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平成16年神審第58号
件名

油送船第二十一明和丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年2月10日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤,田辺行夫,横須賀勇一)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第二十一明和丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)

損害
5番シリンダのクランクピン軸受メタルの溶損及び剥離,ピストンピン軸受メタルなど焼損

原因
クランクピンの点検不十分

主文

 本件機関損傷は,入渠工事において主機のピストンを抜き出した際,クランクピンの点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年10月23日13時30分
 徳島県亀浦港北方沖合
 (北緯34度15.6分 東経134度37.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船第二十一明和丸
総トン数 178.30トン
登録長 33.64メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 294キロワット
回転数 毎分420
(2)設備及び性能等
 第二十一明和丸(以下「明和丸」という。)は,昭和51年12月に進水した鋼製油送船で,主に瀬戸内海東部において船舶への燃料油などの供給業務に従事していた。
 主機は,昭和47年8月にB社が製造した,S6MBS型と呼称する,A重油専焼の4サイクル6シリンダ過給機及び空気冷却器付トランクピストン型機関で,他船に搭載されたのち,明和丸の新造時,クランク軸及び連接棒を高出力に対応できる仕様のものに更新した中古機関として搭載され,貨物油ポンプ及び軸発電機を駆動するための動力としても使用でき,航海中の常用回転数を毎分350とし,月間約500時間運転されていた。
 クランク軸は,全長2,864ミリメートル(mm),クランクジャーナル径175mm及びクランクピン径155mmの一体型鍛鋼製のもので,鋳鋼製裏金にホワイトメタルを鋳込んだ上下2分割の主軸受メタルで支持され,同様のクランクピン軸受メタルを組み込んだ連接棒大端部が4本のクランクピンボルトで締め付けられ,同棒小端部がピストンピン及び浮動式ピストンピン軸受メタルでピストンと連結されていた。
 システム油系統は,台板内に溜められた約140リットルの潤滑油が,揚量毎時5.2立方メートル,揚程30メートルのトロコイド式直結潤滑油ポンプにより吸引・加圧され,100メッシュのゴーズワイヤを貼った内筒を有する複式こし器を経て,圧力調節弁で2.0キログラム毎平方センチメートル(kgf/cm2)に調圧され,冷却器を経て入口主管に至り,主軸受及びクランクピン軸受各メタルを順次潤滑して一部がそのまま流出し,残りが連接棒内に工作された油路からピストンピン軸受メタルに通油されたのち,いずれも台板に戻る循環経路をなしていた。

