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平成16年横審第49号
件名

漁船第八永盛丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年3月25日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(安藤周二,中谷啓二,浜本 宏)

理事官
千葉 廣

受審人
A 職名:第八永盛丸機関長 海技免許:三級海技士(機関)(機関限定)(旧就業範囲)
指定海難関係人
B 職名:C社造修部修繕課機電係
補佐人
D

損害
主機の4番主軸受,3番シリンダのクランクピン軸受,ピストン及びシリンダライナほか,クランク軸等の損傷

原因
クランク室の点検不十分

主文

 本件機関損傷は,主機の潤滑油温度が上昇傾向となる状況下,クランク室の点検が不十分で,高出力域のまま運転が続けられ,主軸受メタルとクランクジャーナルとの摺動部が著しく金属接触したことによって発生したものであるが,金属接触が生じた経過を明らかにすることができない。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月31日20時00分
 千葉県野島埼東方沖合
 (北緯34度55.5分 東経140度10.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第八永盛丸
総トン数 499トン
全長 65.36メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分680
(2)設備及び性能等
ア 第八永盛丸
 第八永盛丸(以下「永盛丸」という。)は,平成5年11月に進水した,かつお一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で,船尾上甲板下方に機関室が配置され,同室中央部に主機が装備されていた。
イ 主機
 主機は,E社が製造した6N280-EN2型と呼称する,シリンダ内径280ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程380ミリのディーゼル機関で,シリンダ及び主軸受に船尾側から順番号が付されており,フライホイール側から見て左回りのクランク軸に弾性継手を介し逆転減速機が連結され,また,2番ないし5番シリンダにそれぞれクランク室安全弁が設けられていた。
ウ 主機の潤滑油系統
 潤滑油系統は,総油量3,600リットルのドライサンプ方式で,サンプタンクから32メッシュ金網式の潤滑油1次こし器を介し直結駆動の歯車式潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が,250メッシュ金網複筒切替え式の潤滑油2次こし器,潤滑油冷却器及び潤滑油主管を順に経て主軸受に入り,クランクジャーナル及びクランクピン内部の油路を通ってクランクピン軸受へ送られ,さらに連接棒内部の油路を通ってピストンピン軸受に至り,各軸受を潤滑してピストンを冷却するほか,クランクアームの回転によるはねかけでピストンとシリンダライナとの摺動面(しゅうどうめん)に注油され,クランク室に落下した後,同タンクに戻る経路で循環していた。そして,潤滑油温度調節弁及び同圧力調節弁が設けられていて,潤滑油冷却器出口の潤滑油温度が43ないし54度(摂氏,以下同じ。)及び潤滑油主管の潤滑油圧力(以下「潤滑油圧力」という。)が4.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)程度となるように調節されており,これが2.0キロ以下及び1.5キロ以下に低下すると潤滑油圧力低下警報装置及び同停止装置がそれぞれ作動するようになっていた。また,サンプタンクの側流清浄系統として,遠心式潤滑油清浄機及びCGCフィルタと呼称される潤滑油濾過器(ろかき)が設置されていた。
エ 主機の主軸受
 主軸受は,油圧による締付けボルトで取り付けられた主軸受キャップ及び同ハウジングに同メタルが装着されていた。主軸受メタルは,直径260ミリ幅93ミリの上下二つ割り半円形の鋼製裏金にニッケルめっき,鉛成分三元めっき,その上に錫(すず)フラッシュめっきがそれぞれ施された厚さ5ミリの完成メタルで,上メタルの中央頂部に潤滑油穴1個,円周方向中央部に潤滑油溝が設けられており,また,装着されるとき,位置がずれないよう,いずれも上下合わせ面端部の折曲げ加工により設けられたノッチがこれと相対する主軸受キャップ及び同ハウジングの溝部にはめ込まれる構造となっていた。
オ 主機のクランクピン軸受
 クランクピン軸受は,斜め二つ割りセレーション合わせの連接棒大端部及びキャップに同軸受メタルが装着されていた。クランクピン軸受メタルは,鋼製裏金にケルメット合金が溶着され,その上の鉛錫合金にめっきが施された完成メタルであった。
カ 主機の主軸受隙間(すきま)及びクランクアームデフレクション
 取扱説明書には,主軸受隙間について0.19ミリないし0.24ミリの標準範囲にあること,及びクランクアームデフレクション(以下「デフレクション」という。)の許容最大値について1番シリンダは0.114ミリ,2番ないし6番シリンダは0.038ミリであることが記載されていた。

