(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月7日06時05分
対馬海峡
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第六十五悠久丸 |
総トン数 |
60トン |
全長 |
33.66メートル |
機関の種類 |
4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
639キロワット |
回転数 |
毎分790 |
3 事実の経過
第六十五悠久丸(以下「悠久丸」という。)は,昭和58年に進水した鋼製漁船で,平成7年現所有者が中古購入したのち大中型まき網漁船団の灯船として操業に従事し,主機として,X製のT210-ET2型と称するディーゼル機関を備え,1航海をほぼ25日間とし,月間5日間の月夜間及び年末年始などを休漁期として,周年僚船4隻とともに出漁していた。
悠久丸は,操業が日没から日出まで行われ,日中は主機を停止して錨泊していたことから,主機は,運転時間が年間約2,000時間で,2年ないし3年毎の検査工事のときには過給機も含めて開放整備されていたものの,この間定期的な整備は行われていなかった。
主機の過給機(以下「過給機」という。)は,Y製のVTR201-2型と称する排気ガスタービン過給機で,主機の船尾側上方に設置されており,右舷側に位置する単段の軸流タービンと左舷側に位置する単段の遠心式ブロワとが1本のロータ軸で結合され,タービン側に単列の,ブロワ側に複列の玉軸受がそれぞれ取り付けられていた。
そしてタービン及びブロワ両側の軸端にある注油ポンプは,両側にあるそれぞれの潤滑油溜まりから潤滑油を吸引し,噴射筒から同油を噴射して各軸受を潤滑しており,また油溜まりの油量は,円形の油面ガラスをパッキンとアルミ合金製の押え環で取り付けた油面計を通して視認できるようになっており,適正油量は各1リットル弱であった。
悠久丸は,平成14年9月検査のため入渠したとき,過給機を陸揚げして工場で開放したのち,タービン側及びブロワ側それぞれの軸受を新替えしたほか,タービン翼やノズルなど内部の点検掃除を行って整備を終えた。
A受審人は,中古購入時から機関長として乗船しており,同15年12月22日,定期的に1箇月毎に行っていた過給機タービン及びブロワ両側の潤滑油を新替えし,その後油面計を点検して同油の量を確認しないまま主機の運転及び操業を続けていたところ,経年劣化によってタービン側油面計のパッキンが弾力性を失い,押え環の締付力が低下して潤滑油が滲み出るようになっていたが,このことに気付かなかった。
超えて翌16年1月6日早朝,A受審人は,年末年始の休漁期を終えて新年初操業に出漁することとなり,発航に備えて主機を始動することとしたが,このとき,これまで過給機潤滑油の油量が減少したり補給の必要が生じるなどの異常がなかったので,同油は漏洩などの問題は起こらないものと思い,同油量の確認を十分に行わず,また休漁期明けの主機始動であったが,主機周りの点検を十分に行わなかったので,過給機タービン側油面計から潤滑油が漏洩して油量が基準の量を大幅に下回っていることも,また,漏洩した潤滑油が落下して直下の機関室床上が同油でぬれ損していることにも気付かないまま,主機の運転を開始した。
こうして悠久丸は,同日09時00分A受審人ほか5人が乗り組み,船首1.7メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,僚船4隻とともに佐賀県名護屋漁港を発し,対馬東方沖合の漁場に向かい,翌7日05時40分漁場に至って操業を始め,主機を回転数毎分600として網船の裏漕ぎを開始したところ,過給機タービン側潤滑油の漏洩が続いていたことから油溜まりの油量が著しく減少し,タービン側軸受の潤滑が急激に不良となり,06時05分対馬東方の対馬海峡北緯34度45分東経130度25分の海上において,同軸受が破損して過給機が大きな異音を発した。
当時,天候は晴で風力3の北風が吹き,海上は穏やかであった。
甲板上で操業の手助けをしていたA受審人は,機関室から生じた異音を聞いて同室に急行し,過給機の表面から白煙が立ち上り,排ガス管が過熱変色して異音が続いており,タービン側油面計の直下にあたる機関室床上の部分に潤滑油が泥状に拡散しているのに気付き,タービン側の軸受蓋を取り外したところ,潤滑油が無くなっており油面計の押え環が緩んで油面計から潤滑油が漏洩したことを認めた。
その結果,悠久丸は,主機の運転が不能となって操業を取り止め,同日16時30分僚船によって山口県下関漁港に引き付けられ,その後造船所で損傷を確認したところ,過給機内部のタービン翼などの回転体及び同回転体と接触したケーシングなどの固定部も著しく損傷していることが判明し,のち,損傷部品を新替え修理した。
(原因)
本件機関損傷は,休漁期明けの発航に備えて主機を始動する際,主機周りの点検が十分でなかったこと,及び主機用過給機潤滑油の油量確認が十分に行われず,過給機の油面計から潤滑油が漏洩するまま主機の運転が続けられ,油量が減少して過給機軸受の潤滑が不良となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,休漁期明けの発航に備えて主機を始動する場合,主機の過給機について,潤滑油の油量を十分に確認すべき注意義務があった。ところが,同人は,過去に潤滑油量が減少したり補給の必要が生じたりしたことがなかったので,漏洩など起こらないだろうと思い,潤滑油の油量確認を十分に行わなかった職務上の過失により,油面計取付け部から潤滑油が漏洩し,油量が減少していることに気付かないまま,主機を始動したのち運転を続け,潤滑油溜まりの油量不足によって過給機軸受の潤滑不良を招き,漁場で操業中,同軸受が著しく損傷してロータ軸が移動し,タービン翼などの回転体とケーシングなどの固定部が接触して各部品が損傷するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。