3 事実の経過
 明和丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,空倉で,船首0.6メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,平成15年10月23日10時30分和歌山県和歌山下津港を発し,主機を全速力の回転数毎分350で運転し,約10ノットの対地速力で,岡山県水島港に向かった。
 ところで,主機は,明和丸に据え付けられて以来,造船所に依頼して,2年毎に主機のピストン及びシリンダヘッドなどの開放整備が実施されていたところ,平成8年11月に5番シリンダのクランクピン軸受メタルの剥離が生じ,同メタルの鋳込み替などの措置がとられたものの,昭和59年を最後にクランクピン径の計測が行われておらず,同ピンの摩耗が進行するとともに,偏摩耗量が次第に増加するなど,同ピンの状態が把握されずに運転が続けられていた。
 そして,主機は,そのシステム油が,A受審人により,1箇月ないし1箇月半毎に全量が新替えされ,2ないし3週間毎にこし器の掃除が行われていたものの,その内部に堆積していた炭化物などに紛れていたうえ,掃除前後で顕著な圧力変化がなく,また,定期的に性状試験に供されることもなかったことから,クランクピンなどの摩耗に伴って混在していた微細な金属粉が発見されなかった。
 平成14年11月A受審人は,明和丸が第1種中間検査工事のため前記造船所に入渠し,主機のピストンが抜き出され,5番シリンダのピストンピン軸受メタルに亀裂が生じているのを認めたとき,同メタルへの潤滑油流量が減少したことにより,潤滑が阻害された蓋然性が極めて高いことがわかる状況であったが,頻繁にシステム油を新替えしているのでクランクピンが過度に摩耗することはないものと思い,通油量不足による潤滑阻害の有無を判断できるよう,クランクピン軸受の油間隙を調査する目的で,造船所に依頼してクランクピン径の計測を行うなど,同ピンの点検を十分に行わなかったので,同ピンが摩耗したうえ,左右方向の外径が上下方向のそれに比して過大な偏摩耗状態になっていることに気付かないまま復旧し,完工させた。
 こうして,明和丸は,主機システム油圧力が2.0kgf/cm2に保持されていたものの,5番シリンダのクランクピン軸受メタルが,油間隙の増大に起因して,周期的に過大な面圧を受ける状況で主機の運転を続けているうち,潤滑が阻害され,同メタルの溶損及び剥離が進行し,システム油こし器に堆積する金属粉が増加していたところ,平成15年10月23日13時30分孫埼灯台から真方位336度1.4海里の地点において,発電機を切り替えるため,機関室に赴いたA受審人が,1.2kgf/cm2にまで低下している同圧力を認めた。
 当時,天候は晴で風力7の北西風が吹き,海上には波高約1メートルの波浪があった。
 A受審人は,主機システム油の圧力調節弁を操作したが,同油圧力の上昇が見られないばかりか,低下傾向がおさまらないので,主機を減速したうえ,運転が困難となった旨を船長に報告した。
 その結果,明和丸は,最寄りの港に自力で入港し,主機のクランクケースドアを開放したところ,各シリンダピストンピンのうち,5番シリンダのみから潤滑油が滴下していないことがわかったので,同シリンダ連接棒への通油が阻害されていると判断され,続航を断念し,引船により前記造船所に引き付けられた。
 更なる点検の結果,主機は,5番シリンダのクランクピン軸受メタルが溶融して,連接棒大端部のピストンピンに至る油孔が閉塞したことにより通油が阻害され,ピストンピン軸受メタルなども焼損していることが判明し,のち,クランクピンを研削して偏摩耗を修正したうえ,同軸受メタルを更新するなどの修理が行われた。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,定期的にシステム油の性状分析を業者に依頼するなどして,微細な金属粉の混入を早期に発見しなかったこと
2 A受審人が,ピストンピン軸受メタルの損傷を認めた際,通油量不足による潤滑阻害の有無を判断できるよう,クランクピン軸受の油間隙を調査する目的で,造船所に依頼してクランクピン径の計測を行うなど,同ピンの点検を十分に行わなかったこと
3 造船所が,損傷した5番シリンダのピストンピン軸受メタルの新替を行った際,クランクピンの外径及び油間隙を計測しなかったこと
4 A受審人が,クランクピンの摩耗が著しく進行し,かつ偏摩耗を生じていたことにより,同ピン軸受メタルの面圧が過大となった状況のまま運転を続けたこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は,主機運転中,5番シリンダクランクピンの潤滑が阻害され,同ピン軸受メタルが溶融したもので,潤滑が阻害された原因について,以下のとおり考察する。

1 クランクピン軸受メタルの来歴
 クランクピン軸受メタルは,昭和63年,平成8年,平成10年にそれぞれ2,4及び5,並びに1番シリンダのものが新替えされ,それらの新替理由を明らかにできないものの,主機の積算運転時間を勘案すると,新替時期及び頻度がほぼ妥当であり,各同メタルに固有の問題点がなかったものと考えられる。

