(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月26日04時30分
岩手県大船渡港
(北緯39度02.3分 東経141度43.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船ほくしん丸 |
総トン数 |
745トン |
全長 |
85.52メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
(2)設備及び性能等
ほくしん丸は,平成7年8月に進水した船尾船橋型全通二層甲板の鋼製貨物船で,船首端から船橋前面まで約68メートルで,船橋下部に乗組員居住区及び機関室が,同室の前方に貨物倉がそれぞれ配置され,推力4.0トンのバウスラスターが設置されていた。そして,船橋には機関遠隔操縦装置及び航海計器として,レーダー2基,GPS,ジャイロコンパス,音響測深機等がそれぞれ装備されていた。
3 事実の経過
ほくしん丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,水砕カラミ1,700トンを積載し,船首3.41メートル船尾4.62メートルの喫水をもって,平成15年12月25日16時50分福島県小名浜港を発し,岩手県大船渡港に向かった。
ところで,A受審人は,発航前の予定では,大船渡港内に多数の養殖施設が設置されていたことから,夜が明けてから入航する航海計画を立てていた。
A受審人は,翌26日03時ごろ碁石埼沖合に達したころ,昇橋して予定より早く目的地に達したことを知り,大船渡港港外で,漂泊して夜明けまで待機するつもりでいたものの,折から雪混じりの北西の季節風が強く,船体の動揺が激しかったので入航して港内で錨泊待機することとし,同時57分碁石埼灯台から072度(真方位,以下同じ。)1.45海里の地点で,針路を310度に定め,12.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,船橋当直中の一等航海士を手動操舵に,昇橋した一等機関士を主機の遠隔操作にそれぞれ当たらせ,港奥の錨地に向けて進行した。
A受審人は,04時05分8.5ノットの半速力に,同時09分5.5ノットの微速力に減じて同じ針路で続航し,尾埼を右舷正横に見て4.0ノットの極微速力として右転を始め,同時18分大船渡港珊琥島北灯台(以下「北灯台」という。)から199度1,200メートルの地点で,針路を珊琥島と同島東方対岸との間の水路のほぼ中央に向首する030度に転じ,レーダーで同水路両側に設置された多数の養殖施設を,目視で同施設の黄色標識灯をそれぞれ確認しながら同じ速力で進行した。
04時26分A受審人は,総員を入港配置に就けないまま,一等航海士が船首配置に就くため降橋したので自ら舵輪を持って手動操舵に当たり,水路の東側にある養殖施設に向く針路としていたことから,目視とレーダーとにより見張りを行いながら,北灯台の並航時期を一応の目安とし,前方の同施設への接近状況を見極めて転針する予定で続航した。
A受審人は,04時27分北灯台から141度265メートルで,転針予定地点まで80メートルばかりの地点に達したとき,左舷船首55度500メートルの養殖施設内に漁船の灯火を認め,同船の動向をより正確に把握しようと思い,手動操舵のまま,舵中央として舵輪から手を離し,船橋最前部に移動して双眼鏡で同船内の人の動きを観察することに気をとられ,前路の見張りを十分に行うことなく,北灯台を航過して前方の養殖施設に著しく接近していることに気付かないまま進行した。
A受審人は,養殖施設に向かったまま,同じ針路及び速力で続航中,04時30分少し前レーダーで至近に迫った同施設の映像を認め,あわてて左舵一杯として機関を停止したが,効なく,04時30分北灯台から073度360メートルの地点において,ほくしん丸は,原針路,原速力のまま,養殖施設に乗り入れた。
当時,天候は雪で風力5の北西風が吹き,潮候は上げ潮の末期であった。
その結果,ほくしん丸には損傷がなかったが,養殖施設を損傷し,養殖かきに損害を与えた。
(本件発生に至る事由)
1 雪混じりの北西の強風が吹いていたこと
2 A受審人が,夜間入航したこと
3 A受審人が,総員を入港配置に就けず,船橋には同人のほかは一等機関士しかいなかったこと
4 左舷前方に漁船が存在したこと
5 A受審人が,見張りを十分に行っていなかったこと
6 A受審人が,転針しなかったこと
(原因の考察)
本件は,夜間,大船渡港において,両側に多数の養殖施設が存在する屈曲した水路を錨地に向けて航行中に発生したものである。
当時,水路の東側にある養殖施設に向く針路をとっていたのであるから,前路の見張りを十分に行っていれば,同施設との接近状況が分かり,著しく接近する前に転針して乗り入れを未然に防げた。従って船長が,前方の見張りを十分に行わなかったこと及び転針しなかったことは本件発生の原因となる。
夜間入港したこと及び総員を入港配置に就けず船橋にA受審人のほかは一等機関士しかいなかったことは,いずれも,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,前路の見張りを十分に行うことを妨げる要因は何らなかったと認められ,見張りを十分に行っていれば未然に防げた。従って,これらのことは,本件発生と相当な因果関係があるとは認められないが,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
雪混じりの北西の強風が吹いていたことは東北地方の港では,通常ありうる気象状況としてやむを得ないことであり,当時漁船を500メートルばかりに視認していることや,舵を中央として舵輪から離れたりしていることからすれば,同気象状況が航行に支障をもたらすような視界や海況であったとは認められず,珊琥島北方に漁船が存在したことは,両側に養殖施設がある水路であるから予測できたことであり,これが無秩序な動きをしないかぎりにおいて,特に船舶の安全運航を阻害する要因とはいえず,前路の見張りが不十分となった理由となるものの,いずれも原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件養殖施設損傷は,夜間,大船渡港において,両側に多数の養殖施設が存在する屈曲した水路を港奥の錨地に向けて航行する際,前路の見張りが不十分で,同施設に向首進行して乗り入れたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,大船渡港において,両側に多数の養殖施設が存在する屈曲した水路を港奥の錨地に向けて航行する場合,水路の東側にある同施設に向く針路をとっていたから,同施設に乗り入れないよう,前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,左舷前方の養殖施設内にいた漁船の動向をより正確に把握しようと思い,船橋最前部に移動して双眼鏡で同漁船内の人の動きを観察することに気をとられ,前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前方の養殖施設に著しく接近していることに気付かず,転針しないまま,同施設に向首進行して乗り入れ,同施設に損傷を,養殖かきに損害を与えるに至らしめた。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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