(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月1日04時40分
山口県宇部港南方沖合のシーバース
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
引船わかしお |
総トン数 |
208トン |
全長 |
33.52メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,647キロワット |
回転数 |
毎分750 |
(2)設備及び性能等
ア わかしお
わかしおは,平成元年に進水した全通一層甲板中央機関型の鋼製引船で,2機2軸の推進機関を備え,所有会社が運航して平成15年9月第1種中間検査工事を行い,その後同年12月用船会社の変更に伴い,全乗組員も新たな用船会社であるC社の社員に変更となり,A受審人ほか4人の乗組員によって運航され,主として,山口県の宇部港,徳山下松港及び防府港での曳航作業や荷役警戒業務に従事していた。
イ 主機
主機は,D社製の6L28BXF型と称するディーゼル機関で,燃料油としてA重油が使用され,逆転減速機や直結駆動する冷却清水ポンプ,冷却海水ポンプ及び潤滑油ポンプなどを備え,発停は機関室で,操縦は電気空気式の遠隔操縦装置により船橋で,それぞれ行うようになっていた。
また主機は,通常の航行中や大型油送船の離着桟支援作業中には2機が運転されていたものの,荷役警戒作業に従事するときは1機のみが運転されていたことから,両舷機の運転時間を平均化する目的で6時間毎に切り替えて運転されていた。
ウ 主機の冷却清水系統
同系統は,密閉サイクルで,機関直結の冷却清水ポンプ,機関各シリンダのシリンダライナ及びシリンダヘッド,清水冷却器を順次経るもので,通常の圧力は1.2キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。),温度はシリンダ入口管において摂氏70度(以下,温度については摂氏温度)前後,各シリンダ出口の集合管で78度であった。
なお,同系統には,高温警報装置は設置されていたものの,圧力低下の警報装置は設置されていなかった。
(ア)冷却清水ポンプ
同ポンプ(以下「ポンプ」という。)は,遠心ポンプで,清水のポンプ出入口管は,ともに呼び径80ミリメートルで,ポンプ軸及びインペラキーの材料はステンレス鋼であった。
また,インペラ及びインペラをポンプ軸に固定して締め付けるインペラナットは,青銅製で,緩み防止のため2重に取り付けられ,外側のナットはポンプ軸端保護のため袋ナットが使用されていた。
(イ)冷却清水高温警報装置
同装置(以下「警報装置」という。)は,冷却清水(以下「冷却水」という。)の出口集合管に挿入して取り付けられた感温筒と,温度スイッチ及び両部品間のキャピラリーチューブから成り,同チューブの内部には,液体のフロン−142b冷媒が封入され,外側にフレキシブルチューブが巻かれていた。
そして警報装置は,冷却水の温度が上昇すればキャピラリーチューブ内部の冷媒が膨張し,温度スイッチを作動させる構造となっており,スイッチ作動の温度は90度に設定されていた。
ところでキャピラリーチューブは,外径2.4ミリメートルの銅管で,昭和63年以前に製造された旧型においては,機関の振動や衝撃が長時間加わると,急な曲管部や管端の固定部付近で亀裂などの損傷が生じることがあり,その後に製造された新型では,同固定部に樹脂製の保護キャップを取り付けるように設計変更されたものの,わかしおの主機には,旧型の同チューブが取り付けられていた。
3 事実の経過
わかしおは,建造以来所有会社によって運航されていたところ,平成15年9月,第1種中間検査工事のため造船所に入渠し,工事の一環として両舷の主機を開放して必要な整備を行い,遠隔手動停止の操縦装置や保護装置の作動試験など,定められた効力試験を実施した。
このとき右舷主機(以下「右舷機」という。)は,直結駆動するポンプも開放して整備されたものの,インペラキーが僅かに磨耗していたためか,同キーとキーみぞとに僅かな隙間を生じていた。
その後わかしおは,同年12月C社によって用船及び運航されることとなり,これに伴って乗組員も全員が同社の社員に配乗替えとなり,就航する海域も所有会社のある伊勢湾から周防灘に移った。
A受審人は,一等機関士(以下「一機士」という。)と2人でわかしおの機関部を担当することとなったが,これまで乗船していた船舶も同様に引船であり,機関の設備などにも特別目新しい機器などがなかったことから,主機の運転値を定期的に機関日誌に記載することを行わず,所属会社の引船に乗船していたときと同様に,前示高温警報を含めた保護装置の作動確認は1年毎の入渠直前のみとするなど,従来の機関管理を踏襲していくこととした。
