(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月22日05時20分
宮城県石巻港南東方沖合
(北緯37度38分 東経145度34分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十七惣寶丸 |
総トン数 |
330トン |
全長 |
60.30メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,206キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三十七惣寶丸
第三十七惣寶丸(以下「惣寶丸」という。)は,平成元年3月に進水した,大中型まき網漁業船団の鋼製運搬船で,可変ピッチプロペラが装備され,船尾に船橋及びその下方に機関室が配置されており,同室中央部に主機が据え付けられ,船橋に主機とプロペラ翼角(以下「翼角」という。)の遠隔操縦装置が設けられていた。
イ 主機
主機は,B社が製造した6MG32CLX型と呼称するディーゼル機関で,計画出力1,250キロワット同回転数毎分540(以下,回転数は毎分のものを示す。)として登録され,連続最大出力における燃料噴射ポンプラックが目盛34のところ,平成11年5月に同目盛26で燃料最大噴射量制限装置の封印が施されており,また,メーカーからシリンダ出口排気温度の上限値を480度(摂氏,以下同じ。)とするように推奨されていた。
ウ 主機の過給機
主機の過給機(以下「過給機」という。)は,B社が製造したM.A.N.-B&WNR26/R型と呼称する,連続最大回転数29,700,タービン入口許容排気温度650度の排気ガスタービン過給機で,タービンケーシング,ブロワケーシング及びタービンケーシングとブロワケーシング間の軸受ケーシング等からなり,タービンケーシングの排気入口及び同出口がそれぞれ排気マニホルド及び煙突へ立ち上がる排気管に接続されており,タービンケーシング内部に入った排気がノズルリングを通ってタービン翼の半径方向に流入する構造になっていた。そして,軸受ケーシングには,タービン翼とブロワ翼とを連結したロータ軸の中央部を支える浮動スリーブ式平軸受や,圧縮された空気の漏洩(ろうえい)を防ぐラビリンスプレートなどが組み込まれていた。
エ 過給機の取付け状況
過給機は,軸受ケーシング及びタービンケーシングの各下部に設けられたL形ブラケットによって,主機架構船尾側上部に取り付けられており,軸受ケーシングブラケットの側面に8個,及びタービンケーシングブラケットとタービンケーシングの両側面に9個のボルト穴が開けられ,取付けボルトとしてねじの呼び径10ミリメートル(以下「ミリ」という。),全長35ミリの炭素鋼製六角ボルトが各ボルト穴に貫通され,軸受ケーシングブラケットのボルトとブロワケーシングのねじ穴部とが,及びタービンケーシングブラケットのボルトとナットとがそれぞれ締め付けられる構造になっていた。
3 事実の経過
惣寶丸は,平成14年12月合入渠工事で定期整備のため,主機に過給機が取り付けられた状態のまま開放掃除が行われた後,周年にわたり,主に宮城県石巻港から出漁し,運搬船の業務のほか魚群探索に従事していた。
A受審人は,主機の運転保守にあたり,乗り組んだとき既に燃料最大噴射量制限装置の封印が取り外されており,平素,全速力前進航行中に翼角18.5度として回転数620ないし同630にかけ,燃料噴射ポンプラックの目盛31及びシリンダ出口排気温度450度をいずれも超えない状態の高出力域で月間330時間ばかりの運転を繰り返していた。
また,主機の取扱説明書には,ボルト類の緩みの有無を確かめることが記載されていて,A受審人は,2箇月ごとにこれを確かめ,同15年8月下旬ボルト類の増締めによる点検を行ったが,その際に過給機取付けボルトは緩んだ経験がなかったことから,同ボルトに対する点検を行わなかった。
ところが,過給機は,高出力域で運転中にタービンケーシング等の熱膨張の影響を受けているうち,いつしか軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ少しずつ緩む状況となり,軸受ケーシングブラケットの側面でボルトにせん断力が作用し,亀裂が生じて進行していた。
しかし,A受審人は,同年10月21日09時20分石巻港に入港し,出漁前に停泊した際,これまで過給機取付けボルトは緩んだことがないから大丈夫と思い,同ボルトに対して目視や増締めなどによる点検を十分に行わなかったので,前示軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ緩む状況に気付かないまま,その後運転を続けた。