3 事実の経過
 永盛丸は,静岡県焼津港を基地とし,1航海を1箇月ないし2箇月とする操業を繰り返しており,平成15年3月11日から4月7日までの間,同県清水港に回航のうえC社に入渠し,主機の定期検査受検の目的で,2番,4番及び6番主軸受下メタルの開放と復旧,ピストン抜出し等の整備工事のほか,潤滑油の新替えやサンプタンクの掃除を同社に請け負わせた。
 B指定海難関係人は,永盛丸の機関工事責任者の業務にあたり,主機の定期検査受検を終えた後,開放された2番,4番及び6番主軸受下メタルが引き続き使用されることとなり,4月3日作業員に同メタルの組立て復旧を行わせたが,その際,主軸受隙間の計測方法及び計測箇所を確認しないまま,工程等を打ち合わせただけで,組立て復旧を監督していなかった。
 主機は,2番,4番及び6番主軸受下メタルの組立て復旧が行われた際,主軸受隙間が正確に計測されず,また,その組立て復旧後,開放前との比較で,1番シリンダのデフレクション計測値のほか,4番主軸受を間に置いた3番及び4番シリンダの同計測値の傾向が変化して6番シリンダの同計測値が0.040ミリの状態となった。
 B指定海難関係人は,主機の整備工事期間中に不具合があれば永盛丸側に連絡することになっていたが,前示デフレクション計測値の傾向の変化を検討しなかったので,速やかにその傾向の変化を連絡しないまま,4月4日海上試運転が実施された際,全速力前進の回転数680(毎分,以下同じ。)にかけた後,作業員にクランク室を開けさせ,各主軸受キャップ等の温度に異状がないことを確かめた。
 一方,A受審人は,自主的に主機の整備工事に立ち会っており,デフレクション計測値の傾向の変化が連絡されないまま,海上試運転でクランク室が開けられた際に自ら触手して各主軸受キャップ等の温度に異状がないことを,同試運転後に潤滑油1次こし器及び同2次こし器に汚れや金属粉等の異物がないことを確かめていた。
 A受審人は,4月7日永盛丸が出渠して操業を再開した後,主機の運転保守にあたり,潤滑油系統の総油量を2,500リットル以上に保ち,潤滑油圧力が4.0キロに低下するときには機関室当直者の報告を求めることとし,時折,潤滑油2次こし器を切り替えて掃除のうえ,同こし器内部に汚れや異物がないことを確かめており,潤滑油圧力低下警報装置及び同停止装置が作動する状況にならないまま,月間550時間ばかりの運転を繰り返していた。
 永盛丸は,A受審人ほか28人が乗り組み,船首2.0メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,7月14日22時00分焼津港を発し,同月20日宮城県金華山東方沖合の漁場に至り,操業を続けた後,びんなが等330トンを漁獲し,水揚げの目的で,8月26日夕方漁場を発進して焼津港に向け帰航の途に就いた。
 主機は,出渠から約2,700運転時間を経過した8月27日以降,潤滑油に混入した燃焼生成物に対する同油添加剤の機能が維持されたまま,高出力域の全速力前進の回転数660ないし680で運転中,4番主軸受メタルとクランクジャーナルとの摺動部が金属接触を生じ始めて発熱し,潤滑油冷却器の冷却能力に余裕があるにもかかわらず,同冷却器入口の潤滑油温度(以下「潤滑油温度」という。)が平素の64ないし65度を超える上昇傾向となった。
 しかし,A受審人は,8月28日06時00分主機の潤滑油圧力4.2キロ及び潤滑油温度64度を見て,潤滑油2次こし器を切り替えて掃除したとき,同こし器内部に異状がなかったものの,29日同68度まで上昇した後,潤滑油冷却器の冷却海水量を増やす措置をとり,31日18時からの機関室当直に就き,19時55分同70度を見て,平素と異なる潤滑油温度の上昇傾向を認めたが,帰航を急ぐことに気をとられ,速やかに主機を停止のうえクランク室を十分に点検しなかったので,4番主軸受が発熱していることに気付かず,高出力域の回転数675にかけたまま運転を続けた。
 こうして,永盛丸は,20時00分野島埼灯台から真方位084度14.4海里の地点において,帰航中,主機の前示4番主軸受摺動部が著しく金属接触して焼き付き,同軸受メタルがクランクジャーナルと共回りの状況となり,焼付きによる金属片が潤滑油の油路に詰まって3番シリンダのクランクピン軸受が同油量不足により焼損するとともに,冷却不良となって過熱したピストンが膨張してシリンダライナと焼き付き,燃焼ガスが吹き抜けてクランク室安全弁が作動し,同時に異音を発した。
 当時,天候は曇で,風力2の北東風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,機関室で異音を聞き,主機を停止した後,ターニングが困難であり,クランク室を点検したところ,3番シリンダの同室に飛散した金属粉等を認めて運転を断念し,その旨を船長に報告した。
 永盛丸は,航行不能となって海上保安庁に救助を要請した後,巡視船が来援し,引船により焼津港に引き付けられ,主機が精査された結果,4番主軸受,3番シリンダのクランクピン軸受,ピストン及びシリンダライナほか,クランク軸等の損傷が判明し,損傷部品が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 B指定海難関係人が,主機の主軸受隙間の計測方法及び計測箇所を確認しなかったこと
2 主機の主軸受隙間が正確に計測されなかったこと
3 主機のデフレクション計測値の傾向が変化したこと
4 B指定海難関係人が,主機のデフレクション計測値の傾向の変化を検討しなかったこと
5 主機が高出力域で運転されたこと
6 出渠から主機が約2,700運転時間を経過した状態で,4番主軸受摺動部が金属接触を生じ始めたことにより潤滑油温度が上昇傾向となったこと
7 A受審人が,平素と異なる主機の潤滑油温度の上昇傾向を認めた際,速やかに主機を停止のうえクランク室を点検しなかったこと
8 主機の4番主軸受摺動部が著しく金属接触して焼き付き,同軸受メタルがクランクジャーナルと共回りしたこと

