(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月15日10時00分
宮城県女川港東方沖合
(北緯38度29.3分 東経142度03.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三八興丸 |
総トン数 |
65トン |
全長 |
31.47メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
698キロワット |
回転数 |
毎分420 |
(2)設備等
ア 第三八興丸
第三八興丸(以下「八興丸」という。)は,平成2年8月に進水した鋼製漁船で,同15年7月現船舶所有者に購入されたのち,宮城県沖合から茨城県沖合にかけての漁場で沖合底びき網漁業に従事していた。
イ 主機及び発電機
八興丸は,圧縮空気始動式のディーゼル機関1機を主機として備え,圧縮空気始動式ディーゼル機関(以下「補機」という。)駆動の150KVA交流発電機を常時使用する主発電機として,主機駆動の80KVA交流発電機を予備発電機として,及び始動用電動機付ディーゼル機関駆動の交流発電機を非常用発電機として各1台装備していた。
ウ 主機及び補機の燃料油系統
主機及び補機の燃料油は,共にA重油で,通常は各燃料油貯蔵タンクから燃料油移送ポンプ(以下,燃料油系統のタンク及び機器名は「燃料油」を省略する。)によって容量約1,000リットルのセットリングタンクに移送され,遠心分離型の清浄機で清浄されて容量約1,200リットルのサービスタンクに送られたのち,同タンクから流量計及び沈殿槽を経て主機及び補機に供給されるようになっていたが,各タンクの取入弁を切り替えれば,各貯蔵タンクから移送ポンプで直接サービスタンクに送ることも可能であった。
ところで,セットリングタンク及びサービスタンクは,側面にガラス製の液面計を,上面に空気抜管と測深管を設けていたが,甲板上に導かれて並んで設置された両タンクの空気抜管と測深管には,いずれにも銘板が取り付けられていなかった。
エ 主機及び補機の始動用圧縮空気
八興丸は,主機・補機始動用及び雑用として,2個の空気槽と電動機駆動の主空気圧縮機及び手動始動式ディーゼル機関駆動の非常用空気圧縮機を各1台備えており,普段,空気槽には,同槽の圧力によって自動発停する主空気圧縮機で圧縮空気を充填するようになっていた。
オ 機器の整備状況
八興丸は,購入後の定期検査工事時に,主機や補機等の整備を行い,非常用空気圧縮機も開放整備して確認運転を行っていた。
3 事実の経過
A受審人は,八興丸の購入時から機関長として乗り組み,操機長と2人で各機器の運転や保守管理に従事していたところ,いつしか,非常用空気圧縮機が排気管に生じた破口から雨水がシリンダ内に浸入して運転できない状態になっていたが,乗船以来同機の運転を行ったことがなかったのでこのことに気付かず,また,清浄機についても,取扱説明書に3箇月または2,000時間を目安に開放整備するよう記載されていたにもかかわらず,運転中は3時間ないし4時間ごとにブローしてスラッジを排出しているから大丈夫と思い,購入後の工事で開放整備して以来,一度も開放掃除を行っていなかったので,いつしか回転体内部にスラッジが著しく堆積して正常な作動が妨げられるおそれのある状況になっていたが,このことに気付かなかった。
平成16年4月15日,A受審人は,操機長が交通事故に遭って乗船できなくなったことから1人で出港準備に当たり,02時50分ごろ補機及び主機を始動したのち,清浄機を始動して燃料油の清浄を開始したが,重液側から燃料油が流出して正常な運転ができなかったので,不調原因の調査を始めた。
03時00分,八興丸は,A受審人が清浄機の不調原因の調査を行っているなか,操業の目的で,宮城県女川港を発して金華山東方沖合の漁場に向かったところ,船長の父親が死亡したとの連絡を受けたので,一旦,女川港に引き返して船長を下船させたのち,A受審人ほか4人が乗り組み,四級海技士(航海)免許を受有する漁撈長が船長職を兼務し,船首1.7メートル船尾3.7メートルの喫水をもって,05時05分,再度同港を発して漁場に向かった。
A受審人は,出港後も引き続きブローを繰り返すなどして清浄機の不調原因を調べていたところ,07時20分ごろサービスタンクの低液面警報装置が作動するのを認めたが,清浄機の作動を早く正常に戻すことばかりに気を奪われていたので,以前,清浄機が故障したときには1週間ほど移送ポンプで貯蔵タンクからサービスタンクに補給した経験を有していたにもかかわらず,適切な措置を執ることなく,警報を止めただけで清浄機の不調原因調査を続行した。
八興丸は,その後もサービスタンクから主機と補機に燃料油が供給され続けたため,同タンクが空になって燃料油系統中に空気が混入し,08時00分,主機が停止するとともに間もなく補機も停止して船内電源が喪失した。
