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平成16年門審第117号
件名

旅客船フェリーげんかい運航阻害事件

事件区分
安全・運航阻害事件
言渡年月日
平成17年2月9日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫,織戸孝治,上田英夫)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:フェリーげんかい機関長 海技免許:三級海技士(機関)
B 職名:フェリーげんかい一等機関士 海技免許:二級海技士(機関)

損害
運転不能

原因
発電機原動機への燃料油供給時の調査不十分

主文

 本件運航阻害は,発電機原動機が自停し,喪失した船内電源を復旧するにあたり,同原動機への燃料油供給状況の調査が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年7月18日19時00分
 玄界灘壱岐水道
 (北緯33度41.4分 東経129度47.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船フェリーげんかい
総トン数 675トン
登録長 61.15メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 2,647キロワット
(2)設備及び性能等
ア フェリーげんかい
 フェリーげんかい(以下「げんかい」という。)は,昭和58年に進水した全通船楼型の鋼製旅客船兼自動車渡船で,姉妹船1隻とともに,佐賀県呼子港と長崎県壱岐島印通寺港間の定期航路に就き,両港間を1時間10分で航海し,通常は1日3往復就航しており,主機として,6MG28BXE型と称するディーゼル機関を2機備え,軸系及び推進装置もそれぞれ2機分設置されていた。
イ 発電機原動機
 げんかいは,船内電源用の発電機原動機(以下「補機」という。)として,C社製の6PKTb-16型と称するディーゼル機関を2機備え,補機の定格出力及び回転数は,それぞれ231キロワット及び毎分1,200であった。
 補機は,25ないし30キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の高圧圧縮空気で始動され,始動時の回転数が毎分300に達すれば,始動空気を遮断して燃料運転に切替わるようになっており,離着岸時にバウスラスタを使用するときのみ2機を並列運転とし,航行中は,平素から1機のみが運転中でもう1機は予備機として自動始動及び運転の待機(以下「スタンバイ」という。)状態となっていた。
 そしてスタンバイ状態の補機は,運転中の補機や発電機及び配電盤や電路に何かの異常が生じた際,自動的に始動指令が出されて前示の圧縮空気が投入され,通常であれば始動直後に燃料運転に移行するものの,始動空気元弁の閉鎖などにより,始動発令後30秒間経っても始動及び燃料運転への移行が正常に進行しない場合には,「始動渋滞」の警報が作動するようになっていた。
ウ 補機の燃料油供給系統
 補機の燃料油供給系統は,呼び径が40ミリメートルの炭素鋼鋼管が配管され,サービスタンクから100メッシュの複式こし器を経たA重油が,入口に100メッシュのY型こし器を備えた流量計を経て,補機直結の燃料油サービスポンプに至るもので,同系統には燃料油供給ポンプやブースタポンプなどの加圧ポンプはなく,燃料油は,同タンクが機関室の床上2メートルに位置しており,その重力によって同サービスポンプまで供給されていた。
 また同系統の両こし器は,どちらも1箇月に一度開放して,軽油で洗浄及び圧縮空気によるエア吹かしの掃除が行われていた。
エ 補機用燃料油流量計
 補機用の燃料油流量計(以下「流量計」という。)は,機関室の床上20センチメートルにあり,機関日誌に1日あたりの燃料油消費量が自動的に印字されるよう,パルス発信機能が付加されており,内部に非円形の歯車を1対備えた容積式流量計で,流入回数即ち歯車の回転数を計数することによって通油量を計測するものであった。
 そして流量計は,燃料油中に含まれる異物などがそのまま内部に侵入すると,歯車の回転が止って通油が停止するおそれがあり,また,ケーシングには1周1リットルを表示する目盛板が取付けられ,燃料油が流量計を通れば,赤い指針が同板の表面を歯車の回転とともに回るようになっていて,通油を確認できるようになっていた。
オ 補機の始動空気系統
 げんかいは,機関室に,常用圧力30キロで容量150リットルの主機始動用空気だめ(以下「主空気だめ」という。)2器と,同容量80リットルの補機始動用空気だめ(以下「補助空気だめ」という。)1器が,またこれらの空気だめに圧縮空気を充填するため,電動機駆動の主空気圧縮機2機及び手動式の非常用空気圧縮機1機がそれぞれ設置されていた。
 そして,3器の各空気だめは,共通に使用できるように配管が施してあり,補機へも主空気だめからの圧縮空気が供給可能となっていた。
 主空気だめは,通常1器のみが使用され,他の1器は予備器として常時充填された状態に維持されていたが,補助空気だめは,発錆防止及びドレン排除の手間を省くことなどの理由で,空気を充填しないまま使用されていなかった。

