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平成16年第二審第28号
件名

貨物船東成漁船泰丸衝突事件
[原審・神戸]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年4月13日

審判庁区分
高等海難審判庁(平田照彦,安藤周二,上中拓治,竹内伸二,長谷川峯清)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:東成一等航海士 海技免許:三級海技士(航海)
補佐人
B
受審人
C 職名:泰丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

第二審請求者
理事官 阿部能正

損害
東成・・・右舷船首部外板に擦過傷
泰丸・・・右舷船首部及びプロペラシャフトブラケットに損傷,船長が頸椎捻挫及び腰部打撲等の負傷

原因
東成・・・見張り不十分,霧中信号不履行,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
泰丸・・・音響信号不履行,見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,航行中の東成が,局地的な豪雨域に入る前の見張りが不十分で,入域後,漂泊中の泰丸に向けて転針し,霧中信号を行わずに進行したことによって発生したが,泰丸が,豪雨による視界制限状況の下,有効な音響による信号を行わず,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Cを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月26日17時40分
 鳴門海峡北西方沖合
 (北緯34度16.0分東経134度37.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船東成 漁船泰丸
総トン数 699トン 1.2トン
全長 85.01メートル 9.10メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 2,206キロワット  
漁船法馬力数   50
(2)設備及び性能等
ア 東成
 東成は,平成2年12月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の可変ピッチプロペラを有するコンテナ専用船で,千葉港と徳山下松港間に就航して,専らD社の貨物の運送に従事していた。
 船橋前面の窓から約1メートル後方に設置されたコンソールスタンドには,右舷側から順にエンジンテレグラフ,舵輪,サイドスラスタ操縦盤及びレーダー2台と,左舷端のレーダーの前面に隣接してGPSプロッタがそれぞれ配置されていた。
 荷役設備として,甲板上高さ13メートル幅12.5メートルで制限荷重21トンの屋外マントロ式橋形クレーンと称する移動式ガントリークレーンが設置されており,航海中は船体中央部に固定するので,クレーン最上部のスプレッダー走行用ビームと船首端との間から前方を見通せるようにバラストを漲排水(ちょうはいすい)して喫水調整を行うが,それでも水平線を見通すためには,少し身体を屈め,船橋内を移動しながら見張りを行う必要があった。
 海上試運転成績表によれば,前進速力15.40ノットで航行中,後進を発令すると,翼角が0度となるまでに要する時間が13.1秒,船体停止までに要する時間が1分33秒で,後進発令から船体停止までの航走距離は393メートルであった。また,旋回試験においては,左旋回で90度回頭するのに37.7秒を要し,最大縦距が194メートル,右旋回で90度回頭するのに35.1秒を要し,最大縦距が206メートルであった。
イ 泰丸
 泰丸は,昭和59年5月に進水した一本釣り漁業に従事する中央船橋型FRP製漁船で,船首端から4メートル後方の操舵室内前部には,左舷側から順に舵輪,マグネットコンパス及び機関操作レバーが設置されていたが,汽笛の装備はなかった。また,甲板上の設備としては,前から順に,船首甲板に道具入れが左右に2個,活魚倉が左右に2個,船尾甲板に活魚倉が1個,機関操作レバー及び道具入れが左右に2個あり,船首甲板の道具入れには救命胴衣と笛が備えられていた。操舵室後方には,左舷側から順に,機関監視制御盤とGPSプロッタが,船尾端中央に舵柄が,それぞれ設置されていた。

