料を補給したことがなかったので,本件当時,燃料タンク内の燃料は少なくなっていた。

5 事実の経過

 ビクトリーは,A受審人及び兄で甲板員のQが乗り組み,帆走の目的で,キール下端まで1.44メートルの喫水をもって,平成15年3月3日10時15分マリーナの係留場所を発し,名洗海岸沖合に向かった。
 出航前,A受審人は,寝台マットを捲(めく)って燃料計を点検し,残油量が少なかったが,出入港に機関を使用するだけであるからその量で足りるものと思い,燃料を補給することなく,09時50分ごろ機関を始動し,Q甲板員の到着を待つ間,中立運転としていたが,当時の残油量では,沖合に出て船体が動揺したときなどにタンク内の油が移動して燃料吸引管が空気にさらされ,燃料噴射ポンプが空気を吸引し,機関が停止する可能性があることに気付かなかった。
 離桟後,A受審人は,機関を毎分2,500回転に掛け,約6ノットの対地速力で進行し,10時20分ごろ港口の外側に出て,帆走準備を行っていたところ,船体の動揺により,燃料系統に空気を吸引して機関が自停した。
 A受審人は,機関をそのままにしてジブを展張したが,風が弱いために帆走に移ることができず,中止してマリーナへ帰ることとし,スタータースイッチを作動してみたものの,何回試みても機関を再始動することができなかった。
 10時33分A受審人は,北防波堤灯台から001度(真方位,以下同じ。)380メートルの地点で,投錨してマリーナに救助を要請することとし,船尾トランサムに固縛格納されていた錨を取り出して船首に運び,Q甲板員に渡すとともに,携帯電話によりマリーナの事務所に電話を掛け,「エンジンが掛からないので来て欲しい。」旨を伝えた。
 Q甲板員は,同錨に直径10ミリ長さ約30メートルのロープを錨索として取り付け,船首から投錨し,錨索を延出して他端を船首部のクリートに係止したところ,錨がかいて船首が南西方を向いた。
 C受審人は,日常の業務に就いていたところ,マリーナの支配人から,ビクトリーにトラブルが発生して救助を要請している旨を告げられ,職員1人を伴って海来に乗り込み,10時45分ごろマリーナを発し,前示海域へ向かった。
 A受審人は,その後もスタータースイッチを数回作動してみたものの,機関を再始動することができなかったが,燃料計を再点検したり,燃料系統への空気混入の有無を調べてみたりしなかったので,燃料タンクの残量が少ないために燃料ポンプに空気を吸引したことに気付かず,機関始動不能の原因を把握していなかった。
 C受審人は,港口付近から東中突堤の近くにいるビクトリーを見て,横揺れが少ないように見えたことから,すでにキールが海底に接触して乗り揚げた状態にあるものと思い,近寄れば自船も乗り揚げるおそれがあると考え,魚群探知機の水深表示に注意しながら進行し,ビクトリーの南側150メートルばかりのところで,同表示が2.3メートルばかりに減少したのを認め,その場で停留した。
 C受審人は,停留した地点に海来を止めたまま,ビクトリーに曳航索を渡す方法を考え,フェンダーにロープを繋いで風下に流す方法を試みたが,その方法でロープを同船に渡すことはできなかった。
 A受審人は,海来が離れたところに止まっているのを見て,手招きにより接近を促したが,携帯電話を使用するなどして直接またはマリーナの事務所経由で海来と連絡をとることはせず,エンジントラブルの状況や自船が乗り揚げていないので接近できることを伝えなかった。