A受審人は,主機の運転中,ポンプの振動が徐々に大きくなっていたが,機側の冷却水の圧力計及び温度計各表示値に顕著な異常が見られなかったことから,同系統には何も問題が生じていないと思い,見回り時に聴音棒を利用したりケーシングに触手したりするなどして,ポンプの運転状況の点検を十分に行っていなかったので,このことに気付かないまま主機の運転を続けていた。
そして右舷機は,いつしか,前示キャピラリーチューブの温度スイッチ接続直近部に小さな亀裂を生じ,内部の封入液が漏洩して冷却水の高温警報が作動不能となっていた。
わかしおは,平成16年6月29日08時30分,A受審人ほか4人が乗り組み,船首尾とも3.0メートルの等喫水で宇部港を発し,西部石油宇部沖シーバースに向かい,09時15分同バースに至って着桟支援作業に従事したのち,10時45分左舷主機(以下「左舷機」という。)のみを運転しながら,大型油送船揚荷役の警戒作業を開始した。
越えて7月1日03時55分,機関当直に就いた一機士のBは,予定されていた主機の運転切替のため機側で右舷機を始動し,04時00分主機の負荷を左舷機から右舷機に移して,右舷機各部の圧力や温度に顕著な異常がないことを確認し,04時15分船橋に赴いた。
わかしおは,右舷機の回転数を毎分580として,油送船の揚荷警戒作業に従事中,前示インペラキーの磨耗が著しく進行し,同キーが破損するとともにキーみぞも損傷して変形したことから,インペラの振動が拡大してインペラナット2個が激しい衝撃を受けるようになり,ナットのネジ山が衰耗してポンプ軸から抜け外れ,次いでインペラも固定が解かれて同軸から離脱し,ポンプが空運転となり始め,機関への冷却水の供給が途絶え,同水の温度が急上昇するようになった。
こうして右舷機は,たちまち過熱運転状態となったものの,高温警報装置が作動不能のまま,機関各部の温度も急上昇し,過給機のケーシングが焼損し始めて白煙を生じるようになり,04時40分本山灯標から真方位211度3.5海里の地点において,船橋にいたB一機士が,機関室から噴出する白煙に気付いた。
当時,天候は晴で風力2の北北西風が吹き,海上は穏やかであった。
自室で休息していたA受審人は,B一機士からの報告を受けて機関室に急行し,右舷機が過熱運転状態となり,冷却水も圧力が0キロとなり温度が温度計の100度の目盛を振り切っているのを認め,急きょ右舷機を停止し左舷機を始動した。
その結果,わかしおは,最寄の造船所に入渠し,右舷機のポンプのインペラキーが細かな小片になるまで損傷し,インペラナット2個がポンプの入口弁付近に脱落していること,インペラがポンプ軸から離脱してポンプケーシングに接触し著しく損耗していること,機関の各シリンダの燃料噴射弁の外筒が過熱変形し,冷却水が漏洩して弁腕注油の潤滑油系統に混入していること,シリンダライナのOリングが過熱で変形及び硬化していることなどが判明し,のち,これらが新替え修理された。
(本件発生に至る事由)
1 主機の冷却水系統に,圧力低下警報が装備されていなかったこと
2 ポンプのインペラキーとキーみぞとに,僅かな隙間が生じていたこと
3 主機の運転中,運転状況を記録する機関日誌が適切に記録されていなかったこと
4 主機の運転中,冷却水の圧力や温度が,機側の計器盤で十分に監視されていなかったこと
5 主機警報装置の作動確認が,適切な間隔で行われていなかったこと
6 主機の運転中,ポンプの点検が,十分に行われていなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,大型油送船の揚荷役の警戒業務に従事しながら主機を運転中,ポンプのインペラがポンプ軸から離脱して冷却水の通水が途絶え,同水の温度が著しく上昇したことによって発生したものである。 ポンプのインペラがポンプ軸から離脱したのは,両部品を固定するステンレス鋼製インペラキーの摩耗が進行し,キーみぞとの間に隙間を生じてインペラが振動するようになり,その衝撃によってインペラを同軸に締め付ける青銅製の二重ナットが,ねじ山の衰耗で2個とも同軸から抜け外れたためである。