こうして,惣寶丸は,A受審人ほか8人が乗り組み,船首3.3メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,同日14時10分石巻港を発し,同港南東方沖合の漁場に至った後,翼角18.0度として主機を回転数620にかけ,魚群探索中,翌22日05時20分北緯37度38分東経145度34分の地点において,過給機の軸受ケーシングブラケットのボルト6本が切損し,ロータ軸の軸心が偏移すると同時に異音を発してブロワ翼とラビリンスプレートが接触したうえ,その衝撃でタービン翼とタービンケーシングが接触し,各接触箇所が損傷した。
当時,天候は曇で風力3の南風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,機関室当直中に異音を聞き,主機を停止して過給機のブロワケーシング側を点検したところ,ロータ軸の損傷を認め,船内修理不能と判断し,その旨を船長に報告した。
惣寶丸は,魚群探索を打ち切り,翼角7.5度として主機を回転数500にかけ,石巻港に帰港した後,過給機が精査された結果,ロータ軸のほか及びタービンケーシング及びブロワケーシング等の損傷が判明し,同機が新替えされた。
(本件発生に至る事由)
1 主機の燃料最大噴射量制限装置の封印が取り外されていたこと
2 A受審人が,主機の高出力域での運転を繰り返していたこと
3 A受審人が,主機のボルト類の増締めによる点検を行った際に過給機取付けボルトに対する点検を行わなかったこと
4 過給機の軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ緩んだこと
5 A受審人が,出漁前停泊した際に過給機取付けボルトに対して目視や増締めなどによる点検を行わなかったこと
6 過給機の軸受ケーシングブラケットのボルトが切損したこと
7 過給機のロータ軸の軸心が偏移したこと
(原因の考察)
本件は,過給機の軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ緩んで軸受ケーシングブラケットのボルトが切損したことから,ロータ軸の軸心が偏移する事態に至ったものと認められる。
機関長が,過給機取付けボルトに対して目視や増締めなどによる点検を十分に行っていたなら,過給機の軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ緩む状況に気付き,軸受ケーシングブラケットのボルトの切損及びロータ軸の軸心の偏移を回避することが可能であったと認められる。
したがって,A受審人が,主機の運転保守にあたりボルト類の増締めによる点検を行った際に過給機取付けボルトに対する点検を行わなかったうえ,出漁前停泊した際に同ボルトに対して目視や増締めなどによる点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
また,主機の燃料最大噴射量制限装置の封印が取り外されていたことと,A受審人が,高出力域での運転を繰り返していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,過給機取付けボルトに対する点検が不十分で,過給機の軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ緩む状況のまま運転が続けられ,タービンケーシング等の熱膨張の影響によるせん断力が作用して軸受ケーシングブラケットのボルトが切損し,ロータ軸の軸心が偏移したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転保守にあたり,出漁前に停泊した場合,ボルト類は緩むことがあるから,その緩み等を見落とさないよう,過給機取付けボルトに対して目視や増締めなどによる点検を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,これまで過給機取付けボルトは緩んだことがないから大丈夫と思い,同ボルトに対して目視や増締めなどによる点検を十分に行わなかった職務上の過失により,過給機の軸受ケーシングブラケット及びタービンケーシングブラケットのボルトがそれぞれ緩む状況に気付かないまま運転を続け,タービンケーシング等の熱膨張の影響によるせん断力が作用して軸受ケーシングブラケットのボルトが切損し,ロータ軸の軸心が偏移する事態を招き,同軸のほかタービンケーシング及びブロワケーシング等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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