3 事実の経過
 東成は,A受審人ほか5人が乗り組み,コンテナ80個を積載し,船首2.8メートル船尾4.6メートルの喫水をもって,平成15年8月25日15時30分千葉港を発し,徳山下松港に向かった。
 翌26日15時50分A受審人は,和歌山県日ノ御埼沖で二等航海士と交替して単独の船橋当直に就き,前方2海里ほどのところを航行する同航船2隻に続いて鳴門海峡に向けて北上し,17時ごろ視程が6海里ばかりあったものの降雨のため空が暗くなったので,航行中の動力船が掲げる灯火を表示し,前路の同航船に鳴門海峡付近で追い付くことがないように気を配り,2台のレーダーを1.5海里と3海里レンジに設定した。
 17時30分A受審人は,孫埼灯台から098度(真方位,以下同じ。)600メートルの地点に至ったとき,針路を340度に定め,機関を全速力前進にかけ,順潮流に乗じて17.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で大鳴門橋下を通過したところ,左舷前方に東方へ流れるスコールの雲の映像をレーダーで認め,周囲の視程は約3海里あったが,豪雨に備えて2台のレーダーを前示同航船2隻を捉えられる程度にまでゲインを絞り,FTC,STCの調節を豪雨からの反射や海面反射の映像が消えるまで落とした状態とし,折から昇橋した一等機関士と2人で見張りにあたった。
 17時32分A受審人は,孫埼灯台から011度1,000メートルの地点に至ったとき,左舷船首26度1.8海里のところに泰丸が漂泊しているのを視認することができる状況にあったが,レーダーのゲイン等の感度を過度に絞っていたため同船の映像を感知できず,肉眼による見張りや適正に調整したレーダーによる見張りを十分に行わないで,やがて転針する方向の海域の安全を確かめることなく,泰丸の存在に気付かないまま続航した。
 間もなくA受審人は,豪雨域に入ったことにより視程が約100メートルとなり,レーダーの調整において,FTCだけでは豪雨による妨害信号を除去しきれず,STCを強くかけすぎると,中心付近の弱い海面反射の見られる部分の外側の目標が探知できず,ゲイン,FTC,STC等の調節を行ったとしても,FRP製の小型漁船をレーダー映像として捉えることは困難な状況であったが,前示同航船2隻はすでに左転して瀬ノ肩鼻寄りを西行して行ったので,前方には障害となるものは何もおらず,雲の映像範囲から豪雨域は局地的なもので短時間で通過すると思い,豪雨により視界制限状態となったことを船長に報告することも,安全な速力に減じることも,霧中信号を行うこともしないで進行した。
 17時34分少し過ぎA受審人は,孫埼灯台から355度1.2海里の地点に至ったとき,レーダーで播磨灘航路第1号灯浮標の映像を確かめ,針路をこれに向首するよう300度に転じたところ,潮流の影響から外れて14.0ノットの速力となり,このとき,正船首方1.2海里のところに泰丸が漂泊していたが,同船に気付かないまま続航した。
 17時40分東成は,孫埼灯台から328度2.1海里の地点において,原針路,原速力のまま,その右舷船首部が,泰丸の右舷船首部に前方から20度の角度で衝突した。
 当時,天候は豪雨で風はほとんどなく,視程は約100メートルに制限され,鳴門海峡の潮流は北流のほぼ最強時であった。
 東成は,泰丸と衝突したことに気付かないで航行を続けていたところ,21時ごろ備讃瀬戸大橋付近で巡視艇に停船を命じられ,投錨して尋問を受けた後,海上保安官の指示で徳島小松島港に入港し,右舷船首部外板に擦過傷があることを確認して衝突したことを知った。
 また,泰丸は,C受審人が1人で乗り組み,はまち一本釣り漁の目的で,船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,同8月26日14時50分徳島県瀬戸漁港北泊地区を発し,15時ごろ同漁港の北東方約2海里の,小型船が航行する海域付近の漁場に至って機関を中立とし,漂泊して操業を開始した。
 C受審人は,折からの北流に船体をゆだねながら釣りを行い,釣り糸100メートルを流し,釣り場から400メートルばかり流されたところで船首を鳴門海峡方に向けて潮上りを行い,これを繰り返しながら漁を続けたところ,17時30分西方からスコールの雲が近付いてくるのを認め,雷も鳴っていたので雨具を着用し,周囲の見張りを行わずに操業を続けたが,17時33分ごろから豪雨域に入り,漁獲もなく視界も悪くなったので操業を止めて帰港することとし,操舵室の後方で漁具の後片付けを始めた。
 17時34分少し過ぎC受審人は,船首が鳴門海峡に向く140度となっているとき,左舷船首20度1.2海里のところに,東成が自船に向首して衝突のおそれがある態勢にあり,視程が約100メートルで確認できなかったが,有効な音響による信号を行うこともなく,漁具の後片付けを続けた。
 17時40分少し前C受審人は,左舷船首20度100メートルのところに東成が接近していたが,依然,漁具の後片付けをしていて,見張りを行わなかったので,このことに気付かず,直ちにクラッチを入れるなど衝突を避けるための措置をとらず,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,東成は,右舷船首部外板に擦過傷を生じ,泰丸は,右舷船首部及びプロペラシャフトブラケットに損傷を生じたが,のちいずれも修理され,C受審人が,1箇月7日間の入院及び通院加療を要する頸椎捻挫及び腰部打撲等を負った。