2 システム油こし器の保守
 平成15年10月23日和歌山下津港出港時のシステム油圧力が,2.0kgf/cm2に維持されており,同月10日ごろにシステム油こし器を開放したとき,5番シリンダのクランクピン軸受メタルに損傷が生じ,視認可能な金属粉などの異物が内部に滞留していたとすれば,その後本件発生に至る約2週間もの間,境界潤滑若しくは金属接触が生じた状況で約130時間異常なく運転できたとは考え難く,また,ホワイトメタルが剥離して大きく欠損した場合には,同こし器で捉えることが不可能であることから,こし器内の目視点検をもって本件を予見できるとまでは言えない。

3 クランクピンの摩耗
 クランク軸は,昭和51年10月に更新されたものと認められ,その後,本件発生に至るまでに新替えされておらず,一般に小型ディーゼル機関の最大限度値とされるクランクピンの摩耗及び偏摩耗量が,共に約0.3mmであるところ,本件後に判明した5番シリンダ同ピンの最大摩耗量及び偏摩耗量が,それぞれ0.95mm及び0.55mmといずれも限度値を大きく超過しており,長期間にわたって同ピン径の計測が行われていなかったことによりこのことに気付かれず,しだいに同ピンの摩耗が進行する状況のまま,運転が続けられていたと考えられる。

4 クランクピンの潤滑状況
 クランクピンの潤滑阻害は,システム油の更油状況及び主機の運転状況に起因したとする事実を見出すことはできず,前示のとおり,クランクピン軸受メタルに固有の問題点もなかったものと考えられることから,油間隙の増加が進行するに伴い,同メタルの面圧が増大したことによって生じたとするのが妥当である。

 以上のことから,本件機関損傷は,平成14年11月に認められた5番シリンダピストンピン軸受メタルの損傷が,それ以前から進行していた同シリンダクランクピンの摩耗の進行で油間隙が増大していたことにより,同ピンに供給されたシステム油の大部分が台板に流出する事態となり,相対的にピストンピンへの同油供給量が減少したことによって生じたもので,このときにクランクピンの摩耗及び偏摩耗状態が是正されていれば発生しなかったと認められ,平成14年11月に入渠して検査工事を施工し,A受審人が,同シリンダのピストンピン軸受メタルに亀裂が生じていることを認めた際,通油量不足による潤滑阻害の有無を判断できるよう,クランクピン軸受の油間隙を調査する目的で,造船所に依頼してクランクピン径の計測を行うなど,同ピンの点検を十分に行わず,クランクピンの摩耗が著しく進行し,かつ偏摩耗を生じていたことにより,同ピン軸受メタルの面圧が過大となった状況のまま運転を続けたことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,定期的にシステム油の性状分析を業者に依頼するなどして,微細な金属粉の混入を早期に発見しなかったこと及び造船所が,損傷した5番シリンダのピストンピン軸受メタルの新替を行った際,クランクピンの外径及び油間隙を計測しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,入渠工事において主機5番シリンダのピストンを抜き出し,ピストンピン軸受メタルの損傷が認められた際,クランクピンの点検が不十分で,著しく摩耗した状態のまま運転が続けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,入渠工事において主機5番シリンダのピストンを抜き出し,同ピン軸受メタルの損傷を認めた場合,クランクピン軸受の油間隙量の適否によってピストンピンへの通油量が変化するのであるから,通油量不足による潤滑阻害の有無を判断できるよう,造船所に依頼してクランクピン径の計測を行うなど,クランクピンの点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,頻繁にシステム油を新替えしているのでクランクピンが過度に摩耗することはないものと思い,同ピンの点検を行わなかった職務上の過失により,同ピンが摩耗したうえ,左右方向の外径が上下方向のそれに比して過大な偏摩耗状態になっていることに気付かないまま復旧して運航を再開し,同ピン軸受の油間隙が更に増大して同軸受メタルの面圧が次第に過大となる状況で運転を続けるうち,潤滑が阻害された同軸受メタルが焼損する事態を招き,溶融したホワイトメタルが同ピンの油孔を閉塞して通油を阻害したことにより,ピストンピン軸受メタルなども焼損させ,主機の運転を不能とさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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