 C受審人は,前示の方法を断念し,水上オートバイによりロープの受け渡しを行うこととし,一旦マリーナへ帰った後,マリーナを手伝っていたRに海来の操縦を任せ,自らマリーナ2に乗り,11時00分マリーナを出発して前示海域に引き返した。
 C受審人は,マリーナ2をビクトリーの近くに寄せて曳航索とするロープの提供を求めたところ,ビクトリー側から,直径10ミリ長さ30メートル,直径20ミリ長さ30メートル,及び直径50ミリ長さ40メートルのいずれもクレモナロープを順次繋ぎ合わせたものを渡されたので,直径10ミリのロープを持ってマリーナ2で搬送し,海来から出された20ミリのクレモナロープとを繋いで曳航索とした。
 ところで,この直径10ミリのロープは,20年以上使用されたもので強度が低下しており,A受審人がメッセンジャーロープのつもりで出したものであったが,C受審人にはその意図が伝えられず,また,マリーナ2で運ぶのにメッセンジャーロープを必要としないことから,C受審人が曳航索として繋ぎ合わせたものであった。
 R船長は,曳航索の準備ができたのを見て曳航を開始することとし,海来の操縦にあたり,曳航索に急激な張力を掛けないようゆっくり引き始め,ビクトリーの船体が動き始めたのを見て徐々に機関の回転を上げていったところ,11時23分10ミリのロープのところで曳航索が切断した。
 Q甲板員は,曳航開始と同時に錨を揚げ始め,船体の動きに合わせて錨索を取り込んでいたところ,錨を揚収しかけたところで曳航索が切れたのを見て,揚がりかけていた錨を再び投じ,切れた曳航索を船首甲板に回収した。
 C受審人は,曳航索を取り直そうとしてマリーナ2を走らせていたところ,やがて燃料切れとなって機関が停止したので,海に入り同船を名洗海岸に仮置きして,陸路でマリーナの給油所へ燃料を取りに行った。
 A受審人は,次第に南西風が増勢して波が高くなり,ビクトリーが少しずつ名洗海岸の方へ圧流されだしたことから,再投錨した錨が効いていないのを認めたが,船首部のアンカーウェルに格納されている予備錨を出して投錨するなどの圧流防止措置をとらなかった。
 ビクトリーは,風波に圧流されて次第に浅所へ入り込み,波による船体の上下動に合わせてキールの先端が海底に接触するようになり,11時50分北防波堤灯台から010度420メートルの地点において,キールが海底に支(つか)えた状態となって乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風力4の南西風が吹き,潮候は上げ潮の初期で,波高は約0.5メートルであった。
 この間,Q甲板員は,海中を歩いて名洗海岸へ上陸し,マリーナの倉庫へ行って曳航用のロープを探していたところ,A受審人から携帯電話でビクトリーに燃料を補給したい旨の連絡を受け,20リットルの缶入り燃料とロープを準備してC受審人と合流し,マリーナ2に同乗してビクトリーに帰船した。
 その後,ビクトリーは,A受審人が燃料を補給し,C受審人が機関の燃料系統のエア抜きを行ったところ機関始動が可能となり,機関使用と海来による曳航により浅所からの脱出を試みたが,キールが海底に接触しているために果たせないまま,曳航索を緩めている間に,12時46分ごろ同索が海来のプロペラに絡まって操縦不能となった。
 この結果,ビクトリーと海来の両船は,まもなく名洗海岸の消波ブロックに打ち寄せられて大破し,いずれも全損となった。