3 事実の経過
 げんかいは,平成16年7月18日印通寺港と呼子港間を2往復定期運航したのち,同日16時00分印通寺港を発し,17時10分呼子港に至り,そして18時00分旅客50人及び自動車11台を搭載して,A及びB両受審人ほか9人が乗り組み,船首2.9メートル船尾3.1メートルの喫水をもって,当日最終便として呼子港を発し,印通寺港に向かった。
 げんかいは,補機を1号機のみ運転とし,針路を真方位320度として速力14.0ノットで壱岐水道を北西に向かっていたところ,補機燃料油系統について,同年6月23日に行った流量計のY型こし器を掃除したときか,あるいは,同7月8日に行った1次こし器掃除の際,こし網の小切片もしくは燃料油あるいは洗浄油中の異物がこし網に付着していたところ,燃料油通油量の変動などによって,同異物がこし網から離れて流量計の内部に侵入し,18時45分歯車の回転を停止させて流量計が閉塞状態となった。
 そして補機は,18時48分燃料油の供給が途絶えて自停し,船内の電源(以下「電源」という。)を喪失したが,スタンバイ状態の2号補機が自動的に始動し,配管内に残っていた僅かな燃料油が供給されて燃料運転となり,2号発電機の気中遮断器が投入を果たして電源が復旧したが,流量計が閉塞しているので2号補機への燃料油もたちまちに途絶え,まもなくして自停すると同時に,げんかいは再び電源を喪失した。
 食堂で休息していたA受審人は,電源の喪失を知って操舵室に急行し,同室で機関当直に従事していたB受審人に,機関室に赴いて必要な措置をとるよう指示し電源の本格復旧を待ったものの,蓄電池を電源とする非常灯のみが点灯したまま時間が経過するので,自身も機関室に向かった。
 機関室に先行していたB受審人は,2号補機が自停したことから,一旦自停した1号補機が,あらかじめ設定されている補機の自動運転プログラムに従って,改めて自動始動運転の態勢に入っていたものの,始動空気が正常に投入されても燃料運転とならず,この動作が繰り返されているうち,使用中の1号主空気だめの圧力が8キロにまで低下しているのを認め,使用する主空気だめを1号から2号に切替えた。
 B受審人は,電源を喪失したまま,補機が2機とも始動空気は投入されるものの,燃料運転とならない状況から気が動転し,同状況を冷静に考えることができず,依然1号補機が始動空気投入だけの始動運転を繰り返し,2号主空気だめの圧力も急速に低下し始め,同圧力が12キロに低下するとともに,1号補機の始動が長時間確立しない異常を示す始動渋滞警報が作動し,同機の始動態勢が解除されたのを認めた。
 このとき補機周りの現場に至ったA受審人は,補機異常の状況を観察していたB受審人に対し,事態の経緯について説明を求めれば,補機が2機とも燃料運転とならないことが分かり,2機が共用する燃料系統に不具合が生じていると推認できたが,以前姉妹船で経験したことのある機関単独の燃料遮断装置の不具合によって同装置が誤って作動したものと思い,B受審人に補機不具合の経緯について説明を求めたうえ,燃料油の供給状況の調査を十分に行わなかったので,流量計が閉塞していることに気付かず,速やかに流量計のバイパス弁を開けるなど非常時の通油措置をとらないまま,同装置を強制的に作動しないように細工し,同人に2号補機の手動始動を指示した。
 B受審人は,A受審人が機関長として的確な判断ができるよう,事態の経緯を速やかに且つ詳細に説明する必要があったものの,何度か始動操作を繰り返せばそのうち燃料運転になるのではないかとの期待から,当直機関士として機関長を十分に補佐しないまま,指示された2号補機の手動始動操作を繰り返した。
 こうして,げんかいは,流量計が閉塞して燃料油の供給が途絶えたまま,2号補機の手動始動操作によって,1号に続いて2号の主空気だめの圧力も8キロとなり,両空気だめとも補機の始動に必要な空気圧力を下回り,19時00分印通寺港西防波堤灯台から真方位146度3.6海里の地点において,補機の始動と運転が不能となり,直結する発電機が運転できず船内の電源確保が困難となった。
 当時,天候は晴で風力2の南西風が吹き,海上は穏やかであった。
 げんかいは,19時30分ごろ流量計の不具合に気付いたB受審人が同計のバイパス弁を開け,A受審人が補機に燃料油が供給されているのを確認したものの,補助空気だめの充填が行われていなかったことから,補機の始動が依然として不能のまま,電源の復旧を果たせなかった。
 その結果,げんかいは,運航不能に陥り,保安部や関係先に事態の急を連絡し,緊急投錨して救援を要請したのち,乗組員全員が交代で手動式の非常用空気圧縮機を操作し,翌19日00時23分,補助空気だめに圧力10キロの高圧空気が充填され,続いて1号補機の始動及び燃料運転がそれぞれ開始され,00時38分船内の電源の復旧を果たしたのち自力で航行を始め,予定より6時間半遅れの01時49分印通寺港に入港した。