(原因の考察)
 本件は,出渠から主機が約2,700運転時間を経過した状態で,4番主軸受摺動部が金属接触を生じ始めたことにより潤滑油温度が上昇傾向となった後,同摺動部が著しく金属接触して焼き付き,同軸受メタルがクランクジャーナルと共回りしたものと認められる。
 そこで,主機の4番主軸受摺動部が金属接触を生じた起因(以下「起因」という。)となる事項について検討する。
 主軸受隙間について,正確に計測されなかったことは,標準範囲外であれば起因となり得るが,主軸受キャップ等の温度に異状がなかったことと,出渠から主機が約2,700運転時間を経過していたこととを合わせ考えると,起因とのかかわりが不明であるといわざるを得ない。
 デフレクション計測値の傾向が変化したことについて,その変化は起因とのかかわりが不明であるといわざるを得ない。
 主機が高出力域で運転されたことについて,機関日誌抜粋写中に記載の運転状況により過負荷運転ではないから,起因とは認められない。
 潤滑油について,依頼試験結果報告書中に汚染度試験方法の重量法による測定結果61.0の記載があり,同測定結果では著しく汚染されていたことになるが,試料採取箇所が潤滑油1次こし器であることから,本件後同油が通されているうち同こし器に入った金属粉等によるものと考えられ,さらに,燃焼生成物に対する同油添加剤の機能が維持されていることから,スラッジ等の混入による汚損の蓋然性が低く,8月28日潤滑油2次こし器を切り替えたとき特に汚れていなかったことを勘案すると,潤滑不良を引き起こすほど汚損されていたといえないので,起因とは認められない。
 また,主軸受キャップと同ハウジングとの合わせ部跡が4番主軸受上メタルの円周方向端部付近に認められることから,同上メタルがずれていた点について,F専任課長に対する質問調書中,「3個の主軸受メタルを組み立てるとき,1個の主軸受上メタルをはめたまま肌付きまで締めないでターニングを行うと同メタルが連れ回りする。」旨の供述記載,G社員に対する質問調書中,「クランク室の中で作業を行った。主軸受上メタルは取り外さなかった。開放後のターニングは同一方向で同メタルが抜けないようにするが抜け出てきたときにはハンマーの柄でたたいて入れる。」旨の供述記載,主軸受メタル取付け位置がずれる可能性についての回答書中,「組立て後に同位置がずれていた場合は手動によるターニングが重くなる。」旨の記載,主軸受隙間の計測でターニングが行われていること,出渠から主機が約2,700運転時間を経過していたこと,並びに主軸受メタル焼付き状況等調査報告書中,「焼き付いて共回りになり,同主軸受上下メタル合わせ面に隙間が生じて同面端部のノッチがクランクジャーナル側に入り込むと考えられる。」旨の記載により焼き付いて共回りになった経緯があることを総合すると,ずれた時期の特定ができないので,起因とのかかわりが不明であるといわざるを得ない。
 そのほか十分な挙証が得られないので,4番主軸受摺動部の金属接触が生じた経過を明らかにすることができない。
 次に,機関長が,平素と異なる主機の潤滑油温度の上昇傾向を認めた際,速やかに主機を停止のうえクランク室を点検していたなら,主軸受が発熱していることに気付き,油圧による4番主軸受の開放が困難であったとしても,潤滑油圧力調節弁で潤滑油圧力を上げるなり,回転数を下げるなりの措置をとるなどして4番主軸受摺動部が著しく金属接触する事態を回避することが可能であったと認められる。
 したがって,A受審人が,平素と異なる主機の潤滑油温度の上昇傾向を認めた際,速やかに主機を停止のうえクランク室を点検しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人が,主機の主軸受隙間の計測方法及び計測箇所を確認しなかったこと及びデフレクション計測値の傾向の変化を検討しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,主機の主軸受メタルとクランクジャーナルとの摺動部が金属接触を生じ始めたことにより潤滑油温度が上昇傾向となる状況下,クランク室の点検が不十分で,高出力域のまま運転が続けられ,同摺動部が著しく金属接触したことによって発生したものであるが,金属接触が生じた経過を明らかにすることができない。

(受審人等の所為)
 A受審人は,主機の高出力域で運転中に平素と異なる潤滑油温度の上昇傾向を認めた場合,主軸受等の発熱箇所を見落とさないよう,速やかに主機を停止のうえクランク室を十分に点検すべき注意義務があった。しかし,同人は,帰航を急ぐことに気をとられ,速やかに主機を停止のうえクランク室を十分に点検しなかった職務上の過失により,主軸受が発熱していることに気付かず,高出力域のまま運転を続け,主軸受メタルとクランクジャーナルとの摺動部が著しく金属接触する事態を招き,主軸受,クランクピン軸受,ピストン,シリンダライナ及びクランク軸等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人の所為は,原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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