A受審人は,船内電源が喪失して移送ポンプの運転ができなくなったので,機関室に下りて来た他の乗組員にバケツでサービスタンクに燃料油を補給してもらうため,自らが機関室底部にある貯蔵タンクのマンホールを開放して甲板上の測深管に漏斗(じょうご)を取り付けたが,その際,船内電源が喪失して慌てていたうえ,甲板上に並んで設置されたセットリングタンクとサービスタンクの測深管にはいずれにも銘板が取り付けられていなかったので,誤って漏斗をセットリングタンクの測深管に取り付けてしまった。
その後,A受審人は,配管中に残っていた燃料油で主機及び補機の空気抜きを行っていたとき,燃料油を補給していた乗組員からタンクが一杯になったとの連絡を受け,補機の始動操作を開始したところ,配管中に残った僅かな燃料油で始動はするものの直ぐに停止してしまう状況であったのに,サービスタンクの油量を確認しなかったので同タンクが空のままであることに気付かず,サービスタンクには燃料油が入っているものと思い込んでそのまま始動操作を繰り返した。
こうして,八興丸は,補機の始動操作中,空気槽が空になったのを認めたA受審人が,サービスタンクを点検して同タンクに燃料油が補給されていないことに気付いたものの,空気槽に空気を充填しようとして非常用空気圧縮機の始動操作を試みたところ,同機が始動せず,主機及び補機が運転不能になり,10時00分金華山灯台から真方位060度26海里の地点において,航行不能となった。
当時,天候は晴で風力2の北東風が吹き,海上は穏やかであった。
この結果,八興丸は,救助を要請し,来援した海上保安部の巡視船に女川港沖合まで曳航されたのち,船舶所有会社が手配した引船に曳航されて石巻港に入港した。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が清浄機の開放整備を十分に行っていなかったこと
2 操機長が乗船していなかったこと
3 A受審人がサービスタンクの低液面警報装置が作動したときに同タンクに燃料油を補給しなかったこと
4 A受審人が誤ってセットリングタンクに燃料油を補給したこと
5 A受審人が補機の始動前にサービスタンクの油量を確認しなかったこと
6 非常用空気圧縮機が運転不能になっていたこと
(原因の考察)
本件は,清浄機の不調原因調査中にサービスタンクが空になって主機及び補機が停止し,その後,空気槽も空になったために主機及び補機の始動ができなくなって航行不能に陥ったものであるが,本船の主機及び補機は,圧縮空気始動式であるから,サービスタンクが空になって停止しても,始動用の圧縮空気があれば同タンクに燃料油を補給して再始動することが可能であった。
したがって,A受審人が,サービスタンクの低液面警報装置が作動したときに同タンクに燃料油を補給しなかったこと,主機及び補機の停止後に補給する燃料油タンクを間違えたこと,及び補機の始動前にサービスタンクの油量を確認しなかったことは,本件発生の原因となる。
すなわち,A受審人のサービスタンク低液面警報装置が作動したのちの措置が不適切であったことが,本件発生の原因となる。
一方,空気槽が空になってからでも非常用空気圧縮機が運転できていれば本件を回避できたと認められることから,A受審人が同機の確認運転を行っていなかったことも原因と考えられるが,同機が非常用であること,購入後に開放整備して確認運転を行っていること,及びシリンダ内に雨水が浸入した時期を特定できないことなどから,本件発生の原因とは認めない。しかしながら,同種事故再発防止の観点から,定期的に確認運転を行うことが望ましい。
なお,A受審人が清浄機の整備を十分に行わなかったこと,及び操機長が乗船していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件とは相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件運航阻害は,宮城県女川港東方沖合において主機及び補機を運転しながら漁場に向け航行中,清浄機の不調原因調査中にサービスタンクの低液面警報装置が作動した際,その後の措置が不適切で,主機及び補機が運転不能になったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機及び補機を運転しながら漁場に向け航行中,清浄機の不調原因調査中にサービスタンクの低液面警報装置が作動するのを認めた場合,同タンクからは主機及び補機に燃料油が供給されていたのであるから,同タンクが空になって主機及び補機が停止することのないよう,サービスタンクに燃料油を補給するなどの適切な措置を執るべき注意義務があった。ところが,同人は,清浄機の作動を正常に戻すことばかりに気を奪われ,サービスタンクに燃料油を補給しなかったばかりか,同タンクが空になって主機及び補機が停止したのちも適切な措置を執らなかった職務上の過失により,主機及び補機が始動できなくなって航行不能となる事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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