(航法の適用)
 本件は,局地的な豪雨による5分間ばかりの視界制限状態の下で発生したものであるが,豪雨域の中でレーダーをいかに調整してみても,豪雨による反射や海面反射が強烈でFRP製の小型漁船の映像を識別することは極めて困難なことであり,また,豪雨による反射や海面反射を完全に消し去ってしまえば,FRP製の小型漁船の船体の反射を探知することはできない状況であった。豪雨域に入る前であれば,肉眼による周囲の見張りを行うことや,適切に調整したレーダーによる見張りを行うことにより,漂泊中の泰丸の存在に気付き,同船の位置を把握することにより,これを避けて航行できたものである。したがって,本件は,視界制限状態における航法の適用はなく,船員の常務によることになる。

(本件発生に至る事由)
1 東成
(1)A受審人が,肉眼による見張りや,適切に調整したレーダーによる見張りを十分に行わなかったこと
(2)A受審人が,豪雨により視界が制限状態になったことを船長に報告しなかったこと
(3)安全な速力に減速されなかったこと
(4)霧中信号が行われなかったこと

2 泰丸
(1)C受審人が小型船の通航路付近で操業していたこと
(2)汽笛が装備されていなかったこと
(3)有効な音響による信号が行われなかったこと
(4)C受審人が,見張りを行わなかったこと
(5)C受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと

3 その他
 豪雨により視界が制限された状況となったこと

(原因の考察)
 本件は,鳴門海峡の北西方沖合を北上中の東成が,豪雨による視界制限状態の下で漂泊中の泰丸と衝突したものであるが,豪雨域に入ってからレーダーによる目標の探知は困難であったから,豪雨域に入る前に同船を発見すべきであり,更に,豪雨域に入ったとき,霧中信号を行っておれば泰丸が東成の接近を感知できた。したがって,A受審人が,肉眼による見張りや適切に調整したレーダーによる見張りを十分に行わなかったこと及び霧中信号を行わなかったことは原因となる。
 A受審人が,豪雨により視界が制限状態になったことを船長に報告しなかったこと及び安全な速力に減速されなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方,泰丸においては,豪雨域の中で有効な音響による信号を行っておれば,東成が泰丸に気付くことがあり,また,いつでも船体を移動できる状態にあったから,見張りを行っておれば,直ちにクラッチを入れるなど衝突を避けるための措置をとることができた。したがって,有効な音響による信号が行われなかったこと,C受審人が見張りを行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは原因となる。
 C受審人が小型船の通航路付近で操業していたこと及び汽笛を装備していなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 豪雨により視界が制限された状況となったことは,両船が同状況下でいかに操船するかということが問題であって,視界が制限された状況となったことは原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,鳴門海峡北西方沖合において,航行中の東成が,局地的な豪雨域に入る前の見張りが不十分で,入域後,漂泊中の泰丸に向けて転針し,霧中信号を行わずに進行したことによって発生したが,泰丸が,豪雨による視界制限状況の下,有効な音響による信号を行わず,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)

 A受審人は,鳴門海峡北西方沖合において,スコールの雲が接近していることを認めた場合,豪雨の中では肉眼による視認,レーダーによりFRP製の泰丸の映像を発見することは困難であったから,豪雨域に入る前に周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,ゲイン,FTC,STC等を過度に絞ったレーダー画面を見ただけで,前路に支障を来すようなものはないと思い,肉眼や適正に調整したレーダーで見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,豪雨域に入ったのち,漂泊中の泰丸に向け転針して霧中信号を行わずに進行し,同船との衝突を招き,東成の右舷船首部外板に擦過傷を,泰丸の右舷船首部及びプロペラシャフトブラケットに損傷をそれぞれ生じさせ,C受審人が1箇月7日間の入院及び通院加療を要する頸椎捻挫及び腰部打撲等を負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は,鳴門海峡北西方沖合において,豪雨域の中で機関を中立として漂泊し,いつでも移動できる態勢で漁具の後片付けをする場合,小型船が航行する海域であったから,視界制限状態の中でも周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁具の後片付けに気を取られて見張りを行わなかった職務上の過失により,直ちにクラッチを入れるなど衝突を避けるための措置をとらないで東成との衝突を招き,前示の損傷等を招くに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年7月15日神審言渡
 本件衝突は,視界制限状態において,東成が,霧中信号を行わず,安全な速力で航行しなかったことと,レーダーを装備せず,音響信号設備を備えていない泰丸が,速やかに避難の措置をとらず,漂泊状態のまま漁を続けたこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。


参考図
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