(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年4月29日23時00分
奄美大島東方沖合
(北緯28度43.0分 東経132度59.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船子宝丸 |
総トン数 |
19.00トン |
全長 |
20.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
470キロワット |
回転数 |
毎分1,940 |
(2)設備及び性能等
ア 子宝丸
子宝丸は,平成11年2月に進水し,船体中央部に操舵室を備え,その下方に機関室が区画されたFRP製漁船で,三陸から九州南方沖合を漁場として,まぐろはえ縄漁業に従事していた。
イ 主機
主機は,平成10年にB社が製造した,S6B5-MTKL型と呼称する,4サイクル6シリンダ過給機及び空気冷却器付,シリンダ径135ミリメートル(mm),行程170mmのトランクピストン型機関で,各シリンダには船首側から順番号が付され,機関室中央のFRP製機関台の長さ約3メートル,幅約200mm,厚さ約30mmの2条の接合面に,鋼鈑を介して左右各12本のM18ねじピッチ2.5mmのボルト(以下「据付けボルト」という。)で据え付けられており,クランク軸船尾側が逆転減速機を介して推進軸系に接続されていたほか,同船首側からベルトを介して操舵機油圧ポンプを駆動できるようになっていた。
クランク軸は,全長1,212mm,クランクジャーナル径130mm,クランクピン径80mmのクロムモリブデン鋼製で,架構右舷側に取り付けられた3枚のドアを外すと,クランクアームデフレクションの計測などの作業を行うことができ,安全に運転できる同デフレクションの限度値が行程の5,000分の1である0.034mmとされており,主軸受メタルの摩耗や軸心の偏位などにより同値を超過したまま運転すると,クランクアームに繰り返し付加される曲げ応力が過大となることから,破断するおそれがあった。
また,システム油系統は,台板内に溜められた約60リットルの潤滑油が,直結潤滑油ポンプにより吸引・加圧され,圧力調節弁で5.9キログラム毎平方センチメートルに調圧されたのち,複式こし器及び潤滑油冷却器を経て機関入口主管に至り,主軸受,クランクピン軸受及びピストンピン軸受各メタル並びにカム軸などを潤滑して,台板に戻る循環経路をなしていた。
3 事実の経過
子宝丸では,早朝から正午ごろまで投縄したのち,約12時間かけて揚縄し,深夜から翌早朝までの時間を乗組員の休息にあて,操業日数が15日ないし30日の出漁中,これを繰り返す形態で操業が行われていた。
主機は,通常航海中の回転数を毎分1,600,また,投縄及び揚縄中にそれぞれ毎分1,500及び800ないし1,000として運転され,休息中に潮上りや漁場を移動するので,ひとたび出漁すると停止されることはなく,年間平均約4,100時間運転されていた。
そして,定期的な保守や修理が,宮崎県に所在する機関整備業者に依頼されていたが,クランクアームデフレクションの計測,据付けボルトの締付け状態の点検及び主軸受メタルの新替などが行われていなかった。
平成12年5月子宝丸は,宮崎県油津港に入港する際,同港入口の岩場に船底が接触したので,最寄りの造船所に入渠した。
そのとき,A受審人は,主機機関台(以下「機関台」という。)ほぼ中央部直下の船底外板に亀裂を伴う凹損が生じていることを認めたが,前記造船所への回航中,主機の運転に異常を認めなかったことから,主機の据付け状態にまでは凹損の影響が及んでいないものと思い,業者に依頼するなどして,主機を持ち上げたうえ機関台の点検を行わなかったので,同台ガーダー及びフロアに亀裂が生じていたうえ,主機台板との接合面が歪んでいることに気付かず,同台を現状のまま,船底外板の凹損部に約1メートル四方のFRP板を接着する補修を行って完工し,出漁を再開した。
その後,主機は,機関台に生じていた歪みの影響でクランク軸に軸心を偏位させる力が作用し,運転中,主軸受メタルの面圧が周期的に著しく増大するようになり,次第に同メタルの摩耗が進行するに伴って,クランク軸のたわみ量が益々増加する状況であったものの,クランクアームデフレクションの計測などが行われていなかったので,その是正措置がとられなかった。