ポンプは,本件発生9箇月前の前示検査工事時に開放整備されているが,その2箇月後に運航の主体会社が入れ替わって全乗組員も交代しており,インペラキーを含めて部品の交換や経年劣化模様など,同工事時の作業内容の詳細は不明であるものの,本件後の同キー及びポンプ軸のキーみぞの状況から推測すれば,キーとキーみぞの衰耗は長期におよんでおり,併せてインペラの振動も長期におよんでいたと思われる。そして,この間圧力や温度に顕著な異常が認められなくても,機関の運転管理に携わる機関長が,日常の機関室見回り時に,ポンプのケーシングに聴音棒を当てたり軽く触手するなどして,点検を十分に行っておれば,ポンプ内部に何らかの不具合が生じていることが分かり,必要な措置がとれたのであり,このことを妨げる要因は何もなかったと認められる。したがって,A受審人が,主機直結駆動ポンプを運転中,同ポンプの運転状況を十分に点検していなかったことは,本件発生の原因となる。
ところで本件発生時,冷却水の高温警報は作動せず,主機用過給機の過熱によって機関室から白煙が噴出するのを,機関当直中の一機士が発見するまで,主機は,暫くの間過熱状態のまま運転が続けられ,焼損が拡大する結果となった。
冷却水の高温警報が作動しなかったのは,警報装置用の感温筒が損傷し,内部の封入液が漏洩していたことによるものである。同損傷及び同作動が不能となった時期は特定できないものの,作動の確認は,受検時の効力試験もしくは入渠前の船内試験で1年に1度は実施されており,警報の作動不能は,平成15年9月の第1種中間検査受検以降に生じたものと認められる。
ところで主機の取扱説明書には,機関の保守点検基準として,電気品の接点及び端子を3箇月毎に,計器の点検及び較正などを6箇月毎にそれぞれ行うよう記載されており,このことから警報装置の機能を考慮すれば,その作動の確認は3箇月ないし6箇月毎に行うべきものと考えるのが妥当であり,A受審人は,平成15年12月に乗船したのち,適当な時期に警報装置の作動を確認しておれば,冷却水の高温警報が作動不能となっていることに気付き得たと認められる。
警報装置の作動確認については,確認を行った翌日に装置の一部が損傷することもあり得るので,安全な運転を期待する度合いと日常の作業負荷との兼ね合いを考慮しながら,確認の間隔を短期化することが重要なところである。
したがって,A受審人が,乗船後警報装置の作動確認を適当な間隔で行っていなかったことは,本件に至る過程で関与した事実であるが,本件発生とは相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から確実に是正されるべき事項である。
冷却水系統において,ポンプの不具合などによる圧力低下の警報装置がなかったこと,ポンプの開放整備時に,インペラキーとキーみぞとに僅かな隙間が生じていたこと,主機運転中,機側の計器で同系統の圧力及び温度が十分に監視されていなかったこと,及び機関日誌に運転状態の各値が適切に記録されていなかったことについては,本件に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機直結冷却清水ポンプの運転管理にあたり,同ポンプの運転状況の点検が不十分で,インペラとポンプ軸を固定するインペラキーの摩耗が進行するまま主機の運転が続けられ,大型油送船の揚荷役の警戒業務に従事中,同キーの摩耗が著しく拡大し,インペラ締付ナットが損傷してポンプ軸から抜け外れ,ポンプが空転して冷却清水の通水が途絶え,機関が過熱運転状態となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機直結の冷却清水ポンプの運転管理にあたる場合,同ポンプの異常の有無を判断できるよう,主機を運転中,聴音棒を利用したりポンプのケーシングに触手するなどして,同ポンプの運転状況の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,機側の冷却清水の圧力計及び温度計各表示値に顕著な異常が見られなかったので,冷却清水系統には何も問題は生じていないと思い,同ポンプの運転状況の点検を十分に行っていなかった職務上の過失により,同ポンプのインペラキーが摩耗し,インペラとポンプ軸の固定が緩んで,両部品が振動しながら回転していることに気付かないまま主機の運転を続け,油送船の揚荷役の警戒業務に従事中,インペラをポンプ軸に固定して締め付けている二重ナットが,振動による損傷で同軸から抜け外れ,インペラが空転して冷却清水の通水が途絶え,同水の温度が著しく上昇する事態を招き,機関が過熱運転状態となり,シリンダヘッドの燃料噴射弁外筒及び各部パッキンの焼損,並びに過給機ケーシングの過熱により軸受などの損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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