(本件発生に至る事由)
1 平素から補機始動用空気だめの充填が行われていなかったこと
2 燃料油中の異物によって流量計が閉塞したこと
3 A受審人が,過去に経験した補機自停の例に固執したこと
4 A受審人が,当直中であったB受審人に,事態の経緯について説明を求めなかったこと
5 当直中であったB受審人が,A受審人に,事態の経緯を説明せず,A受審人の補佐を十分に果たさなかったこと
6 A及びB両受審人が,早期に流量計の閉塞に気付かなかったこと
7 A受審人が,非常時の燃料油通油の措置を速やかにとらなかったこと
8 当直中であったB受審人が,不具合の理由が分からないまま,補機の始動操作を何度も繰り返したこと
9 補機始動用の圧縮空気が消失し,補機が始動不能となったこと

(原因の考察)
 げんかいは,補機が2機とも始動及び燃料運転ができずに船内の電源を失ったとき,機関長及び一機士がそれぞれの職務を適切に果たしておれば,2機に共通な燃料油の供給系統に不具合が生じたことが分かり,こし器に異常がなければ後は流量計に問題があると推認でき,この時点では主空気だめの圧力は,低下していたものの12キロを維持していたから,速やかに流量計のバイパス弁を開け,補機の始動及び燃料運転を果たすことができたのであり,このことを妨げる要因は何もなかったと認められる。
 したがって,喪失した船内電源の復旧にあたり,事態の経緯について,A受審人が,機関室に先行したB受審人に対して説明を求め,またB受審人が,A受審人に説明するなど,補機用燃料油の供給状況の調査が十分に行われなかったことは,本件発生の原因となる。
 流量計のバイパス弁を開けて通油措置がとられ,燃料油が補機に供給されるようになったとき,日頃から補助空気だめに高圧の圧縮空気を充填しておくなどして,補機始動用高圧圧縮空気が確保されておれば,平素の主空気だめからの始動用空気の供給と同様に,補機の始動を果たすことができた可能性があるものの,2号主空気だめに続いて補助空気だめの元弁が開けられれば,結局本件と同じ状況となるので,補助空気だめに始動用空気が確保されていなかったことは,本件に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 流量計の閉塞については,機関を運転するにあたってどのように対策を講じても完全に防止することは不可能であり,事後の措置をいかに適切に執り得るかが重要であるので,原因とは認められない。
 また,A受審人が,補機始動不能の理由を過去に経験した事例に固執したこと,及び流量計閉塞という事態に早期に思いが及ばなかったこと,B受審人が,同理由が分からないまま補機の始動操作を繰り返したことなどは,燃料油の供給状況の調査が十分に行われていれば,起こらなかったのであるから,本件と相当の因果関係はなく,原因とならない。しかしながら,互いの意志の疎通をはかることは,経験の蓄積や日常の良好な人間関係の構築などが影響しており,これらのことは,船舶職員として常に留意すべき事項である。

(海難の原因)
 本件運航阻害は,呼子港から印通寺港に向けて壱岐水道を航行中,発電機原動機が自停し,喪失した船内電源を復旧するにあたり,同原動機への燃料油供給状況の調査が不十分で,適切な燃料油の通油措置がとられないまま,空気のみの始動運転が続けられ,始動用の高圧空気を失って,同原動機が始動不能となったことによって発生したものである。
 燃料油供給状況の調査が十分に行われなかったのは,機関長が,当直中の一等機関士に対し,事態の経緯について説明を求めなかったことと,当直中の一等機関士が,機関長に対し,事態の経緯を説明しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,呼子港から印通寺港に向けて壱岐水道を航行中,発電機原動機が自停し,喪失した船内電源の復旧にあたる場合,同原動機が2台とも燃料運転状態とならず,船内電源を長時間失いかねない事態になっているから,当直中の一等機関士に対し,事態の経緯を速やかに且つ詳細な説明を求めたうえ,燃料油供給状況の調査を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,過去に経験した発電機原動機自停の事例から,燃料遮断装置に不具合が生じたものと速断し,燃料油供給状況の調査を十分に行わなかった職務上の過失により,事態の経緯や不具合の理由が判然としないまま,同原動機の始動操作を繰り返すうち,始動用高圧空気を失う事態を招き,同原動機の始動及び発電機の運転が不能となり,船内電源を喪失して運航の中断を余儀なくされるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,呼子港から印通寺港に向けて壱岐水道を航行しながら機関当直中,発電機原動機が自停し,喪失した船内電源の復旧にあたる場合,現場の指揮をとる機関長が的確に対応できるよう,事態の経緯を速やかに且つ詳細に説明すべき注意義務があった。ところが,同人は,同原動機が2機とも燃料運転に移行しないので気が動転し,事態の経緯を速やかに且つ詳細に説明しなかった職務上の過失により,同原動機の自停理由が分からない状況のまま,始動操作を繰り返し,前示の事態及び運航の中断を余儀なくされるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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