(本件発生に至る事由)
1 ビクトリーの燃料タンクの燃料が少なかったこと
2 ビクトリーの燃料噴射ポンプが,燃料タンクから空気を吸引し,機関が自停して始動不能となったこと
3 A受審人が,機関始動不能となった原因を把握できなかったこと
4 A受審人が,エンジントラブルの状況や,ビクトリーが錨泊中で乗り揚げていないことを海来側に連絡しなかったこと
5 海来が,最初の出動で,ビクトリーに曳航索を渡すことができなかったこと
6 C受審人が,ビクトリーが乗り揚げていないことを把握していなかったこと
7 1回目の曳航のために曳航索を受け渡しする際,ビクトリー側からC受審人に劣化したロープが渡されたこと
8 C受審人が,劣化したロープを曳航索として海来のロープと繋ぎ合わせたこと
9 A受審人が,曳航索が切れた後,再投錨した錨が効いていないのを認めながら,船首部のアンカーウェルに格納されている予備錨を出して投錨するなどの圧流防止措置をとらなかったこと
10 マリーナ2が燃料切れとなったこと
11 海来が,プロペラにロープを巻き込んで操縦不能となったこと

(原因の考察)
 ビクトリーは機関始動不能となった際,その場で投錨してマリーナに救助を要請した。この錨がかいたことは確認されており,1回目の曳航が始まって,この錨が揚げられるまでは錨泊状態が確保されていた。曳航索が切れたとき,揚げた錨を再投錨したが,この2度目の錨は効かずに圧流されて乗揚に至ったものである。その際,速やかに適切な圧流防止措置がとられていれば本件を防止できたものと認められる。A受審人は,再投錨した錨が効いていないことに気付いたのであるから,船首部のアンカーウェルに格納されていた予備錨を投じるなどの措置をとるべきであった。
 したがって,A受審人が,曳航索が切れた後,再投錨した錨が効いていないのを認めながら,船首部のアンカーウェルに格納されている予備錨を出して投錨するなどの圧流防止措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 ビクトリーの燃料タンクの燃料が少なかったこと,燃料ポンプが燃料タンクから空気を吸引し機関が自停して始動不能となったこと,A受審人が機関始動不能となった原因を把握できなかったこと,及び,エンジントラブルの状況やビクトリーが錨泊中で乗り揚げていないことを海来側に連絡しなかったこと,1回目の曳航のために曳航索を受け渡しする際,ビクトリー側からC受審人に劣化したロープが渡されたこと,並びに,C受審人がビクトリーが乗り揚げていないことを把握していなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 海来が最初の出動でビクトリーに曳航索を渡すことができなかったことについては,1回目の曳航が開始されるまでの間はビクトリーは錨泊状態で圧流は防止されていたのであるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 C受審人が,劣化したロープを曳航索として海来のロープと繋ぎ合わせたことについては,ロープが古いことやメッセンジャーロープであるとのビクトリー側の意図はC受審人が知り得ないことであり,本件発生の原因とするまでもない。
 マリーナ2が燃料切れとなったことは,ビクトリーの圧流と関係がないことであり,また,海来がプロペラにロープを巻き込んで操縦不能となったのは,ビクトリーの乗揚後のことなので,いずれも本件発生の原因とならない。

(主張に対する判断)
 ビクトリー側は,救助作業の過程でマリーナ側に過失があったとして次の点を挙げ,乗揚の原因が海来側にあると主張するので,そのことについて述べる。
(1)遠方からロープを流してビクトリーに拾わせようとしたこと
(2)10ミリのロープを危ないと認識しながら曳航索に使用したこと
(3)マリーナ2が燃料切れとなったこと
(4)海来がプロペラに曳航索を絡めてしまったこと
 各項目について,原因とならないとした理由を前項で述べた。付け加えるならば,10ミリのロープはメッセンジャーロープを必要としない状況で手渡されたものであり,プロペラに曳航索が絡まったのはビクトリー側が同索を緩めるよう指示したことが発端となっているから,(2)及び(4)はむしろビクトリー側に属する事由というべきである。
 もともと船舶の救助作業において全てが計画どおり順調に進むとは限らず,種々の方法が試みられるのが普通である。そのため,救助船と被救助船が密接に連絡を取り合うことによって,作業の方法などについて誤解のないようにしておくことが大切になる。本件では,ビクトリーが乗り揚げていないことや,10ミリのロープが曳航に使用できないことが海来側に伝わらなかったが,どちらも救助船側が知っておくべき重要な情報であった。つまり,指摘された点についていえば,(1),(2)及び(4)は連絡ミスに起因するもので,ビクトリー側に属する事由であるといえる。
 ところで,乗揚の原因は曳航索が切れたあと船体が風浪によって圧流されたことである。作業中に風浪が増勢するという不運もあったが,再投錨した錨が効かなかったのであるから,速やかに予備錨を投じるなどして圧流を食い止める努力をするべきであった。圧流を食い止めていれば,種々の方法を試しているうちにいずれ救出される可能性があったと考えられる。圧流防止はビクトリー側においてとり得た措置であり,それをしなかったことこそ過失というべきである。ビクトリー側が挙げた4点はいずれも救助船側の作業の巧拙を指摘するもので,圧流防止措置とは別のことであり,乗揚の原因とするのは相当でない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,千葉県名洗港において,十分な燃料を保有しないまま出航して機関始動不能に陥り,マリーナ所属船の救助を待つ際,圧流防止措置が不十分で,増勢した風浪により,浅所に向かって圧流されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,千葉県名洗港において,十分な燃料を保有しないまま出航して機関始動不能に陥り,マリーナ所属船の救助を待つ際,投錨した錨が効いていないのを認めた場合,風浪が増勢するなか,浅所の方へ圧流されないよう,予備錨を投じるなどの圧流防止措置を講じるべき注意義務があった。しかるに,同人は,救助作業をマリーナ側に委ね,予備錨を投じるなどの圧流防止措置を講じなかった職務上の過失により,風と波浪によって次第に陸側に圧流され,名洗海岸の浅所に乗り揚げる事態を招き,消波ブロックに打ち寄せられて全損となるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年3月26日横審言渡
 本件乗揚は,出航前の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。


参考図





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