ところで,平成14年9月下旬子宝丸は,主機付空気冷却器内の冷却管に破口が生じ,多量の海水が各シリンダの燃焼室に浸入していることが判明したので,全シリンダのピストンが抜き出されたが,吊りメタル方式であった主軸受メタルは新替えされなかったので,主機が持ち上げられることもなく,依然として機関台の前記亀裂及び歪みが発見されなかった。
こうして,子宝丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,操業の目的で,船首0.4メートル船尾1.8メートルの喫水をもって,平成15年4月19日06時30分油津港を発した。
翌20日05時00分子宝丸は,奄美大島東方はるか沖合の漁場に至って操業を開始し,クランク軸のたわみ量の増加に伴いクランクアームの金属疲労が進行する状況で,主機の回転数を毎分1,000として運転を続け,約4ノットの対地速力で揚縄作業を行っていたところ,平成15年4月29日23時00分北緯28度43.0分,東経132度59.0分の地点において,甲板上で揚縄作業をしていた乗組員が,主機から発せられる異音を認めた。
当時,天候は晴で風力2の南風が吹き,海上は平穏であった。
操舵室で操船にあたっていたA受審人は,乗組員から知らせを受けて直ちに機関室に赴き,主機が異音を発しながらも運転されているのを認めたが,連絡をとった機関整備業者からの助言に基づいて主機を停止した。
その結果,子宝丸は,航行を断念し,僚船に曳航されて宮崎県川南港に引き付けられ,クランク軸が3番シリンダ船尾側クランクアーム部で破断していることが判明し,のち,主機を換装するなどの修理が行われた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,平成12年5月油津港入口付近の岩場に接触し,機関台直下の船底外板に凹損及び亀裂を生じた際,機関台の損傷の有無について点検を行わなかったこと
2 A受審人が,据付けボルトの締付け状態について,定期的に点検を行っていなかったこと
3 A受審人が,定期的にクランクアームデフレクションの計測を行っていなかったこと
4 主機が,システム油系統に多量の海水が混入し,平成14年9月ピストンを抜き出すなどして修理が行われた際,主軸受けメタルを点検しなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,主機が,機関台に歪みが生じ,クランクアームに過大な曲げ応力が繰り返し生じる状況で運転されていたことによるもので,その据付け状態を是正する措置がとられていたなら,クランク軸が破断しなかったものと認められる。
したがって,平成12年5月A受審人が,岩場に船底外板が接触したことによって生じた凹損を認めた際,主機を持ち上げたうえ機関台の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,据付けボルトの締付け状態について,定期的に点検を行っていなかったこと,定期的にクランクアームデフレクションの計測を行っていなかったこと及び平成14年9月主機のピストンを抜き出すなどして修理が行われた際,主軸受けメタルを点検しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,岩場に接触して船底外板に凹損を生じた際,主機機関台の点検が不十分で,同機関台に歪みが生じ,主機クランク軸に過大な曲げ応力が繰り返し付加される状況のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,岩場に接触して船底外板に凹損が生じたことを認めた場合,損傷部位が主機据付け箇所の下部に相当していたのであるから,クランク軸への影響の有無を判断できるよう,業者に依頼するなどして,主機を持ち上げたうえ機関台の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,主機の据付け状態にまでは影響が及んでいないものと思い,主機を持ち上げたうえ機関台の点検を行わなかった職務上の過失により,同台に歪みが生じていることに気付かず,クランク軸に過大な曲げ応力が繰り返し付加される状況で主機の運転を続けるうち,同軸の金属疲労の進行を招き,3番シリンダ船尾側クランクアームを破断させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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